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第一章 綻び
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しおりを挟むところが、日が経つにつれ、俺は兄ちゃんの言った言葉に疑問を感じずにはいられなくなっていった。
だってさぁ、気休めを言うにしてはハッキリと断言し過ぎじゃなかった?
兄ちゃんだって先のことはわからないんだから、そこは〈今のところ〉とか〈結婚する予定はない〉って言葉で暈すところだったと思うんだよな。
それなのに、兄ちゃんはハッキリ言った。言い切った。
『俺は結婚なんかしねーから安心しな』
って。
元々兄ちゃんには結婚願望がなく、端から結婚するつもりがなかったとしても、あそこまでハッキリ「結婚しない」って言い切れるものなのかなぁ?
今まで誰とも付き合ったことがない俺でさえ、「将来結婚したい?」って聞かれたら「わからない」って答えると思うのに。
(まさか兄ちゃん、結婚できないような人と付き合っているんじゃ……)
今のところ、兄ちゃんに女の影は感じられないけれど、そもそもあんなに格好良くて女にモテる兄ちゃんが、四年も彼女がいないなんてあり得る話なのか?
仮に兄ちゃんにその気がなくても、周りの女が放っておかないだろ。
もしかしたら、兄ちゃんは三者面談とかで知り合った生徒の保護者と恋仲になっている――なんていう可能性はないだろうな。
相手が人妻なら結婚したくてもできないし、お互いにそれでいいと思っているのであれば、何も相手の家庭を壊してまで結婚する必要はないし。
でも……でも……。
(不倫はダメだよっ! 兄ちゃんっ!)
兄ちゃんが不倫をしているのだとしたら、それはそれで俺は嫌だ。教師としてはもちろん、人としても道を踏み外しているんじゃないかと思ってしまう。
でも、兄ちゃんが不倫に走るような人間かと言えば、それも違うって気がする。
だって兄ちゃん真面目だもん。人のものに手を出すような人間じゃない。
そもそも、兄ちゃんみたいにモテる男は人のものに手を出す必要だってない。そんなことをしなくても、相手は選り取り見取りって感じだもんな。
(じゃあ何で兄ちゃんは〈結婚なんかしねー〉って言ったんだろう……)
ただ単に言葉足らずだったのかな? 単純に「今のところは」って言葉をつけ忘れたとか、「お前が一人前になるまでは」って部分が抜けていたとか。
兄ちゃんはたまにそういう言葉足らずなところがあるからな。今回もそうだったんじゃないかと思うことで、一旦は落ち着いていた。ところが――。
ゴールデンウィークが明け、そろそろ中間テストが始まりそうな頃。
俺は家の鍵を忘れてしまったことに気付き、学校へと引き返してきた。
今日は兄ちゃんが
『学校で試験問題作るから帰りが遅くなる』
って言っていたんだけど、鍵がないと俺も家に入れないから。仕方なく兄ちゃんに鍵を借りるか、兄ちゃんの仕事が終わるのを待って、兄ちゃんと一緒に帰るしかなかった。
学校に戻って来た俺が、兄ちゃんに会うため職寝室に向かっていると
「真実ちゃん。試験問題なら俺のところで作れよ。職員室じゃ気が散るだろ?」
「は? 最初から職員室で作るつもりなんかねーよ。いつ生徒が入って来るかわかんねーのに。進路指導室借りることにしてんだよ」
「じゃあ俺も一緒に行く」
「何でだよっ! 来んなっ! てめーがついて来たら試験問題作りなんかできねーだろっ!」
「んなことねーよ。邪魔しないようにするからさ」
「絶対嘘だな。お前の言うことの大半は信用できねー」
職員室の前でそんな会話を交わす兄ちゃんと鵜飼先生の姿を見掛けた。
鵜飼先生はうちの学校で体育を教えている先生なんだけど、体育教師なだけあって、兄ちゃんよりも背が高いし体格がいい。
おまけに兄ちゃんに負けず劣らずのイケメンで、うちの学校の女子生徒は兄ちゃん派と鵜飼先生派に二分――いや、もう一人いる。もう一人イケメンだと騒がれている先生がいて、その先生が
「おい、鵜飼。また神崎にちょっかい出しているのか? 見苦しいからやめろ。神崎。試験問題なら俺と一緒に作ろう。俺も今から試験問題を作るつもりだ」
今まさに兄ちゃんと鵜飼先生の間に割って入ってきた遠山先生である。
兄ちゃん、鵜飼先生、遠山先生の三人の教師に、うちの学校の女子は大騒ぎなのである。
「いや……何で俺がお前と一緒に試験問題作んないといけねーの? お前、現国の教師だろ。担当教科が違うのに一緒に試験問題作る意味なくね?」
「意味はある。神崎と同じ空間で試験問題を作れば、俺のやる気が上がると思う」
「やる気なら一人で出してろよ。俺は一人の方が集中できんだよ」
「……………………」
「んだよっ! その顔はっ! しょんぼりすんなっ! 鬱陶しいっ!」
で、その女子生徒から絶大な人気を誇る三人の男性教師達は、放課後に一体どういう会話をしているんだ。
俺はたまたまその場を目撃してしまっただけだけど、ぶっちゃけ二人の男が兄ちゃんの取り合いをしている場面にしか見えない。
(もしかして兄ちゃん、この二人からただならぬ好意を寄せられているのでは?)
兄ちゃんが「俺は結婚なんかしねー」って言い切った理由を考えていた俺は、その理由は不倫とかではなく、この二人が原因なのでは? という疑惑が生まれてきた。
でも
「相変わらずつれないなぁ、真実ちゃん」
「ちゃん付けすんな。殺すぞ」
「神崎は綺麗だし可愛いのに……。どうして口調はそんなに乱暴なんだ」
「お前らが揃いも揃ってウザいからだ」
鵜飼先生と遠山先生は兄ちゃんにその気があったとしても、兄ちゃんにはそういう気が一切無さそうに見える。
っていうか、先生同士で話す時の兄ちゃんってこんな感じなんだ。普段あんまり同僚と話す兄ちゃんの姿って見ないからちょっと新鮮かも。
「おいおい。ほんと口の悪い子だなぁ。二人っきりの時はもっと可愛いだろ」
「は⁉」
「何を言っている。神崎は俺と一緒にいる時の方が百倍可愛い」
「はぁ⁉」
「何だぁ? 遠山。俺と真実ちゃんの仲に嫉妬かぁ?」
「お前こそ俺と神崎の仲を邪魔しようとするな」
「おい。さっきからてめーらは何言ってんだ」
えー……。何? この会話。俺、もしかして聞いちゃいけない会話を聞いちゃってる?
っていうか、二人っきりの時って何だ。兄ちゃんって鵜飼先生や遠山先生と二人っきりになることとかあるの?
そりゃ全くないことはないだろう。何せ二人は兄ちゃんにとって職場の同僚になるんだから。先生同士なら二人っきりになる機会なんていくらでもあると思うしさ。
でも、今の言い方からして、鵜飼先生と遠山先生の言う〈二人っきり〉は、職場の同僚として言っている〈二人っきり〉じゃない感じがした。
(いやいやいやいやっ! 職場の同僚としてじゃない二人っきりって何っ⁉)
自分で言っといて何だけど、兄ちゃんがこの二人とそういう関係だなんて考えられない。
きっとこの二人の先生の中でそういう遊びが流行ってるか何かなんだ。
ここ何年か兄ちゃんには彼女がいないはずだから、そんな兄ちゃんを二人のイケメン教師が弄って遊んでいるだけなんだ。
言っとくけど、兄ちゃんがその気になれば彼女なんて秒でできちゃうんだからな。確かに、鵜飼先生も遠山先生も格好いいと言えば格好いいけど、容姿の良さではやっぱり兄ちゃんが一番なんだからな。
それはそうと
「なぁ真実ちゃん。真実ちゃんは俺と遠山のどっちが好き?」
「もちろん俺だよな? 神崎」
二人とも兄ちゃんとの距離が近過ぎんだよっ! 鵜飼先生に至っては兄ちゃんの唇を指でなぞったりしてるしっ! 遠山先生も後ろから兄ちゃんを抱き締めんばかりの距離じゃんっ!
女子生徒達から人気を集めている男性教師三人が、放課後の廊下でこんなことしてていいわけ⁉
「っ……ちけーんだよ、お前ら……」
「ん~? 真実ちゃんってば照れてる?」
「耳が赤いぞ、神崎」
んんんんんん~っ⁉ 二人の男から迫られてる兄ちゃんが何か色っぽくて可愛いっ! 兄ちゃんってそんな顔もするんだ。
かれこれ生まれた時からずっと兄ちゃんと一緒にいる俺も、兄ちゃんのこんな顔は見たことがない。初めて見る兄ちゃんの恥ずかしそうに戸惑う姿にドキドキしちゃうよ。
でも……でもさ……。
「兄ちゃんっ!」
これ以上兄ちゃんが二人の男に弄ばれている姿は見たくないし、俺が見たことのない兄ちゃんの表情を鵜飼先生や遠山先生に見られ放題なのも癪だった。
なので、まだまだ兄ちゃんとの距離はあったものの、俺が大きな声で兄ちゃんに声を掛けると
「へ? 真弥ぁ?」
兄ちゃんは物凄く驚いた顔になって俺を見てきた。
声を掛けるだけじゃなく、ズンズンと大股で兄ちゃんに歩み寄って行った俺は
「どうしたぁ? 俺、今日は遅くなるって言ったよな?」
さり気なく鵜飼先生と遠山先生を押し退けようとしている兄ちゃんの肩をガシッと掴み
「家の鍵忘れたっ! だから一緒に帰ろっ!」
強引に兄ちゃんを連れて帰ろうとした。
「……………………」
いきなり「一緒に帰ろう」と言われた兄ちゃんは面食らっていたけれど、未だに兄ちゃんから離れようとしない鵜飼先生と遠山先生の姿を確認すると
「……そうだな。俺も今日はまともに試験問題作れそうにないから帰るわ」
鵜飼先生と遠山先生を撒くいい口実を見つけたと言わんばかりに、俺の言葉に従うことにしたみたいだった。
これには兄ちゃんに付き纏っていた鵜飼先生や遠山先生もびっくりしたみたいで
「え⁉ 帰るの⁉ マジで⁉」
「試験問題はどうするんだっ!」
慌てて兄ちゃんを止めようとした。
しかし
「別に今日絶対作んなきゃいけねーってわけじゃねーし。どういう問題にするかはほぼ決まってるんだわ。後はお前らの邪魔が入らねー時にでも仕上げる」
兄ちゃんはしれっとした顔で二人に素っ気ない態度だった。
ここで兄ちゃんが二人に流されないところにホッとする。
だけど、せっかく兄ちゃんを捕まえて遊ぼうとしていた鵜飼先生と遠山先生は
「おい真弥……。お前は毎日家の中で真実と二人っきりになれるんだから、たまには俺に真実を譲るとかしろよ」
「教師には教師の仕事があるし、先生同士の付き合いだってあるんだぞ」
俺の介入によって兄ちゃんが「帰る」と言い出したことが気に入らないみたいで、生徒であり、兄ちゃんの弟でもある俺を責めてきたりする。
でも、ここで引き下がれない俺は
「嫌ですっ! 兄ちゃんは連れて帰りますっ!」
二人のイケメン教師相手に頑として譲らない姿勢だった。
だって、このまま兄ちゃんを二人のところに残して帰ったら、ずっと兄ちゃんのことが気になってしょうがないもん。
二人がどういうつもりで兄ちゃんに付き纏っているのかは知らないけど、このまま兄ちゃんを二人に預けてしまったら、何か良くないことが起こりそうで嫌だ。
「ってことだから、今日はもう帰る。ちょっと待ってな、真弥。荷物取ってくっから」
俺、鵜飼先生、遠山先生の間でバチバチと飛び交う火花に気付いていない兄ちゃんは、急遽残業を無しにしたことで機嫌が良くなったのか、軽い足取りで職員室に入って行った。
兄ちゃんのいなくなった廊下では
「お前さぁ……何で今日に限って家の鍵とか忘れんの?」
「俺がお前の担任だったら、お前の評価を大幅に下げてやるところだ」
相変わらず二人のイケメン教師からネチネチと責められる俺がいた。
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