僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

    願いは叶えるためにある⁈(6)

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 それはもう、俺がもっとも望んでいない展開であり、地獄のように思える時間だった。
「ね~、司く~ん。彼女さんと別れて、私と付き合おうよ~」
「あのさ、陽平。私、陽平に振られたこと、未だに納得できてなかったりもするんだけど?」
「陽平はさ、俺といるのと夏凛といるの、どっちが楽しかったわけ?」
 初っ端からお酒を飲んでいる湊さん、ありすさん、夏凛さんの三人は、五人が揃ってから一時間後にはすっかり出来上がってしまい、その更に一時間後には正体をなくす寸前にまで酔っ払い、素面の俺や陽平に絡み放題である。
 俺はありすさんにしっかりホールドされてる状態で、あからさまにありすさんから口説かれているし、最初は俺の隣りにいたはずの陽平は、湊さんと夏凛さんに奪われ、二人から詰め寄られてタジタジだ。
 どうしてこうなった? 三人が酔っ払う前に……と思っていたのに、蓋を開けてみれば、出来上がった三人と素面二人という、一番恐れていた展開になってしまっているんだけど……。
「わかった。彼女にしてくれなくてもいいから、愛人にしてもらおう。ね? それならいいでしょ?」
「いいわけないじゃん。っていうか、そんな扱いでいいの?」
 陽平や夏凛さんが来る前、湊さんとありすさんの二人から敬語禁止令を出された俺は、その二時間後、二人に普通にタメ口を利けるようにはなっていたけれど、それが逆に親しい間柄で戯れているだけのように見えてしまうから困りものである。
 俺に戯れているつもりはなくて、本気で迷惑してるんだけど……。
「だってぇ~、司君、全然私に靡いてくれないんだも~ん。こうなったら、身体だけの付き合いでもって思うじゃない?」
「なんてこと言うの。ダメでしょ? アイドルがそんなこと言っちゃ」
「じゃあ付き合ってよ」
「それは無理」
 個室で人目がないのをいいことに、ありすさんは俺の腕に絡みつき、柔らかい胸を俺の腕に押し付けてきたりするから、俺は悲鳴を上げそうになった。
 本来男なら、こういう展開は“美味しい”と思うのかもしれないし、仮に彼女がいたとしても、ちょっとくらいつまみ食いしても……と、気持ちが揺らいでしまうものなのかもしれないけど、悠那以外の人間に全く興味がない俺は、ただただ困惑するし、迷惑であった。
 時計の針は9時を回りそうで、そろそろ悠那も仕事が終わり、こっちに向かって帰って来ている頃だろう。
 過去に二度も襲われかけたことのある悠那だから、悠那に単独の仕事が入った場合、優先的にマネージャーが付き添うようにしてくれている。悠那の方は心配ないだろうけど、今頃マネージャーの運転する車の中で、俺からのメールを見て不満を爆発させているかもしれない。
「ん~……どうしたら司君は私に振り向いてくれる?」
「どうしたって無理。俺、恋人いるし」
「浮気とかしないの?」
「しません」
「司君のそういう真面目なとこ、益々いいなって思っちゃう。司君の彼女って、浮気する気もなくなるくらいに可愛いの?」
「うん。めちゃくちゃ可愛い」
「ムカつく~っ!」
 ああもう……酔っ払いってほんと面倒臭い。まるで言葉が通じない人間を相手にしているような錯覚に陥りそう。
 最初は、悠那が来てくれれば……と思ってたけど、こんなところに来られても、それはそれで困るから、今日はおとなしく家に帰っていて欲しい。
「あれ~? 司君。スマホ鳴ってるよ?」
「へ? ああ……いっ⁈」
 俺にぎゅうぎゅうと胸を押し付けてくるありすさんの肩をやんわり押し返しながら、ズボンのポケットからスマホを取り出すと、画面には悠那の番号が……。
 どうしてこのタイミング? 一番電話をかけてきて欲しくない時に限って、悠那から電話がかかってくるなんて……。
「ちょっと電話出てくるから……」
「ここで出ればいいじゃない」
「いや……それはちょっと……」
「わかった。彼女だ」
「はいはい。そうですよ」
「私が代わりに出てあげる~」
「は⁈」
 電話を口実に、ありすさんから離れられるチャンスだと思ったのに。ありすさんは俺の手からスマホを奪い取ると
「はぁ~い、蘇芳司のスマホで~す」
 取り返そうとする俺の手を躱し、そのまま悠那からの電話に出てしまった。
 ほんともう……これは怒ってもいいレベルの悪ふざけだ。酔っ払っているとはいえ、ちょっとだけありすさんに腹が立った瞬間だった。
「返してよっ! もうっ!」
 俺は勢い良く立ち上がると、その拍子に身体のバランスを崩したありすさんの手からスマホを取り返し、スマホを耳に押し当てながら慌てて部屋の外に出た。
「ごめん、悠那。今……」
《今の何? 誰?》
「えっとぉ……」
 ヤバい……悠那、めちゃくちゃ怒ってる。声だけでもうわかる。
「だから、仕事終わりにご飯に誘われて……」
《それは知ってる。メール見たから。女の子と一緒なの?》
「女の子と言いますか……」
《橋本ありすがそこにいるの?》
「ぃ……います……」
 仕事終わりにご飯に行くことになったとは報告したけど、メールでは《湊さんに誘われて》としか伝えていなかったから、詳しい面子を明らかにはしていなかった。
 ただ、“仕事終わり”って入れたから、今日の仕事が一緒だったありすさんもいることは、悠那にも簡単に想像ができたかもしれない。
《二人なの?》
「まさか。湊さんに誘われたって送ったでしょ? 陽平もいるよ」
《ふーん……》
 陽平と湊さんの名前が出ると、悠那は少しだけ落ち着きを取り戻したような声になったけど
《で? なんで橋本ありすが俺からの電話に出たの?》
 俺の傍にありすさんがいたことはやっぱり気に入らないようで、ムッとした声で聞いてきた。
 なんでって言われましても……。酔っ払ったありすさんが俺のスマホを奪って、勝手に電話に出たとしか言いようがない。
 全然関係ないけど、どうして悠那はありすさんの名前を言う時、《橋本ありす》ってフルネームで言うんだろう。しかも、呼び捨てで。物凄い距離を感じる。
 俺と番組で共演してて、過去に俺に告白までしてきたありすさんのことを、悠那は一方的にライバル視でもしてるんだろうか。ありすさんじゃ悠那のライバルになんてならないのに。
 っていうか、悠那相手じゃ誰もライバルになんてならないんだけどな。
「それは……ありすさんが酔っ払って……」
《なるほどね。つまり、司は酔っ払った橋本ありすに言い寄られて、簡単にスマホを奪われちゃうような状態なんだ》
「違っ! 誤解だってばっ! そんな状態なんかになってないっ! 俺、必死でありすさんを遠ざけようとしてる真っ最中っ!」
《ってことは、言い寄られてるのは事実なんだね》
「あぅー……」
 悠那のヤキモチセンサーは正確で、この場にいなくても大体の状況がわかってしまうらしかった。
 くそ……やっぱり湊さんの誘いになんか乗らなきゃ良かった。もしくは、三人が酔っ払い始めた時に、陽平と一緒に逃げ出せば良かったよ。
 ありすさんと二人っきりじゃないことと、陽平がいることに安心して、帰るタイミングを完全に逃してしまったことが悔やまれる。
《どこのお店?》
「へ?」
《どこのお店にいるの?》
「え……もしかして……来るの?」
《当たり前でしょ? 司が橋本ありすに言い寄られてるって知って、おとなしく家で待ってるなんてできるわけないじゃん》
「えっとぉ……」
 俺が酔っ払ったありすさんに手を焼いていると知った悠那は、機嫌を損ねて電話を切ってしまうかと思ったけど、実際はそうならなかった。
 むしろ、今からここに乗り込んでくる気満々だから、俺は場所を教えるべきかどうかを悩んでしまった。
 だって、こんな状況を悠那に見られたくないし、見せたくない。
 でも、教えないわけにはいかないから、俺がいるお店の場所と名前を告げると
《5分で行く》
 冷たい声でキッパリと言い放つなり、プツッと電話を切ってしまった。
 また5分? 前にマネージャーが家に来た時も、「5分くらいで着く」って言ったけど。最速で向かう時は“5分”を使うのが鉄板だったりする?
 ただでさえ収拾がつかなくなってしまっている状態に、悠那まで来たらどうなってしまうんだろう……。
 これも俺の蒔いた種なのかもしれないけど、どうして俺がこんな目に? ほんと、世の中って理不尽。
 俺は悠那と一緒にいられればそれで幸せで、悠那以外の人間からの愛なんていらないのに。
「電話終わった~? 彼女さん何か言ってた?」
「あのねぇ……」
 電話が終わって部屋の中に戻ると、身体を横にして俺の帰りを待っていたありすさんが――俺達が通された個室は掘り炬燵式の座敷になっていて、寝転がることも可能だ――、悪戯っぽい笑顔で俺に聞いてくるから、俺は呆れた溜息を零してしまった。
 っていうか、そんな風に寝転がったら、開いた胸元からブラが見えちゃってるんですけど? それも何かの作戦? 誘惑されてるの? 俺。
「おい、司。どうすんだよ、この状況」
「どうしようねぇ?」
「全部お前のせいだからな」
「そう言われましても……」
 俺は俺で大変だけど、陽平は陽平で大変そうである。両サイドから湊さんと夏凛さんに捕まっている陽平は、俺と違って二人を乱暴にあしらいながら、俺に不満全開の視線を投げてきては、俺に恨みがましい言葉を投げてくる。
 悠那にももちろん謝るけど、あとで陽平にも謝っとかなきゃ。
 今は二人の相手をするのに手一杯だから、俺への怒りも不満をぶつける程度で収まっているけど、内心では俺にめちゃくちゃ腹を立てているに違いない。
 それにしても、お酒の力ってほんと怖い。湊さんや夏凛さんはまだ許容範囲だとして――幸い、酔った二人に絡まれていないから、そう思うだけかもしれないけど――、普段は清楚で可憐なアイドルでしかないありすさんが、酔っ払っただけで人格が変わり、色仕掛け全開で絡んでくるようになるとは思わないよね。
 俺ももうすぐ二十歳になるけど、お酒には充分気をつけよう。陽平みたいに“飲まない”という選択も検討しておこうかな。
「お前のせいなんだからなんとかしろ」
「無理だよ。俺が陽平に助けて欲しいくらいなのに」
「ほんと、酔っ払いってどうしてこんなに面倒くせーの?」
「同感」
 今やテーブルを挟んで向かい合うほどに離れてしまった俺と陽平は、お互い自分に絡みついてくる手から逃れるため、あの手この手を使って大奮闘だった。
「そんなことより、陽平。悠那が来ちゃうんだけど、どうしよう」
「は? あいつ来んの?」
「めちゃくちゃ怒ってるんだけど……」
「そりゃ怒るだろ。そんなお前見たら」
「まだ見られてないよ。だから、その前にどうにかありすさんを引き剥がしたいんだけど……」
 最早普通に座っていることもできないのか、ありすさんは俺の手を握り、俺の膝の上に頭を乗せて、幸せそうな顔をして寝てしまおうとさえしている。
 口説かれるよりはマシなのかもしれないけど、そんなところで寝ようとしないで。
「司君……」
「ん?」
「ふふ……」
「……………………」
 何? 寝言? え? ありすさん、ほんとに寝かけてる?
「ちょっと、ありすさん? 俺の膝の上で寝ないでよ」
「司君の膝枕~……幸せ~……」
 どうやらまだ意識はあるらしい。一瞬寝てしまったのかと焦ったけど、俺の声に反応したありすさんは、俺の太腿に頬擦りするようにしながら、俺の膝枕を堪能している。
 マジ勘弁して。っていうか、ありすさんは明日イベントがあるから、今日はしっかり寝とかなきゃいけないんじゃなかったっけ? こんなところで酔っ払ってる場合なの?
 そもそも、明日のイベントに備えるのであれば、お酒を飲むこと自体を控えれば良さそうなものなのに、人格が変わるほどに酔っ払ってしまっては、明日のイベントに支障をきたすんじゃなかろうか。
「司君の膝、男の子って感じがするね」
「そりゃ男だもん。そんなことより、そろそろ家に帰った方がいいんじゃないの?」
「平気平気。まだ全然大丈夫」
「俺が全然大丈夫じゃないんだけど……」
「え~?」
 俺の膝の上で頭を揺らすありすさんは、俺の太腿に指先を這わせると、その指を少しずつ足の付け根の方へと移動させてきた。
「っ⁈」
 そして、その指が胡坐をかいて座っている俺の股間辺りに伸びてこようとしてきたから、俺は慌ててその手を掴む。
「なっ! ちょっ……どこ触ろうとしてんの⁈」
「ちっ……バレたか」
「バレたか、じゃないよっ!」
 嘘でしょ? ありすさんってそういう子? 驚きを通り越してちょっと幻滅なんだけど。
「司君って背が高いから、ソコもおっきいのかな? って気になっちゃって」
「気にしないでもらえる? そんなこと」
 初めて酔っ払ったありすさんを見た時は、人って酔っ払うとこんなになっちゃうんだ……くらいにしか思わなかったけど、よくよく考えてみれば、あの時からありすさんは俺に対してボディータッチが激しかったし、女の武器みたいなものも使ってきた。
 そして今日、「愛人にして」とか「身体だけの付き合いでも……」って言ってきたところからして、酔うとセックスアピールが強くなるらしい。
 しかも、たった今ナニを触られそうになった俺は、貞操の危機すら感じてしまう。
 酔うとセックスしたくなるタイプなのか? つまり、ありすさんの性欲が強いってことなんだろうか。普段の姿からは想像できないけど、エッチなんかも大好きってことなのかもしれない。
 エッチ大好きな悠那と付き合っている俺としては、セックス好きな子は嫌いじゃないし、むしろ好きだけど、それは自分の恋人がそうだから、俺も喜んでいるだけの話。
 悠那からの誘いならいくらでも乗るし、堪らなく可愛いと思うけど、付き合ってもいない相手から誘われると、“股の緩い子だな”くらいにしか思わない。
 ありすさんにはそうであって欲しくなかったんだけどな……。
 っていうか、ありすさんは今、自分がどんなセクハラ行為を行おうとしたか、わかっているんだろうか。これ、下手すると猥褻罪で訴えられるレベルだよ? 事務所に知られたら、共演NGになってもおかしくないレベルだよ?
「ほら。起きて。起きてもう家に帰ろ」
「嫌~……まだ司君と一緒にいる~……」
「明日イベントあるんでしょ? 早く寝ないといけないんじゃなかったの?」
「司君と一緒に寝る~」
「無茶言わないで」
 全くもう……ほんと困る。これ、どうしたらいいんだろう。
 どうせ一夜明けたら、ありすさんは今日のことを死ぬほど後悔して、気まずそうに俺に謝ってくることになるんだろう。
 それがわかっているのに、どうして自分を制御することができないんだろう。そこはもう、自己管理の問題だし、それができないありすさんを見るたびに、俺の気持ちもどんどんありすさんから遠ざかっていくだけなのに。
「あのね、ありすさん。俺には大事な人がいて……」
 ここはもっとハッキリと、ありすさんを拒絶する姿勢をしっかり見せるべきだと思った俺は、意を決して、ありすさんに強気な態度を取ることにした。
 俺の膝の上に全体重を乗っけているかのようなありすさんを、強引に引き起こそうとした時だ。バンッ! と勢いよく部屋のドアが開け放たれて、眉毛を釣り上げて怖い顔をした悠那が現れ、口をキュッと結んだまま、俺に向かって一直線に突き進んできた。
「悠……悠那?」
 足を踏み鳴らし、大股で俺に歩み寄ってきた悠那は、だらしない格好で俺の膝の上に頭を乗せているありすさんを一瞥すると、その肩を掴み、力任せに俺から引き剥がした。
「いったぁ~いっ!」
 俺から引き離されたうえ、突き飛ばすように床に放り出されたありすさんは、当然身体を床板に打ち付け、痛い思いをすることになった。
 女の子に対する扱いが雑過ぎる悠那に慌てるが、悠那はそんなことなんてどうでも良さそうな顔で立っている。
「何やってるの? 司」
 悠那の第一声は恐ろしく冷めた声で、静かなものだった。
「ご、ごめん……」
 その静かさが逆に怖い俺は、オロオロしながら絞り出すような声で謝った。
 すると、悠那の顔が般若のように更に怖くなり
「ごめんじゃないよっ! これ、立派な浮気だよっ! 浮気と見做すっ!」
 今度は一気に爆発させた怒りを、力の限り俺にぶつけてきた。
「えぇっ⁈」
 悠那が現れてほんの数秒の出来事だったけど、その一瞬の間で、必死にありすさんから逃れようとしていた俺の時間全てを、悠那に浮気認定されてしまった俺は、あまりにも手厳しい判定に驚くと同時に、浮気したと見做された俺はどうなるの? と不安になった。
「いたたたた……って、悠那君?」
 怪我はしなかったものの、どうやらお尻を床に打ち付けたらしいありすさんは、その痛みで少しは酔いも醒めた様子。打ったお尻を擦りながら、突然現れた悠那の姿にきょとんとしている。
 どうやら少し前の俺と陽平の会話は全く聞いていなかったみたいだ。悠那が来るって話は、今から5分ほど前に陽平としたんだけどな。
 悠那は宣言通り、5分……いや、5分もしないうちにここへ来て、俺を怖い顔で睨み付けているのだ。
「えっと……浮気と見做された俺はどうなるの?」
 でも、今はありすさんのことなんてどうでもいい。俺からありすさんを引き剥がしたものの、俺に対してはなんのアクションも起こしてこない悠那に、俺は心配で堪らなくなってしまう。
 悠那の性格を考えたら、物凄い剣幕で俺を責め立て、怒りと勢い任せに二、三発は殴ってきてもおかしくなさそうな場面なんだけど……。
 まさかとは思うけど、「別れる!」とか言い出さないよね?
「ん? それはね……」
 乱入早々、乱暴にありすさんを俺から引き剥がした悠那に、室内の視線は悠那に集中していた。「悠那も呼んだら?」と言っていた湊さんでさえ、突然の悠那の登場には面食らって、ポカンとした顔で悠那を見上げている。
 そんな中、悠那は周りの視線なんか一切気にならない様子で、俺だけをジッと見下ろしてくると、不安で胸がいっぱいになっている俺の膝の上に跨り、俺に抱き付くのと一緒にキスしてきた。
「んんっ⁈」
 平手打ちでもされるのかと覚悟していた俺は、頬に痛みが走るのを感じるのではなく、唇に柔らかい感触を感じることになり、何がなんだかわからない。
(なんでここでキス⁈ しかも、舌っ! 舌入ってるっ!)
 知った間柄とはいえ、俺達の関係を知らない人間がいる前で突然悠那からキスされた俺は、どうして悠那がこういう行動に出るのかが、すぐにはわからなかった。
「んっ……ゅ……」
 悠那の柔らかくて滑らかな舌が俺の舌を絡め取り、甘くちゅぅっと吸い上げてくると、嫌でも腰にきてしまう。
 待て待て……待って。俺、こんなところで押っ勃てるわけにはいかないんだけど?
「ったく……」
 みんなの前でキスシーンを披露することになった俺と悠那に、陽平はハッと我に返るなり、頭が痛そうに額を押さえた。
 湊さん、ありすさん、夏凛さんの三人は、しばらくの間、ポカンをしてその光景を眺めているだけだったが……。
「えぇ~っ⁈」
 酔った頭でも状況が理解できるようになるなり、声を上げて驚いた。
「これでどう? 司」
「どうって……」
 かれこれ1分以上は俺の唇を堪能していた悠那は、ようやく俺の唇を解放すると、フフン、と鼻を鳴らしながら得意気に言ってきた。が、俺は何を問われているのかがよくわからなくて、みんなと同じような間抜け面をすることしかできなかった。
「今回の浮気は今ので許してあげることにする。これで少しは虫除けできたと思うし」
「虫除け……」
 虫除け? 虫って……まさか、ありすさんのこと言ってるの?
 確かに、今のを見たらありすさんもドン引きで、さすがに俺と悠那の関係にも気付いたんじゃないかって気がするけど……。
 もしかして、それが狙いだったりする? 悠那との関係を隠したまま、のらりくらりとありすさんを躱そうとする俺に腹を立てた悠那が、ありすさんに宣戦布告をしたってこと?
「悠那っ⁈」
「だって、これ以上司に付き纏われたくないんだもん。司もハッキリ拒絶しないし」
「拒絶してないわけじゃないよ⁈ でも……」
「いくら番組で共演してるからっていっても、司は俺のだもん。誰にもあげない」
「……………………」
 最早、俺との関係を隠す気なんて更々なさそうな悠那に唖然とするが、なかなか俺を諦めてくれなさそうなありすさんと、そのありすさんにあまり強く出られない俺を見兼ねた悠那なら、そういう行動に出るのもわかる気がする。
 どんなに俺が悠那のことを愛していても、心の底から悠那一筋でも、悠那のヤキモチ焼きは筋金入りだし、俺がありすさんに強い姿勢を取れないことも、悠那は随分前から気に入らなかったのは明らかだ。
 俺の気持ちを疑ってはいないんだろうけど、これを機に、“司は俺のもの”という事実を、ありすさんにハッキリ示そうと思ったのかもしれない。
「全くもう……しょうがない子だね」
「司がいけないんだよ? 俺というものがありながら、他の子にいいように言い寄られちゃってさ」
「俺が浮気するわけないのは知ってるでしょ? 悠那一筋なのに」
「それはわかってるけど……面白くないものは面白くないの」
 ここへ乱入してきた時は鬼の形相だった悠那も、俺とキスしたことで機嫌を直してくれたらしい。俺の膝の上に跨ったまま、俺にぎゅうっと抱き付いてくると、俺の首筋に顔を埋め、甘える猫みたいにすりすりと頬擦りしてきた。
 俺に甘える可愛い悠那の身体を抱き返し、いつも通りの二人に戻れたことを喜んだのも束の間――。
「司君。どういうことか説明してもらえるかな?」
「へ?」
 そもそも、こうなった経緯を考えれば、これで一件落着、とはならなくて当然だ。
「え……えっとぉ……」
 今度は顔中を引き攣らせて笑うありさんにたじろいだ俺は、今まで散々はぐらかしてきたありすさんに、一から全て説明することを余儀なくされた。



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