お兄ちゃん絶対至上主義☆

藤宮りつか

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第一章 綻び

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 そんなことがあった日の夜――。

「なぁ、真弥」
「ん? 何?」
「お前、今日学校で泣いたんだって?」
「ぶっ!」

 いつものように台所に立って夕飯を作る兄ちゃんの背中を眺めていた俺は、俺に向かって発せられた兄ちゃんの言葉に、飲んでいたお茶を盛大に吹いてしまった。

(ど……どうして兄ちゃんがそれを……。っていうか、俺は泣いたんじゃなくて涙ぐんだだけだしっ!)

 まさか今日の出来事を兄ちゃんに知られるとは思っていなかったから、兄ちゃんに「今日学校で泣いたんだって?」と言われた俺の動揺は凄まじかった。
 しかも、その理由が〈兄ちゃんを他の人間に取られたくない〉だったから、そんな理由で泣きそうになってしまった俺としては羞恥で死ねる勢いだ。
 兄ちゃんも俺が兄ちゃん大好きな弟だってことは重々承知してるだろうけど、兄ちゃんを他の人に取られたくないって理由で半ベソをかいちゃう俺を知られてしまうのはさすがに不味い。
 小学生までならまだ許されそうだけど、高校生にまでなってそれはちょっと――いや、かなり気持ち悪い弟だよな。兄ちゃんだって絶対ドン引きしちゃうよ。

(不味い……何とか誤魔化さなくちゃ……)

 俺が学校で半ベソをかいてしまったことは事実でも、その理由だけは兄ちゃんに知られるわけにいかない。
 でも、兄ちゃんは絶対にその理由を知りたがるから、兄ちゃんを納得させ、更に兄ちゃんにドン引きされない理由を考えなくちゃいけなくなった俺だけど、その前に――。

「べっ……別に俺、泣いてないよっ! ってか、誰に聞いたの? そんな話っ!」

 まずはちょっとした誤解を解くことと、誰がそんな余計な情報を兄ちゃんに流したのかを突き止めておかないと。

「何だ。泣いたわけじゃねーの? 言われてみりゃ、俺にその話をしてきたお前のクラスの女共は〈真弥君が泣きそうになってた〉つってたなぁ」

 くそがぁっ! 何余計なこと兄ちゃんに報告してんだよっ!
 そりゃさ、うちのクラスの女子はいつだって授業以外で兄ちゃんと会話を交わす機会を狙っているし、兄ちゃんに話し掛ける口実を作るため、俺の動向をチェックしたりもしているみたいなんだけどさ。
 だからって、誰が聞いても恥ずかしい奴だと思うような俺の話までしなくたっていいじゃん。兄ちゃんと話ができればそれでいいのかよ。

「でも、その後俺のとこに来た日向と与一は〈俺達のせいで真弥を泣かせちゃってごめんなさい〉って謝ってきたぞ?」
「……………………」

 マジか。俺が今日学校で泣いたって兄ちゃんに報告したのあいつらかよ。
 何でわざわざ言うの? もしかしてあの二人、俺が今日学校から帰った後で兄ちゃんに

『今日学校で日向と与一に泣かされたぁ~』

 とでも言うと思ったのか?
 いくら何でもそれはない。俺はまだまだ子供っちゃ子供だけど、学校でちょっと嫌なことがあったからって、高校生にもなって兄ちゃんに泣きつくほど子供じゃねーよ。
 むしろ、〈高校生にもなって半ベソかいちまうなんて情けない〉と思う奴だと思って欲しいし、〈こんなこと、絶対兄ちゃんに知られたくない〉と思う奴だと思って欲しかった。

「何か知んねーけど、与一の奴はめちゃくちゃ青褪めて怯えてるみたいだったけど」
「……………………」

 ああ、なるほど。俺が兄ちゃんに泣きつかないまでも、今日学校で与一が兄ちゃんのことをどう言っていたのかくらいは話されると思ったんだ。
 だから、俺が兄ちゃんにチクる前に、日向を連れて兄ちゃんに謝ったってわけか。

(だから、そんなこといちいち報告しないっての……)

 俺とは小学校からの付き合いだからだろうか。あの二人の中で俺と兄ちゃんの関係は全く変わっていないことになっているらしい。
 確かにあまり変わっていない――というか、基本的には変わっていないと思う。
 兄ちゃんにとって八つも年下の弟はいつまで経っても子供で可愛い存在みたいだし、俺も兄ちゃんのことは昔から大好きだ。
 だから、俺が何かあるとすぐ兄ちゃんを頼るところとか、兄ちゃんにべったりなところは昔も今も変わっちゃいない。
 ただ、それなりの距離というか、むやみやたらに甘え倒してベタベタしなくなるくらいには俺だって成長している。そこをあの二人はいまいち理解していないんだと思う。

「まあ、与一の顔を見りゃ、どうせあいつがお前の嫌がることを言ったんだとは思ったけどな。あいつ、俺のこと嫌いだし」
「いや。与一は兄ちゃんのことが嫌いなんじゃなくて、兄ちゃんに激しく嫉妬してるだけだよ」
「そうなの? ま、どっちでもいいけどな。あいつが俺のことを快く思っていないことはわかってる。俺は全然気にしてねーから、お前も気にすんな」
「う……うん……」

 あれ? 何かもう兄ちゃんの中で俺が与一に意地悪されて泣かされたことになっちゃってる?
 いやいやいや。俺、本当に泣いてないよ? だから、勝手に泣いたことにして、さり気なく俺を慰めてくるのやめてくんない?

「で、何言われた? 与一が俺のことをどう言おうと気にしちゃいねーけど、場合によってはぶん殴るから教えろ」
「それってつまりは気にしてるってことなんじゃ……」
「気にしてねーよ、全っっっ然。ただ、あいつのせいでお前が嫌な思いさせられたんなら、兄ちゃんとしちゃ黙ってらんねーだろ」
「……………………」

 兄ちゃんは根に持つタイプの人間じゃないし、人にどう思われていようが基本的には気にしない人間でもある。
 でも、与一の方はいつまでも根に持つタイプだから、一度自分のことをこっぴどく叱りつけてきた兄ちゃんに対して、あまり良くない態度を取ることが多い。
 まあ、兄ちゃんへの嫉妬も大きく関係しているんだとは思うけど。
 いくら人にどう思われていようと気にしない兄ちゃんでも、自分に敵意ある態度を取られれば黙っていない。過去に与一が兄ちゃんの部屋に勝手に入ったことはもう怒っていなくても、現在進行形で与一が兄ちゃんの逆鱗に触れることをすれば、兄ちゃんは普通に怒る。
 元々兄ちゃんには短気で怒りっぽい一面もあるから、それも当然って話だ。
 与一が過去の自分の過ちを素直に反省して、兄ちゃんに対する態度を改めさえすれば、与一が兄ちゃんの存在に怯える必要もないのに。
 そのことを俺や日向も与一に言って聞かせているんだけど、嫉妬深く執念深い与一は未だに兄ちゃんを敵対視しているわけである。
 与一に自分を改めるつもりがないのなら仕方がない。与一のことは友達として好きだし、これからもずっと友達でいるつもりではあるが、俺の一番ってやっぱ兄ちゃんだからさ。俺はどんな時でも兄ちゃんの味方をする。

「で、お前はあの馬鹿に何言われたんだよ」

 その話、まだ続くの? と思ったけど、そりゃそうだ。だって俺、兄ちゃんの知りたいこと何一つ説明してないんだもん。
 今現在、兄ちゃんの持っている情報は俺が学校で泣いた――正確には半ベソをかいた――ということと、その原因は与一にあるらしいということ。肝心な俺が泣いた理由は知らないもんな。
 それが判明するまで、兄ちゃんはこの話題を変えてくれないと思う。

「言っとくけど、俺マジで泣いてないからね」

 ここまできたら理由を説明するしかないと諦めるけど、せめて〈泣きそうだった〉と〈泣いた〉の違いはしつこく訂正させて欲しい。
 似たようなものでも、その微妙な違いは結構大きいんだから。

「わかったわかった。お前は泣いてない。だから、与一に何を言われて泣きそうになったのかを教えな」
「えっとぉ……」

 ぶっちゃけ、兄ちゃんが俺の言葉を素直に信じてくれたかどうかは怪しいものがあったけれど、今の兄ちゃんの感じからして、兄ちゃんは俺が泣いたかどうかより、俺がそういう気持ちになった理由の方が気になるみたいだった。

「えっと……えっとね……」

 何をどこからどう話せばいいのかわからなくて、なかなか言葉が出てこない俺は、困った末、最初から全部説明することにした。
 もちろん、兄ちゃんに知られたくない部分は適当に省略したけど、与一にどんなことを言われたのかは全部話すことにした。
 俺が一生懸命説明しようとしているから、兄ちゃんも最初は真面目な顔で俺の話を聞いていたんだけど、話がどんどん進んで行くうちに「何言ってんだ? こいつ」みたいな顔になっていき、俺の話を聞き終わる頃には、顔中に困惑と動揺の色が滲み出ていた。
 特に変なことは言っていないし、俺が泣きそうになった理由も、与一に言われた言葉が嫌だったってことにしておいたから、兄ちゃんが戸惑うような部分はなかったと思うんだけどなぁ……。

「あー……ちょっと待て。それってつまり、お前は与一に俺がこの先お前に構ってやらなくなるって言われたことが嫌で、泣きそうになってた……ってこと?」
「う……うん。そうだけど……」

 兄ちゃんを他の人間に取られたくないって理由で泣きそうになったとは言わなかったけれど、俺がどうして泣きそうになったのかの理由は説明しなくちゃいけない。
 だから、与一に兄ちゃんが結婚したら、今みたいに構ってもらえなくなるって言われたことが悲しかったってことにしたんだけど……。

(それって何か不味かったのかな?)

 自分の中では上手く誤魔化したつもりだったけど、結局は「兄ちゃんが俺に構ってくれないのは嫌だ」「兄ちゃんは俺だけの兄ちゃんでいてよ」っていう気持ちの表れだから、兄ちゃんの目には俺が気持ち悪い弟に映っちゃったのかも。

「……………………」

 兄ちゃんはしばし目を見開いたまま、黙って何か考え込んでいる様子だったけど

「……お前さ、マジで俺のこと好き過ぎじゃね? そんな理由で泣きそうになってたとかびっくりなんだけど」

 ようやく自分の中の感情を整理するなり、今の自分の心境を率直に述べてきた。
 もしかしたら、想像以上だったのかも。
 兄ちゃんも俺が兄ちゃん大好きだってことは知っていても、今の俺の話を聞き、その好きの度合いが想像以上に大きかったことを知り、戸惑っているのかもしれない。
 でも、それって仕方がないじゃん。
 俺には今好きな子とかいないし、彼女ができたこともない俺にとって、好きだと思える対象は兄ちゃんしかいないんだもん。
 父さんや母さんが生きていれば、その感情も少しは分散されていたのかもしれないけど、この世にたった二人だけの家族になってしまった兄ちゃんのことを、俺が誰よりも大切に想う気持ちは極々自然なことだった。

「だ……だって……俺には兄ちゃんしかいないし……。俺、兄ちゃんと一緒に過ごす今の生活が好きだから。そうじゃなくなる日が来るって考えると悲しいよ」

 たとえ兄ちゃんの理解が追い付かなかったとしても、俺の兄ちゃんに対する家族愛が大き過ぎることで兄ちゃんが俺にドン引きしていたとしても、この際だからちゃんと言っておこうと思う。俺がどれだけ兄ちゃんのことが大好きで、兄ちゃんに依存しているかということを。
 そんな俺の言葉に兄ちゃんは

「そりゃまあ……俺だってお前のことが大事だし、今の生活には何の不満もねーけどさぁ……。でも、何つーかほら……」

 少し照れ臭そうに鼻の頭を掻いた後で

「普通はもっと違うことに興味がある年頃じゃね? 女のこととかさ。お前、学校に気になる奴とかいねーの?」

 やや心配そうな顔になって俺に聞いてきた。

「うん。いない。だって俺、今は兄ちゃん以上に好きだと思える人なんかいないもん。兄ちゃんがいればそれで満足」

 兄ちゃんからの質問に対し、俺の答えは即答だった。
 全く考える間もなく返ってきた俺の返事に、兄ちゃんはまたしても驚いて目を丸くしていたけれど

「ったく……。変わった弟だよな、お前は。女より兄ちゃんの方がいいなんて」

 俺の純粋に兄ちゃんを好きな気持ちにはほだされたのか、めちゃくちゃ優しい顔になって俺の頭を撫でてきてくれた。
 これは昔からなんだけど、兄ちゃんが俺に触れてくれると俺は物凄く安心するし、満たされた気分になる。
 多分、兄ちゃんという俺の中にある絶対的な存在が俺に触れてくることで、その絶対的な存在を実感することができて安心するし、嬉しいんだろうな。
 男同士の兄弟だから、むやみやたらにベタベタすることはないけれど、こういうさり気ない兄ちゃんとの触れ合いが、俺にこの上ない癒しを与えてくれるんだ。

「ま、心配しなくても俺は結婚なんかしねーから安心しな」

 きっと気休めに言ってくれただけのセリフだったんだろうけど、兄ちゃんにそう言ってもらえた俺は

「うん」

 今日感じた不安や嫌な気持ち全部が、一瞬にして消えていくのを感じた。


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