【完結】彼女が幸せを掴むまで〜モブ令嬢は悪役令嬢を応援しています〜

かわもり かぐら(旧:かぐら)

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悪役令嬢エリザベス

06. 変化

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 それから数日、何事もなく過ぎたある日のこと。
 次の授業は演習場で魔術学科の全クラス合同での魔法実技だ。魔法を学ぶことは楽しいので、少し楽しみにしながら移動の準備を進めていたそのときだった。


「エリザベス嬢はいるか」


 ざわ、と教室内がざわめいた。呼ばれたエリザベスも思わず目を見開く。
 教室のドアにはあの日以来言葉を交わしていなかったイーリスがいた。いつもであれば隣にいるはずのレアーヌはそこにいない。


 この学園は貴族・平民問わず通うことができ、入学した生徒は1学年目はこの世界における基礎知識や一般的な生活魔法などを学ぶ。そのため、家庭教師などを雇ってすでに学んでいる者が多い貴族階級は2学年目以降から編入することが多く、エリザベスやイェーレもその例に漏れなかった。
 2学年目以降は、次の5学科に分かれて3学年時にある卒業試験をクリアして卒業を目指す仕組みになっている。

 攻撃や防御などが使える詠唱魔法や精霊魔法を学んだり、プレヴェド王国が保有する魔術軍団に所属できる国家魔術師を目指す生徒が入る魔術学科。
 ダンジョン攻略を行う冒険者や、王族・貴族の身辺を守る騎士団または護衛侍女を目指す生徒が入る武術学科。
 領地経営を行う次期当主や、国を支える外交官や文官などを目指す生徒が入る経済経営学科。
 薬師や鍛冶師などモノづくりのエキスパートを目指す生徒が入る錬金術学科。
 上記学科以外、市井で労働していく上で必要な基礎知識(農業、商業、工業)を幅広く学べる産業学科。

 エリザベスが在籍しているのは魔術学科で、イーリスは外交関連のこともあって経済経営学科に在籍していた。レアーヌもエリザベスと同じ魔術学科であるが、クラスは異なっていることもあり、クラス合同で実施される授業以外は特に接点はなかった。


 イーリスとの婚約関係が上手くいっていたときは迎えに来てくれたことはあったが、それは編入してから初めのうちだけでレアーヌと付き合い始めてから半年以上はなかったことだ。現に、クラスメイトたちは最近では顔を見せなかった珍しいイーリスの姿に戸惑いの様子を見せている。

 今までは嬉しくて、エリザベスはすぐ傍に行っていた。けれどいまのエリザベスの心中は、あの気持ちはどこにもなかった。
  次の授業の荷物を持ってエリザベスはイーリスに近づいて、にっこりと笑みを浮かべる。


「…何かご用でしょうか?」
「ああ…いや…最近、会えていないなと思って」


 少し困ったように眉を下げたイーリスに、エリザベスは首を傾げる。
 レアーヌと関わり始めて以降、彼がこのようなことを気にすることはなかった。どんな心境の変化があったのだろう。


「…そうでしょうか?」
「妃教育を休んでいるから、王宮に来ていないだろう?それで、いつものお茶もできていない」
「ええ、そうですね」
「だから、今日のお昼は一緒に食べないか?」
「申し訳ありませんが、先約がございます」


 しん、と教室が静まり返る。
 イーリスは僅かに目を見開いて、エリザベスは笑みを維持したまま。


「え…と」
「先に、お昼を一緒にすると約束した、友人がおります」
「そ、そうか…」
「ええ」


 重ねて告げられた言葉に困惑した様子で、二の句が告げないらしい。
 それはそうだろう。今までのエリザベスであれば、約束があろうがイーリスを優先していたのだから。

 何かを言おうとして、言葉が出てこないイーリスにエリザベスは困ったような表情を浮かべる。


「ご用件はそれだけでしょうか?」
「…あ、ああ」
「わたくしのクラスは、次は魔法実技のため移動しなければなりませんの。時間も限られていますし、もう教室に戻られた方がよろしいですわ、殿下・・


 イーリスの瞳が大きく見開かれた。
 ごきげんよう、と声をかけて、エリザベスはイーリスの横を通り過ぎる。 

 すると、廊下の先にレアーヌが立っていてエリザベスをじっと見つめているのに気づく。やっぱり一緒だったのね、とエリザベスは内心ため息をついた。
 どんどんイーリスに対する気持ちが消えていく。レアーヌが歩いてきて、エリザベスに向かって口を開いたそのときだった。


「エリザベス」


 聞き慣れたアルトの声に振り返る。イェーレだった。
 同じように次の授業に使う荷物を抱え、早足に寄ってきた彼女にエリザベスは首を傾げる。


「え…イェーレ、どうしたの?」
「忘れ物をしていましたので持ってきました」


 エレン、と呼びかけてなんとか直す。唐突に仲が良くなった印象をクラスメイトに与えている状態のため、さらに愛称で呼ぶといらぬ憶測を呼ぶと思われたためだ。あの中庭に来る面々の前だけであれば、今まで通りエレンと呼ぶようにしている。
 慣れないといけないわね、と内心苦笑いしながら、エリザベスは表面上驚いたように取り繕った。


「あら、まあ…うっかりしていたわ。ありがとう」
「…っ、なんで」


 レアーヌの驚いたような声に思わず振り返れば、やはり驚いている様子だった。
 何に対して驚いているのだろうか、とレアーヌを見ていれば、彼女はぶつぶつとなにか呟いていた。耳を澄ませて聞こえてきた内容にエリザベスは益々困惑するばかりだった。


「…取り巻きが…イーリスの様子も変だし…レオナルドのイベントも起きないなんて…どうなってるのよ…」


 思わず、エリザベスはイェーレの方を見やる。すると彼女は瞳を細めてレアーヌを睨んでいるようだった。
 エリザベスの視線に気づいたのだろう、イェーレはふ、とエリザベスに視線を向けると僅かに口角を上げて微笑む。


「参りましょう、エリザベス」
「え、ええ。ごきげんよう、ダンフォール様」


 礼儀として声をかけて、レアーヌの横を通り過ぎる。その折ギッと睨みつけられたが、エリザベスはそれを流した。睨まれるだけなら無害なのだ。反応して火に油を注いだ状態になるのはエリザベスとて望んでいない。
 返事もしないレアーヌをおいて、エリザベスとイェーレはその場を後にした。

 彼女たちの背後の方で、その様子を見ていたクラスメイトたちがいたことも気づかずに。


 魔法実技の授業は、エリザベスの好きな授業のひとつだった。
 魔法には属性があり、火・水・土・風の4属性、それから光と闇の特殊属性の全部で6属性ある。精霊魔法もそれに準じており、それぞれの属性を持つ精霊がいる、と以前の昼休みにイェルクは教えてくれた。

 エリザベスの適正属性は水と土である。ダブル属性持ちは高位貴族に発現しやすく、エリザベスもその例に漏れなかった。もちろん、シングル属性だけでもそれを極めればダブルに打ち勝つ可能性が非常に高いため、シングルだから、ダブルだからといった差別はほとんどない。


「そういえば、イェーレの属性は風?」
「ええ。風と、光です。ちょっと余計なのもついてますけど」
「余計?」


 ちょいちょい、とイェーレがエリザベスを手招きする。
 エリザベスは魔法の発動を停止させると、イェーレの傍に寄った。イェーレはエリザベスの耳元に口を寄せ、囁く。


「エルは、母方の従兄なんです」
「……え?従兄、って、ことは…」
「エルからしたら、私の母はエルのお父様の妹になります」


 つまり、ライズバーグ夫人は元ヴェラリオン皇女。イェソンとイェーレは精霊族の血筋を受け継いでおり、詳細は口外できない皇族特有の特殊な光属性を持っているとのことだった。
 そして、ライズバーグ夫人がヴェラリオン皇女だったことは一部の王族・貴族しか知らないらしい。そんなことを知って大丈夫なのか、とエリザベスは思ったが、イェーレがグッと親指を立てたので大丈夫らしい。


「ただまあ、扱いやすいのは風ですので、最も相性が良いのは風なのでしょう」


 珍しく魔法の呪文を唱えながら、手のひらに小さな竜巻を作り出したイェーレは呟く。
 精霊の加護を受けているわけでもないのに精霊魔法が使えるのは非常に目立つ。だからそのカモフラージュで詠唱魔法も勉強しているらしい。

 エリザベスも詠唱すれば、手のひらサイズの水の玉がふわりと手のひらの上に浮かぶ。
 いまの授業内容は魔力の微細なコントロールを覚えることを目標としており、長時間このサイズを維持し続けるのが課題となっていた。

 片や、精霊族とのハーフ。片や、7年間王子妃教育を受け続け、王妃からの覚えも目出度い努力の令嬢。
 周囲がコントロールに必死になり、悲鳴もあがりつつある中のんびりと会話をしながら維持し続けるといったことは難なく出来るレベルのふたりであった。

 ちら、とイェーレの視線が手元の竜巻から違うところへ向けられた。エリザベスもつられて、顔をできる限り動かさずに視線を向ける。

 そこにいたのは、レアーヌだった。彼女は精霊の加護持ちな上、希少な全属性適正セクスタプルであるために、魔力の扱いが難しいようだった。
 エリザベスと同じ水魔法で水の玉を手のひらの上に維持しようとしているようだが、大きさが一定しない上に、時々霧散させてしまっているようだった。


「ねぇ、イェーレ」
「はい」
「…あの日、あのとき、あなたたちが声をかけてくれなかったら…わたくしは、道を踏み外していた気がするわ」


 きっと。イーリスの隣を守ろうと、必死になっていた。
 婚約者としての権力、公爵家の権力を用いてレアーヌを排除しようとしていただろう。そして、そんなエリザベスの様子を見て周囲は動く。それがどんな方向に走るか、冷静な頭で考えればわかることだった。
 そして、それはイーリスとの距離を更に遠ざけるものになっていただろう。気持ちの整理をつけられないまま、イーリスと結婚するか。それとも――と、そこまで考えてエリザベスは頭を振った。

 もう、そんなことは考えなくていいのだから。


「…僭越ながら申し上げますと、そうなっていた・・・・・・・と思います」


 イェーレは、視線を自身の手のひらの竜巻に向けたまま告げる。


「激情に流されるままに道を踏み外す方が楽だったのかもしれません。でも、あなたは思い留まった。それはとても痛みを伴うものだったでしょう。でも、あなたはそれを決断して、実行できた」


 エリザベスとイェーレの目が合う。
 表情こそ変わらないものの、レンズの奥にあるイェーレの黒い瞳は穏やかで、優しげで。


「わたくし、エリザベスのこと応援しておりますよ」
「…っ、イェーレ」


 イェーレがイェルクとの仲を応援している、と暗に指していることを理解したエリザベスは顔が熱くなったのを自覚した。と、同時に手のひらにあった水の球が霧散した。
 あ、と思わずエリザベスが声を零すと、イェーレは瞳を閉じた。


「もう!ひどいわ、イェーレのせいよ」
「それは申し訳ありませんでした」


 返ってきた楽しげな声にひとかけらも悪いと思っていなさそうだと呆れつつも、エリザベスも思わずクスクスと笑った。


 そんなエリザベスとイェーレの様子を見ていたクラスメイトの令嬢たちは、顔を見合わせる。いつの間にか名で呼び合うほどに仲良くなったエリザベスとイェーレに困惑していたが、よくよくふたりのやり取りを聞いていればあの人形令嬢イェーレは無表情であるものの、どことなく雰囲気が楽しそうで。


「…私、フェーマス様があんな風に楽しそうに声をあげて笑っているの初めて見たわ」
「私も…ライズバーグ様も、表情は変わらないままだけどなんだか楽しそうに見えるわ」


 ふたりが預かり知らぬうちに、クラスメイトたちからのふたりの印象が変わっていく。
 そんな様子にレアーヌがエリザベスたちのことを睨みつけていたなど、エリザベスは気づいていなかった。
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