僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

第11話 君が望む世界(1)

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「ねえ、律。律って今何か欲しいものとかある?」
「え? いえ……特には……」
「えー? なんかないの? 欲しいもの」
「そう言われましても……」
 11月になると、“過ごしやすい”から“肌寒い”と感じるようになり、もうすぐ冬がくるんだな……と冬の訪れを感じるようになる。
 そんな中、唐突な質問をしてくる悠那さんに戸惑う律を横目に、僕はその返事が大いに気になっていたりする。
 今月は律の誕生日があるからな。僕も律の“欲しいもの”には興味を抱かずにいられない。
 メンバーの誕生日にはちゃんとプレゼントを用意する僕達は、メンバーの誕生日が近づくにつれ、今年は何をあげようかな? ってことで頭を悩ませる時期がやってくる。
 大概は独断で選んだ品をプレゼントすることになるわけだけど、ごく稀に、今の悠那君のように直接本人にリサーチする場合もある。
 考えてはみたけれど、納得できるものがないから直接本人に欲しいものを聞いてしまおう、ってなった場合だ。
「そう言えば、律にアクセサリーってプレゼントしたことがないね。でも、律は普段アクセサリーをつけないから、プレゼントしてもつけてくれない?」
「そんなことないですよ。頂いたものは大事にしますし、ちゃんとつけますよ」
「ほんと? じゃあピアスあげたらつけてくれる? 律ってあんまりピアス持ってないし、この前、雑誌で律に似合いそうなの見つけたんだ」
「はあ……って、もしかして、僕の誕生日プレゼントの話ですか?」
「当たり~。色々考えてるんだけど、なかなかコレっていうのが思い付かなくて。もう直接本人に聞いてみよう! ってなったの」
「なんでもいいんですけどね。たとえコンビニで売っているお菓子でも、プレゼントとして頂けたら僕は嬉しいですよ」
「それはちょっと無欲過ぎない? 律ってほんとにいい子だね」
「無欲=いい子、とは限りませんよ」
「でも、律はいい子だよ」
 リビングのソファーに並んで座り、和気藹々と団欒している二人の姿は、傍目に見ると微笑ましくて、可愛いなぁ~……と見ているこっちも和んでしまいそう。
 もちろん、僕が愛情を注ぐ対象は律のみではあるけれど、悠那君の容姿が律同様に可愛いのは事実だし、可愛い男子二人が戯れている姿は、僕にとっての目の保養になる。
 ま、あまり和んでばかりもいられないところはあるんだけどね。ちょっと目を離すと、悠那君がとんでもない行動に出ることもあるから。
 悠那君のせいで、僕の律が何度危険な目に遭ったことか……。
 それでも、こうして僕が見守る中、仲睦まじくお喋りしている二人の姿は可愛いから、僕も一歩離れたところから見守ることはよくある。
「はぁ~……疲れた。俺、絶対デスクワークに向いてない」
「あ、お疲れ様です。お仕事終わったんですか?」
「うん。なんとか」
 ダイニングテーブルに座り、律と悠那君の仲睦まじい姿をただ眺めていただけの僕は、疲れた様子で部屋から出てきた司さんを見るなり、ついつい椅子から腰を上げていた。
 今から二時間ほど前、夕飯後に自室に籠って仕事を始めたらしい司さんに、何か飲み物でも出してあげようと思ったからである。
 司さんが部屋で仕事をしていたから、悠那君も司さんの邪魔をすまいとリビングでおとなしくしていたところに、僕と律が仕事から帰ってきたから、話し相手を探していた悠那君が律の腕を取り、リビングのソファーに連れて行ったから、今こうなっているのである。
「お疲れ様、司。いいの書けた?」
 一緒にいるのに二時間も放置されていた悠那君は、司さんの仕事が終わったとわかるなり、パッと顔を明るくして、自分の席に腰を下ろす司さんに駆け寄った。
「うーん……いいかどうかはわかんないけど、とりあえず書き終わったからいいかなって」
「後で読ませてね」
「恥ずかしいからやだ」
「なんで? どうせ後で読むんだよ? 雑誌が発売されたら、もっと沢山の人が読むのに」
「嫌だよ。俺、文才とかないと思うんだよね。なのに、雑誌のエッセイなんて……。いくら一回きりだって言われても、なんで俺なんか選んだの? って言いたい」
「きっと司が格好いいからだよ」
「文章書くのに容姿って関係ある?」
「あるんじゃない? だって、あの雑誌に連載してるエッセイって、毎回人気俳優や女優、売れっ子アイドルやタレントが書いてるし」
「有名人のエッセイコーナーだから、そりゃ美男美女ばっかりになるよ。俺が言いたいのは、他にも適任がいるはずなのに、なんで俺なの? ってこと」
「さあ? それはわかんない」
 司さんが二時間も部屋に籠りっきりになって取り組んでいた仕事とは、某雑誌のエッセイコーナーに載せる原稿書きで、学生時代、読書感想文くらいしか書いた記憶がないという司さんにとっては、苦痛でしかない時間だったらしい。
 読書感想文しか書いたことないはずはないだろう。小学生の頃、作文とか書かされたりとかしたでしょ? と言いたいけど、司さんの記憶には読書感想文の記憶しか残っていないようだった。
 それだけ、読書感想文を書くのに苦労したってことなのかもしれないけれど、何はともあれ、司さんは自分に回ってきた仕事を、なんとか片付けることができて安心した様子であった。
 司さんが書いたエッセイというのが物凄く気になるから、司さんが書いたエッセイが載った雑誌が発売されたら、ちゃんと買って、律と一緒に読もうと思う。
「こういう仕事なら、俺より律の方が向いてると思うんだけどな。律って文章書くの上手そう」
「そんなことないですよ。僕の書いた文章はあまり先生から褒められた記憶がありません」
「そうなの? 意外」
「律の文章は硬すぎて、作文というよりは小説や論文みたいな感じでしたからね。先生としては、もう少し子供っぽい文章で書いて欲しかったんでしょう。でも、文章自体は上手だったと思いますよ。小学生が書いたとは思えないほど難しい言葉もいっぱい出てきますし、読むだけで勉強になりそうです」
「ああ……そういうことね。納得」
 小学校の頃から学校での成績は常にトップクラス。メンバー内でも知的なイメージが強い律は、文章を書くのも上手だと思われているようだ。
 実際、律はとても分かりやすくて纏まった文章を書くから、文章を書くこと自体は上手なんだと思う。
 ただ、あまりにも無駄がなく、綺麗に纏まり過ぎた文章を書くから、子供らしくて素直な作文を書かせたい先生としては、もうちょっと自由に書かれた元気な文章を期待したのだろう。律が書いた作文は、確かに先生から褒められることはあまりなかった。
 でも、知っている語彙は豊富で、難しい言葉もいっぱい出てくるから、その点を褒められることは多々あった。
 生憎、小学校を卒業した後は、律の文章力を披露する機会もなかったから、律が自分の文才に気付くこともなく、ここまできてしまったけれど。
 要するに、律は文才がないのではなく、子供らしい文章を書くのが苦手なだけであって、もし、エッセイを書けと言われたら、そつなく纏まった綺麗な文章を原稿用紙4、5枚ほど、あっという間に書き上げてしまうことができる能力を持っている。
 読書好きの律は、ありとあらゆるジャンルの読みものを網羅していて、エッセイなんかもたまに読んだりするもんね。
 作文を褒められたことはないけれど、文章自体は上手いと聞いた司さんは、酷く納得したような顔になり
「なら、律はそのうち小説を書いてみたらいいかもね」
 と、僕が淹れた紅茶に手を伸ばし、淹れたばかりでまだ熱い紅茶を一口だけ啜った。
「律の書いた小説も読んでみたいですけど、律には作曲の才能もあると思うんですよね。僕は律に僕達の曲を作ってもらいたいと思ってますよ」
「へー。そっちの才能もあるんだ。律は多才だね」
「俺、律の作った曲なら歌ってみたい」
「でしょ?」
 ついさっきまでは傍観者だった僕も、司さんが部屋から出てきたことによって話の輪の中に入り、無意識のうちに律自慢をすることになっていた。
 もっとも、多才と言われた律の方は恥ずかしそうで
「余計なこと言わないでよ」
 と、僕を不満そうな顔で睨んできたりもするのだが。
「でもさ、この前出したアルバムでは、俺達作詞にも挑戦したから、次は作曲にも挑戦したいよね」
「作詞も作曲も自分達でしたアルバムとかいいですね」
 いつの間にか、ダイニングテーブルに集まってしまったメンバーに、僕は三人分の紅茶を追加で淹れることにした。
 因みに、陽平さんは冬から始まるドラマ撮影の顔合わせ兼親睦会で、今日は昼過ぎから出掛けている。顔合わせの後に飲み会があると言っていたから、帰りは遅くなるだろう。
 お酒は全く飲めない……というか、飲まないようにしている陽平さんだけど、飲み会の席は別に嫌いではないようで、仕事終わりに誘われたら、わりとすんなり付き合うことも多い。
 ま、陽平さんはもともと人付き合いが上手な人だから、飲み会を通じて交流を深めるのも好きなんだろう。内向的なうちのメンバーと違って、社交的と言えるのは陽平さんだけってことなんだろうな。
 と言うより、あとの四人はグループ内恋愛なんかをしてるから、外に出て行くより、家の中で恋人とイチャイチャしていたいだけってことでもあるんだけれど。
「えー? 作詞であんなに苦労してたんだから、作曲になったらもっと苦労するに決まってるじゃん。そもそも俺、楽譜とか読めないし書けないよ? それで作曲とか無理じゃない?」
「鼻歌で作ればいいじゃん。メロディーさえ作れば、あとはいい感じにアレンジしてくれるよ」
「それってちょっと格好悪くない?」
「そう? じゃあ、鼻歌で作った曲を、律に楽譜にしてもらえばいいんだよ」
「なるほど。その手があるね」
「ちょっと。なんで自分達で作曲する方向に話が進んでるんですか? そんな簡単にはいかないと思いますよ?」
 デビューから二年が経つと、貰える仕事の種類も増えてきた気がするから、あらゆる方面での才能を開花させる必要はあると思う。だから、いろんなことにチャレンジする気持ちは大事だと思うけど、実際はそう上手くいかないのも事実だろう。
 自分達で作詞作曲したアルバムを出したいという目標は素晴らしくていいけど、律が言うように、そう簡単にはいかないということくらい、僕にだってわかっている。
 だって、律以外のメンバーはまともに楽器を触ったことがないし、作曲なんかもしたことがないんだから。“やりたい!”でできるものではないと思う。
 でも、幼い頃から音楽に慣れ親しんできた律ならできそうだと思うから、せめて律だけでも作曲に挑戦して欲しいという気持ちはある。
 僕の誕生日に作ってくれた律の曲は、今では僕の一番のお気に入りってくらいに好きな曲だし、何度聴いてもいいメロディーだなって思うもん。
 この才能を埋もれさせておくのは絶対にもったいない。
「そりゃそう上手くはいかないだろうけど、挑戦はしてみたいじゃん。俺達にも後輩ができたんだしさ。これからは先輩として、後輩に尊敬されるような存在にならなくちゃ」
「それはそうですけど……」
「そう言えば、後輩との顔合わせって明日だったよね? どんな子達なのか楽しみだよね」
「そうですね」
 思い付くままにポンポンと喋る悠那君のおかげで、話の内容がどんどん変わっていく。
 律の誕生日プレゼントの話から始まって、司さんが受けた仕事の話を経由して、律の文才の話、作曲の話になって、今度は後輩の話とは……。
 だけど、そうやっていろんな話ができるのは楽しいし、極々自然に展開される話題に、僕達も難なく付いて行けてしまう。
「みんなまだ会ってないんだよね?」
「会ってないですね。マネージャーも“ちゃんと紹介する席を設けた”って言ってましたから、あえて顔を会わせないようにしてたんじゃないですか?」
「そうかもね」
「まあ、俺達は後輩の顔を知らないから、仮にどこかで顔を見ていたとしても、それが後輩だとは気付けないんだけどね」
「確かに」
 律の誕生日プレゼントにも悩むところだが、11月は11月で忙しくなりそうだから、なかなかゆっくり考える時間はないのかもしれない。毎年買いに行くのがギリギリになっちゃうから、今年は早めに準備したいと思ってるんだけどな。
(今年の律の誕生日プレゼント……一体何にしたらいいんだろう……)
 物心ついた頃から一緒にいる律には、プレゼントの定番らしいものは一通り渡し終えちゃってるから一番悩む。
 僕の誕生日に自作の曲を贈ってくれたうえ、ようやくちゃんとした恋人同士の関係になれた律に、今年は特別なものをプレゼントしたいって思ってるんだけどな……。
 毎年しきりに頭を悩ませているんだけれど、控えめで自己主張の弱い律が欲しがるものが、僕はいつだってわからない。



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