美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます

今野綾

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「幸運を。また会いましょう」

 アリシャの粉だらけの手を、アヴリルはウィンに手渡した。ウィンも同じように粉の付いていない手の甲に唇を当てた。

「アリシャ、君の幸運を祈るよ。エドのことも頼んだ」

「二人にも神のご加護を。必ず戻ってくるから、その時はまた一緒に」

 感傷的になっているアリシャに二人は朗らかに別れを告げて出ていった。今夜はリリーの家に厄介になり、明朝早くに出発すると話していた。

 アリシャはパン生地の準備を終えると、ハチミツとジャムの壺をテーブルに並べて置いた。明日、パンと一緒に持っていく。

 目的地であるスルシュア王国の最南端の街までスムーズに行けて一日半。パンと燻製肉でなんとかなるだろうと下準備はしておいた。

 そこに外から戻ってきたエドが部屋へと入ってきた。

「先発隊は出た。兵が六人出発したから」

「エクトルの護衛は四人になってしまうの?」

「いや、残り四人はウィンやアヴリルたちと行動したり、違う任を与えられてる。護衛はいらないってさ。アリシャと自分が居れば道中は心配ないって話だ」

 そう。と、心配を胸に押し留めて小声で返事をした。エドは料理部屋の隅にある汲み置きの水で手と顔を洗って、布で拭いた。

「先発隊が道をある程度慣らしてくれるらしいし、予定通り一日半で行けるはずだってことだ。さ、寝るぞ」

 何もかも感傷的になって動きが鈍いアリシャと違い、エドはテキパキと準備を済ましていった。このベッドで寝るのも今夜で終わりだなんて考えると、また動くのが止まるのだ。

 それでも寝なければと服を脱ぎ、エドの隣に潜り込んだ。

「アヴリルたちは別行動になるのね。挨拶に来たわ」

 アリシャの身体を抱き締めたエドがくぐもった声で「聞いた」と短く答えた。

「全員でせめて……移動したかった」

「いいから寝とけ。寝れないなら抱くぞ?」

「エド! 明日、出発するのに!」

 エドはあくびをしてから非難してきたアリシャの肩を甘噛した。体が勝手にゾクリと甘く疼いて慌てたが、エドは特に何をするでもなくアリシャを抱き直して眠りに落ちていった。

 ジッと息を殺して眠りが訪れるのを待っていたアリシャだったが、なかなか睡魔はやってこない。

 振り返ると密度の濃い一年だった。また住処を失うのは不運だが、今は村人を失った訳ではない。

(本当に戻ってこられるなら、きっと今の状況を後から笑うことができるはず。あの時慌てたわねと話して笑えるはず)

 首に掛かるエドの寝息が不思議と心を慰めていく。そうして、アリシャもやっと眠りに落ちていった。

 朝、暗いうちに出発した。

 まだ、そこここに雪が残る村を丘の上から振り返ると、アリシャはまた込み上げてきた涙を堪えて先行するエクトル達を見据えた。エクトル、イザク、そして兵士四人は馬に跨がり、先発隊が整えた道を注意深く進んでいく。

 アリシャのすぐ後ろには馬のスリの手綱を引いたエドがいる。スリの背には脚の悪いジャンが乗っていた。

 アリシャは横を歩くリアナに寒くないかと聞いた。

「寒いけどこれくらいなんてことないわ」

 気丈に返すリアナ。つい申し訳無さからまた家を失い心細い思いをさせてしまったことをアリシャが詫びた。

「え? アリシャが謝るなんておかしいわ。それに前回はおじいちゃんと二人きりだったんだもの、今回はみんながいてくれるからまるで旅行みたい」

 頼もしい言葉に涙腺が緩みっぱなしのアリシャは鼻を啜った。それにね、とコソコソとリアナがアリシャの耳元で囁く。

「エクトル様が私達は客人として扱うと話してくれたの。それはどういうことなのか聞いたのね。そしたら、みんな個室の宿を与えられて洗濯もしなくていいんですって」

 楽しみだと喜ぶリアナと同じようには喜べなくても、アリシャはリアナが楽しそうなだけで救われる気持ちだった。

 日が昇り始めると雪が溶け出し、道はぬかるみ始めた。

 兵士の馬一頭に荷車をつけているので、その荷車が幾度となくわだちにハマり立ち往生した。その都度男たちは車輪に板を噛ませ、押さなければならなかった。

 そんな時は交代で休憩をとり、食事をすませたりした。そんな風に比較的効率よく道を進んでいた。

「悪いな、ワシばかり楽をして」

 三度目の轍にハマった時に、ジャンがスリから降りてボヤいていた。

「あら、私達もなんにもしてないわ」

 明るくレゼナが返すとジャンがそれでも何か物申したそうな渋い顔をした。レゼナが察して肩を叩いた。

「時には何もしないのも役に立つものよ。変に周りをうろついても邪魔になるだけですもの。それに靴を濡らさないだけでも一つ手伝いになるわ。濡れたら乾かすけど、火の近くに置ける靴は限られているもの」

 皆、ファーブーツを履いているし、靴底には木底を紐でつけて濡れないようにしていた。それでも轍は水溜りになっているし、そんなところに居ればブーツの中まで浸水してくる。

「まぁ、そうなんだが……」

 納得できなくてもジャンはため息をついて諦めて座って眺めている他なかった。最年少のユーリですら、馬に人参を食べさせたりする仕事を仰せつかっているのだから歯痒いのだろう。

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