鐘が鳴るときに

プーヤン

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第6話 畑

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「なんか釈然としねぇなあ。」

「まあまあ、良かったじゃないですか。商人の息子さんもその謀反に与していて捕まったんでしょ?ならば、フィーネ嬢の求婚事件も終わりですね。何の迷いもなくフィーネ嬢に告白できますね。」

今朝、第三区の町中には号外が配られ、町民は皆、そのミハエル・ディラー殺人事件のことを話題にし、町の情勢について全く無関心なカロンの耳にもその情報は入った。
また、その二時間後、ミハエル・ディラーの息子が国家に謀反を働いているとの容疑で捕らえられた。今はディラー家周辺の貴族も捜査対象となり調べを受けているだろう。

カロンがその事件を聞いてから、仕事のため自宅に帰ってきたのだが、何か釈然とせず家でぶつくさ文句を言っていたところ、ロイドが訪ねてきたのだ。

「なんで、俺がフィーネに告白することが前提なんだ。べつに…………」

「え。好きなんでしょ?」

「まあ。どちらかといえば。」

「貴方こそ釈然としませんねぇ。…………意気地なし。」

「あ?」

「いえいえ。それで、どうするのです?」

「まあおいおい考えるよ。それより、お前は何しに来た?」

「ああ。今度こそ、貴方の脱税疑惑を調べようと思いまして。こないだはフィーネ嬢に邪魔されましたし。」

「はあ。またそれか。脱税なんてしてないけどな。」

「まあまあ、気長に調べますんで。ほら。カロンが次の号外に載ってたら僕は笑うしかできないでしょ?」

「ああ。うざい。帰れ。」

こうして、何故かロイドの税務調査に付き合って午前中が潰れた。正直、既存の書類を見ていくだけのロイドが何を調べているのか分からない。

まあ、どうでもいいことだが。

「そういえば、ここらの農地の人間はほとんどミハエル氏の商会を通じて商売をしていて、今は皆さん次の商会に出向いているそうですが、カロンは大丈夫なんですか?」

「ああ。俺は作物をデイニッシュって商人に売ってるから。別に関係ないな。」

「デイニッシュ・ラブドですか?」

「ああ。確かそんな名前だな。」

「へぇー。そうなんですか。」

ロイドのその含みのある物言いがやけに鼻に着く。

「なんだその含んだ言い方は。あの野郎はきな臭い奴だが、高く買ってくれるしいいんだぞ。」

「んーまあ、あまりその手の話題は話さないほうがいいですね。デイニッシュの件については。」

「は?なんでだ?」

「まあ、他の税務官やら貴族にその名前は話すことはお勧めできないということです。」

「そうかよ。」

「そうなんですよ。……………………ああ。そういえば、カロンの畑を見せてくださいよ。」

「まあ、お前を追い返したら、昼から畑に行く予定だったし別にいいぞ。」

 

 

 

カロンの畑は小さくもなく、かといって大きくもない。

しかし、育てている作物は他に類をみないものだった。

この第三区は軍部からも遠く、海にも近いことから野菜なんかは塩っけで駄目になるという通説がある。

他の区民は主に赤い果実を育てていた。

しかし、カロンは他とはちがう作物を育てている。

聞いてみれば、海近場の農地は土壌を改良するために土の中の塩気を飛ばすだの、白い粉がどうだと話していたが、興味もないので割愛する。

彼の畑はパッと見渡す感じでは、何列にも並ぶ草の間に土の列も整然と並んでいるだけだ。

しかし、この草の下には彼の育てる作物「ショーモイ・バレイ」が成っている。

それは事前の調査で知っていたが、この畑を見れば彼が日々、どれだけ丁寧に力を注いでこの畑を維持しているのかがわかる。

「で、どうなんだ?」

カロンは畑につながる河口を掃除しながら、少し恥ずかし気にこちらを見ながら聞いてくる。

その農地はカロンが先代から引き継いで大切に育ててきた、いわば我が子のようなものなのかもしれない。

「いえ。素晴らしいですね。こんなに丁寧に育てられた畑は見たことありません。」

「いやまだ作物を見てないだろ?」

「ではでは、そちらを見てみましょうか。」

「分かった。ほい。」

カロンはロイドに皮手袋を渡す。

「それ高いからなくすなよ。じゃあ、収穫するか。」

「え。僕も手伝うんですか?」

「そのために来たんだろ?」

さも当然というフウに言うカロンにロイドはため息をこぼし、従うことにする。

彼が何一つ無駄のない動きで作物を収穫し、袋へと入れていく。
僕はその手伝いで、ゆっくり掘り起こしたショーモイを袋に大事に入れていく。
彼が大事に育てた作物が傷ついては困ると気を利かせたのだが、遅いとカロンに苦言を言われた。

二人で一列を取り切ると、次の列へと移っていく。

カロンは「お前が来なければもっと早くとれた。」と愚痴をこぼす。

ロイドはそんなカロンを宥めながらも、自分が楽しんでいることに困惑していた。

彼とこんなフウに話しながら働いている今は、いつも静まり返り、誰かの悪事に目をつむる税務室とは全く違う。

初めての経験に戸惑うロイドを置いて、カロンはてきぱきと作業をする。その後、少し休憩をとり、また作業に戻る。

その頃にはもうロイドの体は悲鳴を上げて倒れこんでいた。

税務でこれほど体を動かす仕事もないだろう。
汗がシャツを濡らし、少し気持ちが悪い。また汗で額を濡らし、これほど体が疲れを訴えている状況に懐かしさを覚えた。

そんな中、カロンが汲んできた川の水を飲みこむ。

その瞬間、乾いてひりついていた喉に一気に潤いが戻る。

普段のロイドならば人からもらった飲み物は飲まずに捨てるだろう。貴族の世界とはそういうものだ。

しかし、カロンがぐびぐび飲む姿が目に入れば、こちらの喉は呼応するように音を立てた。

彼の口から漏れでた水が彼の首筋を伝って、その水の道に日の光が乱反射する様はこちらの枯渇した喉を刺激する。

ロイドはたまらずカロンが手渡した、木の桶をひっくり返して水を口に含んだ。

そうして、つい綻んだロイドの顔を見たカロンが笑っていることで、むつかしく生きる自身の凝り固まった考えが徐々に和らいでいくのをロイドは感じていた。

そうして、二人で馬鹿な話をしながら作業に戻る。

いつしか日が落ちてくる。
そして、鐘の音が聞こえてくる。
それは、この楽しい時間の終わりを示す鐘の音であった。
もう夕刻か。
今日は短く感じる一日であった。

泥だらけのロイドの顔と汚れたシャツを夕焼けが照らす。普段、日の光をあまり浴びることのない白魚のような白い肌が赤く腫れて、その上からカロンを真似して水を浴びるとやけに気持ちがいい。
水が背中に流れた時、身震いをしながらもどこか童心に戻った感覚があり笑いが込み上げてくる。

別れ際、水をかぶったカロンが笑顔で、「今日は手伝ってもらったから、なんか奢ってやるよ。」と言ってきたので、「安月給の平民に奢られるほど僕は落ちぶれていませんよ」と暴言を吐くと、また水をぶっかけられた。

 

 

 

「どうされたのですか!?夜盗にでも襲われましたか?」

自宅に戻ると、シェリルが帰ってきた僕を見て、大げさに騒いだ。

まあ、こんな汚れた姿で主人が帰ってきたら、どんな出来た侍女でも取り乱すか。
こんな水浸しで、泥だらけの格好なら。

「いや、平民に水をかけられ、畑に投げられた。」

「え!?」

「いや冗談だ。」

「え!?なんなんですか?」

「シェリル。今日は湯につかりたい。後、食事の用意も頼む。」

「はい。かしこまりました。」

何故かシェリルはそれ以上、言及してこないで意気揚々と仕事に戻っていった。

その様子を不振に思いながらもロイドは濡れた服を脱ぎ、スタンドにひっかけていると、つい玄関の鏡に目を奪われる。

ああ。なるほど。

こんなに満面の笑みで帰ってきたら、そら驚くか。

そこには忘れかけていた子供の頃の無垢な笑顔が映し出されていた。

 

 
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