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03 寒い日々だから

なれないプレゼン

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02

 「えー、ご存じの通り、農業には様々が不確定要素や障害がつきまといます。
 干ばつ、水害、雑草の異常繁殖、バッタやウンカの大量発生。
 苦労して育てた作物は、一つの天災で簡単に全滅してしまうのです。
 そこで私の考えは、虫害も天災も起こりえない環境で耕作をしてみてはどうかということです」
 瞳はパワーポイントを操作しつつ、作成した資料に従ってプレゼンを行っていく。
 (うううー…。緊張するなあ…)
 官僚やビジネスマン、団体職員たちに加えて、自治体や国会の議員たちまでいる。
 勉強会とはいえ、商社の経理担当に過ぎない自分がプレゼンを行っているのは、いささか場違いに思える。
 『大丈夫。レジュメに書いてあるとおり説明していけばいいから』
 龍太郎はそう言っていたが、瞳は気が気ではなかった。
 (緊張で変な表情してないかな?
 言葉、かたことになってないかな?)
 そんなことを思いながらプレゼンを進めていく。
 
 瞳が正月休みの宿題として提出した食糧問題対策。
 それは、メガフロートを利用した屋内農業だった。
 無数の金属の箱をつなげて、海に浮かぶ巨大な島となすメガフロート。
 その上にガラス張りの構造物を並べて、その内部で農業を行う。
 ほぼ完全に機密された空間で、潮気も虫も雑草もシャットアウト。
 いわばハウス栽培をさらに進めて、周囲と隔絶された環境で行う農業だ。
 悪天候が続いても、必要ならLEDを点灯して人工的な光で作物を育てることもできる。
 外観としては強化ガラス製の広大なショーケースというところか。
 周囲には消波送致を兼ねた波力発電機を並べる。
 波で構造物が破壊されることを防ぐとともに、電力も自足する。一石二鳥の策だった。
 “自然に育った作物と比べて味が落ちるのでは?”
 “作物というのは環境にいじめられて育つものじゃないのか?”
 という疑問もあるだろう。
 だが、安定した収穫とコストパフォーマンスという意味では一考に値する案なのだ。

 農業というものは、自然災害に対してあまりにも脆弱だ。
 世界の歴史を見ても、バッタの大量発生が飢餓を招き、多数の餓死者を出した例は枚挙に暇がない。
 そこまでひどくはなくとも、台風で稲が倒れてしまい田んぼひとつが壊滅したという事例は近年の日本でもある。
 それ以前に、農業自体想像以上に手間がかかるものなのだ。
 油断すれば、すぐに田畑は雑草だらけになってしまう。
 あるいは、ウンカや蛾にやられてしまうこともある。
 虫を追い払って雑草を抜いて、水や肥料の加減に気を配って。
 それらのことは農業のコストをどうしても上げてしまう。
 『なら、最初から雑草も虫も存在しない環境で耕作すればいんじゃね?』
 それがメガフロート農業の趣旨だった。
 エアロックと防塵フィルターによって、外界と完全に隔絶された空間。
 当然のように、そこには元はなにもない。
 農業に必要な環境をゼロから作り出さなければならない。
 だが、それは裏を返せば人間にとって都合のいいものしかない環境とも言える。
 雑草も海原を移動するのは不可能だし、農業害虫もエアロックによって遮断してしまえば入りようがない。
 内部で勤務する職員は、外部から植物の種子や虫などを持ち込まないように厳重な管理体制を取る。
 そうして隔絶された空間であれば、除草剤も農薬も不要。
 頑丈に作りさえすれば、台風や長雨にも耐えられる。
 穀物の供給を自然環境に左右されることなく、安定して行うことができるというわけだ。

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