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ほうれん草とマスのミルフィーユ
ほうれん草とマスのミルフィーユ5
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「勝手に話を進めたがこの金貨を預かるのはアリシャが良かろう」
斜め掛けしたバッグから先程の金貨をレオが取り出そうとした。アリシャは慌てて一歩退く。
「レオさん、駄目です! そんな大金恐ろしくって」
見たこともない大金だ。しかも前に一度盗まれたことがあるアリシャには保管なんて考えただけで縮み上がってしまう。
「恐ろしい……か」
レオは表情を綻ぼせて金貨をバッグに入れた。
「アヴリルと金の計算をし、金貨を崩してから渡そう。暖炉代が早めに払い終わりそうだな」
「あ! 十人分も食事を増やさなきゃならないんだわ!」
話したいなどと悠長に思っている暇はなかった。それでなくとも作業は遅れているのに、作らなければならない量が増えてしまった。
アリシャが回れ右をし料理部屋に走っていくと、その後をココが追っていった。最後に残されたレオはいつもの癖で顎髭を掴んでいた。
「知の司か……」
呟くと首を左右に振り、宿屋の外へと出て行った。
宿屋の外で薪を運んでいたドクと鉢合わせし、どちらともなく足を止めた。
「レオ様」
「ああ、エドはどうしておる」
「特段変わりはありません」
レオは「どこまでもついて回るのだな。力を持たずに生まれてきたのはエドのせいではないのに」と流れる雲を目で追っていた。
カゴ一杯の瑞々しいほうれん草を桶に出すと、アリシャは冷たい水をかけてバシャンバシャンと泥を洗い流していく。
(王子が二人……魔力を持つものが二人……もうすぐ雪がふる……)
そこで顔に水が跳ねて、手の甲で慌てて拭う。
(化け物たち……ルクはそう言った。私のことも化け物だと言っていた)
アリシャは魔力を持つことは不思議だと思ったが、化け物だとは思わなかった。事実、恐ろしさはあったがエクトルを化け物とは思わなかった。
(でも、そう思う人もいるってことね……きっと、ルクはエクトルを憎み、私を憎んでいるんだわ)
仲良くしていた日々がまるで何年も前のことのようだった。パニックを起こしたスリを宥めてくれたこともあったし、出会った頃も好意的だった。
アリシャは手の甲で次は目の周りを擦った。ズズッと鼻を啜ると立ち上がり、グラグラと煮える鍋の中にほうれん草を入れた。
(もう、ルクは私達と一緒に笑ったりお喋りしたりすることはないのかしら……)
自分自身で涙を誘うようなことを考えていると気が付いて、空いた手で頬をパチパチと叩いた。
「アリシャ。あら泣いているの?」
「アヴリル……いいえ。いえ、泣き終えたところ」
一度否定したが涙目になっているだろうから、アリシャは言い直した。アヴリルはせり出した腹を守るように撫でてから、アリシャをハグした。
「アリシャが元気じゃないと私も元気がなくなっちゃうわ。──私もなんだか身近に王子が二人も居てパニックよ! 会うことも話すこともないはずの高貴な人たちなのに!」
アヴリルはわざと笑いを誘うように言っていたが、それはアリシャとて同じことで、なんだか夢の世界に入り込んでしまったような気持ちだ。
「エドワード王子の噂は聞いたことがあったんだけど、まさかね? 隣りに座ってた人がその人だなんて思わないから。あ、私も手伝うわ」
アリシャは持っていたお玉をアヴリルに渡しながら「助かるわ」と伝えた。
ほうれん草を茹でるのは任せて、アリシャはマスを捌き始めた。
「噂ってなにかしら?」
エドのことはなんでも知りたかった。それが信憑性のない噂であっても特に今は聞いてみたい。
「エドワード王子が生まれたときはとにかくお祭り騒ぎだったのよ。回復の力を継ぐものでしょう? 茹で上がったらあげていいの?」
アヴリルは答えを待たず既に器にほうれん草を上げ始めていた。
「ええ、上げたら絞っておいて」
「了解! 毎年誕生日を迎える度に祝っていたのだけど、段々雲行きが怪しくなっていったの。なぜかエドワード王子が誰の目にも触れないままだったから」
三枚におろしていたアリシャの手が止まる。
「誰の目にも?」
アヴリルはほうれん草を絞って、根本の部分を落とし器に入れた。
「語弊があるかも。国民の目にはと言うべきね。国民は誰一人として王子を拝見したことがなくて、実は誕生したこと自体なかったことだったのではないかと噂されていたのよ」
聞いたことなかったかと問われてアリシャは素直に田舎なので噂は届いてなかったことを話した。
「先代の王が亡くなって直ぐに女王イライザが表舞台に現れたのよ。その辺りからもう破茶滅茶」
残りのほうれん草も鍋に押し込むとアヴリルは忌々しそうに続けた。
「回復の主がどんな病でも治してくださると噂が流れ、その後は金さえ払えば病を軽減してくれるとなり、金持ち達はこぞってイライザ様の元へと押し寄せたって話。その後は税金が上がり、払えなくなると野盗になってそれこそ荒れ放題」
最後の部分はアリシャも知っていた。
生まれ育った村でも税金は右肩上がりでどこの家も苦しんでいた。アリシャの村を襲った人も元々は単なる一般の民だったと考えている。それでもまだあの辺りはなんとか暮らしが出来ていたから……遠方よりやって来た人なのかもしれないが、アリシャには細かいことはわからない。
親や知り合ったを殺した人たちに同情などしたくないし、ぎりぎりまで追い詰められたからと言って人を殺めて財産を奪う選択をすることに理解など示したくない。
斜め掛けしたバッグから先程の金貨をレオが取り出そうとした。アリシャは慌てて一歩退く。
「レオさん、駄目です! そんな大金恐ろしくって」
見たこともない大金だ。しかも前に一度盗まれたことがあるアリシャには保管なんて考えただけで縮み上がってしまう。
「恐ろしい……か」
レオは表情を綻ぼせて金貨をバッグに入れた。
「アヴリルと金の計算をし、金貨を崩してから渡そう。暖炉代が早めに払い終わりそうだな」
「あ! 十人分も食事を増やさなきゃならないんだわ!」
話したいなどと悠長に思っている暇はなかった。それでなくとも作業は遅れているのに、作らなければならない量が増えてしまった。
アリシャが回れ右をし料理部屋に走っていくと、その後をココが追っていった。最後に残されたレオはいつもの癖で顎髭を掴んでいた。
「知の司か……」
呟くと首を左右に振り、宿屋の外へと出て行った。
宿屋の外で薪を運んでいたドクと鉢合わせし、どちらともなく足を止めた。
「レオ様」
「ああ、エドはどうしておる」
「特段変わりはありません」
レオは「どこまでもついて回るのだな。力を持たずに生まれてきたのはエドのせいではないのに」と流れる雲を目で追っていた。
カゴ一杯の瑞々しいほうれん草を桶に出すと、アリシャは冷たい水をかけてバシャンバシャンと泥を洗い流していく。
(王子が二人……魔力を持つものが二人……もうすぐ雪がふる……)
そこで顔に水が跳ねて、手の甲で慌てて拭う。
(化け物たち……ルクはそう言った。私のことも化け物だと言っていた)
アリシャは魔力を持つことは不思議だと思ったが、化け物だとは思わなかった。事実、恐ろしさはあったがエクトルを化け物とは思わなかった。
(でも、そう思う人もいるってことね……きっと、ルクはエクトルを憎み、私を憎んでいるんだわ)
仲良くしていた日々がまるで何年も前のことのようだった。パニックを起こしたスリを宥めてくれたこともあったし、出会った頃も好意的だった。
アリシャは手の甲で次は目の周りを擦った。ズズッと鼻を啜ると立ち上がり、グラグラと煮える鍋の中にほうれん草を入れた。
(もう、ルクは私達と一緒に笑ったりお喋りしたりすることはないのかしら……)
自分自身で涙を誘うようなことを考えていると気が付いて、空いた手で頬をパチパチと叩いた。
「アリシャ。あら泣いているの?」
「アヴリル……いいえ。いえ、泣き終えたところ」
一度否定したが涙目になっているだろうから、アリシャは言い直した。アヴリルはせり出した腹を守るように撫でてから、アリシャをハグした。
「アリシャが元気じゃないと私も元気がなくなっちゃうわ。──私もなんだか身近に王子が二人も居てパニックよ! 会うことも話すこともないはずの高貴な人たちなのに!」
アヴリルはわざと笑いを誘うように言っていたが、それはアリシャとて同じことで、なんだか夢の世界に入り込んでしまったような気持ちだ。
「エドワード王子の噂は聞いたことがあったんだけど、まさかね? 隣りに座ってた人がその人だなんて思わないから。あ、私も手伝うわ」
アリシャは持っていたお玉をアヴリルに渡しながら「助かるわ」と伝えた。
ほうれん草を茹でるのは任せて、アリシャはマスを捌き始めた。
「噂ってなにかしら?」
エドのことはなんでも知りたかった。それが信憑性のない噂であっても特に今は聞いてみたい。
「エドワード王子が生まれたときはとにかくお祭り騒ぎだったのよ。回復の力を継ぐものでしょう? 茹で上がったらあげていいの?」
アヴリルは答えを待たず既に器にほうれん草を上げ始めていた。
「ええ、上げたら絞っておいて」
「了解! 毎年誕生日を迎える度に祝っていたのだけど、段々雲行きが怪しくなっていったの。なぜかエドワード王子が誰の目にも触れないままだったから」
三枚におろしていたアリシャの手が止まる。
「誰の目にも?」
アヴリルはほうれん草を絞って、根本の部分を落とし器に入れた。
「語弊があるかも。国民の目にはと言うべきね。国民は誰一人として王子を拝見したことがなくて、実は誕生したこと自体なかったことだったのではないかと噂されていたのよ」
聞いたことなかったかと問われてアリシャは素直に田舎なので噂は届いてなかったことを話した。
「先代の王が亡くなって直ぐに女王イライザが表舞台に現れたのよ。その辺りからもう破茶滅茶」
残りのほうれん草も鍋に押し込むとアヴリルは忌々しそうに続けた。
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最後の部分はアリシャも知っていた。
生まれ育った村でも税金は右肩上がりでどこの家も苦しんでいた。アリシャの村を襲った人も元々は単なる一般の民だったと考えている。それでもまだあの辺りはなんとか暮らしが出来ていたから……遠方よりやって来た人なのかもしれないが、アリシャには細かいことはわからない。
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