お兄ちゃん絶対至上主義☆

藤宮りつか

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第一章 綻び

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 そこから十五分くらいは部屋でおとなしくしていた。
 兄ちゃんと凜さんの会話が気になって仕方がなかったけれど、俺がちゃんと部屋で勉強しているかどうかを兄ちゃんが確かめに来る可能性もあったから、机の上に勉強道具を広げ、兄ちゃんに見られても勉強しているようにしか見えない状況を作っておいた。
 でも、兄ちゃんは一向に俺の様子を見に来る気配がなかったから

(よし……)

 俺は音を立てないように椅子から立ち上がると、これまた足音や物音を立てないように部屋を抜け出し、兄ちゃんと凜さんがいるリビングへと向かった。
 そして、辛うじて二人の声が聞こえるところで足を止めると、息を殺して二人の会話に耳をそばだてた。

「しかし、まさかお前がなぁ……」
「そう言うなよ。俺だって自分でびっくりしてんだよ」
「というより何より、まだ関係が切れていないとは思わなかった。お前、もう二度と関わらないと言っていなかったか?」
「そうなんだけどよぉ……。それがそういうわけにもいかねぇんだわ。わかんだろ」
「まあ、それはそうだが……」

 くそっ……途中からじゃ何の話をしているのかがよくわかんねー。最初の十五分を聞き逃してしまったことが悔やまれる。
 だけど、〈まだ関係が切れていない〉とか〈もう二度と関わらない〉とか、明らかに恋愛絡みの話だよな?
 あまり楽しそうな話ではないみたいだけど、兄ちゃんは今現在、良くない恋愛でもしているんだろうか。
 恋愛経験がない俺にはそういうのってわからないんだけど、関わりたくないと思っているのに関係を断てない相手ってどういうことなんだろう。
 というか、それってどういう関係なんだ?

「どちらにしても、恋人でもない相手とそういう関係を続けるのは良くない。関係が断てないなら潔く付き合えばいいだろ」
「それは無理。だって俺、別にあいつらのことそういう意味で好きじゃねーもん」
「だったら断れ。ちゃんと拒否しろ。恋愛感情もないのに身体だけの付き合いなんて間違っているだろ」
「それもわかっちゃいるんだけどよぉ……」

 ちょっと待て。今何て言った? 身体だけの付き合いって……そう言ったのか?
 それはつまり、兄ちゃんには今付き合っている相手はいないけれど、セックスする相手はいるってこと?
 しかも兄ちゃん、今〈あいつら〉って言った? 複数?

(待って待って! 俺の理解が追い付かないっ! 兄ちゃんにセフレ⁉ それも複数⁉)

 あまりの衝撃的事実に目眩がした。兄ちゃんにセフレがいたことはもちろんだけど、どう見たってそんな相手がいるとは思えない生活を送っている兄ちゃんが、ちゃっかりセックスしていることに強過ぎる衝撃を受けた。
 一体いつ、どういうタイミングで兄ちゃんはそんなことをしてるっていうんだ。
 だって兄ちゃん、毎晩俺の夕飯作ってくれているし、兄ちゃんが夜遅くまで帰って来ない日なんて年に数回しかないんだよ?
 やっぱ休日出勤は嘘で、兄ちゃんは休みの日に仕事に行く振りをして、実はセックスしに出掛けていたってこと?

「……………………」

 にわかには信じられないけれど、二人の会話を聞いている限り、そうとしか思えない。
 こんな話を聞いてしまった後じゃ、俺、今度から休みの日に出掛ける兄ちゃんの後をつけちゃうかもしれないよ。

「こんな事を言いたくはないが、お前、ちょっと無理をしているんじゃないのか? 早くに両親を亡くして、真弥の面倒を自分一人が見なければならないと気負い過ぎているから、自棄を起こすというか、羽目を外してそういう行為に走っているのでは? 真弥ももう子供じゃないんだから、少しは自分のことも考えろ。真弥のためにも今みたいなことを続けるのは良くない」
「別に無理なんかしてねーよ。俺は真弥のことが誰よりも可愛いし、真弥の世話を焼くのだって好きなんだ。確かに、真弥のためにも今みたいなことをしてちゃダメだとは思ってるんだけどよぉ……」
「関係を断てない理由は何だ」
「そりゃまあ……欲求不満の解消だったり、身体の相性ってやつだよ。俺も男だからなぁ。性欲には勝てない部分があんだよ」
「はぁ……難儀だな」
「全くな」

 うぅ……何か途中で凄く嬉しいことも言われたんだけど、それより何より兄ちゃんの口から〈欲求不満の解消〉とか〈身体の相性〉なんていう生々しい発言が飛び出すのは聞きたくなかった。
 確かに、兄ちゃんも男だから性欲くらいはあるだろうと思っていたよ。でも、その性欲に負けて付き合ってもいない人間とセックスしちゃう兄ちゃんは知りたくなかったし、信じたくなかった。
 兄ちゃんは真面目な人間だと思っていたのに、そんなふしだらな一面があっただなんて……。

(っていうか、相手誰だよ)

 どうやら兄ちゃんにはセフレがいるみたいだけど、その相手はどこの誰なのかが気になる。
 まあ、兄ちゃんが一声掛ければ喜んでセフレになってくれる人間なんていくらでもいるだろうけど。

「真弥はもちろん知らない……んだよな?」
「たりめーだろっ! 言えるわけねーよっ!」

 いや。今知りましたけどね。俺が二人の会話をこっそり盗み聞きしてしまったばかりに、兄ちゃんの俺に知られたくない秘密ってやつを知ってしまった。
 もちろん、それを兄ちゃんに気取られるわけにはいかないけれど。

「でもよぉ、このままだといつかバレそうな気もすんだよなぁ。昨日も学校でちょっとやべーとこ見られちまったし」
「お前は職場で何をやっているんだ。何がどうなったら、職場で危うい場面を弟に見られるっていうんだ」
「俺は別に何もしてねーよ? ただ、あいつらがそういうこと面白がってしてくるから」
「勤務中に破廉恥な奴らだな」

 え。昨日? 昨日俺にヤバいところを見られたとは?
 昨日と言えば、俺が兄ちゃんを口説こうとしている鵜飼先生と遠山先生を見てしまったことしか思い出せないんだけど、もしかして……。

(えぇっ⁉ 兄ちゃんのセフレってまさかあの二人なのっ⁉)

 誰か頼むから嘘だって言ってくんないかな。
 そりゃね、俺だってちょっと変だとは思ったよ? あの時の三人の間にはただならぬ雰囲気が漂っていたし、二人に迫られる兄ちゃんもエロくて可愛かったんだけどさぁ……。
 だからって、そことそこが本当に怪しい関係になっているとは思わないだろ。何がどうなってそうなったわけ?
 あと、あの状況から察するに、兄ちゃんがあの二人に抱かれている――ってことになるんだよな?
 嘘だろ。兄ちゃんは男前で格好良くて、女に不自由なんて絶対しないはずなのに、どうしてそういうことになるんだよ。過去には付き合っていた彼女もいたのに、どうして兄ちゃんのセフレ相手が男になんの?
 百歩譲って、凜さんみたいな人を兄ちゃんが抱いてるならわかるよ? でも、その逆って……。

(あり得ないんですけどっ!)

 昨日のあの光景を見て、兄ちゃんの身の安全は俺が守らなきゃって思ったけど、既に手を出された後だなんてあんまりだ。俺の決意はどうなるんだよ。

「まあ、俺も家を空けるわけにはいかねーから、あいつらは学校でしか俺に手を出してこれねーと思うんだろ。隙あらばって感じで見境ねーんだよな」
「随分と好かれたものだな。始まりは酔った勢いだったというのに」
「ほんと、どうしたもんかなぁ……」

 なるほど。それは確かに切りたくても切れない関係だよな。何せ相手は職場の同僚なんだから。関わりたくなくても関わらざるを得ない相手だよ。
 でもって、同じ職場の人間なら、わざわざ休みの日に出掛けて行かなくても毎日のように顔を合わせられるし、隙を見つけてセックスだってできちゃうのかもしれない。
 つまり、兄ちゃんは学校で鵜飼先生や遠山先生とそういうことをしてるってことになっちゃうけど、学校みたいに決まったスケジュール通りに時間が進むところなら、それも不可能ではない。
 俺達生徒は休憩時間以外は授業を受けなくちゃいけないけど、兄ちゃん達先生は毎日一、二時間の空き時間があるそうだから、何かしらの理由をつけて二人きりになる時間もありそうだもんな。
 ついでに言うと、部活に入っていない俺は放課後になればすぐ家に帰っちゃうけど、兄ちゃんは下校時刻になるまで学校に残って仕事をしていることが多い。
 学校に残っていると見せかけて、密かに鵜飼先生や遠山先生の家に行けば、家に帰って来る前にセックスする時間もあるってことだ。

(くそっ……あいつらよくも俺の大事な兄ちゃんに……)

 過ぎてしまったことはどうにもならないが、俺の知らないところで兄ちゃんに手を出した二人の先生には腹が立ってしょうがない。
 酔った勢いって言っていたけれど、それって絶対向こうが兄ちゃんに手を出したよな。
 だって、兄ちゃんって見掛けによらず酒に強くねーんだもん。酒豪に見られがちだけど、コップ一、二杯の酒ですぐ酔っ払っちゃうし、酔っ払うと眠くなって動けなくなるみたいだしさ。
 だから、酒の入った兄ちゃんが酔った勢いで――なんてありえない。

「いっそのこと彼女でも作ったらどうだ? お前がその気になれば簡単だろ?」
「うーん……それも何だかなぁ……。別に俺、今は彼女が欲しいって気分になれねーんだよなぁ」
「確かに。抱く側から抱かれる側に回った後では、そんな気分になれないのかもしれないな」
「抱かれる側とか言うな。俺だってそっちに回るつもりなんてなかったし、そっちの素質があるとも思っていなかったんだからよぉ」
「その点については俺も意外だった。が、お前はわりと可愛いところがあるからな。案外意外なことではないのかもしれない」
「何だぁ? お前も俺とシてみてーの?」

 こらぁぁぁぁーっ! せっかく凜さんが鵜飼先生や遠山先生との関係を断つためのアドバイスをしてくれているのに、その凜さんに向かって「お前も俺とシてみてーの?」とは何だっ! とんだビッチ野郎じゃねーかっ!
 勝手に盗み聞きした俺も悪いけど、こんな兄ちゃんの仰天発言ばかりを聞くことになるなら、盗み聞きなんかしなきゃ良かった。
 兄ちゃんのことを全然知らないのも嫌だけど、知りたくない兄ちゃんもいたってことを、俺は身をもって思い知らされた気分だよ。

「馬鹿言うな。それはない」

 まあ、真っ当な恋愛に身を置く凜さんにはその気がないみたいだし

「あっそ。ま、シたいって言われても、俺もお前とは無理だわ」

 兄ちゃんにもその気はないみたいだから、ただの冗談で終わったみたいだけど。
 とはいえ、兄ちゃんには現在セックスをする相手が二人もいて、その相手が同じ職場で働く鵜飼先生と遠山先生だと判明した今、俺の脳内はえらいことになっていた。
 兄ちゃんの半裸姿に悩殺されていた自分なんてまだまだ可愛いものだった。俺なんかより、兄ちゃんはもっと凄いことになっているし、凄いこともしているんだから。
 昨日見た兄ちゃんのエロい身体と、男に抱かれる兄ちゃんの姿を想像してしまうと、俺はもう発狂寸前な気分である。
 そして、兄ちゃんがハッキリと断言した

『俺は結婚なんかしねーから』

 の意味というか、兄ちゃんの心理も理解した気がする。



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