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ステファニー視点
05. ああ、ようやく
しおりを挟むあとはもう、ヤージェ先生の独壇場だった。
この場にはいない現役の裁判官方と連絡を取り、レガール卿の力添えもあって早々に原文を差し押さえ。
そこに薄っすらと、黙字が記載されていることを記録した。印刷時に消えるよう、意図的に細工してあったのが確認されたのだ。
本来であれば、ヤージェ先生にそのような権限はもうない。
もちろん、その点を陛下は追求された。
けれど一度退いた裁判官は、万が一のために現職と同等の権限を三回行使できるのだと、ヤージェ先生は笑って仰った。
そのうちの貴重な一回を私のために使ってくださったのは、本当に有り難いわ。
―― そしてあの夜会から、一ヶ月後。
懐かしの我が邸の前に馬車を止め、御者の手を借りて下りる。
玄関前にはすでにお父様とお母様がいらっしゃって、お母様は感極まって泣いていた。
「お父様、お母様。ただいま戻りました!」
「ステフィー!ああ、良かった…良かった!」
「おかえり、ステフィー」
ふたりの腕の中に駆け込む。
ああ、ようやく。ようやく帰れた。
私は王妃のティアラを脱いで、この場にいる。
ようやく陛下と離婚が成立したのよ!
「そうだ、ステフィー。帰ってきて早々悪いが、お前に客人だ」
「客…どなた?」
「ぐす…ええ、ええ、あなたの大切な方ですよ」
大切な方。
そんなの、ひとりしかいないわ。
今すぐ駆けていきたいのをぐっと堪えて、お父様と一緒に邸に入る。お母様は私の荷物を部屋に運ぶ指示を出してくださるらしい。
応接間に通されたというけれど、道のりが長い。こんなに長かったかしら。
ドキドキとしたまま懐かしい廊下を通り、お父様が一声かけて応接間に入る。
―― お父様越しに見えたその姿に、思わず駆け込んだ。
「シェル様!」
「ステフ!」
お父様の前だということも忘れて、思い切り抱き締め合う。
こんなことをしてももう誰にも咎められないわ。だって、私はもう独り身なのだもの!
柑橘系の爽やかな香り。ああ、懐かしい。
こんなに風に近づけなければ分からないほどの香り。
ゆっくりとシェル様が体を離す。
どうしたのかと見上げていれば、シェル様はあの夜会のときのように跪いた。
懐から取り出された指輪ケース。その蓋が開けられる。
キラキラと、金色かと紛うほどに輝く魔石がはめ込まれた指輪。
「ステファニー・クォンタム様。私の運命。どうか、私の番となっていただけないでしょうか」
…ああ。ようやく、ようやくこの日が来たのね。
ずっと、ずっと願っていたこの日が。
ボロボロと涙が溢れていく。
差し出されていたその指輪ケースを受け取り、頷いた。
「シェルジオ、グランパス様…っ、どうか、どうか私をあなたの番に、してください!」
「もちろんだ、ステフ!」
その日、我が家の夕飯が豪華なものになったのは、言うまでもないわね。
一週間後には、私はエインスボルト王国に、家族はヴァット王国よりは小規模ながらも、貿易港がある隣国のグリジア皇国に引っ越した。
お父様は爵位を返上した。かなり引き止められたらしいけど、お父様は「もうこの国に腰を据えてやっていけん」と眉間に皺を寄せながら仰った。
従業員のこともあるからヴァット王国に支店を残すけど、本店はグリジア皇国に移転。
一から商人として、グリジアでやっていくことになった。
それから数年が経ち、シェル様 ―― シェルと無事結婚した。
シェル様のご家族には快く迎え入れていただき、特に妹君のシェヘラザード様からは「お義姉さま!お義姉さまが出来たわ!」ととても喜んでくださった。
もう王妃ではなくなった私だけれど、ヴァット王国で王妃として外交した際の人脈は途切れていない。
そのためか、フィーネ女王陛下から「外交官として働いてくださらない?」とお声がけいただいて今ではエインスボルト王国の外交官を務めている。
憧れのユーリ王配殿下とも仕事上会話する機会ができて、とても嬉しい。
ツェツィ様からも折を見てお茶会にご招待いただいたり、私の方からツェツィ様を招待させていただいたりしている。
今日も今日とて、ユーリ王配殿下との業務連絡にウキウキとしながら出ようとしたら、背後から抱き締められた。
「……ステフ」
「シェル、これでは仕事ができないわ」
「分かってるけど、嫌だ」
「女王陛下と王配殿下の仲がとても良いのはシェルも知っているでしょう?」
「そうだけど…」
むす、と口をとがらせるシェルがとてもかわいい。
角に当たらないように気をつけながらも、頬を擦り付けてくるシェルに「うふふ」と笑った。
「シェル」
もう一度、声をかけると渋々離れた。
そんなシェルに向き直り、シェルの頬に手添えて踵を少し浮かせる。彼の頬にキスを落として、微笑んだ。
シェルは一瞬目を丸くしたけれど、嬉しそうに瞳を細める。
「いってくるわ」
「いってらっしゃい」
「……ええい鬱陶しい!早く行け!」
エヴァン殿下の怒声に私はいそいそと部屋を出る。
シェルと結婚してすぐ、一緒にエインスボルトの大神殿に赴いて祈りを捧げた。
聞けば、シェルもエレヴェド様からお言葉を頂いていたそう。
エレヴェド様や祭司長様に直接お伺いすることはできなくとも、エレヴェド様への祈りは届く。エレヴェド様のお言葉がなければ私は死んでいたかもしれないのだから。
あの夜会の後、ヴァット王国の貴族たちは、勘違いしていた申し訳なかったと、相次いで私に謝罪を申し込んできたけど…それらはすべて、忙しいという理由で断った。
人の不幸は蜜の味という。貴族社会において私の噂は娯楽だったでしょう。
彼らは十分楽しんだのだ…その分、私への謝罪の機会がない上、国政がまともに回らないことで大いに苦しめばいい。
唯一表立って私を助けてくれていた宰相のレガール卿と、裏で支えてくれたウォレット侯爵、カリスト伯爵は、ヴァット王国を見限り爵位を返上してご家族と共にシェザーベル国に亡命した。もともと、皆様領地を保有しない宮廷貴族ということもあって身軽だったみたい。
従来の爵位ほどではないけれど、レガール卿らの功績から貴族として受け入れてくださったそうだ。まあ、私がこっそり口添えしたからというのもあるのでしょうけれど。
…あの地獄とも思える日々で、彼らだけが気にかけてくれたから。恩返しよ。
ビビアナは、国際裁判所から派遣されてきた裁判官に罪を告白した。
カタリナ様に命令されてこっそり、体調が悪くなるよう少しずつ毒を盛っていたのだと。
毒を盛ったのは精霊が「よくないものが入ってる」と言っていた砂糖菓子。しかも全ての菓子にではなく、一部の菓子だ。目印がついていたようで、何か問題があったときは目印がついていた砂糖菓子だけをこっそり回収する予定だったらしい。
幸いにもその毒が入った砂糖菓子を口に入れた機会が少ないこと、精霊が指摘してくれたこともあり、あの日以降、砂糖菓子を食べることを止めたということもあって毒の影響はさほどないそう。
…そして、あの夜会の日。カタリナ様は、他にも指示を出していた。
私が毒を盛ったと見せかけるように、夜会中に部屋の中に毒瓶を仕込むように、と。
そこから私を追い込み、正妃を退かせて自分が正妃に就こうとしたみたいね。あとは私に毒杯を飲ませ、始末すればおしまいだと。
…それを知ったシェルが怒り狂って、抑えるのが大変だったわ。
エヴァン様の一喝とフィーネ女王陛下のお言葉でなんとか諦めていただいたけど。
カタリナ様は、お望み通りルーク陛下の正妃となられた。
ビビアナを脅して犯罪に走らせた黒幕ではあるけれど、空席となった正妃に誰も推挙しなかったことから、カタリナ様は正妃にならざるを得なかった。
国内や他国に打診してもダメだったみたいね。当然でしょうけど。
正妃に求められる教養は側妃の比ではない。元々足りない教養をすぐに身に着けなければならず、公務と正妃教育に忙殺されてお洒落する時間もなくなったのだとか。
国際裁判所から条約を批准していないと名指しされたヴァット王国の信頼はかなり低い。
ルーク陛下も、私にばかり任せていた公務の多さに頭を抱え、新宰相は今にも倒れそうらしい。
まあ、私にはもう関係ないことですから。
「女王陛下、王配殿下、失礼いたします。今度の会合に使われる資料をお持ちいたしました」
「あ、グ、グランパス、夫人。ああり、がとう」
「ありがとう、ステファニー様。…ついでで申し訳ないのだけれど、ちょっと手伝ってくださる?もう頭が茹だりそうだわ」
「かしこまりました」
「手伝ってくださるお礼に、ユーリの新刊にサインつけてもらいましょうか」
「え!?よろしいのですか!?」
「え、あ、うん」
「…本当、ステファニー様はユーリが好きね」
苦笑いを浮かべた女王陛下に、私は笑って答える。
「尊敬する方ですから。でも、一番好きなのは夫です!」
「分かるわぁ、違うのよね。ねえステファニー様、終わったらお茶にしましょう?少し話がしたいわ。グランパス卿はユーリが相手してちょうだいな」
「うん。僕の方から、グランパス卿に伝えておくよ」
ああ。エレヴェド様。
あの日、祭司長様から貴方様のお言葉を賜り、ようやく幸せになれました!
どうか、今後もお見守りくださいますよう、お願いいたします。
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