時空を駆ける荒鷲 F-15J未智の空へ

ブラックウォーター

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第六章

死闘! 世界樹空域 高度8000

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 狂気染みた破壊が、全体主義の名のもとで行われるか、自由と民主主義の聖なる名のもので行われるかということが、死にゆく人々や孤児や浮浪者に対して、一体何の違いをもたらすのであろうか。

マハトマ・ガンディー


 01
 ドゥベ戦争と呼ばれた、ドゥベ公国と、多国籍軍構成国の間の大規模な武力衝突の終結から6ヶ月が過ぎた。
 ここ、地球から見れば異世界にある2つの巨大な大陸。ロランセア、ナゴワンド両大陸には、もたらされたのは平和ではなく混沌と際限のない争いだった。
 原因は枚挙にいとまがなかった。大量に発生した戦災難民による社会不安はもちろんのこと。G20を中心とした地球側の各国とこちらの世界の国々による、新たにドゥベから独立した国、アルコル連邦の資源の配分を巡る苛烈な争い。敗戦国であるドゥベから各国に割譲された領土での、各国から派遣された人間と地元民との軋轢。そして、性急かつ強引な戦後復興政策。
 戦後に両大陸に成立した8カ国協商と呼ばれる国際機構の戦後復興政策は、それまで封建的で閉塞していると酷評されていた両大陸の有り様を大きく変え、飢えも争いもない世界を目指して始められたものだった。しかし、全ての人間が変化に適応できるわけではなかった。
 地獄への道は善意によって舗装されている、という言葉がある。よかれと思ってしたことも、良い結果を生むとは限らない。むしろ、余計に問題をややこしくしてしまうことはままある。要するに、余計なお世話ということだ。全てのものにとってではないにせよ。
 戦後復興政策によって、確かに多くの人々の生活が救われ、飢えることはなくなった。
 一方で、奴隷制度の段階的廃止や、自作農創設政策などによる、地主や貴族などの没落。地球側の安い製品が大量に流れ込み、また異世界側にも工業地帯が建設され始めたことによる、異世界側の産業の停滞、失業者の急増。新たにこちらの世界に誕生した企業や団体の元での、劣悪な環境下での低賃金の労働。全てではないが、地球側の人間のこちらの世界に対する差別意識。
 さらには、戦争で死亡したものの遺族への補償の不十分。マクロが優先され、ミクロレベルでの生活の再建や安定は後回しにされる経済政策、要するに大を活かすために小を犠牲にするもやむなしとされる、一種の棄民政策。などなど。
 それやこれやは、両大陸に深刻な社会不安を発生させ、各地で暴動や反乱が続発していた。それは戦争で疲弊しきっていた領主たちや、両大陸各国の軍隊の対処能力を超えた物だった。
 畢竟、鎮圧は地球から異世界の各国に派遣された義勇軍たちが主体とならざるをえなかったのである。

 新暦103年双子月24日。
 『こちらD中隊!反乱軍ドラゴン及び、攻撃機によって被害甚大!至急エアカバーを願う!』
 「こちらオーディン1。待ってろ、すぐ取り掛かる」
 そういった潮崎隆善一等空尉率いるベネトナーシュ王立空軍所属、オーディン隊の6機のF-15JSは、エンジンを吹かし速度を上げる。交戦地帯は、ロランセア大陸南部はヨーツンヘイム平原の西、アルコル連邦と、メグレス連合の国境付近の丘陵地帯上空。反乱軍所属機はすぐに見つかった。ミラージュⅢが4機と、Mig-23が4機の計8機が、多国籍軍地上部隊に対して空爆を行っていたのだ。加えて、3頭の飛龍に乗った龍騎兵が、上空から火のついた油壷を投下してこちらの歩兵たちを火だるまにしていく。
 「こちらオーディン1。シーカー及びダイバーはドラゴンをやれ!残りは俺に続け!敵機を片付ける」
 『シーカー了解』
 『ダイバーも了解です!』
 シーカーこと竹内二尉と、ダイバーこと酒井二尉が編隊を離れ、ドラゴンに向けてミーティア対空ミサイルを放つ。龍騎兵はドラゴンの腰に装備されていた油壷に被弾して火だるまになり、景気よく燃えながらドラゴンから落下していった。
 潮崎の率いる4機は、ミラージュⅢとMig-23を手当たり次第にロックオンして血祭りにあげていく。古強者で信頼と実績のある機体とはいえ、マルチロックオンもファイヤアンドフォーゲットも不可能な旧式機は、最新鋭のテクノロジーをこれでもかとつめ込んだF-15JSの敵ではなかった。勝負は最初から決まっていた。ミラージュⅢもMig-23も、自分たちの半分の数を相手に一方的に殲滅されていく。このままワンサイドゲームと行くかに思えた。が...。
 「なんだ、新手か...?こいつは...全機注意しろ!こいつはF-15Eだ!」
 潮崎がそう無線に怒鳴った瞬間、レーダーに感知した新たな敵影から無数の対空ミサイルが放たれる。距離があったこともあり、オーディン隊に命中弾はなかったが、オーディン隊は自分たちの身を守ることを優先せざるを得なくなってしまう。21世紀の地球でもまだ一線級のマルチロールファイターであるF-15E、通称ストライクイーグル6機は、F-15JSをもってしても油断ならない相手だった。
 オーディン隊がF-15Eにかかりきりになったことで、2機残ったミラージュⅢが地上への攻撃を再開する。それに勢いづいた反乱軍地上部隊が進撃を開始する。すでに戦闘の趨勢は多国籍軍の勝利に決していたが、最後のあがき、一矢報いる、その一念が、反乱軍に予想以上の奮戦を可能としていた。重さ1トンはあるかというハルバートを空竿のように振り回すライノファイターが、多国籍軍の軽装甲車を一刀両断にする。口から視覚を狂わせる特殊なガスを吐き、自分の姿を見えなくすることができるシュプリンガーが変幻自在に動き回り、多国籍軍の司令部を引っ掻き回す。多国籍軍の数の怒涛に押されながらも、死兵と化した反乱軍は、怒涛に正面からぶつかって行った。
 その戦果に役目は果たしたと判断したらしいF-15Eは、僚機を2機喪失していたこともあり、戦線離脱する。
 「キムチか?それともムスリムの貴族様か...?どちらにしてもあんな奴らまで寝返るとは...」
 『主義者や愛国者ってのは折れやすいものですよ。理想と現実の壁にぶつかると特にね』
 F-15Eの所属原隊を訝る潮崎に、戦闘中行方不明となった及川二尉の変わりに副隊長に就任した隊の紅一点、松本二尉が、可愛い声に似合わない辛辣さで応じる。潮崎は何も言えなかった。それが今の状況の縮図だったからだ。ドゥベ戦争が終わったとき、誰もがこれからは明るい未来が待っている。この先は楽しいことばかりだと信じていた。だが、現実に訪れたのは、混沌そのものの難民キャンプ、荒れ果てて復興のめどがつかない畑、戦後政策に適応できない人間たちの不満と憎悪、戦後の困窮した状況を自分たちの利益のため食い物にしようとまでする、せこく冷酷な資本家や権力者の存在、などなど。残酷な現実だった。 
 その醜悪な現実は、まともな軍人であれば、特に、悪い奴をやっつけて弱いものを救うんだという英雄願望をもつものたちにとっては、うんざりして全部がいやになるのに十分と言えた。多国籍軍や、各国の正規軍、義勇軍からは脱走兵が相次いで、反乱分子やゲリラに味方するものまでいる。
 地球の各国政府が、ドゥベ戦争で戦死したものや、残されたものの気持ちをあからさまに軽く扱い、彼らの犠牲や悲しみを顧みず敬意を払わず、すでに忘れてしまったかのような態度を取っていることも、将兵たちの不満に拍車をかけていた。
 『地上部隊や、ミラージュたちとは別行動のようだった...。噂に聞く”自由と正義の翼”ですかね?』
 「どうかな?」
 松本が口にした不穏な名前に、潮崎は明言を避けた。最近ではうっかり憶測で物も言えない。士気にかかわるからだ。
 『隊長!2時方向のライノファイターの部隊を見てください!あれはまさか...!』
 「いかん!全機上昇!」
 酒井の言葉に応じた潮崎の号令で、オーディン隊はエンジンを吹かして高度を取る。一瞬後、ライノファイターに守られていた荷車の積み荷が炸裂し、他の場所からも火の手が上がり、地上が4つの巨大なキノコ雲に覆われた。放射状に青い炎が拡がって、反乱軍も多国籍軍も関係なく呑み込んでいく。
 『あの燃え方、燃料気化爆弾ですな...。しかもこちら製の...自爆を試みたようで...』
 「くそっ!そこまでやるか、やつらは...?」
 巨大などんぶりとでもいう形状の、陶器製の燃料気化爆弾は、すでに反乱軍の間ではなじみの兵器となっている。燃料気化爆弾の原理自体は難しくない。密閉された頑丈な容器の中で火薬爆発を起こし、内部の液体燃料を高温、高圧の状態にする。所期の圧力を得られたところで解放弁が開き、すさまじい速度で可燃性のガスと化した燃料が大気急に放出される。そのガスに、別の火薬で点火。猛烈な気圧の上昇と、大気中の一酸化炭素濃度の上昇で、周囲の全てを破壊、殺戮する。
 問題は、こちらの技術では相応に大きく重くなってしまうことだった。敵の進路にブービートラップとして配置するか、大きな荷物に偽装して荷車か船で運び込み、タイマーや導火線で時限爆弾とするのが定石だったが、今回のように自爆に用いられる可能性も十分あった。しかし、それを予測していながら止められなかった。
 「ちくしょう!」
 潮崎は自分の無力に歯噛みする。下でどれだけの人間が死んだのか?そしてこれからさらにどれだけの人間が死ぬのか?こんな結果のために自分たちはドゥベ戦争を戦い抜いてきたのか?
 戦闘そのものが味方の勝利に決しても少しも嬉しいとは思えなかった。今回はとり合えず勝てたが、犠牲が大きすぎた。こんなことが続いては、やがて全てが滅んでしまう。
 後何回戦えば平和になる?後何人殺せば戦いのない世界が来る?後何人の味方が犠牲になれば、地獄の蓋が閉じる?そして、よしんば平和が来たとして、その時俺は、大切な人たちと一緒に笑っていられるのか?潮崎は下界の惨劇を見ながら、そう自問し続けた。

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