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トリの柔らか煮込み
トリの柔らか煮込み7
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「えっと……大丈夫です。それよりエドはどこですか?」
二人は顔を見合わせて、ウィンは肩を上げた。レゼナは右頬を手で押さえ首を曲げる。
「豚を吊るした後は、たぶんジャンの家をやりにいったと思うわよ。でもそろそろエドも宿屋に行くはずだから宿屋に行ったらどう?」
時間的にはそうでもアリシャは直ぐにエドの無事を確認したかった。アリシャの記憶は猪がエドと目の鼻の先に迫ったところまでしかないのだから、エドを見るまでは安心できない。
「宿屋に行けば万事解決だ。エドは腹を好かせて必ず来るし、君は走り回って体力を消耗することもなくなる。さぁ」
二人掛かりで説得され、挙げ句にウィンに肩を抱かれて足を前に出すしかなくなった。本当は走ってジャンの家まで行きたかったのに。
「今日はリアナが作るんだよね? 楽しみだ」
「お母様のレシピらしいわ。あの子も寂しいでしょうけど、しっかりしているわね」
二人の他愛もない会話に一応頷いてみたりもしたが、ついチラチラとジャンの家になる建物の方ばかり、目がいってしまう。
(本当に無傷なの? どうやって猪の突進をかわしたのかしら?)
アリシャには不思議で仕方がない。二人の雰囲気からいって、アリシャが心配するから嘘を吐いているという感じでもない。
揃って宿屋に入っていくと確かにいつも通りのエドが座っていた。しかもアリシャを見て、直ぐに顔を背けた。いや、正確にはアリシャの肩に回されたウィンの腕を見てと言うべきか。
「あらま、今日もお腹が空く匂いね」
レゼナの言葉を合図に、アリシャの肩を抱くウィンに「私、手伝ってくるわね」と、暗に解放して欲しいことを臭わせた。
肩を抱かれたままなのはアリシャも少し困っていたからで、エドが不機嫌になったからじゃないと、なぜか自分に言い訳をしていた。
「オーケー。無理しないようにね」
ウィンは気遣う言葉まで掛けてくれるから、少しだけバツが悪い。
ウィンとレゼナは丸太に腰を掛けて残り、アリシャは料理部屋に入っていった。
まだ鍋を真剣な顔付きで掻き混ぜているリアナがなんだか一所懸命で可愛らしかった。
「運ぶのを手伝うわよ」
「パンはアリシャが焼いていってくれたのがまだあるの」
今朝パンを焼いたことがまるでずっと前のことのようだった。テーブルに置かれたカゴの中に布巾を掛けてパンが沢山入れてある。ペラリと布巾を捲り「少し温めましょ」とパンを炉の端に並べていく。
「久しぶりに自分以外の人が作るものを食べるわ」
「アリシャみたいに美味しいものはムリですからねー」
リアナは一端の口を利くようになった。食料庫から食べ物を盗んだことを負い目に感じて始めは妙に畏まっていたので、今のほうが生き生きとしていた。
「匂いからして美味しそうだもの。私が作れない時はどんどん代わりにやってよ」
リアナが親しげに接してくれるので、リアナが料理を手伝いに来てくれたりするのは大歓迎だった。
アリシャは湯冷ましを木のカップに注いでそれをテーブルへと運んでいった。次に器とスプーン、木の取皿も人数分持っていく。
最後にココ専用の器をココに咥えさせると、ココは尻尾を振りながら大広間に運んでいった。この器を運べばご飯にありつけることを学び、今では毎回自分で運んでいく。そんなココに目を細めて眺めていた。
「小さな鍋によそって運んじゃっていいかな?」
リアナに言われ振り返ると、アリシャは自分が運ぶと買って出る。幾ら鍋を小さくしたところで重いものは重いし、溢してしまったら勿体ない。
「ありがとう。私はパンを運ぶ」
「熱いからやけどしないでね」
アリシャには妹は居なかったが、居たら良いのにと思ったことは数え切れないほどあった。だからリアナは夢のような存在だった。
(失ったものは計り知れないけど、得たものも多いわよね。昨日が不幸せでも今日が幸せならそれでいいじゃないってお母さんが言ってたな)
しんみりしていてはダメだと気合を入れて、鍋の取手に布を置いて持ち上げる。両手で蟹のように横歩きで移動していく。
「一旦置けよ」
下ばかり見て歩いていたので、間近にエドが来ていることに気が付かなかった。顔を上げると、鍋を指して置けと合図する。
「なんで?」
「俺が運んでやるからだよ」
自分で出来ると言おうとしたが、なんだか断りにくい圧を感じて素直に足元に鍋を置いた。脚付きの鍋だからと言ってもやはり床に鍋を置くのは抵抗がある。素早く布を渡すとエドはスッと軽々持ち上げてテーブルへ。
(優しいのに、言い方がなぁ)
心で愚痴をこぼしたつもりだったのに、エドがクルッと首を回してアリシャを見たから、ビクッと背筋が伸びた。
「リアナを手伝わないなら座ってれば?」
「て、手伝う。そうだ、パン!」
二人のやり取りを見ていたウィンが「僕も手伝おうか?」と声を掛けてくれたが、アリシャは大丈夫だと伝えて料理部屋に踵を返す。やはり熱かったのか一人苦戦してパンを取り上げていたリアナに代わり、アリシャが炉からパンを下ろして二人で運んでいった。
料理が並ぶとほぼ同時に全員揃い、今日も祈りを捧げいつものように食事が始まる。
リアナがよそってくれた器を皆、手から手へ回していく。レゼナは決まって褒めてくれるし、ドクもレゼナと美味しそうだと毎度盛り上がる。そんな和気あいあいとした空気で毎度スタートした。
二人は顔を見合わせて、ウィンは肩を上げた。レゼナは右頬を手で押さえ首を曲げる。
「豚を吊るした後は、たぶんジャンの家をやりにいったと思うわよ。でもそろそろエドも宿屋に行くはずだから宿屋に行ったらどう?」
時間的にはそうでもアリシャは直ぐにエドの無事を確認したかった。アリシャの記憶は猪がエドと目の鼻の先に迫ったところまでしかないのだから、エドを見るまでは安心できない。
「宿屋に行けば万事解決だ。エドは腹を好かせて必ず来るし、君は走り回って体力を消耗することもなくなる。さぁ」
二人掛かりで説得され、挙げ句にウィンに肩を抱かれて足を前に出すしかなくなった。本当は走ってジャンの家まで行きたかったのに。
「今日はリアナが作るんだよね? 楽しみだ」
「お母様のレシピらしいわ。あの子も寂しいでしょうけど、しっかりしているわね」
二人の他愛もない会話に一応頷いてみたりもしたが、ついチラチラとジャンの家になる建物の方ばかり、目がいってしまう。
(本当に無傷なの? どうやって猪の突進をかわしたのかしら?)
アリシャには不思議で仕方がない。二人の雰囲気からいって、アリシャが心配するから嘘を吐いているという感じでもない。
揃って宿屋に入っていくと確かにいつも通りのエドが座っていた。しかもアリシャを見て、直ぐに顔を背けた。いや、正確にはアリシャの肩に回されたウィンの腕を見てと言うべきか。
「あらま、今日もお腹が空く匂いね」
レゼナの言葉を合図に、アリシャの肩を抱くウィンに「私、手伝ってくるわね」と、暗に解放して欲しいことを臭わせた。
肩を抱かれたままなのはアリシャも少し困っていたからで、エドが不機嫌になったからじゃないと、なぜか自分に言い訳をしていた。
「オーケー。無理しないようにね」
ウィンは気遣う言葉まで掛けてくれるから、少しだけバツが悪い。
ウィンとレゼナは丸太に腰を掛けて残り、アリシャは料理部屋に入っていった。
まだ鍋を真剣な顔付きで掻き混ぜているリアナがなんだか一所懸命で可愛らしかった。
「運ぶのを手伝うわよ」
「パンはアリシャが焼いていってくれたのがまだあるの」
今朝パンを焼いたことがまるでずっと前のことのようだった。テーブルに置かれたカゴの中に布巾を掛けてパンが沢山入れてある。ペラリと布巾を捲り「少し温めましょ」とパンを炉の端に並べていく。
「久しぶりに自分以外の人が作るものを食べるわ」
「アリシャみたいに美味しいものはムリですからねー」
リアナは一端の口を利くようになった。食料庫から食べ物を盗んだことを負い目に感じて始めは妙に畏まっていたので、今のほうが生き生きとしていた。
「匂いからして美味しそうだもの。私が作れない時はどんどん代わりにやってよ」
リアナが親しげに接してくれるので、リアナが料理を手伝いに来てくれたりするのは大歓迎だった。
アリシャは湯冷ましを木のカップに注いでそれをテーブルへと運んでいった。次に器とスプーン、木の取皿も人数分持っていく。
最後にココ専用の器をココに咥えさせると、ココは尻尾を振りながら大広間に運んでいった。この器を運べばご飯にありつけることを学び、今では毎回自分で運んでいく。そんなココに目を細めて眺めていた。
「小さな鍋によそって運んじゃっていいかな?」
リアナに言われ振り返ると、アリシャは自分が運ぶと買って出る。幾ら鍋を小さくしたところで重いものは重いし、溢してしまったら勿体ない。
「ありがとう。私はパンを運ぶ」
「熱いからやけどしないでね」
アリシャには妹は居なかったが、居たら良いのにと思ったことは数え切れないほどあった。だからリアナは夢のような存在だった。
(失ったものは計り知れないけど、得たものも多いわよね。昨日が不幸せでも今日が幸せならそれでいいじゃないってお母さんが言ってたな)
しんみりしていてはダメだと気合を入れて、鍋の取手に布を置いて持ち上げる。両手で蟹のように横歩きで移動していく。
「一旦置けよ」
下ばかり見て歩いていたので、間近にエドが来ていることに気が付かなかった。顔を上げると、鍋を指して置けと合図する。
「なんで?」
「俺が運んでやるからだよ」
自分で出来ると言おうとしたが、なんだか断りにくい圧を感じて素直に足元に鍋を置いた。脚付きの鍋だからと言ってもやはり床に鍋を置くのは抵抗がある。素早く布を渡すとエドはスッと軽々持ち上げてテーブルへ。
(優しいのに、言い方がなぁ)
心で愚痴をこぼしたつもりだったのに、エドがクルッと首を回してアリシャを見たから、ビクッと背筋が伸びた。
「リアナを手伝わないなら座ってれば?」
「て、手伝う。そうだ、パン!」
二人のやり取りを見ていたウィンが「僕も手伝おうか?」と声を掛けてくれたが、アリシャは大丈夫だと伝えて料理部屋に踵を返す。やはり熱かったのか一人苦戦してパンを取り上げていたリアナに代わり、アリシャが炉からパンを下ろして二人で運んでいった。
料理が並ぶとほぼ同時に全員揃い、今日も祈りを捧げいつものように食事が始まる。
リアナがよそってくれた器を皆、手から手へ回していく。レゼナは決まって褒めてくれるし、ドクもレゼナと美味しそうだと毎度盛り上がる。そんな和気あいあいとした空気で毎度スタートした。
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