僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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番外編 ~Go Home~

    蘇芳司の五日間(2)

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 1月2日。
「司ーっ!」
 悠那の乗った電車の到着時間より少し早めに駅の改札に向かった俺は、しばらくして、改札の向こうから俺を見つけて手を振ってくる悠那の姿に、自然と心が癒された。
 大晦日から始まったオフだから、悠那と会えなかった時間は二日程度。
 たったの二日? と思われるかもしれないけど、俺は悠那と一日だって顔を合わせないと寂しいし、辛いのである。
 悠那は改札を抜けると
「会いたかった~っ!」
 思いっきり俺に抱き付いてきたりする。
「俺も会いたかったよ。乗り換えで迷わなかった?」
「うん。大丈夫だったよ」
 悠那の頭を撫でてあげると、悠那はとても嬉しそうな顔になる。
 駅の構内は人もまばらで、俺と悠那が会って早々イチャついていても、あまり気に留めるような人もいなかった。
 まさか、こんな田舎の駅に――一応都内ではあるが――、アイドルが二人もいるとは思っていないのだろう。
 おまけに、寒がりな悠那は防寒もばっちりだから、よくよく見ないと悠那だと気付く人間もいないと思う。完全防備の悠那は全身もこもこで、パッと見、悠那だとわからないシルエットである。頭には暖かそうなニット帽も被っているし。
 対する俺も、帽子を深く被り、念のためにマスクをして眼鏡も掛けているから、顔の半分くらいは隠れている。
「実家はどう? のんびりできてる?」
「うーん……。お兄ちゃんがなかなか離してくれないから、あんまり休めてる感じがしない」
「ははは……大変だね」
 おいおい、悠那の兄。弟が可愛くて仕方ないのはわかるけど、ちょっとは悠那をゆっくりさせてやれよ。実家に帰っても休めないとか可哀想だろ。
「あと、俺に恋人がいるってバレちゃった。やっぱり薬指に指輪とかしてたらバレちゃうんだね。でも、司と付き合ってることはさすがに黙っといたよ。ほんとは言いたかったけど、まだ早いかなって思ったし」
「俺も一緒だよ。でも、そのうちちゃんと報告しようね」
「うん」
 駅を出ると、悠那の手を引いて家までの道を歩いた。途中、コンビニに寄って絆創膏を買うと
「姉ちゃんがうるさいから。悠那の家に行く時は俺が付けるね」
 と、悠那の右手の薬指に、指輪の上から絆創膏を貼っといた。
「ほんとは見せびらかしたいけど、しょうがないよね」
 悠那はちょっと唇を尖らせたけど
「でも、秘密の恋人っていうのもちょっと楽しいかも」
 すぐに機嫌を直して笑うのだった。
 ほんと、何から何まで可愛い恋人である。こんな可愛い恋人を堂々と自慢できないのも残念な話だ。
 駅から歩いて5分ほどで着いた俺の実家に
「ここが司の実家かぁ~。なんか嬉しい~」
 悠那は本当に嬉しそうな顔をした。
 多分、今後も悠那は俺の実家に足を運ぶ機会があると思う。こうして毎回無邪気な気分では来られないかもしれないけど。
「どうぞ」
「お邪魔しま~っす」
 俺が玄関を開け、悠那を家の中に招き入れると
「いらっしゃい。あらまぁ。一瞬、司が彼女を連れてきたのかと思っちゃったわ」
 出迎えてくれた母さんが、笑いながらそんな冗談を言ってきた。
 うん。それ、冗談なんかじゃないんだけどね。事実なんだけどね。
「初めまして。如月悠那です。いつも司にお世話になってます」
 母さんの後から父さんも顔を出し、悠那は初めて会う俺の両親に可愛らしく頭を下げて挨拶をした。
 行儀よく挨拶する悠那の姿に、うちの両親はもうメロメロみたいな顔をしてるんだけど……。
 悠那の可愛さは老若男女問わず、人をメロメロにしてしまうことを改めて実感した。
「いやぁ……テレビで見て知っていたけど、こんなに可愛い男の子がいるもんなんだなぁ」
 真面目でわりと厳格なところのある父さんも、初めて間近で見る悠那の可愛さに、思わず感心してしまうほどだった。
 そして
「いやぁ~んっ! いらっしゃいっ! 悠那君っ! 相変わらず可愛いぃ~っ! 髪の毛伸びて更に可愛いぃ~っ!」
 両親から遅れて玄関にやって来た姉ちゃんは、一度は会ったことのある悠那に既にメロメロである。
 俺とは全く違う態度で悠那を出迎える姉ちゃんに、俺は“またか”と呆れてしまいたくなる。
 なんで弟の俺と悠那でここまで態度が変わるんだ。異常なまでのハイテンションに、父さんも母さんもびっくりするじゃん。
 ってか、その格好何? 俺が悠那を迎えに行く前までは、締まりのないスウェットの上下とか着てなかった? なんでわざわざ着替えたんだよ。普段家の中でそんなちゃんとした格好なんかしてないじゃん。
 おまけに、さっきまではしてなかった化粧までしてるよね? ひょっとして、姉ちゃんが遅れて玄関に出てきたのはそのせいか? 悠那の前ではスウェット姿でいたくないし、スッピンも見られたくないってこと?
「何もないとこだけどどうぞ~」
 挙げ句の果て、我が家を卑下するような言葉まで言う姉ちゃんだった。
 父さんや母さんが言うならまだしも、姉ちゃんの言うセリフでもない。
 悠那が遊びに来ただけで一気に賑やかになる我が家ではあるけれど、うちの家族が悠那を歓迎してくれるのは嬉しかった。
「炬燵だっ! 炬燵があるっ!」
「え? 悠那の家にはないの? 炬燵」
「うん。ないの。だから、炬燵のある家って憧れちゃう」
 炬燵なんてどこの家にもあるものだと思っていた。リビングに入るなり、真ん中にドーンと置かれた炬燵に、悠那は物凄くテンションを上げたからちょっとびっくりした。
 でも、考えてみれば、俺達が共同生活を送っている部屋にも炬燵がないよな。最近はいろんな暖房器具があるし、インテリアもお洒落重視になってきてるところがあるもんね。マンションも空調は基本完備になってるし、場所を取る炬燵は冬の定番じゃなくなりつつあるのかもしれない。普段俺達が使っている部屋も、炬燵がなくても全く困ってないし。
 それにしても、悠那は炬燵が憧れなんだ。可愛いな。
「入っていい?」
「いいよ」
「わーい」
 悠那は炬燵の前にちょこんと座ると、炬燵布団を捲って、炬燵の中に足を突っ込んだ。
「あったかぁ~い。幸せ~」
 物凄く満足そうな顔になる悠那に、俺は可愛いが止まらなくなりそうだ。
 家族の目がなけりゃ、ここで悠那にちゅーして、思う存分悠那を愛でていることだろう。炬燵の中で悠那にエッチなこととかもしてやりたい。
「悠那は寒がりだから、炬燵の中はあったかくて幸せだろうね」
 俺は悠那の隣りに腰を下ろすと、悠那と一緒のところから炬燵に足を突っ込んだ。そして、炬燵の中でそっと悠那の手を握ると、悠那はチラッと俺を見上げてから
「へへ~……」
 嬉しそうな顔になって笑った。
「外寒かったでしょ?」
 すっかり炬燵が気に入った悠那に微笑みながら、母さんがあったかいお茶とお菓子を持ってきてくれた。
「はい。でも、いっぱい着込んできたから大丈夫でした」
 久し振りに俺に会えたのと、俺の実家に遊びに来たことが嬉しいのか、悠那は始終にこにこしっぱなしだった。悠那の愛くるしい笑顔を見ていると、見ているこっちも嬉しくなるし、幸せな気分にもなる。
「はぁ……ほんとに可愛い。なんでこんなに可愛いのかしら。司、あんたもう悠那君を嫁にしなさいよ。そしたら、悠那君連れて里帰りとかできるでしょ?」
 俺達の正面に座った姉ちゃんは、あまりの悠那の可愛さに、そんなことまで言い出した。
 言われなくてもそのつもりだけど、だからって
『そのつもりだよ』
 とは言えない。
「そうねぇ……。こんな可愛い子なら、司のお嫁さんに欲しいくらいね」
 姉ちゃんの言葉に母さんまでそんなことを言い出した。
 いや……本当にそうしていいならそうするよ? もう遠慮とかしないよ? 今この場で、悠那と付き合ってる宣言しちゃうよ?
「二人とも何を言ってるんだ。そんなこと言われても悠那君も困るだろ? 悠那君だって、将来は可愛いお嫁さんが欲しいよな?」
 唯一、父さんだけがまともな意見を述べたけど、そう言われてしまう方が、俺も悠那も困ってしまう。
「えーっと……どうですかね? まだちょっとわからないです」
 悠那は困惑しつつも、なんとかその場を取り繕った。
「ま、司に悠那君はもったいないわよね。そもそも、司に結婚する相手ができるかどうかも謎だし。結婚できる甲斐性があるとも思えない」
 言ってはみたものの、現実的ではない発言だと思ったらしい姉ちゃんにそう言われ、俺はちょっとだけムッとした。
 もったいないってなんだ。そりゃ、もったいないのかもしれないけど、悠那は俺がいいって言ってくれてるのに。
 それに、悠那と一緒になる甲斐性くらいある。俺は悠那と一生添い遂げる覚悟だってできてるんだからな。
「そんなのわかんないじゃん。姉ちゃんこそ結婚なんかできるの? そんな性格だと男に逃げられるんじゃないの?」
「はあ⁈ 失礼ねっ! これでも私、結構モテるんだからねっ!」
「ほんとに? 姉ちゃんのそんな話、聞いたことないんだけど」
「なんであんたに言わなきゃいけないのよっ! 言うわけないでしょっ! あんただって、彼女の話とかしないじゃないのっ!」
「姉ちゃんなんかに言いたくないよ。色々うるさそうだし」
「あんたって子はっ! なんで悠那君が来た途端、生意気なことばっかり言うのよっ! 腹立つわねっ!」
 悠那の前で馬鹿にされっぱなしなのは面白くないから、ついつい言い返してしまうと姉弟きょうだい喧嘩が始まってしまった。
 うちの中ではわりと当たり前の光景でもあるんだけど、悠那の目の前だから
「こら。二人ともやめなさい」
 すかさず父さんが止めに入ってくれた。
 いきなり始まった姉弟喧嘩に、悠那は戸惑っているのかと思いきや
「司が口喧嘩してるところなんて初めて見た。喧嘩しててもあんまり怖く見えないね」
 悠那は楽しそうに笑っていた。
 悠那の笑顔を見ていると、姉ちゃんに腹を立てるのも馬鹿らしくなってしまうから不思議だ。
 それは、姉ちゃんも同じなのか
「そうなのよね。だから、余計に腹が立つって感じもするんだけど。ま、人に怖い顔しないのはいいところかも知れないわね」
 俺と喧嘩するのはやめにして、俺をちょっとだけ褒めるようなことまで言ってきた。
 どうやら悠那は俺と姉ちゃんの仲を上手く取り持つ効果もあるようだ。
 その後、俺の家族とすっかり打ち解けた悠那は、沢山喋り、沢山笑い、益々うちの家族に好かれることとなった。



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