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序章

ベルゲンの赤い輝き②

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「ご要望通り二人になりました。何を話していただけるのです?」


 カルホフディは残った護衛一人を部屋の外へ下がらせ、アセウスと二人きりになった。
 伸ばせば手が触れるくらいの距離まで、着座しているアセウスに歩み寄る。

 壁の松明に照らされた肌は、恐ろしく白い。
 丁寧に織られた丈夫そうな布地、
 傷一つ見られない獣の毛皮、
 社会的地位を示す、実用性のない装飾の数々。
 豪奢に重ねられた衣装は体を大きく外形かたどっているが、
 首や手首から年齢相応の華奢な体つきが垣間見得る。
 まだ丸みの強い幼顔故の中性的な美しさには、
 不釣り合いなほど、冷ややかで、意志の強そうな目が輝いている。
 瞳の色は薄めで、この薄暗い部屋では色が判明しない。
 しかし、この薄暗さでも髪の色はハッキリと分かった。
 鮮やかなカッパー、赤橙色だ。
 その透けるような炎色の輝きを増すように、
 くるくると巻いて顔まわりを覆っている。

 赤毛の巻き毛の少年当主、カルホフディ・ソルベルグ。


「立派になったな、ホフディ。お前は当主を継いだのか」

二月ふたつき前に婚姻と継承式を行いました。エイケン家も、御当主と御長男にお越しいただき、お祝い頂きましたよ」

「父上が……兄上と来たのか」

「えぇ。御当主も高齢です。今後のことを考えれば賢明でしょう。二年前・・・から・・御長男を顔繋ぎに伴われています。……御心中では、諦めきれない御様子ですが」

「諦めてくれていいんだ。エイケン家の当主は、兄上が継ぐべきだ」

「貴方が出奔した一年目はお一人で見えていましたよ。戻ってくると信じていたようです。そう・・、育てたと誇らしげに微笑まれていました」


 穏やかに微笑んでいたアセウスの表情が、曇った。
 その表情に煽られたかのようにカルホフディは続けた。


「貴方と会っていた頃、私はまだ若かったけれど、どんな人物だったかの記憶はあります。貴方は御当主おちちうえいちぞくを捨てるような無責任な人物ひとではなかった。私と同じように、その責務を自覚しながら、逃げずに背負う同志ひとだと思っていた。何故逃げたのです!!??」


 若干十五歳とは思えない気迫だった。
 ベルゲン一帯の海岸を統べる豪族、ソルベルグ家の当主が、まさにそこに居た。
 燃え盛る炎のような威圧感に、多くの人間が屈服するだろう。


「逃げた訳じゃない。いや、振り返ってみれば、逃げもあった……。俺はダメな奴だよ。でも、あの時・・・は逃げたつもりではなかった。俺は責務を背負う覚悟で家を出ることを決めたんだ」


 ソルベルグ家の当主とはまた違う、静かな気迫でアセウスは言明した。
 そんなエイケン家当主後継者を、カルホフディはじっと見つめていた。

*
*
*


「ちちうえーっ」

「どうしたアセウス? そんなに息急き切って」

「剣をおしえてくれますかっ? アセウスは強くなりたいですっ」


 エイケン家当主、リニ・エイケンは、駆け寄った我が子を抱き上げながら眉を寄せた。


「剣、なんて。一体どこでそんな言葉を教わってきたんだ?」

「ちちうえが連れてってくれた町です! いっぱいいっぱい友だちができました! そのなかの、エルドフィンっていう子がすごくすごく強いんですっ」


 嬉しそうに話すアセウスは4歳。
 せめて・・・のびのびと育って欲しい、と考えたリニは、誕生日を機に、
 町の子ども達が遊んでいる場所へアセウスを連れて行くようになった。
 子ども達の性格、雰囲気や、遊びの内容など、事前に調べさせて
 評判の良いところを選んだはずだった。
 剣遊びをするような子どもはまだ居ない地域と年齢層だったはずだが……


「エルドフィンか……そんな子がいたかな? 新しく来た子かい?」

「いぃえ! ちちうえも話した、いちばん元気のいぃ子ですっ。忘れちゃった? みんなと仲良しの、アセウスをしょーかいしてくれたじゃないですかっ」


 あぁ、あの子か。確か家族仲の良い石工の息子で……


「エルドフィンはね、すごいんです! みんなと仲良く、けがしないように遊ぶのがうまくて。いつもみんなが楽しいんだよ! だけど、おうちのこともしっかり考えてて。ぐずるぶらーる? っていう剣士になって、町のみんなをまもって、親こーこーするんだって、一人でたんれんしてるんだっ」


 あからさまに曇った父親の表情に気づいて、アセウスは言葉を止める。
 不思議そうに首を傾げた後、ゆっくりと話を続けた。
 友と約束したのだ。きっと父親は喜んでくれる。


「……ちちうえ? とくべつにね、アセウスもいっしょにやろうって言ってくれたんだ。強くなってみんなをびっくりさせようって。エルドフィンとエルドフィンのおちちうえと、ちちうえとアセウスのひみつってっ! ちちうえはきっとすっごく強いって、エルドフィンが言ってた。剣をおしえてくれますか?」


 父親の顔は微笑まなかった。
 幼い思考でも分かるくらいに、辛そうに歪んだ。
 予想と違う事態に混乱するアセウスを、リニは強く抱き締めた。


「ち……ちちうえ?」


 腕の中から愛しい我が子を下ろすと、父親はしゃがみこんで諭すように告げた。


「アセウス、エイケン家の宝玉よ。大きくなったら私の後を継いで、このエイケン家の当主になることは理解してわかっているな?」

「はいっ! ちちうえ。アセウスはちちうえのような、りっぱな当主になります! 当主として、だれからもそしられぬように、考えてこうどうできる人間ひとになりますっ」

「……良い心掛けだ」


 リニは目を細めた。
 我が子ながら、望み以上に清々しく真っ直ぐに育ってくれている。
 だからまだ・・、もう三年くらいは、背負わせずにいたかった。
 まったく関係のない、遥か昔の祖先の犯せし罪。


「まだ少し早いと思っていたが、お前は良く出来た子だ……下手に誤魔化すより理解してくれるだろう。エイケン家当主として、お前は背負わなければならぬことがある。己れの責務を知り、伝えて行かねばならぬ、それを今話そう」


 ちちうえは喜ばなかったみたいだ。剣をおしえてはくれないみたい。
 でも、なにかほかの大事なことを、おしえてくれるみたいだ。
 当主として、大事なこと。
 ちちうえは、当主を継がせるはなしをするとき、いつもどこか痛そうな顔をする。
 当主になるのって、痛くて大変なんだと思う。前に聞いたとき、ひていしなかった。
 でも、アセウスはだいじょうぶです、ちちうえ。
 痛くても、負けない。ちちうえみたいに。
 ぜったいぜったい、りっぱな当主になるって決めた。
 それがアセウスの親こーこーだからっ!

*
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