お兄ちゃん絶対至上主義☆

藤宮りつか

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第一章 綻び

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「そういう相手とは適度に距離を取って付き合うしかないな。面倒臭いと感じたら話を聞き流せばいいし、自然にその場を離れてもいい。どうしても我慢ならない時は直接本人に言ってもいいが、場合によっては更に面倒臭いことになるかもしれないから、言葉には充分気をつけることだ」

 という、それなりにためになるアドバイスを凜さんから貰った直後に夕飯ができて、俺はちょっとだけ気持ちが楽になった状態で兄ちゃんの作ってくれた夕飯を美味しく頂いた。
 夕飯が済み、食後のコーヒー――俺は紅茶――を飲んでいると

「ところで、俺に相談したいことって何だ?」

 兄ちゃんがホッとした顔の凜さんにそう切り出した。
 そうそう。凜さんは兄ちゃんに相談したいことがあって、そのために兄ちゃんは凜さんを家に連れて帰って来たんだよな。

「ああ、そのことなんだが……」

 兄ちゃんの作った夕飯でお腹が膨れた凜さんは、自分が何のためにここにいるのかを一瞬忘れていたみたいだった。
 その気持ちはわかる。だって、兄ちゃんの作る料理って美味しいもん。美味しいものをお腹いっぱい食べたら、人は幸せな気分になって悩みなんか忘れちゃうよな。
 でも、兄ちゃんから相談事を話すように促され、凜さんも本来の目的を思い出したようだ。
 何やら少しもじもじした後に

「実は今、職場に気になる女性がいるのだが、彼女は俺より少し背が高いんだ。一般的に女性より背の低い男とはどうなのだろう」

 という言葉で始めた。

「……………………」
「……………………」

 凜さん的には切実な悩みだったんだろうけど、綺麗な顔をした凜さんが恥ずかしそうにそんなことを言うものだから、俺は

(かっ……可愛いっ!)

 って思っちゃったし、兄ちゃんも

「何だそれ。可愛いかよ」

 目をカッと見開いて凜さんをガン見だった。
 凜さんの切実な悩みに兄弟揃って萌えていると気付いた凜さんは

「こっちは真剣なんだぞっ! 何だっ! その顔はっ!」

 普通に怒った。
 でもさ、兄ちゃんと同じで今年二十五になる男の悩みがそんな可愛らしいものだとは思わないじゃん。初々しいというか、微笑ましくてほっこりしちゃうよ。

「って言われてもなぁ……。ま、別にそこまで気にしなくてもいいんじゃね? その女、身長いくつよ」
「一六七だと言っていた」
「お前は?」
「一六五だ」
「たった二センチだろ? んなもんぱっと見わかんねーって」
「だが、彼女がヒールのある靴を履いたら、明らかに俺の方が小さい」
「だったらお前も厚底履けや。それでトントンだろ」
「そんなものに頼ったら益々格好悪いだろっ! お前っ! 俺の相談に真面目に乗るつもりはあるのかっ⁉」
「真面目に乗ってるつもりなんだけど?」
「くっ……」

 あぁ……。兄ちゃんは背が高い部類の人間に入ってしまうから、自分の身長にコンプレックスを感じている凜さんの気持ちはいまいちわからないんだろうな。
 でも、そっかぁ……。凜さんには今、職場に気になる人がいるんだ。
 男にしておくのがもったいないくらいに綺麗な顔をした凜さんが惹かれる相手って一体どんな人なんだろう。
 兄ちゃんは学生時代に付き合っている彼女がいたけど、凜さんには浮いた話が全然なかったから気になるな。

「お前に相談したのは間違いだった」
「そう言うなよ。大体、身長なんてそんな問題かぁ? 要はお互いに好き合ってりゃいいんだから、ちょっとくれーお前の方が小さかろうが関係ねーだろ」
「そういうものなのか?」
「そういうもんだって」

 一応相談に乗ってあげていると言えば乗ってあげているように見えるし、兄ちゃんも凜さんを励ましてあげているみたいだから、この悩み相談は成立しているのかもしれない。
 ただ、兄ちゃんの発言がことごとく適当にも聞こえてしまう俺は、これで凜さんが納得するかどうかが疑わしかった。
 なので

「凜さんはその人と今どんな感じなんですか? 今はまだ職場上だけの付き合いって感じですか? それとも、たまには二人でどこかに出掛けたりしているんですか?」

 凜さんとその女性の関係をより詳しく知ることで、兄ちゃんが凜さんにアドバイスしやすい状況を作ろうとした。
 俺からの質問に対して返ってきた凜さんの返事は

「時々ご飯を一緒に食べに行く。今度映画を見に行こうという話もしているのだが……」

 という、「それもう両想いなのでは?」と突っ込みを入れたくなるようなものだった。

「んだよ。普通にデートしてんじゃねーか。さっさと付き合っちまえよ」

 学生時代に浮いた話がなかった凜さんだから、兄ちゃんの中では凜さんが一人でうじうじ悩んでいるだけなのかと思っていたみたいだ。
 しかし、凜さんが気になる異性と普通にご飯を食べに行ったり、映画を見に行こうという話をしていることを知り、一気に白けた顔になっていた。
 今現在、兄ちゃんには彼女がいないから、友達に彼女ができてしまうことが面白くないのかも。
 だったら兄ちゃんも彼女を作ればいいのに──とは思わない俺がいる。

「そうは言っても、なかなか自分の気持ちを伝える機会がないというか、いざとなると臆してしまうんだ」
「んなこと言ってる間に向こうから告ってくるかもしんねーぞ? いいのか? それで」
「それはダメだっ!」
「だったら男らしく先に告っちまえよ」
「うぅ……そうなのだが……」

 兄ちゃんの場合、告白して振られることなんてまずないだろうから、告白するという行為に何のプレッシャーも感じないんだろうけど、普通は好きな人に告白するのって物凄く勇気がいることだと思う。
 生憎俺にはその経験がまだないけれど、もし、この先そんな状況に陥ったら、俺は間違いなくめちゃくちゃ緊張するだろうし、凜さんみたいに臆病になると思う。

「にしても、お前にもとうとうそんな相手ができたのかぁ……。上手く行ったら紹介しろよ。お前の彼女とか見てみてーし」
「そうだな。上手く行けば……な」
「楽しみにしてるわ」

 結局、こんな悩み相談で良かったのか? って感じで凜さんの相談事は終わったみたいだった。
 こういう恋愛相談を兄ちゃんに持ち掛けてくるあたり、やっぱり二人は友達でしかないんだと改めて実感する。
 だけど、話はそれだけじゃ終わらなかった。
 相談を受けてもらった代わりでもあるんだろうか。今度は凜さんが兄ちゃんに

「そういうお前はどうなんだ? あれから何か……いや、お前には気になる相手はいないのか?」

 と聞いてきた。
 話の流れとしてはまあ自然だ。自分の近況報告をしたんだから、今度は兄ちゃんの近況報告を聞こうと思ったんだろう。
 でも、何だろう。何か今、凜さんは明らかに俺を気にしたように見えたし、自分がしてしまったうっかり発言をさり気なく取り消したようにも見えたよな?

「ん? あー……特にいねーなぁ」

 そして、凜さんからの質問に答える兄ちゃんも、明らかに俺の存在を気にしている。これって一体どういう状況?
 兄ちゃんには今現在付き合っている相手なんかいないと思っていた俺だけど、実はそうじゃなかったりする?
 でも、休みの日は基本的に家にいるか、俺と一緒に過ごしている兄ちゃんが、俺に内緒で誰かと付き合っているとは思えない。もし、兄ちゃんに付き合っている彼女がいたら、たまには俺を置いて出掛けることだってあるだろ。
 そりゃまあ、時々学校が休みの日に「今日は仕事だ」って言って出掛ける日もあるっちゃあるけど……。

(実は仕事に行ってるんじゃないの?)

 考えられるとしたら、そういう日にこっそり彼女とデートしてるってことになるよな?
 つまり、兄ちゃんは俺に嘘を吐いてるってこと? 兄ちゃんは俺に嘘なんか吐いたことがないと思っていたけれど、本当は彼女と会うために俺に嘘を吐いていたってことなのか?
 だったら物凄くショックなんだけど。

「……………………」

 何となくで始まった兄ちゃんの近況報告が気になる俺は、黙って二人の会話の続きを待ってみたんだけど

「真弥。お前宿題はやったのか? そろそろテストもちけーんだから部屋で勉強してきたら?」

 兄ちゃんがあからさまに俺を追いやろうとしてきた。

(このタイミングでその発言は怪し過ぎるだろっ!)

 兄ちゃんは凜さんにまさか自分の近況を聞かれるとは思っていなかったのかもしれないけれど、それにしたって今の発言は不自然過ぎるよ。
 言葉にされなくても

『兄ちゃん今からお前に聞かれたくない話すっから、あっち行ってな』

 って言われているようなもんじゃん。

「えー……」

 俺に知られたくない兄ちゃんの話が気になる俺が、その場に居座ろうとして不満気な顔をすると

「えー……じゃねーんだよ。お前、今日は午前中の授業サボってんだからな。そのぶんしっかり勉強しろや」

 今度は俺が今日の午前中の授業を受けず、保健室で眠りこけていたことを理由に凄んできた。
 こうなると兄ちゃんの言うことを聞かないわけにはいかなくなる。

「はぁーい……」

 俺は渋々椅子から立ち上がり、飲み掛けの紅茶を持って自分の部屋に向かった。
 でも、俺がそう簡単に引き下がると思ったら大間違いなんだからな。
 しばらくは兄ちゃんの言いつけを守り、おとなしく部屋で勉強している振りをするけど、兄ちゃんが凜さんとの会話に没頭し始めた頃を見計らって、こっそり盗み聞きしに戻ってやる。

「よーし。いい子だ」

 俺が素直に兄ちゃんの言葉に従ったものだから、兄ちゃんは満足気な顔で俺の背中を見送った。


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