【完結】彼女が幸せを掴むまで〜モブ令嬢は悪役令嬢を応援しています〜

かわもり かぐら(旧:かぐら)

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悪役令嬢エリザベス

03. 王太子と事情聴取

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 それから、エルたちとエリザベスが昼休みを一緒に過ごすようになって1ヶ月が過ぎた頃には、クラスメイトたちとのぎこちなさも解消していた。
 週に2日ほどクラスメイトから誘われて食堂には行くが、基本的にエリザベスはあの西棟の中庭で昼食を取っている。エルは、基本的にこの学園の制服を着た姿で隣で過ごすようになった。万が一、誰かに見られても問題がないように。

 エルの制服姿を初めて見たときは胸がドキドキしっぱなしだった。似合う?と首を傾げるエルにエリザベスは何度も頷くぐらいで、そんなエリザベスにエルが嬉しそうに笑ってくれて。
 エレンに怒られながらもエルはエリザベスに触れてくれる。特にエリザベスはエルに頭を撫でられるのが好きで、時々、勇気をだして自分から撫でてほしいと強請るほどだ。
 理由は分からないが、エリザベスにとってエルの手はとても心地良くてずっと触れていたいと思うものだった。

 ふとある日、1ヶ月近く一緒に過ごしていて誰にもバレないのはさすがに不思議だとエリザベスが首を傾げると、その疑問にはエレンが答えてくれた。


『この中庭の入り口に感知の魔法と弱めの防音結界かけてますから、誰か来たら分かるようにしてるんです』
「まぁ」
「本当は人払いの魔法を使えばいいけど、この学園の魔法学担当の教師みたいに魔力の扱いが上手い人間だと、バレるからなぁ」
「そうなんですの?」
「うん。まあ、僕が座ってる位置は校舎からもこの庭の入り口からも見えないから、エリザベスが誰かといるように見えても、僕が見えるってことはないと思うけどね」


 誰か来たら隠れるよ、とエルは笑った。
 たしかに、婚約者がいる令息令嬢は異性とふたりきりになってはならないのは常識である。エリザベスはイーリスと婚約しているから、男子生徒とふたりきりになるのは非常によろしくない。実際にはエレンもいるからふたりきりではないが。
 イーリスとレアーヌにはさんざん注意したが、あのふたりは改めることをせずにあまつさえ口付けを交わし、真名を呼び合うという不貞行為をしていた。

 エリザベスはあの日からイーリスのところに自分から赴いていない。イーリスを慕っていた気持ちは、すっかりなくなってしまった。


 王子妃教育のために登城したときは、予定が合えばお茶会をしていたが、差し障りのない会話だけ。以前まではこのお茶会の時間だけはイーリスが自分を見てくれているとエリザベスは喜んでいたが、今思えばイーリスはいつからか自分ではない誰かを考えていた様子だった。
 その事実を理解して、また中庭で泣いてしまい、エルとエレンから慰められたのは苦い思い出だ。彼らの前ではどうしても感情が抑えられなくなる。

 たまたま、王妃が各領を視察するためここ1ヶ月半は王子妃教育も休みとなっていたが、先日王妃が視察を終えて戻ってきており、エリザベスに次の日程が連絡されてきた。
 正直、王子妃教育もこの心持ちで取り組めるかどうか…とエルとエレンに心情を零したところ、エレンがそうですよねぇ、とエリザベスに同意した。


『それならばいっそのこと、イーリス様との接触を断ちましょう。あの人に協力を請えばどうとでもなりますわ』
「え、頼むの?エレンが?」
『頼むのはあんたよエル』
「ねぇエレン、前に言い出しっぺの法則って教えてくれたよね?ていうか僕より君が頼べばあの人両手を挙げて協力してくれるよ」


 反論できなくなったらしいエレンが今まで聞いたことのない唸り声を上げた。
 あの人とは誰だろう?とエリザベスが首を傾げてると、エルが笑いながら「この国の王太子だよ」と教えてくれエリザベスは衝撃を受けた。精霊とはいえ、王太子のことをあの人呼ばわりだなんて…と信じられない気持ちでいっぱいだ。

 それにしてもエレンと王太子は、どんな関係なのだろう?という疑問がふとエリザベスの頭をもたげる。しかしその疑問はすぐ解消された。


 次の日、エリザベスが昼休みにいつもの中庭のガゼボに向かうと、そこには陽の光に照らされて輝く金髪とペリドットの瞳を持つ青年と、その青年の後ろに立って控える藍色の髪に蒼色の瞳を持つ青年の姿があった。
 エリザベスは彼らに見覚えがあり、思わずその場でぴしりと固まってしまう。

 前者はレオナルド・ウィリアム・プレヴェド王太子。後者はその側近であるイェソン・ティム・ライズバーグ辺境伯令息。

 ライズバーグ辺境伯は、代々竜騎士の家系でプレヴェド国内に生息している翼竜と共に国境と隣接している自領を守っている。当代はプレヴェド竜騎士団の団長を務めていて、剣術、魔法などの能力は国内トップクラス。事実上、軍事のトップに立っている人物…とエリザベスは王子妃教育で学んだ。
 その令息であるイェソンは竜騎士としての能力も高く、次期後継者に相応しいと言われている。

 我に返り、淑女の挨拶をしたエリザベスの様子にクスクスと笑いながら「楽にしてくれ」とレオナルドは座るよう促した。そのとおりに、エリザベスは彼らの向かいのベンチに腰掛ける。


「愚弟が、ここ最近は今まで以上にエリザベス嬢に真摯に向き合わず蔑ろにしているという訴えを聞いてね。君からも事情を聞こうと思ったんだ。もちろん、愚弟の話も聞くつもりではあるから公平性は保たれる。そしてこの内容はこの魔道具で記録されるから、嘘偽りなく、ここ最近の愚弟の動向と君への態度、そして君の愚弟への心情を教えてほしい」


 イェソンがその魔道具を懐から取り出す。エリザベスは実際に触ったりその魔道具が動作しているところは見たことがない。

 映像と音声を水晶に残せるこの魔道具は、組み込む術式がとても複雑なため作成できる魔術師はごく僅か。そのせいで価格が高騰している。
 ひとつ手に入れば何回でも上書きできるから利便性は高いのだけれども、複数の映像等を保存することはできない。


『その記録した映像はあのバカにも見せるのかしら?』


 エレンの言葉にびくりと肩が揺れた。エレンが「バカ」と呼ぶのは今のところひとりしかいない。


「だ、だめよエレン。いくらあなたが精霊だからと言って、そんなこと言ったら罪に問われてしまうわ!」


 目の前にはレオナルドもいる。イェソンもいる。
 実際に精霊が処罰されたことは聞いたことはないが、親身になってくれるエレンに何かあったらと思うとエリザベスは気が気でなく、顔を青ざめながら思わずそう叫んだ。

 一瞬の、沈黙のあと。


「…ふ…はは、はははは!」
「…で…殿下…?」


 突然笑い出したレオナルドに、エリザベスは目を瞬かせる。
 普段どんな相手でも穏やかな笑みを浮かべて対応するレオナルドが、声をあげて笑っているのをエリザベスは初めて見た。イェソンも顔を背けながら肩を震わせて笑いをこらえているようだ。
 何か変なことを言っただろうか、と困っているとレオナルドは気にするなと言うようにひらりと手を振った。


「精霊、精霊か…いや、すまないエリザベス嬢。大丈夫だ、エレンとは昔馴染みでな。気が置けない仲だから問題ないよ」
『ねぇ、わたくしのさっきの質問にお答えくださる?内容如何によっては、排除いたしますわよ』
「おお、怖い怖い」


 クスクスと笑いながらレオナルドは「愚弟には見せないよ」と手を振った。


「これは私の父母である国王陛下と王妃陛下、それからエリザベス嬢のお父上であるフェーマス卿にしか見せない。あくまで、お三方に現状を知ってもらうためだ。これは愚弟の聞き取りも同じ方針だ…心配なら、一緒に来てもいいんだぞ?エレン」
『そうですわね。一緒に行きますわ、イェソンと』
「ははは、つれんな」


 昔馴染み、とレオナルドは言っていたが。本当にこのふたり、一体どういう関係なのかとますますエリザベスは内心首を傾げた。この国の王太子と、精霊が気が置けない仲。このふたりのことを知っているであろうイェソンはこらえ切れず笑っているようだった。


 そんなこんなで、気を取り直して行われた魔道具を使用してのレオナルドからの質問にエリザベスは素直に答えていった。

 ここ半年のイーリスとのやり取りと彼の行動。彼とレアーヌとの逢瀬と、あの口づけのこと。エリザベスとしては、もう、心が折れかけてしまっていること。


「わたくしはイーリス様のことをお慕いしておりました。王太子とならない王子でも側妃を持つことがあることも理解しておりました。人の心は移ろうものですもの、覚悟しておりました。でも、それはあくまでわたくしに話をしていただければの話です」
「……イーリスからは、何も?」
「お茶を共にしても当たり障りのない会話だけ。あのお方からは、何も」


 そう。「ダンフォール嬢が好きになってしまった」と言ってくれればよかったのだ。
 この婚約は政略結婚の意味合いもある。王太子でなくとも側妃は1人までだったら設けることができるとされている。だから、好きな人ができたのであればその人を側妃に迎えたいとエリザベスに相談してくれれば良かった。

 そうしたらエリザベスだって、時間をかけて気持ちに折り合いをつけることができたのに。

 泣きそうになり、エリザベスは口を噤んで膝のスカートを握りしめる。
 泣くのはレオナルドとイェソンがこの場からいなくなってからだ。エリザベスはエルとエレンの前以外では泣かない。そう決めている。

 震えるほど強く握りしめたエリザベスの手に、そっと誰かが手を添えてくれた感覚。


(ええ、大丈夫よ。わたくしはひとりではないわ。だから、泣かない)


「…相わかった。以上で聴取は終了する。協力感謝する、エリザベス嬢。イェソン」
「はい」


 イェソンが魔力を込めたのだろう。魔道具が一瞬輝いて、色が変わった。
 物事が記録されたことを表す赤い水晶になったのを確認して、イェソンは厳重に封印を施して片付けをする。
 魔道具が万が一盗難にあったとしても、特定の人物以外は封印を解くことができないようにして記録されている映像が悪用されないようにしなければならないためだ。


『エリザベス、大丈夫かい?』
「…ええ、エル。大丈夫よ」


 少し、疲れてしまったけれど。言いたいことは言えた。


「エルもそこにいたのか」
『いたよ』
「そうか…話したいことがある。今日のこの後の予定は?」
『…そうだね。16時頃なら都合がつくよ』
「分かった。私もその頃に都合をつけよう」


 レオナルドはエルとも知り合いらしい。
 ぎゅ、と握られる手に安堵を覚えながら、エリザベスはレオナルドたちと昼食を共にするというやや緊張を強いられる昼休みを過ごした。
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