時空を駆ける荒鷲 F-15J未智の空へ

ブラックウォーター

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第五章

やまない雨

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 06
 所変わってこちらは地球。アメリカ合衆国はワシントンのホワイトハウス。
 「補佐官、ドゥベの情勢はよくわかっとるよ」
 大統領、ジョナサン・ウェスカーは、補佐官から受け取った報告書を読みながらいう。
 「しかし、このままドゥベが敗北となれば、ステイツは丸損ということに...」
 補佐官がハンカチで汗をぬぐう。ドゥベへの無茶な義勇軍兵力の投入。続々と入る味方の敗走の知らせ。現地での空軍と海軍、海兵隊の指揮系統の不統一による作戦の齟齬。挙句、地震兵器を用いて味方を巻き添えにした作戦などなど。異世界の情勢を鑑みて、ドゥベに対する支援は凍結されたが、時すでに遅し。政権の支持率は下がる一方で、ウェスカーはメディアから袋叩きにあっているのだ。議会の一部には、ウェスカーの弾劾を検討する動きさえある。
 「別にわれわれの取引相手はドゥベだけとは限らんよ?我が国の権益を保証してくれるなら、誰であろうとパートナーであり良き友人さ。
 言うだろう?白い猫でも黒い猫でも、鼠を狩る猫はみんないい猫ってな」
 「鄧小平ですか...」
 それだけ答えた補佐官は、背筋に冷たいものが走るのを感じずにはいられない。この国の伝統というか、国益になると見れば、どんな腐敗した国家も、冷徹な独裁政権も、危険なテロ組織すら支援してきた。それはしばしば世界に大きな混乱と禍根をもたらし、時にはアメリカ自身がツケを払う羽目になってきた。同じことにならないと言えるのだろうか?
 「デニー、そちらの首尾はどうかね?」
 ウェスカーは、ソファーに座るCIA長官に話を振る。
 「順調ですとも、ジョン。”商談”は進んでいます。お任せください」
 CIA長官の”商談”という言葉に、補佐官はいよいよきな臭いものを感じる。だいたい、すぐ横に国務長官がいるのに、なぜCIAマターの話ということになるのだ?一体我が国は誰とパートナーシップを結ぼうとしているのだ?そしてどこへ向かおうとしているのだ?
 世界一の軍事大国、世界最強の軍隊の威信もテクノロジーも練度も、あちらではさして意味をなさないのは、グルトップ半島侵攻作戦が失敗し、逆にドゥベへの侵攻を許してしまったことからも明らかだ。どんなやり方を取るにせよ、相応以上の犠牲を覚悟しなければならない。
 補佐官はアナポリスの海軍士官学校に通っている息子の顔を思い出す。彼の家は伝統的に軍人を輩出してきた家系で、彼自身もかつては空軍のパイロットだった。しかし、こんなことになるなら、息子を一般の大学に入れるべきだったかもしれないと、今更ながらに思っていた。

 禁断の兵器を用いて意図的に地震と津波を引き起こし、畑や家を奪ったドゥベ政府と軍に対する、ドゥベ南部の人々の怒りと恨みは激しく、多国籍軍を積極的に受け入れ、残存するドゥベ軍の討伐に協力するまでになっていく。多国籍軍によるドゥベ南部の実行制圧は盤石なものとなって行った。それは、戦争の帰趨がほぼ決したことも意味していた。肥沃な土地を抱える南部からの食糧供給が途絶えれば、ドゥベは戦い続けることは不可能だったからだ。また、第一公子であるジョージが捕虜になったことで、ドゥベ軍の戦意はたちまち低下し、厭戦気分が拡がっていったという事情もあった。
 しかし、後に”鉄の怒涛事件””スルーズヴァンガル攻防戦”と呼ばれる、ドゥベ軍の津波作戦から、山脈での戦いまでの一連の事象には不可解なことがいくつもあった。
 一つは、多国籍軍、ドゥベ軍双方から、失踪した部隊が多数あったことだ。撃墜された痕跡もなく、文字通り煙のように消えてしまったのである。例として、ミザール軍のジャン・ラファエル・クリーガー大尉の部隊や、ドゥベ軍のドミニク・レッドフィールド大尉の部隊などがあった。
 また、山脈の要塞に備蓄されていた資材や兵装が、ドゥベ北部にも戻らず、多国籍軍に接収されることもないまま、忽然と姿を消してしまったのである。万一ブラックマーケットにでも流れたらまずいものばかりだから、これは困ったことだった。
 さらには、津波のどさくさに紛れて、多国籍軍のネットワークにクラッキングがなされ、いつの間にか重要な情報や、機密事項が盗み出されてしまったのだ。何重にも張られたファイヤウォールをすり抜けて、複雑な暗号を解読して重要情報にアクセスしたのだから、味方の内通者の存在も疑われたが、結局詳しいことはわからなかった。
 そんなこんなで、一応は勝利したとはいえ、とても多国籍軍にとって、手放しで勝利の美酒を味わえる状況ではなかったのである。

 「判決。被告人、ジョージ・ドルク・ドゥベを終身刑に処す」
 新暦103年牡羊月24日。ドゥベ公国の首都、バイドラグーン。ドゥベ公国司法省の庁舎の中に設けられた特別法廷で、カナダから派遣された裁判長が大きな声で判決を宣告する。
 傍聴席にいるレイチェルは、まだ10代である息子が一生刑務所から出ることができない事実を突きつけられ、静かに涙を流す。被告人席のジョージは、通訳用のヘッドホンを外すと、なにも言わずに一礼しただけだった。既に自分の運命を受け入れているのか、あるいはまだなにか企んでいて隠しているのか。判事たちにはうかがい知れなかった。
 一方、弁護人たちは、貧乏くじ、やり玉、スケープゴートという言葉を腹の中でつぶやきながら、渋面を浮かべていた。ジョージの犯した罪はあまりにも重い。それはわかる。しかし、皆の怒りの矛先が彼に向けられた結果の判決。というわだかまりは残ったのだ。なにせ、終戦を迎えたときには、開戦を決定した大公リチャードはすでに戦死していた。さらに、極右政治団体の長であり、宰相でもあったドナルド・カードは逮捕される直前、心臓発作で急死を遂げていた。そんな事情から、開戦時にはなんの権限もなかったはずのジョージに、避雷針のごとく戦争責任追及の矛先が向いた感は否めなかったのだ。
 地球側のマスコミには”東京裁判”と揶揄され非難された、戦勝国とその同盟国から派遣された裁判官たちによって構成される合議制による法廷は、この2か月あまり、”戦犯”とみなされたものを粛々と処罰していった。
 と言っても、戦争犯罪という言葉は一言も使われていない。ドゥベがグルトップ半島侵攻以来やらかして来たことは、通常の殺人や窃盗、強盗と言った罪状で十分裁くことができたからだ。さらに言えば、ドゥベは全体主義国家へと移行して行くに当たって、”秩序に対する反逆罪”だとか、”国家に対するテロの罪”だとか、解釈次第でどうにでも運用できる法律をしこたま定めていた。それを適用すれば、後方で軍の指揮を執ったもの、国家を戦時体制へと導いたものも十分罪に問えた。
 特に、”レーヴァテイン”による地震と津波の誘発作戦は、当時のドゥベの軍と政府の上層部のほとんどが関わっていたため、彼らを法廷に引き出す格好の材料となった。国民を縛り、従わせ、不都合があれば罰するための法律が、どちらかと言えばそれを制定した側の人間を裁くことになったのは皮肉としか言いようがなかった。
 後々の禍根を防ぐため、また、死刑を廃止している国との整合性をとる意味も含め、最高刑を終身刑としたことで、最初は難色を示していた戦勝国も、裁判の公平や人道上の問題を心配する地球側の国家も、裁判への参加を決定したのだった。 
 一方で、多国籍軍によるゾンビ化菌による攻撃と、封じ込めに失敗したことによる被害の拡大についても、一応捜査、立件はされる運びとなった。しかし、先に戦争を仕掛けたのはドゥベであったこと。ゾンビ化菌の使用は軍事的にやむを得ないことであったなどが考慮され、ほとんどの関係者は不起訴、もしくは起訴猶予となった。検察が世論の反応を気にしてか、どうにか在宅起訴となった、作戦の中心人物だったミザール軍所属のケネディ大尉とエーラ特技下士官も、ほとんど中身のある審議はされないまま無罪となった。このことは、裁判の公平を保てないものとして、地球側のマスコミや、ゾンビ化菌で家族を失ったものたちから轟轟たる非難を浴びることとなった。
 ともあれ、異世界の大半の世論はドゥベ国民も含めて、これらの裁判の結果に納得していた。すでに自浄作用を欠いた全体主義国家に堕していたドゥベは、外圧によってしか再スタート、やり直しを行うことができないという認識は、多数の人間によって共有されていたのである。

 ”鉄の怒涛事件””スルーズヴァンガル攻防戦”の後、地震と津波を意図的に発生させ、自国領土に大規模な攻撃を行うという暴挙に出たドゥベ政府は国民の支持を失った。政府や軍の指導者たちを入れ替え、講和への道を模索せざるを得なくなったのだ。多国籍軍がスルーズヴァンガル山脈を越えてバイドラグーンに空爆を開始し、空挺部隊と長距離ヘリボーンによってドゥベ北部にも多国籍軍地上部隊が侵攻し、町や村を制圧して行くに及んで、”最後の一兵となるまで戦うべき””まだ兵力は残っている”と主張する者たちは黙らされ、追放されていくことになる。
 なにより、アメリカから派遣されたドゥベ義勇軍がとうとうケツをまくり、戦争にこれ以上協力できないと宣言し、勝手に多国籍軍と停戦してしまったことで、ドゥベの継戦能力はとうとう潰えたのである。
 ほぼ無条件降伏と言える講和条約が締結され、多国籍軍構成国に相当に有利な条件を、ドゥベ側は呑まざるをえなかった。
 締結の場所の名を取ってゲルセミ条約と呼ばれる講和の内容はおおむね以下の通り。
 1 戦争の中で犯罪行為を犯したものの処罰、追放
 2 侵略行為の謝罪
 3 領土の割譲
 4 ドゥベ南部の独立の承認
 5 賠償金の支払い
 6 戦争の原因となった全体主義的な国家体制の徹底した変革
 7 軍備の制限
 8 ジョージ・ドルク・ドゥベの廃嫡、公位継承権の剥奪
 などなど。
 この内容を実効あらしめるため、多国籍軍の指示に従い、バイドラグーンに臨時の政権が成立し、戦後処理に当たることになる。
 しかし、それは必ずしも徹底されたものとは言えなかった。終戦前に失踪してしまったドゥベ軍の将兵の数は、義勇兵も含めてかなりのものであり、ドゥベ側も多国籍軍側も所在を全くつかめなかったのだ。
 また、領土の割譲や、ドゥベ南部の独立に伴う民族、政治問題は最初から不可避で、新たな紛争の火種となりかねないことが予想された。
 次の戦争への準備期間に過ぎないかりそめの平和。という危惧と不安は、異世界、地球双方の多くの人間の胸に共有されていたのである。
 地獄の蓋は本当に閉じたのか?夜は本当に明けたのか?雨は本当に止んだのか?あまたの人間がそんな思いを抱えながら、さりとて終戦という状況に対応しないわけにもいかず、新たなスタートを切らざるを得なかったののである。
 新暦103年山羊月30日。後に”ドゥベ戦争”と呼ばれる戦争は、こうして正式に終戦を迎えることとなった。

 「おお、ジョージ...。元気でしたか?母はあなたのことが心配で...」
 バイドラグーンの郊外、カール刑務所。”ドゥベ戦争”の”戦犯”たちを服役させるために新設された、フェンスと鉄条網とコンクリートの壁に囲まれた巨大な鉄筋コンクリートの施設。
 殺風景な面会室で、ジョージは少しやつれた様子の母、レイチェルと面会していた。強化ガラスというのは冷たく残酷なものだな。とジョージは思う。愛しい母であり、妻でもある女性は目の前にいるのに、面会室の中央を隔てる厚さ2センチの強化ガラスが邪魔で、決して触れ合うことはできない(余談だが、こちらの世界にはもともと国際的に統一された長さや重さ、体積の基準がなく、メートル法は便利なので、地球との交流が始まって以来、公式に採用されている。決して作者が異世界の基準を考えるのをめんどくさがったわけではない。決して)。こんなに近いのに、まるで千里も離れているように感じる。
 「私は元気でやっています。住めば都と言いますが、今ではここの暮らしもなかなか気に入っていますよ。食事もなかなかうまいですしね。
 母上こそお元気でしたか?すこしお痩せになったように見えますね」
 「食事はちゃんと食べていますよ。むしろ二人分ね。妾たちの愛の結晶、大切な、新しい命ですもの」
 そういって、レイチェルは腹を撫でさする。地球から輸入した妊娠検査薬に陽性の反応が出た時はたいそう困惑し取り乱したが、今となっては幸せと思えているようだ。本来なら決して許されない関係の果てのことでも、世界で一番愛おしい男との結晶。何ものにも代えがたい宝なのだから。
 「その...生活にご不便はありませんか?新しい住まいはいかがです?」
 そこがジョージの不安の種だった。講和の条件として、一度レイチェルが女大公として即位し、然る後、彼女の娘、ジョージの妹であるパトリシアを後継者として公式に指名し、禅定する。それが多国籍軍側の要求だったのだ。要するにジョージが今後大公となる可能性をつぶすための措置に過ぎず、凄まじい速さでパトリシアの即位が決定された後は、レイチェルは用済みとばかりに公城からの引っ越しを求められたのだ。
 「さほど広くはないですが、なかなか快適ですよ。メイドたちも公城からついてきてくれたし。赤ちゃんを育てる準備も万全です。
 あなたの部屋も、ちゃんとありますからね...」
 そう言って、今にも泣きそうになりながら、精一杯の笑顔を作った母に、ジョージは胸が苦しく、目頭が熱くなる。
 戦争に勝とうとする必要などなかったではないか、と。自分が本気で望むのは、今目の前にいる母であり妻でもある人と、ずっと一緒にいることだけだったと言っても良かった。白い眼をむけるやつらなど気にしなければいい。がたがた言いたいやつには言わせておけばよかったのだ。
 それを、つまらない虚栄心で、自分と母との関係を周りに認めさせよう、文句を言わせないようにしようとしたのがケチのつき始めだった。その結果、自分は強化ガラスの内側に収容され、こうしてガラス越しにしか愛しい人と触れ合えなくなっている。世界で一番大事なひとに、こんなに無理をして笑顔を作らせてしまっている。
 「母上、ママ。僕たちの子供を、くれぐれも頼みます」
 そう言った時、ちょうど面会時間が終わる。「また面会に来ますからね」といったレイチェルを見送って、独房へと戻ったジョージは、熱くなった目頭をぬぐうと、さてどうするかと考える。
 建前としては講和はなったといえ、火種はあちこちに燻ぶっている。ドゥベ側にしても、戦勝国側にしても、皆これで終わりだと思うほどおめでたくはない。もちろん自分も。新たな争い、戦いが起きるのはそう遠いことではないだろう。
 そうなったとき、自分はどうすべきか。牢屋暮らしの自分には関係ないと、愚かにも争いを続ける奴らをここから嗤ってやりたいという気持ちもある。しかし、次の戦いの終結に協力すれば、母の待つ新しい家に、早めに移れるかもしれない。子供を抱ける可能性もあるかもしれない、とも思う。
 自分が多国籍軍どころか、今のドゥベ政府にさえ秘密にしていること、話していないことはたくさんある。特別法廷が、自分の終身刑に仮釈放なしをつけなかったのも、その辺が影響しているように思えた。今後起こる新たな戦いで、自分の協力が必要になる状況を見越しているというわけだ。
 自分をこんなところに押し込んで、母と離れ離れにしたやつらがほえ面をかくところは見てみたい。しかし、今の自分にとっては、一日も早く母である妻でもある人と、そして彼女と自分の愛の結晶と暮らすことが何よりも大事だ。
 まあそれは少なくとも今すぐどうこうという問題ではないから、ゆっくり考えればいい。そう思ったジョージは、忘れないうちにと、机の上にあった手帳に手を伸ばし、彼にしかわからない言葉で今後の指針を書き留めていった。

 ドゥベ公国南部、スルーズヴァンガル山脈の南側。ドゥベより独立し、新たな国家が誕生する予定のヨーツンヘイム平原周辺の空を、1機のセスナモデル180がぽつんと飛んでいた。
 運転席に座る潮崎には、すでに疲労の色が濃く刻まれている。助手席のアイシアは不安でいっぱいだった。
 戦災にさらされたドゥベ南部を取材中に津波が起き、アイシアはかろうじて多国籍軍のヘリで非難した。無事に潮崎と再会できたと喜んだのもつかの間。潮崎の副官で、相棒でもある及川が、戦闘中行方不明になったというニュースを知らされた。
 そして、もう三か月が過ぎようとしているのに、潮崎は及川の生存に見切りをつけることができず、こうして暇を見つけてはベネトナーシュ軍所属のセスナで、ヨーツンヘイム平原を探し回っているのだ。戦中の取材でこの辺りに土地勘があるアイシアが道案内を買って出た。セスナは滑走距離が短く、足回りが頑丈だから、ある程度の平らな土地があれば発着できる。それを活用し、及川機の反応が消えた空域周辺の村や町を回って、及川の写真を頼りに聞き込みを行う。それを続けていたのだ。
 しかし、及川の痕跡どころか、機体の残骸さえ発見できずにいる。
 『こちらエイリークコントロール。潮崎、そろそろ日が傾く。天候も心配だ。帰還せよ』
 無線から聞こえるエイリーク基地からの通信に、「しかし...」と応じようとする潮崎をアイシアは制する。
 「今日はもう引き上げよう?タカヨシ、疲とるじゃろう?」 
 アイシアにそう言われては言葉もない。潮崎はジャイロコンパスを確認すると、基地に向けて舵を切ったのだった。

 「さ、布団敷きますわよ」 
 夜も更けたエイリーク基地。そういったルナティシアが、和室の押し入れから布団を取り出し手際よく敷いていく。お姫様とは思えない、所帯じみた動きだ。アイシア、ディーネ、シグレ、メイリンもそれにならう。潮崎も、自分の布団くらいはと用意をしていく。
 しかし、皆身分も実績も名声もある人たちなのに、雑魚寝とはね。潮崎は苦笑する。まあ、自分のことを思ってくれてのことだから、感謝こそすれ、疑問に思うべきことではないのだが。
 潮崎は、及川が戦闘中行方不明となったショックを引きずり続けていた。食はめっきり細くなり、いつも沈んだ表情を見せ、時には明かりを消した暗い部屋でたった一人座っていることさえあった。
 潮崎を一人にしておいてはいけない。そう考えたルナティシアの発案で、食事の時も就寝の時も、いわゆる”潮崎ガールズ”全員が一緒にいることにしたのだ。そんなわけで、ここエイリーク基地、ベネトナーシュ王立軍兵舎にいくつかある和室を借りて、皆で雑魚寝をしているというわけだ。
 その効果は少しづつだが表れ始めている。みんなが一緒にいるとなれば、沈んだ顔をしているのも申し訳ないと思えてくる。少しづつ、潮崎は笑顔を見せるようになり、食欲も回復していった。
 まあ、潮崎はエロゲーや官能小説が楽しめないのが少し残念だったのだが。
 「ねえねえ、みんなで枕投げやらんかのう?」
 「だめだ。明日も早いんだ。就寝」
 修学旅行気分のアイシアを、ディーネがさえぎる。電気が消され、寝つきのいいメイリンとシグレは早くも寝息を立て始める。
 及川がいなくなった悲しみは消えない。と潮崎は天井を眺めながら思う。でも、みんながそばにいて、俺を気にかけてくれる。それはとても嬉しいことだ。戦友を失ったことを吹っ切ることなどできなくても、みんながいてくれれば、前を向いて生きていける。そう思えるのだ。
 そう考えて、ふと先のことに思考を巡らせる。先だって締結されたゲルセミ条約は、この世界の問題の多くの部分を解決できないだろう。それどころか、新たな紛争の火種になる可能性すらある。ヨーツンヘイム平原では、まだ独立も正式にされていないのに、各国による地下資源の奪い合いが始まっている。多国籍軍、ドゥベ軍双方から失踪した複数の部隊の行方は、いまだ不明なままだ。
 遠からずまた戦いが起こる。その時は、命令が出れば俺は再び愛機を駆って戦うだろう。国家や世界のことは未だにぴんと来ないが、今ここにいる、優しくておせっかいで、そしてとても愛おしいと思えるお嬢さんたちのために。それが俺の役目だ。そして空を飛ぶ理由だ。そうだよな、及川?
 潮崎はそう結論付けて、目を閉じた。

つづく
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