時空を駆ける荒鷲 F-15J未智の空へ

ブラックウォーター

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第五章

狂気と怒りの平原

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 さて、大変長らくお待たせしたが、話はここで冒頭の津波が起きた直後に戻るのである。
 一昨日のヨーツンヘイム平原の戦いで戦力の5割を喪失し、山脈の要塞に立て籠もる形にならざるを得なかったドゥベ軍にとどめを刺すべく、多国籍軍が進軍を開始した矢先だった。
 津波は、多国籍軍がのみならずドゥベ軍にも被害を与えていた。避難させる余裕なしと見られ、見捨てられた部隊も少なからずあったのだ。先だっての海戦で船底と機関を損傷し、最大速度の半分しか出せなくなっていたイージス艦”ラメージ”もその一つだった。
 そして、当然のようにドゥベ南部の住民たちは津波の被害をまともから受けることになった。彼らはすでに正気を失った為政者たちによって、無理やり殉教者にされたのだった。
 
 『多国籍軍将兵に告げる。わたしは栄えあるドゥベ公国第一公子、ジョージ・ドルク・ドゥベである。我々の力は見てもらえたことと思う。もはや勝負は決した!大人しく降伏するがいい。抵抗しなければ、相応の扱いを約束しよう』
 スルーズヴァンガル山脈上空を哨戒していたE-3の機長は、ここではお客様でしかないはずのジョージが、勝手にオープン回線で呼びかけ始めたことにぎょっとし、勝手なことをと憤慨する。オペレーターを機内電話で呼びつけ、やめさせろと命令するが、オペレーターは「しかし、彼は一応君主ですし...」と歯切れの悪い言葉を返すだけだった。ドゥベと義勇軍の力関係の変化が、ここでも影響しているか。と機長は舌打ちする。グルトップ半島侵攻作戦までは、戦いのイニシアチブを取っていたのは義勇軍の方だった。しかし、半島から敗走し、逆にドゥベ領内に多国籍軍の侵攻を許すに及んで、義勇軍の発言力は急速に小さくなっていったのだ。
 今や義勇軍はドゥベ政府と正規軍のいいなりと言って良く、今朝の”杭”と”レーヴァテイン”を敵制空権下に運べという、無謀極まりない作戦も、ほとんど問答無用で実行させられたのだった。
 まあそのおかげでやり方はともかく、多国籍軍に大打撃を与えられたことは間違いない。しかし、あまりにも卑劣で理不尽なやり方に、敵陣営の中から凄まじい憎悪と殺気を感じる。こんな状況で敵を挑発するようなことをしては、こちらが危険ではないか。
 『多国籍軍将兵よ。これ以上愚かな戦いはやめて、冷静になるべきだ。そして私の下で統一国家の建設のために働くがいい』
 自身たっぷりなのはいいが、少しも緊張感のないジョージの声に、機長は恐怖する。この若者は、敵を挑発しているつもりすらない。こんなものの言い方で相手を説得して従わせることができると本気で思っているのだ。背筋に冷たいものが流れる。多国籍軍全体の怒りが、このE-3に向けられるのを感じたからだ。

 「あの王子様は馬鹿か?」
 そんなつぶやきが口を突いて出る。ドゥベ公国海兵隊の義勇軍パイロット、ドミニク・レッドフィールド大尉は大きく嘆息する。
 多国籍軍の地上部隊は大きくダメージを受けたとはいえ、敵の航空隊はまだ健在なのだ。攻撃がE-3に集中したら責任は持てんぞ。そう思う。いくら、護衛としてついている自分の部隊、新生フロージ隊と、今自分たちがのっているYF-23が優秀な機体だと言っても。
 そこまで考えて、自分はなんでこんな不採用が決まった機体に乗っているのかとふと思う。度重なるドゥベ義勇軍の損失は、派遣元のアメリカ政府と軍をして、もはやこれ以上の支援は不可能と判断させるものだった。F-35CもFA-18E/Fもよこされてはこなくなり、最終的に回されてきたのが、空軍でモスボール化されていた、4機のYF-23だったのだ。添付されていたマニュアルを熟読し、血のにじむような訓練を重ねてどうにか機種転換に成功し、使いこなせるまでにはなった。しかし、部品もろくになく、どこか壊せば即廃棄となりかねない機体に乗るのはどうにも不安なものだ。
 万事慎重に行動し、細心の注意を持って作戦をこなさなければならないというのに、思慮の足りないお坊ちゃんが段取りをめちゃくちゃにしかねない。
 レッドフィールドの危惧は的中することになる。敵機の1機が、突然隊列を離れ、ミサイルを撃ちまくりながら猛然とこちらに向かってくるのだ。味方のF-35Cがハエのように落とされていく。
 「全機散開!突出してきたやつに攻撃を集中させろ!」
 レッドフィールドはそう命じ、YF-23とFA-18Eが混在する、計8機の部隊を散開させ、自分もアフターバーナーを吹かして高度を取る。自分のYF-23は強い。Mig-29Mや、F-16C程度ならまるで負け知らずだった。だが、今もうわさに聞くオーディン隊、一度自分の部隊を壊滅させたF-15JSが相手では?レッドフィールドは、そこに関しては絶対の自信を持てなかった。

 『野郎、ぶっ殺してやる!』 
 それは突然のことだった。多国籍軍のエアカバーを行っていたオーディン隊の副隊長、オーディン2こと及川TACネーム”プリーチャー”が突然編隊を離れ、敵の早期警戒管制機に向けて飛び出したのだ。
 「おい、プリーチャー、なにをやってる!戻れ!」
 潮崎は叫びながらも、自分の言葉が及川に届かないのは想像がついていた。及川は、ドゥベのグルトップ半島侵攻以来、少しずつだがすり減っていた。そして、このドゥベ侵攻作戦にも意義を見いだせず、疲労し続けていたのだ。焼き払われたナンナの町。避難民ごと敵を追撃しなければならない作戦。そして、今現在進行形で全てを破壊しつくしている津波。極めつけに、敵の公子の身勝手で無神経な言葉。
 張りつめていた及川の糸は、たった今切れてしまったのだ。
 「くそ!全機!プリーチャーを落とさせるな!」
 そう命令するまでに、一瞬潮崎はためらった。現在多国籍軍は大混乱に陥っている。津波の影響を直接受けていない航空隊も、相互に連携ができない有様だ。敵戦闘機の総数は24機。オーディン隊だけで突っ込むのは危険な数だった。ついでに、上空を哨戒中のE-767からの情報によれば、敵にはどういうわけかYF-23までいる。最近メグレス連合との国境付近に出没し、猛威を振るっている部隊かもしれない。まったく情報がなく、未知数である敵と、ろくな展望も計算もなく戦うのはさすがに危険と思えたのだ。
 だが、そのためらいが致命傷になった。レーダーの中で鬼神のごとく敵機を撃墜しながら前進していた及川のF-15JSが、やがて敵のYF-23に囲まれていき、ついに後ろを取られてしまったのだ。及川機に向けて無数のミサイルが放たれたと思うと、次の瞬間レーダーから及川機の反応が消失していた。
 「ちくしょう!プリーチャー!おい応答しろ!聞こえないのか!?」
 必死で無線に呼びかける潮崎の声に応答はない。
 どうして?なぜなんだ?なぜあいつがこんなところで?あいつは俺の相棒だった!いいやつだったのに!
 頭は思考停止しているはずなのに、体はまるで条件付けられたようになすべきことをしているから不思議だった。レーダーに映る敵に向けて対空ミサイルを放ち、敵のミサイルはフレアを発射して回避する。他のオーディン隊の動きにも危なげはない。及川が撃墜したものも含めて、敵戦闘機は早くも14機まで目減りしていた。
 
 『ドゥベ軍航空隊に告げる。いったん戦闘を中止したまえ。
 そしてベネトナーシュ王国空軍の”荒鷲”シオザキ一尉、聞こえていたら返事をして欲しい。君たちに生きるチャンスをあげようじゃないか』
 ジョージの増上慢そのものの声とものいいに、取り乱した潮崎の頭に急に冷静さが戻る。実際に、ドゥベ軍が渋々編隊を組みなおし、E-3の脇に控え、攻撃をやめたことも、頭が冷える原因になった。オーディン隊も編隊を組みなおし、仕切り直しの体勢を整える。
 「なんの用だ?」
 潮崎は罵詈雑言を吐きたくなるのを必死でこらえ、無線のチャンネルをE-3のものに合わせる。
 『口に気をつけたまえ。君はドゥベ公国の次期君主と話しているのだ。
 まあいい、今回だけはその無礼を許そう。
 改めて言おう、君たちに勝ち目はなくなった。今しがたの津波で、双方のパワーバランスは再び逆転したのだ。大人しく降伏することだ。
 そして、今からでも遅くはない、わがドゥベに弓引いたことを謝罪し、先だってこちらが出した要求を受け入れるよう、君たちの上官と女王様を説得するのだ』
 潮崎は、ドゥベからベネトナーシュに対して出された無礼極まりない要求を思い出す。そして、ジョージの自信たっぷりの言い方に困惑する。挑発して怒らせるつもりなら、わざわざ停戦を命じる必要はない。この小僧、あんな要求がまだ受け入れられると本気で信じているらしい。
 「ずいぶん一方的な言い分だな。それで、俺には何の得がある?」
 『君は人の話を聞いていないね。命を助けてやる以上の得がこの状況であると思うかな?私が攻撃の再開を命じれば、君たちは蜂の巣だ。そんなことも理解できないのかね?』
 潮崎の言葉に対するジョージの返答は、にべもないのを通り越して勘違いにも感じられた。オーディン隊の中に、我慢も限界という空気が満ちていく。
 『ああ、君はルナティシア姫に懸想けそうをしているな?噂は聞いている。だから意固地になってる。政略結婚に反対というわけかい?
 だが、考えても見たまえ、ニホンの下級士官風情と、ベネトナーシュ王国のお姫様が吊り合うと思うかね?人には分というものがある。ルナティシア姫には、王国と、この世界のためになすべき大切な役目があるのだ。
 真に姫様のことを思うなら、そして国に対する忠義があるならここは聞き分けるべきだよ。
 ルナティシア姫は私が必ず幸せにすると約束しようじゃないか?それで問題はないだろう?』
 潮崎はもはや起こる気にもなれず、呆れるばかりだった。
 この小僧は馬鹿だ。この傲慢さは、未熟だからでも中二病期だからでもない。本当に自分の都合でしかものを見ることができないのだ。この津波も、侮辱も極まりない傲慢な恫喝も、当然の権利、大儀のためと言い訳すれば許されてしかるべきことだと思っている。それをやられる側の視点と、痛みや屈辱を想像する神経が完全に抜け落ちている。
 「言いたいことはそれだけか?」
 潮崎はそれだけ返すと、アフターバーナーを吹かして急上昇し、捻りこみからE-3の上に遷移し、レーダードームに向けて20ミリガトリングガンのトリガーを引く。レーダードームが穴だらけの金属の塊と化し、機体が電波の影響を受ける心配がなくなったところで、潮崎はF-15JSを、E-3の直上、10メートル上にぴたりとつけた。
 「撃てるもんなら撃ってみろ!」
 意地悪く言った潮崎は、反応が遅れて対応できず、周辺を飛び回るだけのドゥベ軍機を複数同時にロックオンし04式空対空誘導弾を発射していく。
 ドゥベ軍機は撃ち返すことができなかった。もし潮崎機を撃墜すれば、すぐ下にいるE-3を巻き込んでしまう。E-3も潮崎機を振り切ろうとするが、戦闘機であるF-15JSとの機動性の差は明らかで、また潮崎の見事な操縦は、E-3とまるでひもでつながっているかのように、くっついて離れない。
 オーディン隊の他のF-15JSも攻撃を再開し、ドゥベ軍機を血祭りにあげていく。YF-23の性能はさすがで、オーディン4こと竹内がこちらの世界に来てから都合3回目の被撃墜を経験し、脱出する一幕もあったが、状況はおおむね一方的な展開になっていく。
 『シオザキ!卑怯だぞ!そ...それでも戦士か!?ほこりがあるなら正々堂々と戦え!』
 「ほざくな!津波で味方ごと敵を殲滅しようってやつに卑怯と言われる筋合いはねえ!」
 先ほどまでの自信はどこへやら。取り乱し始めたジョージに、潮崎は辛らつに言い返す。
 『ふ...ふざけるな!なんという無礼だ...!
 私と我が国には大義かある!統一国家、戦争のない世界を作る、そのために手段は選んでいられないのだ! 
 自分の都合だけ考えてこんな汚い真似をする貴様と一緒にするなど!侮辱は許さんぞ!』
 E-3を質にして、さらに1機の反撃もままならないFA-18Eを撃墜しながら、潮崎はもう言葉を交わすの面倒という心境になる。この小僧は、自分が他人に卑怯をするのは大義のためにやむ得ないが、他人が自分に卑怯をするのは許されないと本気で思っているのだ。そう言えば中国三国時代の魏の英雄、曹操が似たようなことを言っていたという伝承を思い出す。だが、これがひとかどの人物ならまだわかる話でも、今自分が話しているのは何の思慮も器量も、経験すらない子供だ。全く話にならない。
 「それを自分の都合だけ考えていると世間じゃ言うんだ!覚えとけ!」
 「シオザキ...!貴様は今とんでもない過ちを犯したぞ!私を本気で怒らせたのだからな!絶対に許さん!貴様のせいでベネトナーシュは焦土になるのだ!貴様の大切なものがことごとく失われるのをその目で見せてやるからなあっ!」
 完全に頭に血が上ったジョージの言葉はまともに聞く価値もなかった。
 「あ、そう、頑張ってね。無理だろうけど」
 周囲を見回すと、ドゥベ軍の航空隊は、オーディン隊と、体勢を整えて応援に駆け付けた多国籍軍機によって大半が落とされていた。3機残ったYF-23は不利と見て、護衛対象であるE-3を見捨てて遁走する。まあ、あの傲慢で頭の悪い小僧を命を張って護衛しろというほうが無理かも知れないが。
 もはやE-3を質にする必要もないと判断した潮崎は、高度を取ると、E-3の右主翼の2機のエンジンめがけてイコライザー25ミリガンポッドの射撃を開始する。当たり所によっては戦車さえ撃破可能なAPFSDS装弾筒付翼安定徹甲弾の貫通力に、航空機のエンジンなどはひとたまりもなかった。
 『ば...馬鹿な!私は母上に...ママにふさわしい男になるために!』
 それが本音か。ジョージの身も蓋もない言葉を聞いた潮崎は深く嘆息する。シグレの頼れる情報網のおかげで、ジョージと母親のレイチェルが近親相姦をしているという下世話な情報までが聞こえてくる。近親相姦というものには共感も興味も持てないが、もし当事者が本気であるとしたら、とりあえず茨の道だということは想像がつく。周りの理解を得るのも大変だろう。さりとて、たったそれだけの理由で、他人の犠牲も迷惑も考えず、津波を引きおこすやり方に、もはや怒りも憎しみもない。大馬鹿で救いようのないやつ。死ななければ治らない馬鹿と、諦念と哀れみを向けることしかできなかった。
 E-3はバランスを崩し、狙い通り右に舵を持っていかれながら高度を下げていく。その先には、今しがた津波で蹂躙されたばかりの平野が広がっている。腕のいいパイロットなら、不時着も可能だろう。
 「オーディン1より多国籍軍全部隊へ。ドゥベ第一公子、ジョージを逮捕しろ。絶対に逃がしてはならん。ただし殺すな。必ず生かして捕らえるんだ。この津波はやつが命じて人為的に引き起こしたものだ。その罪は公開の法廷で裁かれねばならん!」
 潮崎はオープン回線で呼びかける。捕虜にするのではなく逮捕という言葉を使うことで、多国籍軍将兵が奮起することを期待していた。対等な立場で捕虜を取るのではない。唾棄すべき犯罪者を捕らえるのだというモチベーションはてきめんだったらしい。津波で仲間を殺された多国籍軍将兵たちは、殺気も露わに不時着しようとするE-3に群がって行った。

 「ドゥベ軍司令部応答せよ!ドゥベ軍司令部、聞こえないのか!?」
 不時着したE-3の中、ジョージは無線に向けて怒鳴り続けているが、通じているはずの無線からは何の返事もなかった。航空隊は壊滅したものの、山脈の要塞にいたドゥベ軍地上部隊は、津波のダメージをほとんど受けていない。今全面攻勢をかければ、津波で大きくダメージを受けた多国籍軍地上部隊をまだ撃破できるはず。そんなジョージの希望的観測は打ち砕かれた。それどころか、あろうことか第一公子である自分を助けようという気配が全くない。このままでは、自分の身さえ危ない。
 「ジョージ様!諦めて逃げましょう、ここも危険です!」
 随行員として一緒にE-3に乗っていた幕僚が、大声で具申する。
 「くそ、そうだな...。一番近い町はどこだ?とりあえず逃げ込んで身を隠し、改めて味方と連絡を取ろう」
 「そ...それが殿下...。付近の町からの無線を傍受しました。付近の村や町が示し合わせて多国籍軍を迎え入れているようです...。駐留している我が軍は撤退を要求されているようです」
 オペレーターの言葉にジョージは一瞬耳を疑うが、差し出されたヘッドセットを受け取って、事態を理解する。
 「無血開城だと...!ちくしょう!裏切者!売国奴!敗北主義者どもが!津波は勝つために必要なものだったとなぜわからんか!?」
 癇癪を起したジョージは、自由主義者どもは路上裁判で死刑にすべきだったとか、もっと見せしめに不満分子の粛清を行っていればとか、愛国教育を幼い子供の内から全ての国民に徹底しておくのだったとか、詮無いヒステリーをぶちまけ続ける。
 ドゥベはあまりにも罪を犯し過ぎた。人間の我慢には限界があるし、第一敗軍の将となった自分にはもう誰もついてこないと想像する頭はジョージにはない。全体のために個人は犠牲になるのもやむなしとする、ドゥベの全体主義も無条件で受け入れられて来たわけではない。それは国民に誇りを与え、仕事や今日明日の食扶持を保証する代価だったのだ。体制が自分たちの生活を保証するどころか、勝利のためと言って津波という形で犠牲を強いるものとなり果てているのに、律儀に従える道理もない。だが、そんな当たり前の理屈をジョージに説明できる人間はその場にいなかった。それを認めることは、自分たちのこれまでの罪を認めることであるからだ。
 結局、シャベルや斧で武装した周辺住民が怒りに燃えて、大挙して迫ってくると、彼らはE-3を捨てて逃げだす他なかった。最終的に、多国籍軍に降伏するのが生き残るための唯一の道という現実をジョージが受け入れたのは不幸中の幸いだった。そうでなければ、ジョージの首を手土産にして、多国籍軍と周辺住民に許しを請うことになっていただろう。
 まあ、ジョージは捕虜になった後も傲慢な振る舞いを続け、報復として相応の扱いを受けて、お行儀よくなるまで非常に不愉快なレッスンで教化改善されることにはなるのだが。
 
 こちらの世界に来てから都合3度乗機を撃墜されたオーディン4こと竹内は、スルーズヴァンガル山脈を南に向けて歩いていた。なんとか脱出はできたものの、風に流されてしまい、まだ敵の実効支配下と言える山脈に降りてしまったのだ。悪いことに降りた場所はとてもよじ登れそうにない絶壁の間で、救難信号が届く場所に出るためには回り道をして高台に出るほかなかった。
 結局ドゥベ軍は、津波による多国籍軍の混乱という事態を、山脈を超えた撤退という手段に利用することとなる。万が一往生際悪く多国籍軍に対し攻勢をかけてくるようなことがあれば、負けることはないまでも、泥沼で双方にとって得るものがない消耗戦に発展する可能性があったから、これは幸いなことと言えた。
 ドゥベ軍の主力は追撃を受けながらもすでに山脈の北側に撤退している。しかし、落伍した兵や、あえてゲリラ戦によって多国籍軍の追撃を阻もうとする兵もいるから油断はできなかった。PDWとして支給されたHK MP7(ミザールから撤退したドゥベ軍が残していったものを鹵獲した)がやたらと重く感じる。
 運がいいのか悪いのか。竹内はそんなことを思う。命あっての物種だとは思っても、大しけの海で怪物に食われないかとおびえながら救助を待ったり、こんな寒い山の中を一人さまよったりする気苦労は軽くはない。
 「!?」
 足元で影が動いた気がして、竹内は反射的にMP7を構えて振り返る。そこにいたのは、こんな山の中には場違いな短いスカートをはき、細くきれいな足がまぶしい美女だった。身なりからして身分のある人間らしいが、左肩にドゥベ軍を表す双頭の竜のワッペンをつけている。つまりは敵ということになる。しかし、竹内は引き金を引こうという気にはなれなかった。目の前にいるのが自分の好み、とうかドストライクな美人であることに加え、けがをしていたからだ。

 ジェイミーはとりあえず助かったと思うと同時に、このベネトナーシュ兵はなんなのだ、と思う。
 撤退する軍の支援をするために飛龍、ブラックドラゴンを駆り、姫若子騎士団を率いて追撃する多国籍軍を迎え撃ったが、多国籍軍航空隊の猛攻に、奮戦していたドラゴンがついに力尽き、自分はパラシュートで脱出せざるを得なかったのだ。
 しかも運の悪いことに、降りた場所は足場が悪く、滑落を防ぐためには腰に帯びていた剣も、水や食料の入った雑嚢も捨てざるを得なかった。丸腰で飢えと渇きに苦しみ、パラシュートで下りた時に切った左腕の傷は痛みがひどくなるばかりで、極めつけに遭遇した相手は、ベネトナーシュの国旗をあしらったパッチを左肩につけていた。
 いよいよ年貢の納め時かと諦めかけたとき、ベネトナーシュ兵が傷を見せろと言って来たのだ。
 「敵である私を助けるとは変わっているな。私がまた敵になるとは考えないのか?」
 「お互い孤立無援なのに、敵か味方かなんてくだらないだろう?ここで争っても腹が減るだけだ」
 タケウチと名乗ったその男は淡々と答える。まあ、争っている場合ではないのはわかる。それに、味はひどいが、とりあえず食べ物は分けてもらえたし、傷も応急処置を受けて薬を飲んだらだいぶましになった。そこは感謝している。
 『オーディン4、聞こえるか?聞こえていたら応答しろ』
 そんなことを思った時、タケウチの無線がしゃべり始める。タケウチは応答し、現在地を知らせていく。
 「お仲間が迎えに来てくれるのか?」
 「ああ、幸いにしてな。なあジェイミーさん、一緒にベネトナーシュに来ないか?」
 タケウチが真剣な目でそういうので、一瞬ドキッとしてしまう。
 「なんだ、口説いてるのか?でも、私に惚れると後悔するかも知れないぞ?」
 冗談めかしてそんなことを言ってしまう。男の娘は確かに一定の市民権を得てはいるが、全ての人間に受け入れられているわけじゃない。拒否反応を持つ人物もいる。それに、タケウチは見たところ義勇兵だ。異世界では、男の娘はどう思われているか、そもそも男の娘というカテゴリーがあるかどうかさえ、自分は全く知らないのだ。
 「後悔?どうして?」
 きょとんとするタケウチに、わかりやすく説明してやることにする。
 「こういうことさ」
 パンツを下し、スカートをまくって見せてやる。当然”ついている”。しかし、意外なことにタケウチは、すこし驚いた顔をするだけで、目を逸らしたり顔をしかめたりはしなかった。そのまま沈黙が流れる。ジェイミーはなんだか急に恥ずかしくなり、パンツを上げてスカートを整える。
 「な...なにか言ってくれないか...?」
 「あ...いや、その...。ジェイミーさんは美人だから、性別とかは大した問題じゃないっていうか...」
 また真剣な目をしてタケウチがそういうので、ボンと擬音が入りそうな勢いでジェイミーは真っ赤になる。
 「貴官は、その...衆道好みか...?」
 「いや、そういう趣味はないんだけど、なんかジェミーさんならいいっていうか...」
 バキューン!そんな擬音がして、胸が撃ち抜かれたような気がした。衆道の趣味はないのに、自分ならいい...。なにを恥ずかしいことを...。
 そんなやり取りをしていると、南の方からヘリのローター音が聞こえてくる。方向からして、多国籍軍ということになる。
 「なあジェイミーさん、ドゥベに戻るのか?」
 「わからない。山を越えてから決めるさ」
 まだ自分を連れて行きたがっている。タケウチの顔にそう書いてあるのを見てジェイミーは話題を変える。
 「なあ、ベネトナーシュ軍の、先のとがった長四角の箱を三つぶら下げた青いセントウキの部隊を知っているか?」
 「F-2S?ニーズへグ隊かな?知り合いだけど?」
 「そうか。帰ったら伝えてくれ。お返しはさせてもらうとな」
 ”リディル”を破壊され、任務が失敗したのはまだ時の運と我慢もできる。しかし、完全に無視された挙句、中指を立てられたことは許せない。復讐してやると心に決めたのだ。
 「わかった。伝えるよ。ああ、無線は使えるな?これ、持っていきなよ」
 そう言ったタケウチは、バックパックごと食料と水、医薬品、無線をよこす。
 「あ...ありがとう...。タケウチ、また会おう...」
 思わずそんなことを言っていた。実際、また会いたかったのだ。
 「すまない。嘘をついてしまったな...」
 サーチライトを照らしながら降りて来るヘリに向かって走っていくタケウチの背中に、そんなことをいう。もう祖国に戻る気はない。津波を起こして味方や、守るべき民まで犠牲にしても、敵さえ倒せればよしとする祖国など、こっちから願い下げだ。これからの戦いは、祖国の戦いではない。ジェイミー・ルク・ドゥベ個人の戦いなのだ。他の、新たな同志たちがそうであるように。

 『隊長、基地に帰還しないのですか?』
 「進路変更だ。われわれは原隊には復帰しない」
 スルーズヴァンガル山脈を越えたところで、”今のところまだ”ドゥベ義勇軍所属の3機のYF-23は進路を変更し、東へと向かう。自分の後ろを飛ぶYF-23のパイロットの問いかけに。レッドフィールド大尉は天気のことでも話すように応じる。”今頃原隊もなくなっているかもな”と腹の内で付け加える。すでに貴重なYF-23の内の1機を失った。今のドゥベのやり方、有り様では戦いに勝ち目はない。むざむざ部下と機体を意味もなく消耗するなど、彼には御免だった。
 『どこへ向かうんです?』
 「俺たちが本当の意味で戦える場所だ。阿呆な政治家も、無能な幕僚もいない場所。国家だの民族だの、くだらないスポンサーを背負って飛ばなくていい場所だよ。
 心配するな。あてはある」 
 レッドフィールドのその言葉に、部下2人も腹を括ったようだった。
 YF-23はよくできた機体で、大容量のウエポンベイと、大きな燃料タンクをうまいこと両立している。このまま燃料を気にせず、目的地まで飛べるはずだった。現状米空軍で採用されているF-22より優れているとさえ思える。この機体さえあれば、どこに行こうと、どこに属そうと自分たちに負けはない。3人ともそんな気持ちになっていた。
 『レーダーに感!3時方向です』
 「大丈夫だ、味方だ」
 慌てる部下を、レッドフィールドは制する。この識別信号は、誰も知らない秘密のもので、自分と同志である証だ。見事な操縦でこちらの右に遷移し、並走する形になったその機体は、念のためなのか、バンクを振る。
 大した技術じゃないか。とレッドフィールドは思う。これだけのやつが同志にいるなら、自分たちの未来にも希望が持てる。まずは、オーディン1こと潮崎を落としてから。
 待っていろ潮崎、今回はよけいな邪魔が入ったが、次こそはこのYF-23が、貴様のF-15JSを火の玉に変えてやる。そうすることで、多くの部下の雪辱を晴らし、この俺もまた新しいスタートを切ることができるのだ。
 おそらく今潮崎がいるはずの右後方の空を見ながら、レッドフィールドは胸の内でつぶやいた。

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