僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 1

第21話 初恋の行方(上)

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 自分がしていることに疑問を感じてないわけじゃないんだけど……。
(そうは言っても、気持ちいいからシたくなっちゃうんだよね。俺ってエッチなのかなぁ……)
 最後の一コマの授業中。頬杖をつき、ぼんやりと考え事をしてしまう俺は、昨夜の司の声、表情、息遣いを思い出すと身体が熱くなったりもした。
(俺……好きなのかなぁ……司のこと……)
 あんまり深く考えたことないし、そんなことないって思う反面、一回だけじゃなく何度も司とそういうことをシたがる俺は、司のことが好きなんじゃないか……と、疑問に感じたりもする。
(もし、司に付き合ってって言ったら、司は俺と付き合ってくれるのかなぁ……)
 よくわからない。司とエッチなことはしてるけど、セックスはまだしてないし。司も“シよう”とか“シたい”とかは思ってないみたい。
 俺と付き合ったら司は俺と“セックスしたい”ってなるのかな。別に司とシたいってわけでもないんだけど。
 でも、性欲処理のためだけに司とエッチなことをするのも虚しいんだよね。最近は。
 虚しいっていうか……物足りない?
「悠那くぅ~ん。授業終わったよぉ~? 帰らないのぉ~?」
「へ? あ……ううん」
 考え事をしているうちにいつの間にか終業チャイムが鳴っていたらしい。未来に声を掛けられてハッと我に返った俺は、放課後モードに突入している教室に思わず苦笑いになってしまった。
 全く……何を考えていたんだろう。最後の授業がなんの授業だったのかも覚えてないよ。
 机の上を片付けると鞄を持って教室を出た。
 帰ったら司に聞いてみようかな。
『俺と付き合ってみる?』
 って。司はなんて答えるんだろう。
 きっと驚くんだろうな。あたふたして
『なんでそんなこと言うの?』
 って聞いてくるかも。もしかしたら、また「そういう意味で好きじゃない」って話になって、俺とエッチなことするのをやめちゃうかもしれない。それはちょっと嫌。
 校舎を出て校門を抜けると目の前に一台の車が停まっていた。
 こんな学校のド真ん前に車が停まってるなんて珍しい。
(誰かのお迎えかな?)
 と思っていたら車の窓が開いて
「悠那」
 まさかの朔夜さんが顔を覗かせた。
 嘘……なんでここに朔夜さんが? 夢?
「え……あの……どうしたんですか? 誰かのお迎えですか?」
 ここは芸能科のある学校だから、朔夜さんの知り合いというか、事務所の後輩がいるのかもしれない。Abyssは後輩想いの先輩だから後輩のお迎えにでも来たのかもしれない。
 ところが
「うん。悠那を迎えに来たの」
 朔夜さんは俺を指差してニコッと笑った。
 笑顔可愛い~っ! 格好いい~っ! 萌える~っ!
 っていうか……俺? 今朔夜さん、俺を迎えに来たって言った?
 夢? 夢なの? なんで朔夜さんが俺を迎えに来るの?
「この前のお詫びがしたくてさ。とりあえず乗ってよ」
「えっと……はい」
 この前のお詫びとは? 俺の記憶を辿る限り、親睦会くらいしか思い当たるものがないけど。俺、朔夜さんにお詫びされるような何かされたっけ? どちらかといえば、俺が朔夜さんにお詫びをしなきゃいけないって感じなんだけど。
「悠那さん? どこ行くんですか?」
 促されるままに車に乗り込む俺に、聞き慣れた律の声が飛んできた。
 既に車の中に身体の半分以上を乗り込ませている俺が律を振り返ると、朔夜さんの手が俺を車内に引っ張り込んできた。
「ちょっと悠那連れてくね。この前のお詫びがしたいから。今日中には家に帰すってリーダー君に伝えておいて」
 俺の代わりに朔夜さんはそう言うと、車のドアを閉め、アクセルを踏んで車を発進させた。
 想定外の朔夜さんとのドライブが始まった。
「あ……あの……お詫びって?」
 助手席に座らされた俺は緊張でドキドキしながら朔夜さんを見る。
 運転している横顔が堪らなく格好いい。
「お詫びっていうのは建前かな? 俺が悠那に会いたかったの」
「っ……!」
 夢だーっ! きっと俺、まだ学校で授業を受けてる途中なんだ。授業中に居眠りして、こんな幸せな夢を見ているに違いないっ! 絶対にそうだよっ!
「え……何やってるの? 悠那」
「痛い……」
 しきりに両頬を抓る俺を、ちょっとびっくりした朔夜さんが横目で見てきた。
 抓ったほっぺたが普通に痛い。ってことは、これ、夢じゃないの?
「いや……夢かと思って……」
「何それ。ほんと、悠那は可愛いなぁ~」
「~……」
 面白そうに笑われてしまった。
 だって……こんなことがあるの? って思うじゃん。俺のこと、会いたいからって理由で朔夜さんが迎えに来るなんて。
「悠那の連絡先知らないからさ。どうやって会おうか考えたんだけど、学校の前で待ち伏せするのが一番手っ取り早いと思って。どこの学校に通ってるかは知ってたし、俺も三年前までは通ってた学校だから場所わかるし」
「朔夜さんも通ってた学校だったんだ」
「そう。だから、悠那はある意味俺の後輩ってことになるね」
 わざわざ通うほどの学校でもないと思ってたけれど、朔夜さんが通っていたって聞くだけで“行ってて良かった”と思ってしまう俺の単純具合。
 我ながらチョロいなぁ……。
「どこか行きたいとこある?」
「へ? いや……これといって特に……」
「じゃあ……俺の家に連れてってもいい?」
「え⁈」
 朔夜さんの家? 俺、Abyssの月城朔夜の家に入れてもらえるの?
「は……はいっ!」
 それはもう是非とも行きたい!
「じゃあ決まり」
 急な展開に面食らってばかりだけど、憧れの朔夜さんと一緒にいてテンションが上がらないわけがない。
 朔夜さんのプライベートが覗けるなんて夢みたいだし、俺なんかが覗いていいの? って、申し訳ない気持ちにもなるけど。
 30分ほど車を走らせた朔夜さんは、俺達が住んでるマンションよりもずっと立派なマンションの駐車場に車を停め、車のエンジンを切った。
 さすが日本を代表する国民的アイドル。住んでる建物も立派なんだな。俺達の住んでるマンションも充分立派だとは思ってるけど。
「こっち」
「はい」
 朔夜さんに手招きされて付いていく俺は、始終顔が緩みっぱなしである。
「わー……広ぉ~い。綺麗~」
 外から見ても立派な建物は中も想像通り立派だった。立派で、綺麗で、広い。
「ここに一人で住んでるんですか?」
「そうだよ」
「へー……」
 俺達五人が住んでいる部屋より広いところに朔夜さん一人で住んでるんだ。
「寂しくならないんですか? こんな広いところに一人で」
 つい本音が出てしまい、しまった、と思う。
 でも、だって……俺だったら絶対寂しくなっちゃいそう。って思っちゃったんだもん。
 一人暮らしをしたことない俺は、帰ったら家に誰もいないのを寂しいと思っちゃうんだよね。家には誰かしらいて欲しいって思ってるし。
「うーん……時々寂しくなるかな? でも、一人暮らしって慣れたら快適だよ」
「ですよね。すみません。俺、変なこと言っちゃいましたよね」
「全然。悠那が寂しがり屋さんなんだってことがわかったよ」
「うぅ……」
「何か飲む? お茶とかジュースとか。とりあえずなんでもあるよ?」
「お茶がいいです」
「了解。座ってていいよ」
「はーい」
 だだっ広いリビングのソファーを指差され、俺は言われるままにソファーに腰かけた。
 座り心地が凄くいい。ベッドくらい大きいし。いつもここに朔夜さんが座って、のんびり寛いだり、たまにはうたた寝なんかしてるんだろうな。
 なんか感動する。そこに俺が座ってるって。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
 お茶を入れたグラスを持って俺の隣りにやってきた朔夜さんからグラスを受け取ると、俺はすぐさまグラスに口をつけた。
 思わぬ展開で面食らうわ緊張するわで喉もカラカラだったんだよね。
「悠那にお詫びがしたいっていうのは建前でもあるけど、本音でもあるんだ。この前はごめんね」
 一気にグラスの半分までお茶を飲み干した俺を見ながら、朔夜さんも自分のグラスに口をつけた。
「お詫びなんていいですよ。俺、お詫びされるようなことされたと思ってないですし」
「でも、俺のせいで悠那がみんなの見てる前でキスされちゃったから、嫌だったら悪かったなって」
「あれは俺にも非があったっていうか……。朔夜さんは憧れの人だから、朔夜さんにならされてもいいって思った俺がいけなかったのかと……」
 確かに、みんなの見ている前で司にキスされることになってしまい、俺は腹が立ったし実際怒った。
 でも、誰が悪かったのかって冷静に考えたら、朔夜さんにキスを迫られて拒まなかった俺なのかな? って気がしなくもなくて。
 だから、俺が朔夜さんに謝られる必要はないし、朔夜さんも気を遣わなくていいのにって思う。俺自身、あのキスのことはもう怒っていないわけだし。
「俺とキスしてもいいって思ってたんだ。嬉しいね」
「~……っ」
 俺はまた余計なことを……。そこはもうちょっと違う言い方とかしようよ。“朔夜さんにならされてもいい”とかさぁ……凄い軽い奴みたいじゃん。
「じゃあさ、今もシたいって言ったら? キスしてもいいの?」
「え……」
 言われて朔夜さんを見上げたと同時に、俺の唇は朔夜さんに奪われていた。
 優しく吸い付いてくる唇に、俺の体温が一気に上昇する。
「んっ……」
 ちゅっ、って吸い上げられる唇が溶けちゃいそうに気持ちいい。
 司とするキスとはちょっと違う。もっと甘くて大人のキスって感じ……。
「…………奪っちゃった」
 ほんの数秒間の甘くて蕩けそうなキスの後に囁かれ、俺はとろんとなった目で朔夜さんを見詰めた。
「悠那……その顔は反則……」
「んんっ……」
 また唇を奪われて、さっきより甘くて深いキスをされてしまう。
 絡め取った舌をなぞるように愛撫され、泣きそうなくらいに感じちゃう。
「ぁん……んっ……んん……っ」
 司とするキスも甘くて気持ちいいけど、朔夜さんにされるキスは圧倒されてしまう。経験の差とか、大人と子供の違いを見せつけられてるって感じ。
 キスされてるだけなのに全身が溶けちゃいそうなほど気持ちいい。キスだけでどうにかなっちゃいそう……。
 俺の唇を余すとことなく堪能するようなキスをすると、最後に濡れた音を立てて唇を離した朔夜さんは
「可愛い反応。感じちゃった?」
 なんて言う。
「……は、ぃ……」
 朔夜さんにキスされた俺がどんな顔をしているのかなんて鏡を見なくてもわかる。身体中が甘く痺れて、だらしない顔をしてるに違いない。それに……。
「エロい顔……そそられるね」
 勃っちゃってる。
 俺の感じきった顔を見て微笑む朔夜さんの顔はやっぱり色っぽくて……。俺の身体はどうしようもなくゾクゾクしてしまう。
(朔夜さんにエッチなことシて欲しい……)
 そんな風に思ってしまうのは、俺が司とエッチなことしちゃってるから?
 前に司と付き合わないのかって海に聞かれた時
『俺、もし同じ男の人と付き合うなら朔夜さんみたいな人がいいし』
 って答えた俺。
 俺が朔夜さんにエッチなことして欲しいって思うのは、俺が朔夜さんをそういう目で見てるからってことなのかな。
 今日の授業中、もしかして俺は司のことが好きなのかも……って考えたけど、俺の好きな人って司じゃなくて朔夜さんなのかな。
「ん? どうしたの? 何か言いたそうだね」
 疼く身体を抑えられない。でも、朔夜さんにそんなこと言えない。
 言いたいのに言えないもどかしさで泣きそうな顔になる俺を見て、朔夜さんの手が俺の頬に優しく触れてくるから――。
「俺……朔夜さんにシて欲しい……です……」
 俺は朔夜さんの手を掴み、その手に頬擦りをしてしまっていた。


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