時空を駆ける荒鷲 F-15J未智の空へ

ブラックウォーター

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第六章

閉ざされる対話

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 02
 ”事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!”
 これは、日本でも屈指の人気を誇った刑事ドラマの劇場版の名セリフと名高い。
 しかし、戦いが起きているのは現場だけとは限らない。会議室だって戦場なのだ。
 新暦103年双子月27日。
 ここ、ロランセア大陸中央南部はノーアトゥーン半島の最南端、ゲルセミの市外にある真珠宮殿の会議室でも、議論が戦わされていた。
 「このまま反乱や暴動に対して武力で応答するには限界があります。なんとか話し合いで彼らの不満を解決する道を模索すべきですわ!今の両大陸、とくにロランセア大陸は、火の用心をしていない家と同じです。消防夫もいつまでも持ってくれるとは限りませんわ!まず火を出さないことを考えるべきでは?」
 ”8か国協商”閣僚級会議の議長であるベネトナーシュ王国第一王女ルナティシアは、自分の倍以上生きている政治家たちに向かって熱弁を振るう。ここ、ゲルセミは、ドゥベ戦争の終戦に伴ってドゥベ公国からベネトナーシュ王国に割譲され、王国の総督府がおかれていた。他の国が割譲を受けた領土に比べればかなり面積は小さいが、侮るなかれ、港町で交通の要衝であり、長年かけて要塞化されてきたこの場所は、地球で言えば、ジブラルタルやシンガポールに相当するといえる。軍事的、経済的に極めて重要な立地にあった。
 ベネトナーシュ王国の戦後処理担当大臣に正式に任命されたルナティシアが、今回議長を務めるのもその辺の事情が関係していた。しかし、予想通りというか、他の国の代表の反応は鈍かった。別にルナティシアが女であり、若いから甘く見ているわけではない。どこの国も、今は理想論では追いつかないことだらけなのだ。
 それにしても今日はひどい。全員がいたずらに渋面を作り、最初から議論の余地はないが、議論はなされたという体裁は整える必要はあるというアリバイ行為そのものの空気を隠そうともしない。
 「話し合いと簡単におっしゃるが...」
 メグレス代表が椅子に寄りかかりながら相手をする。
 「今不満分子と妥協すれば、次は何を要求されるかわかりませんぞ。地球の言葉では何と言ったかな...?」
 「”ネズミにクッキーをやると、ミルクをくれと言い出す”でしたな。
 残念ながら我々も今の状態で限界だ。不満分子と交渉しようにも、こちらに譲れるところがないんじゃ初めから話し合いにならんでしょう。どうです?」
 ミザール代表がそう言って会議室を見回す。
 「今更地球からの人手や資本の呼び込みを断るわけにも行きませんからなあ。”急進的な資本主義化は認めない””自分たちの特権や既得権を返せ””地球から入ってくる品物に高い関税をかけろ”と騒ぐやつらと妥協する?それは、地球の協力の元、所謂産業革命の促進によって戦後復興を円滑に進めようという我々の計画とは相いれない。妥協は戦後復興計画そのものを危うくしますよ」
 メラク代表が腕組みをしながら相槌を打つ。その言葉に全てが集約されていた。両大陸にかつて存在した統一国家、帝国が崩壊して以来、両大陸では国家同士が互いに相争う戦国時代が100年にも渡って続いてきた。そんな中、時空門が開いて二つの世界の交流が実現した。地球とこちらの多くの人間の努力が実り、どうにか安定した拮抗状態が築かれた状態が、ドゥベ戦争によって台無しにされてしまったのだ。もはや多くの人間から既得権を取り上げ、痛みを強いても経済改革、ひいては産業革命を成功させる以外に、復興を実現する方法はない。それは正論なのだが...。
 「しかし、保守勢力やもろもろの不満分子とも話し合いの道を探すべきというルナティシア議長のお考えもごもっともです。反乱軍が戦力と兵站を維持できるのも...残念なことですが、多くの人間に支持と支援を受けているからです。少なくとも反乱軍の血脈を断つためには、各国の多くの民の協力は必要です。
 今の急進的な路線では多くの民の協力を仰ぐのは難しいでしょう。特に、一番たちの悪い”自由と正義の翼”は困窮した大衆の救済を大義名分にしていて、臆面もなく我々を攻撃していますからね」
 ドゥベ代表が場の空気を変えるためか、そんなことを言う。”自由と正義の翼”は、8か国協商と、地球のG20が中心となり、戦後復興政策が開始されるのと前後して、名乗りを上げ活動を開始した反乱組織だ。主に多国籍軍や各国の軍の脱走兵から構成され、強力な武器と優秀な人材、頼りになる補給網を持ち、戦後政策の最大の障害となっている。各国で暴れている反乱軍そのものは、皆まともな指揮系統も持たない烏合の衆なのだ。が、”自由と正義の翼”に限っては、軍隊式の秩序だった組織で、主に反乱軍の支援、特に脱走兵が駆る戦闘機によるエアカバーと空爆によって、多国籍軍にも甚大な被害をもたらしている。
 「そんなこと言って、まだ諦めていないのか?あんたの国には奴隷の解放や自作農創設を先延ばしにしたがってる連中が少なからずいる。
 話し合いや妥協を言い訳に、改革を後退させようというのではあるまいな?」
 「”奴隷たちが解放されても、彼らが失業者になったら何の意味もない””地力のない人間が地主になったところで、税収の増加や経済効果は見込めません”てな」
 アリオト代表の言葉に入れられた、フェクダ代表の合いの手に、会議室に疲れた笑いが走る。
 「全員、ことの次第を認識してくださいまし!」
 ルナティシアは大きな声を出してしまう。
 「改革の必要性は我が国も認めています。しかし、方法はよく考えられなければならない!必要性だけで物事は決められないのです。多くの人間が納得しない方法論は、いずれ行き詰まります!
 かくなる上は財政赤字を甘受して、補助金の支出や医療、福祉の充実、雇用の創出を図るべきと考えます!そのための財政支援の内諾は、地球の各国や企業に取りつけてあるのです」
 一気にそういったルナティシアは、今回の会議のキーパーソンともいえる、新興国、アルコル連邦の代表に視線を送る。アルコル代表は迷った表情になる。今一番不満分子の反乱や暴動がひどい国はアルコルだ。確かに、ルナティシアのいう方法論なら、一時的には多くの民をなだめ、争いを沈めることができるだろう。だがその先は?地球の国家や企業は当然のように慈善団体ではない。無利子で金を貸してくれるようなお人よしでは絶対にない。結局、彼らの協力で福祉を充実させることは、こちらの世界を地球の植民地にすることになるのではないか?
 プライドだけで人も国も生きてはいけない。しかし、プライドを踏みにじられたものは荒み、先鋭化する。取り返しのつかないことが起きるのが遅いか早いかの違いに思えたのだ。
 「会議中失礼いたします!地球の大使館より入電です!」
 ベネトナーシュ王立軍の近衛兵が、ノックの返事も待たずに会議室に入り、大声で報告する。
 「読んでください」
 ルナティシアは即答する。火急の要件では、こういう報告の仕方は認められているからだ。
 「は!アメリカ合衆国、ニューヨークのジョン・F・ケネディ空港にて、アメリカ政府のビジネスジェット機が、対空ミサイルにより撃墜されました!
 また、このゲルセミを訪問する予定だった、ニューヨークのユナイト銀行副頭取が乗った飛行船が、所属不明の龍騎兵の攻撃を受けて墜落!死傷者多数の由!残念ながら副頭取も...。
 ”自由と正義の翼”から犯行声明が出されています!」
 ルナティシアは目の前が真っ暗になった気がした。自分が今した提案の前提が粉々に打ち砕かれたからだ。地球の企業の中でも、特にアメリカの金融機関からの融資は、福祉の充実に不可欠なものだった。”自由と正義の翼”がここまでやり始めた以上、今後福祉の充実という名目では、地球側の協力を取り付けることは難しいだろう。
 「ルナティシア議長...。残念ながら、不満分子、特に”自由と正義の翼”との間に妥協の余地はなさそうです。どうか、聞き分けてください」
 そういったアルコル代表の振り子は、完全に向う側に傾いてしまったらしい。
 ルナティシアは自分の無力に泣きたくなった。これでまた、愛おしい人を戦場に送り出す命令を出さなければならなくなる。争いを回避しようとするあらゆる努力が、意地悪く否定されていく。
 みんなそんなに戦争がしたいの?どうして戦わなくて済む可能性を始めから否定するの?それとも、平和、避戦を望む自分の方がなにかおかしいの?人は、戦わずにいられない種なの...?
 ひざから力が抜けて、椅子に倒れこんだルナティシアは机に顔を落とし、無力感と絶望感に呑まれないように自分を保つので精一杯だった。
 結局、この会議は反乱分子に対するさらなる強硬策が論じられる場となり、あわせて福祉の充実ではなく、治安の回復と反乱分子の鎮圧のための協力を地球の各国や企業に求める決議がなされることになる。争いを止めるための支援要請というルナティシアの考えは、さらなる争いの種となりかねない軍事的な支援の要請、すなわち真逆の方向に利用されてしまうこととなるのである。

 ニューヨークのジョン・F・ケネディ空港から少し離れた沿岸部の道路上、”自由と正義の翼”の工作員である、元海兵隊の女性兵士ベティは、飛び立っていくビジネスジェット機に対してロシア製の携帯対空ミサイル、ストレラ3を構え、ロックオンし発射する。護衛のF-15Cがフレアを発射しながら防御態勢に入る。ビジネスジェット機も、後付けされたフレアを発射しながら回避行動に入る。しかし、回避する方向に、さらにもう一発のストレラ3が放たれる。対空ミサイルの定石とも言える戦術に、今度はビジネスジェット機は回避しきれず、エンジンに被弾し火の塊と化して海に落ちていく。
 「引き上げるよ」
 そう言って、ベティは盗んだ救急車に乗り込む。救急車はサイレンを鳴らしながら走り出し、携帯ミサイルによるテロがあった痕跡は全く確認できなくなる。
 
 「やつら囮に食いついたようだな」
 「くそ!結局ビジネス機の連中は...!」
 極秘裏にユナイト銀行の副頭取を収容して運ぶ役目を負った、ミザール軍所属の飛行船の船長と航海長はそんな会話を交わす。結局人死にが出ることは避けられなかったのだ。忸怩たるものがないはずがない。
 「敵襲!ブラックドラゴン、接近します!11時方向、距離3000!」
 観測員の報告に船内が騒然となる。
 「馬鹿な!まさかこちらに副頭取が乗っていることを!?」
 「総員、対空戦闘用意!」
 戦闘配置を命じる指示は間に合わなかった。よもや、こちらに副頭取が乗っているという情報までが洩れているとは思わなかったのだ。乗員たちの反応は大きく遅れた。
 魔法弓、ダーインスレイヴが船体を貫き、乗員たちを血まみれのプディングのような塊に変えていく。上甲板に取りついたブラックドラゴンが火炎を吐き、上部構造物を、重力反転魔法を司る魔法機を焼き尽くしていく。
 燃え盛る飛行船の炎は、ニューヨーク沖に墜落するに及んでようやく鎮火した。ブラックドラゴンの龍騎兵たちは、勝ち誇ったように時空門を超えて飛び去る。護衛のF-16Cはなにもできなかった。エンジンもついていなければ、レーダー反射波も小鳥程度しか返ってこないブラックドラゴンに対してどうすべきか判断がつかなかったからだ。赤外線とレーダーで敵を感知することに慣れ過ぎた弊害だった。とりあえずは目視でミサイルと機銃弾の攻撃をかけようという発想すらなかったのだ。龍騎兵に対しては、あちらの世界で戦った経験のあるなしが重要になることが理解できた瞬間だったが、全ては遅すぎた。
 結局、アメリカ政府と金融業界は、これ以後異世界への協力に消極的になり始める。8か国協商は、”自由と正義の翼”の血脈を断つどころか、逆に血脈を断たれる危機に直面していくのである。
 
 「隆善様...わたくし、どうしたら...」
 ゲルセミ市街、真珠宮殿、ルナティシアの執務室のソファーの上、ルナティシアは潮崎に膝枕をしてもらいながら、子供のように愚痴をこぼす。公式な場ではしっかりして、カリスマさえ漂わせるようになったのに、潮崎と二人きりだとこれだ。
 「俺にはどうすればという権限はありません。ただ、せめてここでは好きなだけ弱音を吐いてください。ルナティシア様の重荷を一緒に背負って差し上げることくらいはできますから」
 潮崎はそう言って、ルナティシアの髪を優しく撫でる。ルナティシアは、意外に甘えん坊だ。しかし責任感は強いから、多くの人間が見ている場所で弱音を吐いたり、誰かに甘えたりすることはない。こうして甘えた顔を見せるのは、母親である女王、アンジェリーヌか、自分くらいだと思うと、なんだか誇らしい気持ちになる。
 「すぅ...」
 ルナティシアはそのまま寝息を立て始めてしまう。疲れているんだな...。そう思った潮崎は起こさないことにする。なんだかこうしていると幸せだし、いいかとも思えてくる。が、そう思ったとき、ドアがノックされる。
 「入ってください」
 そう声をかけた潮崎に応じて入って来たのは、このゲルセミの駐在武官だった。しっ!と唇に指をあてる潮崎のしぐさに応じて、駐在武官は「報告します」と小声で言う。ルナティシアの小さな幸せを邪魔する気はないからだ。彼は潮崎に小声で耳打ちをする。
 「わかりました」
 それだけ応じた潮崎は、ルナティシアを起こさないようにそっとソファーの上に寝かせると、宮殿を出て、駐車場に止めてあったカワサキの250㏄オフロードバイクのエンジンをかけ、王立空軍基地へと向かったのだった。

 わずか30分後、潮崎は王立空軍オーディン隊のF-15JSを率いて、海の上を飛行していた。早期警戒管制機と成層圏を飛行する飛行船形UAVが、所属不明機を感知したのだ。
 『スターヴューよりオーディン1へ。間違いないようだ。An-124 ルスラーン大型輸送機が1、護衛にラファールが6。こちらのIFFに応答がない。無線にも返答なし。”自由と正義の翼”所属機と思われる。警告は不要。攻撃に移れ!』
 上空の早期警戒管制機、E-767からの通信に、オーディン隊は戦闘態勢を整える。テロリストやクーデター分子の人権を云々している余裕などない。IFFに応答しない軍用機は即撃墜という対処は、すでに確立されている。反乱軍が活動し始めた当初、可能な限り殲滅は避け説得せよとの命令に、手足を縛られて敵の前に放り出されたも同然の多国籍軍は、出なくてもいい犠牲を少なからず出したからだ。ついでに、その無為無策がさらに脱走兵を産むという悪循環を起こしていたから世話はない。
 ”疑わしきは罰せよ”は、もはやこの世界の空の常識と化していた。
 「オーディン隊全機、攻撃開始!」
 潮崎の攻撃命令に従い、6機のF-15JSがミーティア空対空ミサイルを目標に向けて発射する。射程100キロ維持上のミサイルが目標に到達するまでには数秒かかる。その間に、レーダーに映る目標の中心から、さらに別の光点が分岐していく。1,2...計3つだ。
 『連中ドラゴンを出してきました!』
 「ああ、おそらく目標はゲルセミだな」
 副隊長の松本の言葉に、潮崎は冷静に応じる。最近の”自由と正義の翼”のよくやる手だ。大型輸送機の低空飛行でドラゴンを空輸し、目標のレーダー波の下をくぐり、空中でドラゴンを放出。攻撃を行う。然る後ドラゴンを回収して撤退。かなりの難易度が要求される作戦だが、効果は絶大だ。ステルス性能が地球の航空機とは段違いのドラゴンは、ひそかに接近して攻撃、離脱という任務にはもってこいだからだ。
 「レッドチームはドラゴンをやれ!輸送機と戦闘機はブルーチームが受け持つ!」
 『了解』の声が全員から聞こえる。ナンバーが奇数のブルーチームが敵本隊をつぶし、偶数のレッドチームがドラゴンを叩く。戦力比から考えると難しい作戦だったが、潮崎は自信を持っていた。
 地球では戦闘機さえ翻弄する実力をもった龍騎兵だが、場数を踏み、装備の面でも相応の備えをしているオーディン隊の前では大した脅威にはならない。成形炸薬弾と自己鍛造弾のハイブリッド弾頭をもつ04式空対空誘導弾と、APFSDSをばらまくイコライザー25ミリガンポッドの前には、強固なドラゴンの鱗も抜かれてしまう。レッドチームは早々に勝利しつつあった。
 一方のブルーチームは、性能的には劣るとはいえ、練度の高いラファールの部隊に、戦力比1対2ということもあって苦戦を強いられていた。
 『この反応の早さ、こいつらサイコドライブを装備してやがる!』
 「落着け、捕まえられない早さじゃない!」
 潮崎は冷静にラファールの1機を至近距離でロックオンし、火の玉に変える。やはりだ。改良とバージョンアップはされているが、サイコドライブの欠点そのものは変わっていない。テレパシーに近い能力を持つ、こちらの世界の野生動物の脳幹から取った生体組織を用いた有機コンピューターによる、自動回避、反撃システム。敵の殺気を感知して、いち早く回避行動に入り、最適な機動を選択したのちに反撃に移行する。人間の反射神経をはるかに超えたマニューバを可能とするシステムだった。
 「もう見飽きたよ!」
 そう言った潮崎は、さらに1機のラファールを撃墜する。オーディン隊は、サイコドライブの弱点を知り尽くしていた。中距離でしか効果的に機能しないという弱点を。遠すぎれば敵の殺気を感知できないし、近すぎれば対処が間に合わない。要するに、適切にミドルレンジを取れる技量がパイロットにない限り、帯に短し襷に長しなのだ。
 そうは言っても、1戦級の戦闘機であるラファールを任されただけこのことはある。サイコドライブの力を封殺されても、なかなかにしぶとかった。見事な上昇からの捻りこみで、こちらの後ろを取ろうとする。パイロットの負担はかなりのもののはずだ。
 「その飛び方、お前クリーガーだな!裏切ったのか!?」
 『裏切ったのはどっちだ?こんな醜い世界を作っておいて良く言う!』
 聞き覚えのある声が無線から聞こえる。やはり、死んではいなかったか。ドゥベ戦争後期に部隊ごと行方不明になっていた、ミザール空軍所属、ジャン・ラファエル・クリーガー大尉は、大方の予想通り、”自由と正義の翼”に与していたのだ。
 『考えたことがないとは言わせん!戦時中の細菌兵器の使用や、津波作戦は結局報道統制が敷かれた!国家の威信と面子を守るために、犠牲になった人々は無視されたんだ!先の戦いでどんな醜いことが行われたか、多くの人間は知らされないままだ!
 それだけじゃない!戦後復興と言いながら、金持ちや権力者に都合のいい政策ばかりが優先される!』
 そういって放たれたミサイルを、潮崎は紙一重でかわす。多国籍軍による細菌兵器による攻撃で、友人を殺されたことが、クリーガーの動機となっているらしい。ドゥベ戦争の暗部のほとんどが、戦後復興の支障になることを恐れた各国政府の手によって事実上隠蔽されたことも。
 『飢えも争いもない世の中なんてまやかしで、大衆を欺くことが許されるのか!?お前たちに真実があるのか!』
 頭に血が上っているらしいクリーガーは、明らかに勝ちを焦っていた。これでは当たるものの当たらない。
 「それを決めるのはお前じゃない!」
 潮崎は冷徹に返答しながら、04式空対空誘導弾をロックオンせずに発射し、すれ違いざまにクリーガー機をロックオンし、エンジンに着弾させる。
 『やるじゃないか!だが哀れだな!どれだけ頑張っても、お前の先に待っているのは失望だけだぞ!全ては無駄なんだ!』
 クリーガーは、機体が炎に包まれる刹那、そんな捨て台詞を吐く。
 負け犬の遠吠えと切って捨てられず、潮崎は不安で満たされる。今の状況、いつどんな悪いことが起きても不思議ではないのだ。だいたい、程度の差こそあれ、この世界の益体もない状況にうんざりしているという意味では自分もクリーガーとそう変わらないと言っていい。
 いよいよ失望、辟易しかない状況に陥ったとき、自分は正気でいられるのか?ルナティシアたち、大切な人たちの顔を思い浮かべることも、最近では薬に耐性がついたかのように、効き目が弱くなり、モチベーションを保つのが難しくなっている。
 ラファールとドラゴンを一方的に全滅させ、ついでに大型輸送機も撃墜する大金星を挙げたにも関わらず、潮崎の心は晴れなかった。どんな状況であれ、失望しかないことなどないと信じたいが、そう言って切り捨てられないのが今のこの世界だった。

 03
  ベネトナーシュ王国、ヘイモーズ空軍基地。
 ロランセア、ナゴワンド両大陸で暴動や動乱が繰り返されている中にあって、比較的平和で、名実ともに“銃後”と言って差し支えない後方の基地。
 ベネトナーシュ王国は、早くから日本の協力の下、自由主義的な政策を推し進めて来た成果が実り、ドゥベ戦争終結後の戦後政策の下にあっても、大きな混乱や弊害は出ていない。奴隷制度の廃止や小作人に対する農地の解放、貴族や大商人の特権の廃止などの政策で大きな損をする人間は少なかったのだ。むしろ、身分に関係なく有能な人材は登用する。教育や職業訓練の充実を図る。政情不安で危険な両大陸から亡命してくる人間を、条件付きながら受け入れ、人材と技術をを獲得する。生産力が回復しない両大陸の国家に対する物資の輸出による貿易黒字をうまく国民に還元する、などの施策によって、平和と安定を謳歌しているくらいだった。
 そんな平和な雰囲気の中、ヘイモーズ上空では実験機の飛行テストが行われていた。機体はX-2改。日本で防衛省が開発していた通称“心神”の発展モデルだった。といっても新造されたものではない。2機が制作された実機の内、2番機の部品の6割を流用して、全長19.8メートル、全幅13メートルのサイズまでスケールアップしたものだ。完全な実験機であったX-2に比べてだいぶ大型化し、正式採用、量産も見越した構造になっている。現状ウェポンベイは装備されず、取り外し式のパネルを持つスペースにダミーウェイトを積み込んでいるだけだが、その気になればウェポンベイを設置して実戦装備さえ可能だった。
 「見事なもんじゃないか。日本の技術もまだまだ捨てたもんじゃない!」
 「ああ、機動性、ステルス性能、探知能力。これならラプターやPAK-FAにも負けやしないな」
 基地の管制塔で、飛行データをモニターする技官たちは、自分たちの子供であるX-2改の性能に満足していた。まだ可能性は低いが、この機体が正式採用され量産されれば、どんな国の空軍だろうと恐くはない。そう思えるほどだったのだ。
 「ん?あんな機動、予定にあったか?」
 技官の一人が、X-2改の動きがおかしいことに気づく。急速に高度を下げ、海面すれすれを飛行し、どんどん離れていくのだ。管制塔のレーダーからはやがて反応が消失してしまい、データリンクも無線も途絶してしまうと、X-2改の居場所は完全にわからなくなってしまう。
 「X-2改応答せよ!X-2改聞こえるか!?」
 管制塔からの必死の呼びかけにも応答はない。ようやく非常事態だと気づいた管制塔からの通報によって、王立軍所属の2機のF-2がスクランブル発進するが、時既に遅し。結局X-2改の所在はそのまま不明になってしまったのである。
 縛り上げられ、猿ぐつわまで噛まされたX-2改のテストパイロットが基地のトイレから見つかったのはそのすぐ後だった。この期に及んで、ヘイモーズ基地司令部はようやくX-2改が強奪されたことに気づくが、当然のように全てが遅すぎた。
 基地司令部はもちろん、ベネトナーシュと日本、両政府も戦々恐々となった。こんなことができる、またやる必要性のある犯人となると、“自由と正義の翼”以外には考えられない。自分たちの国の機体が強奪され、破壊工作に用いられるようなことがあれば、面子は丸つぶれだ。しかも、X-2改の性能には防衛省はかなり自信を持って太鼓判を押していたから、もし敵となることがあれば、相応の犠牲を覚悟しなければならないことが予想された。
 漫画やアニメのように、戦闘機一機が戦いの趨勢を変えるようなことはない。しかし、優秀な戦闘機が敵に所属していることで、味方の危険が増すことは間違いなかった。
 戦後の混乱に悩まされる地球と異世界の各国、各勢力にとって、また頭痛の種が増えた瞬間だった。

 ”いい加減にしなさいよこのクズ!あんたなんかに!ああ...やめろ!馬鹿あ!”
 「おおおおおっ!やっぱりcv手〇りょうこさんは素晴らしい!」
 こちらはゲルセミ基地。潮崎は、基地の自室で新作のエロゲーをプレイしていた。ゲスな主人公が、催眠術を駆使して女子校に潜入し、女教師や女生徒たちを毒牙にかけていく内容の作品。潮崎は、こういうシュチュエーションに目がないが、実際にやってみる度胸などない、奥手な変態なのだ。
 こんこん
 いよいよボルテージ最高潮、ズボンとパンツを下ろそうかというところで、ドアがノックされる。なんだよいいところなのに...。潮崎はドアを開けるが、そこには誰もいない。嫌な汗が背中を流れる。なんかやばくないかこれ...?
 不穏な気持ちを抑えて、パソコンの前に戻った瞬間、急に部屋の明かりが落ちて真っ暗になる。おいおい、ホラーは嫌だよ!?潮崎は本気で戦慄する。
 しかし、そんな思いも空しく、畳みかけるように最悪の事態が襲ってくる。テレビが突然ついて、どういうわけか、”ほん〇にあった怖い話”の傑作選が流れ始めたのだ。潮崎の一番苦手にしている番組の一つだった。オーディン隊には、どういうわけかホラー好きが多かったから、たまらなかった。この番組も、オーディン隊の部下に教えられて知ったのだ。とても観る気にはなれなかったが。
 慌ててリモコンを操作し、テレビの電源を切る。
 が、パソコンに向き直って、潮崎は恐怖におののくことになる。いつの間にか、顔面蒼白で、ばさばさの長い黒髪の女が机の上に四つん這いになっていて、目を剥いた恐ろしい表情でこちらを見ていたからだ。
 「ぎゃあああああああああああああああーーーーーーーーーーーー!!」
 基地の宿舎全体に、潮崎の悲鳴が響き渡った。

 「どういうつもりだ!ひどいじゃないか!」
 潮崎は子供のようにまくし立てる。
 部屋で起きた怪現象は、タネをあかせば簡単だ。妖精サイズのメイリンがドアをノックし、ドアが開いたところで潮崎の足元をくぐって部屋に入る。そして、テレビにUSBメモリを繋ぎ、ホラー番組をインストールする。その後に明かりを消し、テレビをつける。そして、潮崎の注意がテレビに向いたすきに、あらかじめ白塗りの化粧をしていたメイリンが人間サイズになって、黒髪のかつらをかぶり、机の上に四つん這いになる。
 「そうは言うけど、部屋に閉じこもって何をしてるかと心配してみれば...」
 ディーネが呆れた顔を潮崎に向ける。言外に、”私というものがありながら”と付け加える。
 「うう...これが隆善様の望まれること...」
 ルナティシアが、パソコンの画面を見ながら複雑な表情を浮かべる。望むなら何でも受け入れるつもりだけど、これは恥ずかしい...と。
 「その...地球では絵草子やげえむ、あにめの女にしか興味がない男もいるときくが、まさかシオザキも...?」
 メイリンの本気で戸惑った表情に、これはまずいと潮崎は思う。エロゲーマスターである自覚はあるが、二次元にしか興味がないと思われるのは心外だ。
 「違うって!考えても見てくれ!あなたたちだって穀物と野菜と肉だけ食ってるわけじゃないだろ?
 こういうのは酒や甘いものと一緒なんだよ!」
 しょうもないことに熱弁を振るう潮崎に、3人は呆れつつも、感心した気持ちになる。エロゲーマスターもここまで来ると尊敬に値する。
 この気概を自分たちに向けてくれたなら。彼が望むなら何でも受け入れられるのに。ぶれないでいいところそこじゃない!
 潮崎が奥手な変態であることが、彼女たちにはどうにももどかしかった。
 まあ、今のこの世界の状況で、潮崎がストレスを発散できる最大の慰めがエロゲーというのは、(納得はできなくとも)理解できる話ではあったのだが。 
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