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肉のパン包みフリッターガーリック風味
肉のパン包みフリッターガーリック風味
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翌朝、日が昇ると窓から光が入ってきた。窓に角を薄く伸ばした物を入れていて、薄黄色のツノを通して屋内が穏やかな光に照らされる。
ガラスは確かに美しいし、屋内から外の様子がわかるが、アリシャはこのツノで出来た窓が好きだった。秋の色だと思う。たとえば黃葉した木々を思わせるし、柔らかな夕暮れを彷彿とさせる。
レオは炉の近くで石壁にもたれて眠っていた。
夜には気が付かなかったが、この家は総石造りでかなり立派だった。アリシャの村は良くて藁と粘土を使った土壁がせいぜいで、多くの建物は、茅葺き屋根と枝を組んだ壁とで出来ていた。石造りは贅沢品なのだ。手間暇もかかる。
アリシャは慎重にベッドから下り、レオを起こさぬようにしながら、何か出来ることがないか部屋を見回してみた。
家の隅に炉があって、昨晩はここで粥を作ってくれだが、他の食材はないようだった。代わりに壁につけられた作業台には沢山の野草が置かれている。野草に詳しくなくてもこれが薬になることは間違いないと確信し、触れてはいけないと近寄ることもしなかった。
「ああ、起きたなら声をかけてくれればよいのに」
レオは軽く伸びをし、渋い表情で肩に手を充てがった。痛むときにする仕草だ。
「もしかして……ベッドを借りてしまったから体が──」
アリシャの不安を片手で遮ると、レオは立ち上がる。
「心配するな。それに今夜はそのベッドで寝るつもりだ。そのためにもアリシャの住まいをなんとかしよう」
壁に立て掛けてあった石斧を手にし「行くぞ」と、扉を開けた。アリシャはその時初めてレオの顎髭に白いものがかなり混じっているのに気が付き、ますますベッドを借りたことに申し訳無さを感じていた。
「一所懸命働きます!」
思わずレオの背中に向けて宣言していた。レオはゆっくり振り返ると口角を上げて頷いた。
「いいか、悲しみは時間が癒やしてくれる。その時間を進めるには一心不乱に働き、クタクタになって泥のように寝るのが一番だ」
「はい……そうします」
「辛いときは泣いてもいい。だが、私が親ならばアリシャには笑ってほしいと願うだろう」
声を上げて笑う父とその横でお腹を押さえクスクス笑う母を思い浮かべて、グッと息が詰まった。
「あの、わたし。笑います!」
両親の笑顔が好きだった。父と母もアリシャに笑って欲しいと思っているなら、笑おうと思った。
「フハハ。面白い奴だ。そうだな、笑うといい。さぁ、ドクたちに紹介するからいこう」
レオの笑顔もアリシャの気持ちを温めた。確かに笑うというのは幸福にするし、幸福になれるのだと思った。
レオの家は村の端に位置していて、すぐ隣は森になっていた。森はレオの家周辺は低木がなく手入れがされているが、少し先は鬱蒼としていた。
西に向かって整地され小石が敷かれた道を歩いていくと左手には川が、右手にはなだらかな丘があった。丘の手前には家が何戸も建っていたが、確かに放置された廃墟だった。屋根が落ちていたり扉がなかったりするが、壁は石造りなので原型をとどめているようだ。
「どの家も石造りなんですね」
「この丘を上がりきった所に岩場があるからな。石灰を採る副産物だろう、石も相当採れたはずだ」
そこまで言うとレオが塔を指差す。
「立派な塔まであるしな。川が近いから見張り台を兼ねた避難場所だろう」
アリシャが見た塔の中でも一番高い。窓を数えて、その塔が三階建てであることを確認した。
「筒ではなく四角ですね」
こんなに高い塔は見たことがないが、塔を知らないわけではなかった。ただ、アリシャの知っている塔は円柱のものでこのような形の物は見たことがなかった。
「ああ、敵を想定した造りではないからだ。円柱の塔は螺旋階段にしているだろう? 右回転の螺旋ならどうしても武器を振るいにくいのだ。これはあくまで川の監視や避難場所だろうな」
朝日を浴びた荘厳な塔に心惹かれて見上げているとレオも足を止めた。
「塔が気に入ったか?」
「はい。こんな高い建物みたことがありません」
同じように見上げていたレオは顎髭をしごいていた。
「都には行ったことがないと言うことか。まぁ、用事がなければ遠いし行かぬか。そうだな、塔は屋根が残っているし狭いながらも一階なら住めるかもしれぬ」
弾かれたようにアリシャが反応する。
「住めるのですか? 凄いわ! 塔に住めるなんて夢みたい」
「風が吹き抜けるだろうから冬までの仮住まいという気持ちでいたほうがいいとは思うがな」
ドクたちに会ってから中を見てみようと独り言のように呟いてからレオは再び歩き始めた。
レオが歩き始めてもアリシャは暫く塔を見つめたまま佇んでいた。
(お父さん、お母さん、私は塔に住めるかもしれない。皆で住んだあの家みたいに快適に出来るかな)
「アリシャ? ベッドを作る前に日が暮れてしまうぞ」
アリシャが後についてきてないことに気が付き、半身振り返ったドクが声をかけてきた。
「はい! 楽しみで……ごめんなさい」
(明るく元気にしなければ。両親や村の人を思うのは一人の時にとっておこう)
ドクに駆け寄ると「スリは塔に住めますか?」「料理はどこでしたら良いでしょう?」と矢継ぎ早に質問し、とにかくついて来なさいと諭されたので、その後はキョロキョロとしながら黙ってついていった。
ガラスは確かに美しいし、屋内から外の様子がわかるが、アリシャはこのツノで出来た窓が好きだった。秋の色だと思う。たとえば黃葉した木々を思わせるし、柔らかな夕暮れを彷彿とさせる。
レオは炉の近くで石壁にもたれて眠っていた。
夜には気が付かなかったが、この家は総石造りでかなり立派だった。アリシャの村は良くて藁と粘土を使った土壁がせいぜいで、多くの建物は、茅葺き屋根と枝を組んだ壁とで出来ていた。石造りは贅沢品なのだ。手間暇もかかる。
アリシャは慎重にベッドから下り、レオを起こさぬようにしながら、何か出来ることがないか部屋を見回してみた。
家の隅に炉があって、昨晩はここで粥を作ってくれだが、他の食材はないようだった。代わりに壁につけられた作業台には沢山の野草が置かれている。野草に詳しくなくてもこれが薬になることは間違いないと確信し、触れてはいけないと近寄ることもしなかった。
「ああ、起きたなら声をかけてくれればよいのに」
レオは軽く伸びをし、渋い表情で肩に手を充てがった。痛むときにする仕草だ。
「もしかして……ベッドを借りてしまったから体が──」
アリシャの不安を片手で遮ると、レオは立ち上がる。
「心配するな。それに今夜はそのベッドで寝るつもりだ。そのためにもアリシャの住まいをなんとかしよう」
壁に立て掛けてあった石斧を手にし「行くぞ」と、扉を開けた。アリシャはその時初めてレオの顎髭に白いものがかなり混じっているのに気が付き、ますますベッドを借りたことに申し訳無さを感じていた。
「一所懸命働きます!」
思わずレオの背中に向けて宣言していた。レオはゆっくり振り返ると口角を上げて頷いた。
「いいか、悲しみは時間が癒やしてくれる。その時間を進めるには一心不乱に働き、クタクタになって泥のように寝るのが一番だ」
「はい……そうします」
「辛いときは泣いてもいい。だが、私が親ならばアリシャには笑ってほしいと願うだろう」
声を上げて笑う父とその横でお腹を押さえクスクス笑う母を思い浮かべて、グッと息が詰まった。
「あの、わたし。笑います!」
両親の笑顔が好きだった。父と母もアリシャに笑って欲しいと思っているなら、笑おうと思った。
「フハハ。面白い奴だ。そうだな、笑うといい。さぁ、ドクたちに紹介するからいこう」
レオの笑顔もアリシャの気持ちを温めた。確かに笑うというのは幸福にするし、幸福になれるのだと思った。
レオの家は村の端に位置していて、すぐ隣は森になっていた。森はレオの家周辺は低木がなく手入れがされているが、少し先は鬱蒼としていた。
西に向かって整地され小石が敷かれた道を歩いていくと左手には川が、右手にはなだらかな丘があった。丘の手前には家が何戸も建っていたが、確かに放置された廃墟だった。屋根が落ちていたり扉がなかったりするが、壁は石造りなので原型をとどめているようだ。
「どの家も石造りなんですね」
「この丘を上がりきった所に岩場があるからな。石灰を採る副産物だろう、石も相当採れたはずだ」
そこまで言うとレオが塔を指差す。
「立派な塔まであるしな。川が近いから見張り台を兼ねた避難場所だろう」
アリシャが見た塔の中でも一番高い。窓を数えて、その塔が三階建てであることを確認した。
「筒ではなく四角ですね」
こんなに高い塔は見たことがないが、塔を知らないわけではなかった。ただ、アリシャの知っている塔は円柱のものでこのような形の物は見たことがなかった。
「ああ、敵を想定した造りではないからだ。円柱の塔は螺旋階段にしているだろう? 右回転の螺旋ならどうしても武器を振るいにくいのだ。これはあくまで川の監視や避難場所だろうな」
朝日を浴びた荘厳な塔に心惹かれて見上げているとレオも足を止めた。
「塔が気に入ったか?」
「はい。こんな高い建物みたことがありません」
同じように見上げていたレオは顎髭をしごいていた。
「都には行ったことがないと言うことか。まぁ、用事がなければ遠いし行かぬか。そうだな、塔は屋根が残っているし狭いながらも一階なら住めるかもしれぬ」
弾かれたようにアリシャが反応する。
「住めるのですか? 凄いわ! 塔に住めるなんて夢みたい」
「風が吹き抜けるだろうから冬までの仮住まいという気持ちでいたほうがいいとは思うがな」
ドクたちに会ってから中を見てみようと独り言のように呟いてからレオは再び歩き始めた。
レオが歩き始めてもアリシャは暫く塔を見つめたまま佇んでいた。
(お父さん、お母さん、私は塔に住めるかもしれない。皆で住んだあの家みたいに快適に出来るかな)
「アリシャ? ベッドを作る前に日が暮れてしまうぞ」
アリシャが後についてきてないことに気が付き、半身振り返ったドクが声をかけてきた。
「はい! 楽しみで……ごめんなさい」
(明るく元気にしなければ。両親や村の人を思うのは一人の時にとっておこう)
ドクに駆け寄ると「スリは塔に住めますか?」「料理はどこでしたら良いでしょう?」と矢継ぎ早に質問し、とにかくついて来なさいと諭されたので、その後はキョロキョロとしながら黙ってついていった。
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