お兄ちゃん絶対至上主義☆

藤宮りつか

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第一章 綻び

 1

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 俺の兄ちゃんは格好いい――と世間一般的には言われている。
 俺もそう思うから否定はしない。俺の兄ちゃんは間違いなく格好いい。
 体格はいいし言動も男らしい。何より、顔の作りが整っていて格好いい。そりゃもう「格好いい」と騒がれるのは当然だとしか言いようがない。
 だけど――。

「おーい。真弥ー。兄ちゃん今からスーパー行くけど、お前も一緒に行く?」
「うん。行く」

 最近の俺は兄ちゃんを格好いいと思う気持ちより、可愛いと思う気持ちの方が強かったりするんだよな。
 確かに、俺の兄ちゃんは体格が良くて言動も男らしいし、男前な顔をしているっちゃしているんだけど、今年で二十五歳になるっていうのに、弟の前で自分のことを「兄ちゃん」とか言う兄って可愛過ぎじゃない?
 っていうか、みんなに「格好いい」と言われている顔だって、よくよく見れば格好いいより綺麗だし。ちょっとつり目ではあるけれど、ぱっちりとした大きな目は睫毛が長くて可愛い。笑った顔は幼くて特に可愛いんだよな。

「んじゃ支度しな。つっても、すぐそこのスーパー行くだけだから、支度も何もねーんだけど」
「あるよ。だって俺、まだ顔洗ってないし。服だって着替えてないもん」
「はあ? 何やってたの? お前。朝飯食ってからもう三時間だぞ?」

 今日は日曜日。俺も兄ちゃんも休みだから、朝御飯を食べた後、俺は部屋でのんびりダラダラと過ごしているだけだった。
 予定のない休日なんていつもそんなものだ。顔を洗うのも着替えるのも面倒臭くて、ついつい自堕落な時間を過ごしてしまう。
 まあ、兄ちゃんは何か色々やってるみたいだったけど。
 洗濯とか掃除とか。普段仕事でないがしろになってしまう家の中のあれこれを朝からやっているみたいだった。
 ちなみに、兄ちゃんは学校の先生――高校で数学の教師をやっていて、俺は兄ちゃんが勤める高校に通う生徒だったりする。
 俺と兄ちゃんは歳が八つ離れているから、兄ちゃんは大人、俺は子供って感じだった。
 両親はいない。四年前に二人揃って事故で亡くなってしまったから。
 だから、それ以来、兄ちゃんが俺の親代わりみたいなものでもある。
 不器用な俺と違って兄ちゃんは器用だから、家事でも何でもすんなりこなしてしまい、兄ちゃんと二人だけの生活になっても、俺は何の不自由もしなかった。
 もちろん、両親を二人同時に亡くしてしまったことは悲しいし寂しかったけど、俺には兄ちゃんがいたから。兄ちゃんと二人で頑張って行こうって思えたんだよな。

「お待たせ」
「おー。んじゃ行くか」
「うん」

 顔を洗い、パジャマ代わりのスウェットからジーパンとトレーナーに着替えた俺は、似たような格好で玄関先に立っている兄ちゃんの元へ駆けて行った。
 季節は春。出掛けるのには丁度いい気持ちのいい天気だった。

「お前、昨日は早々に寝ちまってたみたいだけど、宿題はちゃんと終わってんの?」
「うん。終わってる」
「ならいい。学校はどうよ。新しいクラスには慣れたか?」
「うん。日向や与一が同じクラスだし楽しいよ」
「そっか。そりゃ良かった」

 せっかくの休日だっていうのに。プライベートでも兄ちゃんは教師の一面を見せてきたりする。
 ま、弟が自分の学校の生徒なんだから、生徒としての俺が気になってしまうのも仕方がないよな。
 仮に俺が兄ちゃんの勤める学校の生徒じゃなかったとしても、親がいない俺に向かって、兄ちゃんが今みたいな質問をしてくることはあったと思うし。

「でもさぁ」
「ん?」
「兄ちゃんうちのクラスの女子に人気だから、兄ちゃんのこと凄い聞かれる。それがちょっと嫌かも」
「何でだよ」

 俺の兄ちゃんは格好いい――ということは、つまり兄ちゃんは当然のように女にモテる。なので、うちのクラスの女子にも兄ちゃんは人気があった。
 弟として、兄ちゃんが女にモテることは誇らしくあるんだけれど、俺の中では同時に面白くない気持ちもある。
 多分、両親を早くに亡くしてしまったせいで、俺が兄ちゃんに依存しているところがあるからだろうな。
 俺は兄ちゃんを誰にも取られたくないと思っている。
 まあ、そんな気持ちも大人になるにつれて薄れていくんじゃないかと思っているけれど。

「だってさぁ、毎日のように兄ちゃんのこと聞かれるんだよ? さすがにちょっと面倒臭いよ」
「そんなに毎日何を聞くことがあるってんだ」
「知らない。でも、兄ちゃんの日常が気になるみたいだよ。家での兄ちゃんが何をしているのかとか、どんな感じなのかを聞かれるもん」
「知ってどうすんだよ。ストーカーかぁ? ま、立場的には生徒に好かれていることを喜ぶところなのかもしんねーけど」
「ほんと、人気者の兄を持つと弟は大変だよ」

 こっちは冗談なんかじゃなく、本当に大変だと思っているのに。兄ちゃんときたら

「何だぁ? 真弥。いっちょ前にヤキモチかぁ?」

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて、俺のことをからかってきたりする。
 その顔は学校で教師をやっている時よりもずっと子供っぽくて、小悪魔的な可愛さがあったものだから、俺は顔を真っ赤にしながら

「ヤキモチなんかじゃねーよっ! 変な言い方すんなっ!」

 ムキになって言い返してやった。
 実際はヤキモチに近いものなんだろうと思うけど。
 俺の反応は兄ちゃんにとって予想通りだったのか、兄ちゃんは「してやったり」と言わんばかりの顔になって笑い

「何ムキになってんだよ。お前のそういうとこ、マジで可愛いな」

 なんて言いながら、手を伸ばして俺の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
 何かもう、完全に子供扱いされてるって感じ。実際まだまだ子供だからしょうがないけど。
 でも、最近は兄ちゃんのことを可愛いと思っている俺としては、心の中で

(兄ちゃんには可愛いって言われたくないっ!)

 と思ってしまう。

「あ。そう言えば……」

 満面の笑みを浮かべ、俺の頭を乱暴に撫でていた兄ちゃんは、急に何かを思い出したように真顔になると、ちょっとだけ怖い顔になって俺をジッと見詰めてきた。

(え……何? 俺、何か兄ちゃんに怒られるようなことした?)

 そんな覚えが全く無い俺は、不安と困惑が入り混じった顔になり

「な……何?」

 恐る恐るといった感じで兄ちゃんの顔を見詰め返してみた。
 俺と見詰め合う形になった兄ちゃんは、ほんの数秒俺と見詰め合ったかと思うと――。

「いっ⁉」

 次の瞬間には突然怒った顔になり、両手で俺の両頬をギュッと強く抓ってきた。

「なっ……何っ⁉ いきなり何っ⁉」

 一体どういう暴挙なのだろう。何の前触れもなく、いきなり弟のほっぺたを容赦なく抓ってくるとは何事?
 でも、兄ちゃんにはわりとこういうところがある。俺のことで何か気に入らないことがあると、急にこうした些細な暴力を俺に振るってくることがあるんだよな。
 おそらく、兄ちゃん流の弟とのコミュニケーションの一つなんだろうけど、いきなり兄ちゃんから痛い目に遭わされる俺はギョッとするし、毎回わけがわからなくなる。
 もちろん、理由は後からちゃんと教えてもらえるけど、俺としてはまず理由を説明して欲しいと思ってしまう。

「お前ぇっ! この前の身体測定でまぁ~た身長伸びてやがっただろっ!」
「えぇっ⁉」
「兄ちゃん言ったよなぁ⁉ これ以上デカくなんなって!」
「そ……そんなこと言われても……」

 今回は先週学校で行われた身体測定の結果が気に入らなくて、俺に突発的な暴力を振るってきたらしい。
 だけど、こればっかりはどうしようもない。だって、俺の身長は俺の意志に関係なく勝手に伸びてしまうものなんだから。
 俺の兄ちゃんは顔も頭も体格も良くて、俺が兄ちゃんに勝てるところなんて何一つないって感じではあるんだけれど、そんな俺にも唯一兄ちゃんに勝てる部分が一つだけある。
 それは、俺の方が八つ年上の兄ちゃんよりも背が高いということだった。
 でも、それは兄ちゃんの身長が一般的な成人男性と比べて低いってことではない。兄ちゃんは兄ちゃんでちゃんとしっかり背が高かった。ただ、俺がちょっと育ち過ぎてしまっただけなんだ。
 兄ちゃんの身長は一七八センチ。今年で二十五になることを考えたら、兄ちゃんの身長がこれ以上伸びることはまずないだろう。
 だけど、現在高校二年生になったばかりの俺の身長は、先週の身体測定で測った結果、一八二センチまで伸びている。
 そして、兄ちゃんは俺に身長を抜かれてしまったことを内心面白くないと思っている。
 俺が兄ちゃんより背が高くなってしまったのは中学三年生の時。中三で劇的な成長期を迎えた俺の身長は、兄ちゃんより一センチ高い一七九センチになった。
 その時も兄ちゃんに

『お前はもうこれ以上デカくなんな。兄ちゃんが弟より背が低いとか格好つかねーじゃん。だから、お前はそのままの身長をキープして、俺の身長があと二、三センチ伸びるのを待ってろ』

 って、物凄く不機嫌そうな顔で言われた。
 ところが、それから兄ちゃんの身長が伸びることはなく、代わりに俺の身長が更に三センチ伸びてしまったわけだ。
 別にそうなりたいと望んだわけじゃないし、兄ちゃんよりも背が高くなりたい願望があったわけでもない。望んでいなくても俺の身長が勝手に伸びてしまったんだ。
 中三で劇的な成長期を迎えてしまった俺の身長は、それ以来、目に見えてぐんぐん伸びることはなかったものの、年々ちょっとずつ身長が伸びていくたびに、兄ちゃんは機嫌が悪くなったし、実際その不満を俺にぶつけてきた。
 だから、先週の身体測定でまたしても俺の身長が伸びていると判明した時は、「どうか兄ちゃんにバレませんように!」って心の底から願ったりもしたんだけれど、兄ちゃんは俺の学校の先生だからなぁ……。隠し通すことはできなかったみたいだ。
 そう言えば、俺が兄ちゃんのことを可愛いと思うようになったのも、俺が兄ちゃんと肩を並べるようになってからのような気がする。
 目線が変わったからなんだろうな。
 それまでずっと見上げていた兄ちゃんを、兄ちゃんと同じ目線で見るようになり、兄ちゃんの目線よりも高い場所から兄ちゃんを見下ろすようになると、今まで見てきた兄ちゃんがちょっと違って見えるようになった。
 兄ちゃんより高い位置から見下ろす兄ちゃんの姿は、格好いいよりも可愛いと感じるようになっていったんだ。

「大体、何で一緒のもん食ってんのにお前だけがそんなにデカくなるんだよっ! お前の身体どうなってんのっ⁉」
「さ……さあ?」
「遺伝子だって同じはずなのに不公平じゃねーかっ!」
「って言われてもぉ……」

 俺に言われたところでどうしようもないことを、不満全開な顔で言われてもなぁ……。こっちとしては対処のしようがない。
 俺のせいで兄ちゃんが機嫌を損ねているのであれば、兄ちゃんの気が済むまで謝ることはできても、それで俺の成長が止まるわけでもないもんな。
 だから

「ごめん、兄ちゃん。でも、俺だって好きで兄ちゃんよりデカくなったわけじゃないから許して」

 心の底から申し訳なさそうに謝ると

「っ……」

 兄ちゃんは一瞬怯んだ顔になってから

「ほんと……これ以上デカくなんな。あんまデカくなると、真弥のこと弟だって思えなくなるかもしんねーぞ」

 渋々といった感じで俺を許してくれることにしたみたいだった。
 うーん……。俺の身長がこれ以上伸びてしまうと、兄ちゃんに「こんなにデカい奴は俺の弟じゃない」って思われる可能性があるのか。それは物凄く嫌かも。嫌過ぎて泣いちゃうかも。
 だって俺、この先もずっと兄ちゃんの弟でいたいし、兄ちゃんとは仲のいい兄弟でいたいもん。
 まあ、口ではそう言っているだけで、兄ちゃんが俺のことを「弟じゃない」なんて思う日が来るとは思えないけど。

「ってか、お前が得意気な顔で俺を見下ろしてくるから、俺もついつい大人気ない態度取っちまったじゃん」
「え⁉ 俺、そんな顔なんかしてないよ⁉」
「してた」
「えー……」

 俺のことは許してくれたけど、変な言いがかりをつけられて悲しい俺。
 俺、そんな顔で兄ちゃんのことなんか見てないのに。

「……………………」

 どうも兄ちゃんが俺のことを誤解しているような気持ちになってしょんぼりしていると

「嘘嘘。お前は何も悪くねーよ」

 今度こそ本当に俺を許してくれたんだとわかる笑顔になって、しょんぼりとしている俺の頭をポンポンと撫でてきてくれた。
 弟の俺より背が低かろうが何だろうが、やっぱ兄ちゃんは兄ちゃんだ。
 弟の俺の方が兄ちゃんより背が高くなってしまったことは申し訳ないと思うけど、俺は兄ちゃんの弟で本当に良かったと思う。

「ったく、どういう顔してんだよ。俺にちょっと怒鳴られたくらいで泣きそうな顔してんじゃねーよ」

 俺の頭を撫でながら、優しい笑顔でそう言う兄ちゃんの顔を見ると、兄ちゃんのことが大好き過ぎて泣きたい気分になる俺がいた。


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