お兄ちゃん絶対至上主義☆

藤宮りつか

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最終話 前進

 9

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 家で夕飯を食べた凜さんが帰ってしまうと、俺に後片付けを任せた兄ちゃんはリビングのソファーに深く腰を下ろして

「はぁぁぁぁ~……。何か今日は疲れたぁ……」

 今日一日の率直な感想を口にした。

「それは兄ちゃんが凜さんのこと怒鳴ったりするからでしょ? 自分のことで人にあれこれ口出しされたくない兄ちゃんの気持ちもわかるけど、凜さんだって悪気があって言ったわけじゃないんだから。あんまりすぐ怒っちゃダメだよ?」

 もう一度言ったことだから、あまりしつこく説教じみたことを言いたくはなかったんだけれど、兄ちゃんを労う言葉がすぐに思いつかなかった俺は、ついつい説教するみたいなことを言ってしまった。
 そこは普通に「お疲れ様」って言ってあげるだけで良かったのに。俺もいまいち気が利かない奴だよな。
 でも、兄ちゃんは俺の言葉に機嫌を損ねる様子もなく、台所に立って洗い物をしている俺の背中をジッと見詰めてくると

「真弥ぁ。ちょっとこっち来い」

 まだ洗い物が終わっていない俺を呼びつけてきた。

「え。今すぐ? でも俺、まだ洗い物が終わってないんだけど」

 ここは兄ちゃんの言葉を優先させるべきところなのか、兄ちゃんに頼まれた洗い物を先に終わらせるべきなのかで迷った俺だけど

「それは後でいいからぁ。先にこっち来て座れ」

 久し振りに兄ちゃんに言われた「こっち来て座れ」に、俺は何か兄ちゃんを怒らせるようなことをしてしまったのかと不安になった。
 水道の水を止め、濡れた手をタオルで拭いた俺が、リビングのソファーに兄ちゃんと向かい合う形で腰を下ろしたら、兄ちゃんはちょっとムッとした顔になって

「そっちじゃなくてこっち。こっち座れ」

 自分の隣りをポンポンと叩いてみせた。

「う……うん……」

 てっきり何か小言を言われるものだと思っていた俺は、自分の隣りに座るよう促してくる兄ちゃんに従い、一度座ったソファーから腰を上げ、改めて兄ちゃんの隣りに座り直すと、兄ちゃんがすかさず俺に抱き付いてきて、いきなり俺の唇にキスをしてきたからびっくりした。

「んんっ⁉ にっ……兄ちゃんっ⁉」

 どうしていきなりキスなんだ? と、意味がわからなくて混乱する。
 さっき盛大に「疲れたぁ」とか言っていたけれど、兄ちゃんは俺とエッチなことでもしたいの?
 昨日散々「もう無理ぃ」って泣きながら俺に訴えていたのに。一晩寝るとあっという間に回復しちゃうってこと?

「なぁ、真弥ぁ。お前、兄ちゃんと恋人同士になりてぇ?」
「え」

 昨日の今日で兄ちゃんが俺に抱かれたいと思っているのであれば、俺もそれに全力で応えようと思った。
 が、どうやら今のキスはそういう意味でしたキスではなかったらしい。
 突然俺に向かって「兄ちゃんと恋人同士になりてぇ?」と聞いてくる兄ちゃんに、俺は不意を突かれ、物凄く間抜けな顔になってしまった。

「……んだよ、その顔。兄ちゃんと恋人同士になりてぇかどうか聞いてんだから、何か言え」
「いや……あ、うん……」

 いやいやいやっ! 今のは兄ちゃんが悪いだろ。
 こっちはずっと兄ちゃんと恋人同士になりたいと思ってんのに、兄ちゃんにそんなつもりは全然なかったじゃん。
 それなのに、いきなり「兄ちゃんと恋人同士になりてぇ?」なんて聞いてくるのはズルくない? 俺が「なりたい」って言ったら、兄ちゃんは俺と恋人同士になってくれんの?

「そりゃなりたいけど……。俺が〈兄ちゃんと恋人同士になりたい〉って言ったら、兄ちゃんは俺と恋人同士になってくれんの?」

 質問の真意を図り切れない俺が、恐る恐るそう聞き返してみると、兄ちゃんは一瞬困った顔になったけれど

「まあ、お前がどうしてもっつーなら……。お前と恋人同士になってやらなくもねぇ」

 そう返してきた。
 何でそこは上からなの? って感じだけど、兄ちゃんと肉体関係を結んでから早二年。ついに兄ちゃんが俺と恋人同士になってもいいと言ってくれた。
 それについてはめちゃくちゃ嬉しい。今までの努力がようやく報われたっていうか、今まで耐えてきた苦しみからやっと解放されるって思うんだけど

(兄ちゃんはどうなの? 本気で俺と恋人同士になりたいと思ってる?)

 という疑問はあるわけで、決して自分が俺と恋人同士になりたいとは言わない兄ちゃんの気持ちが知りたくなった。

「兄ちゃんはどうなの? 何か俺と恋人同士になるのは渋々って感じだけど」

 兄ちゃんとは恋人同士になりたい。だって、それが俺の唯一の望みでもあるんだから。
 でも、そこに兄ちゃんの意志がないのは嫌だ。兄ちゃんが俺と同じ意味で俺のことを好きじゃないと嫌だし、いつものように〈弟の我儘を聞いてやった〉ってスタンスでいられるのは嫌だった。
 安易に自分の願望を優先してしまう前に、まずは兄ちゃんの本当の気持ちってやつをちゃんと教えてもらわなくちゃ。

「んん……渋々っつーか、凜にも言ったけど、兄弟で付き合うってのがどうもピンとこねぇんだよ。仮に俺とお前が付き合ったとしても、俺はお前のことを自分の恋人だと思う気持ちより、大事な弟だって思う気持ちの方が強いと思うし」
「ああ、うん。そりゃそうだろうね。何せ兄ちゃんは俺が生まれた時から俺の兄ちゃんやってんだもんね。その兄ちゃんが急に俺のことを自分の恋人だなんて認識はできないよね」
「まあ……そういうこと」

 くっっっそぉぉぉぉ~っ! 考えてみりゃ全くもってその通りじゃんっ! 俺が生まれた瞬間から俺の兄ちゃんになった兄ちゃんが、今更俺の兄ちゃん以外の存在になれるはずがない。
 かくいう俺も、兄ちゃんと恋人同士になりたいと思っちゃいるけれど、兄ちゃんと恋人同士になった後も、兄ちゃんは俺にとっての兄ちゃんのままだもんな。

「鵜飼との関係が切れて、遠山もあの調子だから、鵜飼にはもちろん、上村先生や花江にもよく言われるんだよ。いい加減、お前と付き合えばいいのにって。でも、俺にとってのお前は弟だって気持ちが一番強いから、付き合うっていうのは変な感じがするんだよなぁ」
「へー……。鵜飼先生だけじゃなくて、上村先生や花江先生にもそういうこと言われてんだ」

 鵜飼先生は予想していたけれど、上村先生や花江先生にまで、俺との関係について口出しされているとは思わなかった。
 上村先生は日向から話を聞いて、自分の元教え子であり、恋人の友人でもある俺を気にしてくれているんだろうな。
 花江先生の方は、兄ちゃんと俺が恋人同士になれば、遠山先生が兄ちゃんのことを諦めると思っているからだろう。
 っていうか、花江先生ってまだ遠山先生のことを堕とせてないのかよ。
 遠山先生を兄ちゃんに近付けないようにしてくれているところは助かるけど、いい加減モノにしてくれないかな。そことそこが丸く収まってくれないと、俺も心から安心できないっていうのに。
 って、俺が偉そうに言える立場でもないか。結局のところ、遠山先生の監視は花江先生に任せっぱなしなんだから。
 花江先生だって俺に言われるまでもなく、いい加減遠山先生を堕としたいって思っているよな。
 頑張れ、花江先生。

「でも、そっかぁ。だから〈どいつもこいつも〉って言っていたんだね」
「そ。そりゃな、俺だってあいつらがそう言いたくなる気持ちもわかんなくねぇし、凜に至っては本気で俺達兄弟のことを心配してくれてんのもわかるんだけどさぁ……。でも、こればっかりは何つーか、俺達兄弟の問題だからそっとしといて欲しいっつーかぁ……。あんまとやかく言われたくねぇって思っちゃうんだよなぁ」
「まあ……そうだよね。人に言われたからって、兄ちゃんが俺に恋愛感情を抱けるわけじゃないし。兄ちゃんが俺のことを弟以上に愛せないのは仕方がないことだもんね」

 兄ちゃんは優しいから、いろんな人に「弟と付き合え」って言われて、それが俺の望みなら――って思ってくれたんだろうけど、それは俺が望んでいる恋人の形とはちょっと違う。
 だから、ここは潔く諦めて、兄ちゃんとは今まで通りの曖昧な関係を続けようと思ったんだけれど――。

「は? 俺、お前のことはちゃんと恋愛的な意味で好きだけど?」

 お前、何言ってんだ? みたいな顔をしてくる兄ちゃんに、俺は一瞬自分の耳を疑った。
 え。どういうこと? 今のって聞き間違いとか、ショックのあまり自分に都合のいい幻聴が聞こえたとか、そういうことじゃないよね?

「えっとぉ……それって一体どういう……。どういうこと?」

 ダメだ。頭が混乱し過ぎて兄ちゃんの言葉にちっとも現実味を感じられない。
 兄ちゃんが恋愛的な意味で俺のことを好き? それ、本気で言ってんの?


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