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第七章
外伝1 空の教誨師 悲しみと復讐の後
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俺は死ぬはずだった。でも死ねなかった。相棒と来たら本当に甘い奴だよ。確実にやるならコックピットをつぶせばよかったのに。死にぞこなって風に流されてパラシュートで下りた場所は、あの津波の被災地だったんだ。何もない光景。それがなんだか悲しくてしかたなかった。怪我がひどくて出血もしていた俺は、そのまま座っていれば死ぬこともできたかもしれない。でも、そこでたくましく、力強く生きる人たちがいた。俺は彼らに助けられたんだ。
相棒に、一番厳しい道を歩き続けろと言われた気がしたよ。俺が犯した、償いようのない重い罪を背負って、それでもなお生き続けろ、と。
01
及川志郎は、ロランセア大陸南部のハキという小さな町を訪れていた。マントにフードという姿は、こちらの世界では旅人の装いとしてはありふれているから、誰も不審には思わない。一応お尋ね者である彼には好都合なことだった。
マントの下には、カスタムされたHKG36Kアサルトライフルを隠している。最近は、紛争の火種や治安の悪化の原因になるとして銃器の取り締まりも厳しいが、現実問題として護身用にはまだまだ必要になった。盗賊や暴徒が完全にいなくなったわけではないし、危険な野獣やモンスターもいる。
「あの、すみません...」
町を行く人に声をかけ、尋ね人のことを聞いてみる。尋ね人の情報はすぐに得られた。まあ、自分の探している人物はかなり目立つから、みんな知っているとは思っていたが。
「ここか...」
伝え聞いた酒場兼食堂の扉を開けて中に入る。
「ああ、ごめんなさい。まだ営業時間じゃないの」
そう言って振り向いた人物の顔を見て、及川の目に涙が溢れてくる。ドゥベ戦争からこっち、いろいろなことがあり過ぎて、涙の流し方さえ忘れてしまったと思っていたのに。
「セシリー...。無事だったんだね...」
そこにいたのは、間違いなく離れ離れになっていた彼の恋人、セシリーだったのだ。
及川志郎。32歳。元航空自衛隊二等空尉。
そして、かつてベネトナーシュ王立空軍第1飛行師団、第168制空隊。通称オーディン隊副隊長を務めたこともあった。
彼の人生は、常に向かい風ばかりが吹いていた。
新潟にある造り酒屋の次男坊として生まれ、経済的には恵まれた環境で育った。しかし、家庭そのものには必ずしも恵まれているとは言えなかった。
父親は地方自治体の議員であり、政治家としては有能で外面もよかった。しかし、家の中では酒乱であり、気が短く、少しでも気に入らないことがあると家族に当たった。直接的な暴力こそなかったが、モラハラは日常茶飯事で、家族は自分の思い通りになって当然と考える男だった。
母親がいよいよ父の不倫をきっかけに離婚を決意した時、ちょうど大学受験を控えていた及川は、母親がわにつくことにした。次男である及川を政治家として後継者にと考えていた父親は反発した。長男がすでに医大に入り、医療の道を進むと決めていたからだ。父は、調停でも裁判でもごねたが、結局それが及川にとって幸いした。調停委員も裁判官も、あまりに身勝手で支配的な父のやり方は、及川にとって有害と判断したらしい。及川は家を出て、母を親権者とすることが認められたのだ。
ともあれ、及川は母と暮らす気にもなれなかった。父が何人目かの女を作るまで、父に何も言えなかった母が、父の代わりのように自分にベタベタと世話を焼くのが煩わしかったのだ。
父からも母からも距離を置くために、防大が及川の受け入れ先になった。規律が厳しく、少しでもへまをすれば罰が待っている暮らしだったが、父の横暴に耐えることに比べればまだましと言えた。
及川は、家庭の事情で防大に進んだだけで、特に卒業後のことに展望があったわけではなかった。陸で塹壕を掘るのはあまり興味が持てなかったし、ちょうど海自でのいじめを原因とする自殺が報道されていたこともあり海自に進むのはためらわれた。今更任官拒否して民間企業に行くにしても、特に民間でやりたいことがあるわけでもない。なら、飛行機で思うまま空を飛ぶのもいいかもしれないと、空自を選んだのだ。
ヘリにも乗った。輸送機も操縦した。市ヶ谷の事務所で、書類の山に埋もれるのも経験した。それらの苦労を経て、念願のイーグルファイターを拝命したのだ。”プリーチャー”というTACネームは、母親がプロテスタントであったために、彼自身も洗礼をうけていたことによる。まあ、教会にすらろくに通ってはいなかったが。
はやぶさコーポレーションに出向することを志願し、異世界の同盟国、ベネトナーシュ王立軍の義勇兵となったことも、特に理由があったわけではない。親友である潮崎と同じ空を飛べるなら楽しいだろうと思った。また、もし向こうでなにかトラブルがあっても、出世にはあまり興味はないし、どうせならいろいろなことを経験しておきたい。その程度のことだったのだ。
最初は順調だった。他国の義勇兵に対して、栄えあるイーグルファイターたちはその名声に恥じない働きを見せた。なにより、レーダーやコンピューターの精度ではなく、純粋にパイロットの技量が勝負を決するこちらの世界での空戦は、パイロット冥利に尽きるものがあった。なにせこちらには、衛星も高度な軍事ネットワークもないのだ。レーダーで捕らえて目視圏外から撃墜、離脱なんてことは不可能だ。あちらの世界で、基本性能の面ではぱっとしないにも関わらず、ソフト面で優れているという理由で、米軍のF-35が自分たちから白星を上げ続けていた鬱憤を、存分に晴らすことができたのだ。
ドゥベに人材交流と合同訓練で訪れて、セシリー・アーチャーという恋人にも恵まれた。燃えるような赤い髪を持つ、ハーフエルフの女性。快活で優しく、少し口うるさい姉御肌な、及川の好みにぴったりな女。体の相性もあったが、及川のためになんにでも挑戦してみようというセシリーの献身的な気性が、及川の心を釘付けにした。特に、及川のために作ってくれるようになった、セシリーの豚汁は、忘れられない味だった。
それが何の因果か、ドゥベ戦争が起こり、セシリーは二人の妹と一緒に所在不明になってしまったのだ。及川はいつかセシリーに再会できることだけを信じて戦い続けた。しかし、戦いの中で、当然のように心も体も消耗していった。もうセシリーはこの世にいないのでは?そんな嫌な思いを、自分の中で否定しきれなくなっていたのだ。
後に”自由と正義の翼”と呼ばれる組織の創設者の一人である、ミザール義勇軍所属のクリーガー大尉から、組織へのオファーがあったのはそんな時だった。最初はとても気が乗らなかった。命令に従わない軍人はただの人殺しだという考えが根っこにあったからだ。もっとも、このままでは自分はいずれ我慢の限界が来る。張りつめた糸は、いつまでも持たないという予感は、及川自身にもあったのだが。
そして、ドゥベ軍による、レーザー兵器”レーヴァテイン”によって地震と津波を引き起こし、味方ごと敵を殲滅する作戦を目の当たりにして、張りつめていた糸はついに切れた。怒りに我を忘れた及川は、後先考えず津波作戦の実行者であるドゥベの公子、ジョージが乗る早期警戒管制機に突っ込んでいった。そして、多数の敵を撃墜しながらも、とうとう敵機に囲まれてしまったのだ。
そんな時不意に入ったのが、クリーガーからの通信だった。「離脱しろ。ここに大義はない」その言葉で、揺れていた振り子は、完全にあちら側に傾いた。
撃墜されたように見せかけるため、高度を下げて山脈の渓谷に入り、無線もIFFも切って離脱する。成功するかどうか自信が持てなかったが、どうにか敵も味方も自分を見失ってくれた。
その後はクリーガーたちと合流し、機体ごと潜伏した。そして、強引な戦後復興政策に反発する世論の支持を背景に、”自由と正義の翼”は活動を開始したのだ。
最終決戦を見越して、ベネトナーシュ王立軍基地からX-2改を強奪する仕事が初仕事だった。組織は及川を、改造して実戦装備したX-2改とセットで、隠し玉としていざという時まで秘匿することとしたのだ。
その後、予定通り”レーヴァテイン”によって時空門を撃ち、空間そのものを振動させて、二つの世界に地震を引き起こす作戦は実行される。震度5の地震は警告だったが、二つの世界の各国はそれでも考えを改めようとはしなかった。
”レーヴァテイン”の出力を150%にまで引き上げ、さらにレーザーを反射鏡で反射させ、7つの時空門全てを同時に撃つ作戦が決定される。成功すれば、震度9以上の地震と、凄まじい津波が二つの世界すべてに壊滅的な被害をもたらすはずだった。
だが、それは阻止された。及川の元相棒、潮崎が駆るF-15JSによって。迎撃を務める及川のX-2改との凄まじい空中戦の末、潮崎に軍配が上がった。こうなっては負けを認める他はないと考えた及川は、フェイルセーフとして意図的に施されていた”レーヴァテイン”の設置ミスのデータを潮崎に転送した。空で全力で戦った果ての結果に満足していた。もはや作戦の成否などどうでもよくなっていたのだ。そして、潮崎はみごと”レーヴァテイン”を破壊し、地震と津波を阻止してみせた。
今にして思えば、自分は二つの世界を試そうと思っていたのだと及川は思う。
もし、”レーヴァテイン”を阻止できるだけの必死さと、真摯に何かを守りたいと思う人間の思いが、自分たちの大義と、そして多分狂気に打ち勝つことができるのならば、二つの世界もまだまだ捨てたもんじゃない、と。
そのまま燃え盛る機体と運命を共にすることも考えたが、最終的には射出座席のレバーを引いていた。どうせ生き延びても、帰る場所もなければ待ってくれている人もいない。それどころか、逮捕されればテロリストとして、最悪死刑だろう。それでも、どうせくたばるなら今でなくともいい。そんなことを思ったのだった。
02
パラシュートで脱出し、降りた先で現地の住民に助けられた及川は、しばらく放浪することになる。
ドゥベから新たに独立した国家であるアルコル連邦は、戦災と戦後の混乱で荒廃していたが、及川にとっては素性を隠すには都合が良かった。万一のことを考えて、この世界の通貨と日本円、米ドルといった蓄えはコックピットに持ち込み、サバイバルキットの中に一緒に収納していた。そのおかげで、とりあえず食うのに不自由することはなかった。どこに行っても戦いの傷跡は生々しかったが、そこから再スタートを切ろうという人々の表情は明るかった。それが、自業自得とはいえ全てを失った及川にとっては救いだった。
及川がとりあえずの定住先を見つけるきっかけになったのは、盗賊に襲われていた隊商を救ったことだった。X-2改のコックピットにPDWとして装備されていたステア―AUGをそのまま持ち歩いていたのが思わぬ救いになった。銃撃戦には素人の及川だが、サバイバルゲームの経験は長い。森に身を隠し、場所を変えながら盗賊を1人ずつ撃ち倒していく。盗賊が地球の武器を持っていなかったのが幸いした。見えない敵からの攻撃に浮足立った盗賊は、反撃に出た武装した商人たちによって追い散らされ、逃げ去ることになった。
ちょうど雨が続き、そろそろ屋根の下で眠りたいと思っていたから、何かお礼がしたいから、自分たちの町まで来て欲しいという隊商のリーダーの申し出を及川は受けることにした。
アルコル連邦の南西にある森に囲まれたヘジンという小さな町に、及川はとりあえず腰を落ち着けることになる。
そして、なにか仕事を探さなければと思っていた及川に、意外なチャンスが転がり込む。その土地は鉱山資源や土の質に恵まれず、食器を他の場所から高く買わなければならない状態だったのだ。ひどいところになると、やむを得ず鉛の食器を用いている家さえあった。
木の食器を安く大量に生産できないかと考えていた及川の目にたまたま入ったのは、とぎ物屋の回転式の砥石だった。これだ。と及川は思う。さっそくとぎ物屋の親父を拝み倒して、少しの間砥石を拝借することになる。
まずは良質な木を選んで伐採、よく乾かして程よい大きさに切り分ける。そうしたら砥石の出番だ。近所の鍛冶屋に頼んで作ってもらった半球型とお椀型のやすりを砥石に取りつけて、回転させ、それに木を押し当てる。
何度か試行錯誤した末、見事な木の食器が出来上がった。
及川の商売はすぐに軌道に乗った。小さな小屋を借りて、そこを工房とし、町の若いものを雇って、鍛冶屋に本格的に作らせた回転式のやすりを廻させる。
都合のいいことに、町の周辺の森には、漆に酷似した植物が自生していた。木の食器の上塗りにはもってこいだった。さらに、近くでは天然のベンガラも産出した。
及川の作る漆器は飛ぶように売れた。それこそ需要に供給が追い付かなくなるほどに。及川は人とやすりを増やすことにした。また、エスカレートして蒔絵まで始めた。母方の祖父が蒔絵職人で、自分も手ほどきを受けた経験が活きた。
蒔絵が施された漆器は輸出品として他の町や村にも売り出されるまでになり、ヘジンに大きな経済効果をもたらした。木材や石材を輸出することで細々と食っていた町は、たちまち活気にあふれた。遠くの町からも商人が訪れるようになり、漆器は完全に町の名産品になっていった。
そんな時、家族ぐるみで町に移住してきた一家の家に及川が呼ばれたのは偶然だった。一家の女房の手によって、なんと豚汁が振る舞われたのだ。日本食が浸透しているベネトナーシュや、その領土であるゲルセミ、あるいはドゥベ戦争のおりに日本食文化が流れ込んだミザールならともかく、このアルコルでは珍しかった。大豆にほど近い穀物は一応あるが、味噌や自家製の豆腐まで作るところがあるとは思っても見なかったのだ。
その一家は、女房の故郷であるこの町で、日本料理の店を開くつもりで来たらしい。そのために食器を買い付けるついでに、及川を家に呼んだというわけだ。
及川は、豚汁の作り方を知った経緯をそれとなく聞いてみた。すると、なんと赤毛のハーフエルフから教わったという。
及川は女房に詳しい話を聞いた。そして、そのハーフエルフがセシリーだという確信を持った。
工房を一番弟子である若者に任せ、路銀を財布につめ込み、荷物と盗賊除けに闇で入手したG36Kを担いだ及川は、馬を走らせて、一家の元いた町へとむかったのだった。
03
「セシリー...。無事だったんだね...」
そこにいたのは、間違いなく及川の恋人、セシリーだった。長く美しかった髪はばっさりと切られ、ショートになっているが、間違えようがない。笹穂耳、白く絹のような肌。
「シロウ...?」
「そうだ!俺だよ、志郎だよ!」
そう言って及川はセシリーに近寄ろうとする。義勇軍にいたころは短かく刈りこんでいた髪を伸ばし、髭も生やしているからわかりにくいかもしれないと思った。
しかし、セシリーは恐ろしいものでも見たような顔になり、ついで脱兎のように走り出し、店の裏口から逃げ出した。
「ああ!?待ってくれ!セシリー!」
及川は状況がわからず、南京袋を投げ捨ててセシリーを追いかける。
信じられないことだった。セシリーの足は、まるでオリンピック選手かと思えるほど早い。エルフの血を引くものは身体能力が高いのは知っているが、ここまで常識外れの速力の持ち主ではなかったはずだ。
「セシリー!待ってくれ!話を聞いてくれ!」
肩からスリングで吊ったG36Kが重かったが、その辺に放り出すわけにもいかない。及川は切磋に一計を案じる。道の右側を走り、大きな声でセシリーの名を連呼し、セシリーが左の路地に折れることを狙ったのだ。その目論見は成功する。セシリーは袋小路に入り込んでしまったのだ。
「来ないで!お願いだから来てはだめ!」
袋小路で逃げ場を失ったセシリーは、子供のように叫ぶ。及川にはなぜここまで自分を拒絶するのかがわからなかった。
「セシリー、どうしたんだ?まず話を聞いてくれよ?俺は君にずっと会いたかったんだ」
及川はセシリーが取り乱しているのを考えて、ゆっくりと近づいていく。
「見ないで!私の顔を見ないで!お願いだから!」
そう言ってこちらを正視したセシリーの瞳に、♡が浮かんでいることに気づく。これはゾンビ化菌、しかも、菌と適合した所謂覚醒ゾンビッチの証...。
「セシリー、ゾンビ化菌に感染して...」
セシリーは涙をいっぱいに浮かべる。
「そうよ!感染した何人もの男に犯された!何度も何度も!
その後は私も感染して...自分が抑えられなくて色んな男の人と...!
その時は理性を失っていたけど...全部覚えてる!」
セシリーの表情には根深い無念と悔恨の色が浮かんでいた。ゾンビ化菌のことは及川も知っている。感染した人間は理性を失い、性欲が異常に強くなり、異性と見れば誰構わず強姦し始める。セシリーもまた...。
「もう...あなたのそばにいる資格はないの...。こんな汚れた体じゃ...」
「そんなことない!」
そういった及川は、セシリーを抱きしめる。柔らかい。そして少し冷たい。間違いなくセシリーの感触だった。
「俺にとってセシリーはセシリーだよ!セシリーじゃなきゃ嫌なんだ!」
「離して!お願い離して!」
暴れるセシリーはものすごい力だったが、及川は必死でセシリーを抱きしめ続ける。
「聞いてくれ、セシリー!俺は取り返しのつかないことをしてきた!俺がセシリーを受け入れるんじゃない!受け入れて欲しいとお願いするのは俺の方なんだ!」
その言葉にきょとんとしたセシリーを抱きしめたまま、及川は語り始める。セシリーを失ったと思い込んだことで絶望し、軍を脱走して”自由と正義の翼”に加わったこと。味方であるはずの多国籍軍の機体を何機も撃墜したこと。もう少しで、この世界と地球に壊滅的な破壊を引き起こすところで、かつての相棒によって止めてもらったこと。
「俺が馬鹿だったんだ。君をちゃんと探そうともせず、勝手に失ったと思い込んで絶望して...!
でもこうしてセシリーはここにいる!
俺は罪人でお尋ね者だ。もし逮捕されれば死刑かも知れない。
でも、こんな俺でもよければ一緒にいて欲しいんだ!一緒にいたいんだ!
頼むよ、セシリー!
俺を受け入れて欲しい」
その言葉に、セシリーの体から力が抜けていく気がした。
「シロウ...!本当はすごく会いたかった...!すごく会いたかった...!」
「俺も会いたかったよ!セシリー!」
及川とセシリーが、なくしたものを取り戻した瞬間だった。感極まった二人は、長い間抱き合っていた。雨降って地固まる、ではないだろう。失ったものは戻らないし、人生に消しゴムはないから過去はなかったことにはできない。
それでも、愛しい人がここにいて、その体温と感触を感じている。それはどうしようもなく幸せなことだった。
責任感が強く、仕事熱心なセシリーは、世界で一番愛している男と再会できたからといって仕事を休むようなことはしない。
酒場兼食堂の営業が終わったのは深夜だった。
待ちきれなかったとでもいうように、店にある風呂場で及川とセシリーは愛し合っている。
「じゅるる...シロウ...気持ちよくなってね...」
セシリーは浴槽に腰かけた及川に口で奉仕している。セシリーがこんなに積極的にフェラを...。及川は感動と同時に驚愕を覚えていた。恥ずかしがりで、フェラもおっかなびっくりしていたイメージがセシリーにはあった。それが、今のセシリーは積極的かつ情熱的に自分の陰茎に唇と舌で奉仕しているのだ。
「ねえ、私もう我慢できないよ...。シロウ、来て...!」
そう言ったセシリーは、風呂場の壁に手をついて尻を突き出す。信じられないことだった。及川の知るセシリーは、一緒に風呂を使うことさえ恥ずかしがって許してはくれなかった。まして、風呂場で立ちバックでセックスをするなど、思いもよらないことだった。
「ああああああーーーーっ!入ってくる...!素敵...とっても素敵...!」
しかし、及川も興奮を抑えられなかった。セシリーの腰をつかみ、バックからのしかかっていく。及川が果てるまで、セシリーは何度も何度も絶頂に達した。
汗を流して、店の二階にある、セシリーが住み込んでいる部屋に移っても、二人の愛と興奮は止まらなかった。
「うう...セシリー...!そこは...!」
及川は四つん這いにされ、セシリーに尻にキスされていた。セシリーは及川を後ろから抱きかかえ、陰茎を手で愛撫しながら及川の尻にキスの雨を浴びせ、ねっとりと舌を這わせる。あまつさえ、尖らせた舌先で及川の排泄する場所をくりくりと刺激する。
「ううううーーー...!」
セシリーの舌がぬるりと入って来た瞬間、絞り取られるように、及川は自分の意思に関係なく射精させられていた。ハレンチで屈辱的だと思ったが、すごい快感であることに変わりはなかった。
「ねえシロウ、こっちにも入れて欲しいの...」
そう言ったセシリーはベッドの上に四つん這いになると、指で尻の穴を拡げて見せる。いわゆるア〇ルくぱぁの形になる。ますます信じられないことだった。これが本当にあの恥ずかしがりのセシリーか?菌に感染して性格が変わったのか、はたまたこれも今まで自分が知らなかったセシリーの一面なのか...。
「わ...わかった。入れるよ、セシリー」
戸惑いながらも、及川はセシリーの求めに応じて、紫色のすぼまりに陰茎を挿入していく。そこは前とは全く違う感触だった。根本は食いちぎられそうなのに、先端は優しく包まれる。どこまでも入って、吸い込まれ、融和されそうだった。
「ちくしょう...」
不意に、及川の胸に、悔しさと嫉妬がこみあげて来る。
確かに、セシリーにとって初めての男は自分だった。しかし、かつて自分と触れ合っていたセシリーは、正常位でしかさせてはくれなかった。それに、地球から輸入され、こちらに普及したコンドームなしで受け入れてくれたこともなかった。
それなのに、と思う。おそらく、ゾンビ化した男たちは、生でセシリーと交わり中出しも思うさましたことだろう。ア〇ルにも挿入したに違いない。そして、感染してゾンビッチとなったセシリーは、きっと菌と共存して理性を取り戻すまで、いろいろな男といろいろな体位で...。
許せなかった。どうしようもなく許せなかった。自分より先にセシリーと生でセックスをして、中出しした男がいる事実が。ついでに、セシリーのア〇ルの処女を自分がもらえなかった事実が。
それなのに、どうして自分はこんなにも興奮しているのだろう?猛り狂っているのだろう?
自分の大切なものが汚された倒錯した官能を感じているのか?大切なものを独占できなかった悔しさに興奮しているのか?
及川は、自分にNTR属性があったらしいことに戸惑った。それでも、興奮は止まることがない。
「シロウ...!私イくかも...!イく...お尻でイっちゃうっ!」
セシリーが絶頂に達するのと同時に、及川も爆ぜて、腸の奥に白い飛沫を浴びせかけた。
激しい交尾の余韻に浸りながら、二人はベッドの上でじゃれ合っている。
「セシリー愛してるよ。この世で一番...」
「私も、シロウのことが大好きよ。誰よりも...」
及川は、ふと、世界樹空域で、愛機であるX-2改を棺桶にしなくてよかったと心底思っていた。あそこで死んでいたら、こうしてセシリーと再会して愛し合うこともかなわなかった。
同時に、裏切り、殺し合いまで演じた元相棒の顔を思い出す。もし今目の前にあいつがいたら殴り殺されても文句は言えない立場だ。が、やつならこうしてささやかな幸せを自分が感じることくらいは許してくれるだろうと、勝手に思うことにする。
「シロウ、他の人のこと考えてない?」
「あ...ごめん...。ちょっと考え事してた...」
セシリーがすねた顔で言う。そういえば、この娘、けっこうやきもち焼きだ。
「だめ、許してあげない!今は私だけ見てて欲しかったのに...」
「悪かったって」
及川はどうしていいかわからなくなる。女の子はへそを曲げると本当に厄介だと、今更気づく。
「悪かったと思うなら、一つお願いを聞いてくれるわよね...?」
ぞっとするような妖艶な表情でセシリーは言う。
「あなたの赤ちゃんを産ませて?」
ベッドの上に仰向けになり、脚を抱えて大きく開いた姿でセシリーは言う。及川は、考えるより先に体が動いていた。セシリーに覆いかぶさり、すでに3回果てているのに勢いを失わない陰茎を、セシリーの愛の泉に挿入していく。
後で知ったところでは、ゾンビッチは排卵を自在にコントロールできるとのこと。本気で望まない限り妊娠しないが、望めばすぐにでも意識的に排卵して妊娠できる状態になることができるのだ。
二人は結局、窓の外が明るくなるまで愛し合い続けた。
激しい交尾で疲れて眠ってしまった二人が目を覚ましたのは、昼になってからだった。
「シロウ、ちょっと見てもらいたいものがあるんだけど...」
そう言ったセシリーは、裸にガウンだけをまとうと、同じくガウンをまとった及川の手を引いて隣の部屋の前に導く。ノックするも、返答がない。鍵はかかっていなかった。
部屋の中を見て、及川は絶句する。セシリーの妹、双子のエリカとシンディーが、裸でベッドの上で眠っていたからだ。しかも、ベッドの上にはいくつもの大人のおもちゃが散乱している。それに、部屋の中には濃い女の匂いが満ちている。二人が交わっていた証左だった。
「あの...セシリー、もしかしてエリカとシンディーもゾンビ化菌に...?」
「ええ、そうなの。
でも、運命って不思議ね。私たちは3人とも、ゾンビッチになったおかげで死なずに済んだの。津波で住んでいた村が流されて、海にされわれて何日も漂流してたわ。感染してなかったら、低体温症で死んでたでしょうね」
及川は、セシリーの言葉に何も言うことができなかった。塞翁が馬とは思っても、簡単な話ではない。
セシリーは語り始める。ゾンビッチは定期的にものすごく性欲が強くなる。男が、精液が欲しくてたまらなくなる。医者が人工の疑似精液を処方してくれているが、それは高価で、効き目も本物の精液に比べてだいぶ落ちる。
「シロウ、あの子たちも、私と同じように愛してあげて?」
「え...でも...。セシリーはいいのかい?」
セシリーの言葉に、及川は仰天する。実を言えば、やんちゃで小悪魔的なエリカと、お淑やかでひっそりとしたシンディーを魅力的だとは思っていた。だが、二人を女として見ることは、セシリーが怒るだろうからと自重していたのだ。
「本音を言えば、私だけのシロウでいて欲しいよ?
でも、二人とも私の大切な妹だもの。
それに、性欲が強まって禁断症状が出たときどんな感じか、私にはわかるから...」
そういったセシリーの目は真剣だった。
及川は、腹を括ることに決めた。よもやハーレムなど思いもよらないことだった。が、こうなったらセシリーも、エリカもシンディーも愛して行こうときめた。
決して欲望に流されたわけではない。決して。
まあこの後、なんだかんだでやきもち焼きなセシリーのあしらいに及川は苦労することになるのだが。
04
セシリーと二人の妹を連れてヘジンへと戻って半月後。
及川は予想外の事態に慌てることになる。
「知らなかったの...。ゾンビッチは1か月で出産するなんて...」
にわかに、そしてあまりにも早く大きくなり始めたセシリーのお腹を心配して医者に診せたところ、衝撃の事実を及川は知ることになる。
その医者もゾンビッチを診た経験はないらしいが、こちらの世界の医師会に当たる組織によれば、妊娠したゾンビッチは体が妊娠、出産の準備をするのが非常に早い。そして、ゾンビッチの胎児は人間よりはるかに成長が早い。わずか1か月で子供を出産することが確認されていたらしい。
「こうしちゃいられない!」
及川は町にある寺院に向けて走る。戸籍やら嫡出やらの問題はともかく、子供が生まれる前にちゃんと結婚式を挙げたいと思ったのだ。
ちなみにこちらの世界の宗教は基本的に多神教である。宗教団体も、一神教を崇める地球の教会のように排他的でも戒律だらけでもない。その時々に応じて、ふさわしい神を信仰する、人とあまたの神との仲介役のような立ち位置と言えた。
「失礼します!」
荒っぽく寺院の玄関を開いた及川は、そこで予想もしない人物に再会することになる。
「シグレ様...?」
そこで、地元の司祭と何か話し合っていた人物は、シグレ・シルバ・ソロコフスカヤだった。長く美しい銀髪と、狐耳、そして9本の尻尾が特徴の獣人。こちらの世界の宗教団体の司祭であり、ベネトナーシュ王国の情報機関の長でもある人物。そういえば、この寺院は彼女の宗派のものだったと気づく。
「ん?おお、おぬし...オイカワではないか!?生きていたのじゃな?」
シグレが駆け寄ってくるが、及川はそのまま固まってしまう。年貢の納め時が来たと思ったからだ。自分は犯罪者であり、反乱兵なのだと今更思い出したのだ。
「なんだどうした?ああ...われは警務隊でも司法官でもないのじゃ。そんな顔をするな」
及川の気持ちを察したらしいシグレが、優しい表情でそんな言葉をかける。許されたわけではない。でも、まだ年貢は納めなくてすむことに、とりあえず及川はほっとする。
「なんと!それはめでたい!直ちに結婚式の準備じゃ!」
及川から事情を聞いたシグレはそう言って、寺院の者たちに式の準備を申し付けたのだった。
さても、結婚式というのはなかなかに準備が大変なものである。縁起のいい日を選び、知り合いに招待状を出して、酒やら料理やらの準備を整える。そんなことをしている間に、セシリーのお腹はすっかり大きくなってしまったのである。
新婦の控室にセシリーを迎えに行った及川は、またしても慌てることになる。
「う...生まれそう...!」
結局セシリーは控室で、妊婦用に仕立てられたウェディングドレスを着たまま破水してしまい、大事を取ってあらかじめ呼ばれていた助産師の手伝いを受けて、見事元気な女の子を出産することになるのである。
ゾンビッチは人間をはるかに上回る身体能力を持つが、出産した直後では足腰も立たない。それでも、セシリーは結婚式を諦めたがらなかった。結局、セシリーは腕に生まれたばかりの我が子を抱いて、妹二人に車いすを押してもらって、バージンロードを進むことになる。
そして、生まれたばかりでまだおさるさんの赤ん坊を抱いた姿で、新たに夫婦となった二人は仲睦まじく写真に写ることになる。
ふと、娘の瞳をのぞき込んだ及川は、娘の瞳にも母親と同じように♡が浮かんでいることに気づく。つまり、生まれつきゾンビッチということだ。
きっと平坦な道ではないだろう。と及川は思う。
自分は今も多国籍軍にとっては犯罪者だ。逮捕されれば死刑もあり得る。
そうでなくとも、元々エルフは寿命が長いが、ゾンビッチとなったセシリーは寿命という概念さえなくなる。おそらく、今の若い姿のまま悠久の時を生きることとなる。もちろん、妹たちや娘も。
そして、限られた寿命しかない自分は、いつか別れなければならない。
きっと辛いだろう。それは、親友を裏切り、国家を裏切り、全てを破壊しつくそうともくろんだ自分への罰なのかもしれない。
それでも、愛しい人がそばにいて、自分の子を産んでくれた。今は、それを素直に喜ぼうと思う。
先のことは先のこと。今という時をしっかり生きていれば、未来はきっといいものになる。そう思うことに決めたのだった。
結婚式がつつがなく、多くの人に祝福されて終わり、帰宅した及川は手紙をしたためていた。
かつて相棒であり、敵であった男への手紙を。
手紙とは別に、写真の裏に何かメッセージを書こうと思った。
”あの時は本当にすまなかった”。
違うな。
”女の子たちは元気でやってるか?”
これも違う。
もっとシンプルで、素直に自分の気持ちを表現するべき。そう及川は思った。
”ありがとう戦友。またいつかな”。
裏にそうメッセージが書かれた、生まれたての赤ん坊を抱いた、仲睦まじい新郎新婦の写真。
手紙が届いた先でこれを見た、いわゆる”潮崎ガールズ”が「かわいい!」「先を越された!」「こっちはまだ何もないのに!」と黄色い声を上げるのだが、それはまた別の講釈だ。
つづく
相棒に、一番厳しい道を歩き続けろと言われた気がしたよ。俺が犯した、償いようのない重い罪を背負って、それでもなお生き続けろ、と。
01
及川志郎は、ロランセア大陸南部のハキという小さな町を訪れていた。マントにフードという姿は、こちらの世界では旅人の装いとしてはありふれているから、誰も不審には思わない。一応お尋ね者である彼には好都合なことだった。
マントの下には、カスタムされたHKG36Kアサルトライフルを隠している。最近は、紛争の火種や治安の悪化の原因になるとして銃器の取り締まりも厳しいが、現実問題として護身用にはまだまだ必要になった。盗賊や暴徒が完全にいなくなったわけではないし、危険な野獣やモンスターもいる。
「あの、すみません...」
町を行く人に声をかけ、尋ね人のことを聞いてみる。尋ね人の情報はすぐに得られた。まあ、自分の探している人物はかなり目立つから、みんな知っているとは思っていたが。
「ここか...」
伝え聞いた酒場兼食堂の扉を開けて中に入る。
「ああ、ごめんなさい。まだ営業時間じゃないの」
そう言って振り向いた人物の顔を見て、及川の目に涙が溢れてくる。ドゥベ戦争からこっち、いろいろなことがあり過ぎて、涙の流し方さえ忘れてしまったと思っていたのに。
「セシリー...。無事だったんだね...」
そこにいたのは、間違いなく離れ離れになっていた彼の恋人、セシリーだったのだ。
及川志郎。32歳。元航空自衛隊二等空尉。
そして、かつてベネトナーシュ王立空軍第1飛行師団、第168制空隊。通称オーディン隊副隊長を務めたこともあった。
彼の人生は、常に向かい風ばかりが吹いていた。
新潟にある造り酒屋の次男坊として生まれ、経済的には恵まれた環境で育った。しかし、家庭そのものには必ずしも恵まれているとは言えなかった。
父親は地方自治体の議員であり、政治家としては有能で外面もよかった。しかし、家の中では酒乱であり、気が短く、少しでも気に入らないことがあると家族に当たった。直接的な暴力こそなかったが、モラハラは日常茶飯事で、家族は自分の思い通りになって当然と考える男だった。
母親がいよいよ父の不倫をきっかけに離婚を決意した時、ちょうど大学受験を控えていた及川は、母親がわにつくことにした。次男である及川を政治家として後継者にと考えていた父親は反発した。長男がすでに医大に入り、医療の道を進むと決めていたからだ。父は、調停でも裁判でもごねたが、結局それが及川にとって幸いした。調停委員も裁判官も、あまりに身勝手で支配的な父のやり方は、及川にとって有害と判断したらしい。及川は家を出て、母を親権者とすることが認められたのだ。
ともあれ、及川は母と暮らす気にもなれなかった。父が何人目かの女を作るまで、父に何も言えなかった母が、父の代わりのように自分にベタベタと世話を焼くのが煩わしかったのだ。
父からも母からも距離を置くために、防大が及川の受け入れ先になった。規律が厳しく、少しでもへまをすれば罰が待っている暮らしだったが、父の横暴に耐えることに比べればまだましと言えた。
及川は、家庭の事情で防大に進んだだけで、特に卒業後のことに展望があったわけではなかった。陸で塹壕を掘るのはあまり興味が持てなかったし、ちょうど海自でのいじめを原因とする自殺が報道されていたこともあり海自に進むのはためらわれた。今更任官拒否して民間企業に行くにしても、特に民間でやりたいことがあるわけでもない。なら、飛行機で思うまま空を飛ぶのもいいかもしれないと、空自を選んだのだ。
ヘリにも乗った。輸送機も操縦した。市ヶ谷の事務所で、書類の山に埋もれるのも経験した。それらの苦労を経て、念願のイーグルファイターを拝命したのだ。”プリーチャー”というTACネームは、母親がプロテスタントであったために、彼自身も洗礼をうけていたことによる。まあ、教会にすらろくに通ってはいなかったが。
はやぶさコーポレーションに出向することを志願し、異世界の同盟国、ベネトナーシュ王立軍の義勇兵となったことも、特に理由があったわけではない。親友である潮崎と同じ空を飛べるなら楽しいだろうと思った。また、もし向こうでなにかトラブルがあっても、出世にはあまり興味はないし、どうせならいろいろなことを経験しておきたい。その程度のことだったのだ。
最初は順調だった。他国の義勇兵に対して、栄えあるイーグルファイターたちはその名声に恥じない働きを見せた。なにより、レーダーやコンピューターの精度ではなく、純粋にパイロットの技量が勝負を決するこちらの世界での空戦は、パイロット冥利に尽きるものがあった。なにせこちらには、衛星も高度な軍事ネットワークもないのだ。レーダーで捕らえて目視圏外から撃墜、離脱なんてことは不可能だ。あちらの世界で、基本性能の面ではぱっとしないにも関わらず、ソフト面で優れているという理由で、米軍のF-35が自分たちから白星を上げ続けていた鬱憤を、存分に晴らすことができたのだ。
ドゥベに人材交流と合同訓練で訪れて、セシリー・アーチャーという恋人にも恵まれた。燃えるような赤い髪を持つ、ハーフエルフの女性。快活で優しく、少し口うるさい姉御肌な、及川の好みにぴったりな女。体の相性もあったが、及川のためになんにでも挑戦してみようというセシリーの献身的な気性が、及川の心を釘付けにした。特に、及川のために作ってくれるようになった、セシリーの豚汁は、忘れられない味だった。
それが何の因果か、ドゥベ戦争が起こり、セシリーは二人の妹と一緒に所在不明になってしまったのだ。及川はいつかセシリーに再会できることだけを信じて戦い続けた。しかし、戦いの中で、当然のように心も体も消耗していった。もうセシリーはこの世にいないのでは?そんな嫌な思いを、自分の中で否定しきれなくなっていたのだ。
後に”自由と正義の翼”と呼ばれる組織の創設者の一人である、ミザール義勇軍所属のクリーガー大尉から、組織へのオファーがあったのはそんな時だった。最初はとても気が乗らなかった。命令に従わない軍人はただの人殺しだという考えが根っこにあったからだ。もっとも、このままでは自分はいずれ我慢の限界が来る。張りつめた糸は、いつまでも持たないという予感は、及川自身にもあったのだが。
そして、ドゥベ軍による、レーザー兵器”レーヴァテイン”によって地震と津波を引き起こし、味方ごと敵を殲滅する作戦を目の当たりにして、張りつめていた糸はついに切れた。怒りに我を忘れた及川は、後先考えず津波作戦の実行者であるドゥベの公子、ジョージが乗る早期警戒管制機に突っ込んでいった。そして、多数の敵を撃墜しながらも、とうとう敵機に囲まれてしまったのだ。
そんな時不意に入ったのが、クリーガーからの通信だった。「離脱しろ。ここに大義はない」その言葉で、揺れていた振り子は、完全にあちら側に傾いた。
撃墜されたように見せかけるため、高度を下げて山脈の渓谷に入り、無線もIFFも切って離脱する。成功するかどうか自信が持てなかったが、どうにか敵も味方も自分を見失ってくれた。
その後はクリーガーたちと合流し、機体ごと潜伏した。そして、強引な戦後復興政策に反発する世論の支持を背景に、”自由と正義の翼”は活動を開始したのだ。
最終決戦を見越して、ベネトナーシュ王立軍基地からX-2改を強奪する仕事が初仕事だった。組織は及川を、改造して実戦装備したX-2改とセットで、隠し玉としていざという時まで秘匿することとしたのだ。
その後、予定通り”レーヴァテイン”によって時空門を撃ち、空間そのものを振動させて、二つの世界に地震を引き起こす作戦は実行される。震度5の地震は警告だったが、二つの世界の各国はそれでも考えを改めようとはしなかった。
”レーヴァテイン”の出力を150%にまで引き上げ、さらにレーザーを反射鏡で反射させ、7つの時空門全てを同時に撃つ作戦が決定される。成功すれば、震度9以上の地震と、凄まじい津波が二つの世界すべてに壊滅的な被害をもたらすはずだった。
だが、それは阻止された。及川の元相棒、潮崎が駆るF-15JSによって。迎撃を務める及川のX-2改との凄まじい空中戦の末、潮崎に軍配が上がった。こうなっては負けを認める他はないと考えた及川は、フェイルセーフとして意図的に施されていた”レーヴァテイン”の設置ミスのデータを潮崎に転送した。空で全力で戦った果ての結果に満足していた。もはや作戦の成否などどうでもよくなっていたのだ。そして、潮崎はみごと”レーヴァテイン”を破壊し、地震と津波を阻止してみせた。
今にして思えば、自分は二つの世界を試そうと思っていたのだと及川は思う。
もし、”レーヴァテイン”を阻止できるだけの必死さと、真摯に何かを守りたいと思う人間の思いが、自分たちの大義と、そして多分狂気に打ち勝つことができるのならば、二つの世界もまだまだ捨てたもんじゃない、と。
そのまま燃え盛る機体と運命を共にすることも考えたが、最終的には射出座席のレバーを引いていた。どうせ生き延びても、帰る場所もなければ待ってくれている人もいない。それどころか、逮捕されればテロリストとして、最悪死刑だろう。それでも、どうせくたばるなら今でなくともいい。そんなことを思ったのだった。
02
パラシュートで脱出し、降りた先で現地の住民に助けられた及川は、しばらく放浪することになる。
ドゥベから新たに独立した国家であるアルコル連邦は、戦災と戦後の混乱で荒廃していたが、及川にとっては素性を隠すには都合が良かった。万一のことを考えて、この世界の通貨と日本円、米ドルといった蓄えはコックピットに持ち込み、サバイバルキットの中に一緒に収納していた。そのおかげで、とりあえず食うのに不自由することはなかった。どこに行っても戦いの傷跡は生々しかったが、そこから再スタートを切ろうという人々の表情は明るかった。それが、自業自得とはいえ全てを失った及川にとっては救いだった。
及川がとりあえずの定住先を見つけるきっかけになったのは、盗賊に襲われていた隊商を救ったことだった。X-2改のコックピットにPDWとして装備されていたステア―AUGをそのまま持ち歩いていたのが思わぬ救いになった。銃撃戦には素人の及川だが、サバイバルゲームの経験は長い。森に身を隠し、場所を変えながら盗賊を1人ずつ撃ち倒していく。盗賊が地球の武器を持っていなかったのが幸いした。見えない敵からの攻撃に浮足立った盗賊は、反撃に出た武装した商人たちによって追い散らされ、逃げ去ることになった。
ちょうど雨が続き、そろそろ屋根の下で眠りたいと思っていたから、何かお礼がしたいから、自分たちの町まで来て欲しいという隊商のリーダーの申し出を及川は受けることにした。
アルコル連邦の南西にある森に囲まれたヘジンという小さな町に、及川はとりあえず腰を落ち着けることになる。
そして、なにか仕事を探さなければと思っていた及川に、意外なチャンスが転がり込む。その土地は鉱山資源や土の質に恵まれず、食器を他の場所から高く買わなければならない状態だったのだ。ひどいところになると、やむを得ず鉛の食器を用いている家さえあった。
木の食器を安く大量に生産できないかと考えていた及川の目にたまたま入ったのは、とぎ物屋の回転式の砥石だった。これだ。と及川は思う。さっそくとぎ物屋の親父を拝み倒して、少しの間砥石を拝借することになる。
まずは良質な木を選んで伐採、よく乾かして程よい大きさに切り分ける。そうしたら砥石の出番だ。近所の鍛冶屋に頼んで作ってもらった半球型とお椀型のやすりを砥石に取りつけて、回転させ、それに木を押し当てる。
何度か試行錯誤した末、見事な木の食器が出来上がった。
及川の商売はすぐに軌道に乗った。小さな小屋を借りて、そこを工房とし、町の若いものを雇って、鍛冶屋に本格的に作らせた回転式のやすりを廻させる。
都合のいいことに、町の周辺の森には、漆に酷似した植物が自生していた。木の食器の上塗りにはもってこいだった。さらに、近くでは天然のベンガラも産出した。
及川の作る漆器は飛ぶように売れた。それこそ需要に供給が追い付かなくなるほどに。及川は人とやすりを増やすことにした。また、エスカレートして蒔絵まで始めた。母方の祖父が蒔絵職人で、自分も手ほどきを受けた経験が活きた。
蒔絵が施された漆器は輸出品として他の町や村にも売り出されるまでになり、ヘジンに大きな経済効果をもたらした。木材や石材を輸出することで細々と食っていた町は、たちまち活気にあふれた。遠くの町からも商人が訪れるようになり、漆器は完全に町の名産品になっていった。
そんな時、家族ぐるみで町に移住してきた一家の家に及川が呼ばれたのは偶然だった。一家の女房の手によって、なんと豚汁が振る舞われたのだ。日本食が浸透しているベネトナーシュや、その領土であるゲルセミ、あるいはドゥベ戦争のおりに日本食文化が流れ込んだミザールならともかく、このアルコルでは珍しかった。大豆にほど近い穀物は一応あるが、味噌や自家製の豆腐まで作るところがあるとは思っても見なかったのだ。
その一家は、女房の故郷であるこの町で、日本料理の店を開くつもりで来たらしい。そのために食器を買い付けるついでに、及川を家に呼んだというわけだ。
及川は、豚汁の作り方を知った経緯をそれとなく聞いてみた。すると、なんと赤毛のハーフエルフから教わったという。
及川は女房に詳しい話を聞いた。そして、そのハーフエルフがセシリーだという確信を持った。
工房を一番弟子である若者に任せ、路銀を財布につめ込み、荷物と盗賊除けに闇で入手したG36Kを担いだ及川は、馬を走らせて、一家の元いた町へとむかったのだった。
03
「セシリー...。無事だったんだね...」
そこにいたのは、間違いなく及川の恋人、セシリーだった。長く美しかった髪はばっさりと切られ、ショートになっているが、間違えようがない。笹穂耳、白く絹のような肌。
「シロウ...?」
「そうだ!俺だよ、志郎だよ!」
そう言って及川はセシリーに近寄ろうとする。義勇軍にいたころは短かく刈りこんでいた髪を伸ばし、髭も生やしているからわかりにくいかもしれないと思った。
しかし、セシリーは恐ろしいものでも見たような顔になり、ついで脱兎のように走り出し、店の裏口から逃げ出した。
「ああ!?待ってくれ!セシリー!」
及川は状況がわからず、南京袋を投げ捨ててセシリーを追いかける。
信じられないことだった。セシリーの足は、まるでオリンピック選手かと思えるほど早い。エルフの血を引くものは身体能力が高いのは知っているが、ここまで常識外れの速力の持ち主ではなかったはずだ。
「セシリー!待ってくれ!話を聞いてくれ!」
肩からスリングで吊ったG36Kが重かったが、その辺に放り出すわけにもいかない。及川は切磋に一計を案じる。道の右側を走り、大きな声でセシリーの名を連呼し、セシリーが左の路地に折れることを狙ったのだ。その目論見は成功する。セシリーは袋小路に入り込んでしまったのだ。
「来ないで!お願いだから来てはだめ!」
袋小路で逃げ場を失ったセシリーは、子供のように叫ぶ。及川にはなぜここまで自分を拒絶するのかがわからなかった。
「セシリー、どうしたんだ?まず話を聞いてくれよ?俺は君にずっと会いたかったんだ」
及川はセシリーが取り乱しているのを考えて、ゆっくりと近づいていく。
「見ないで!私の顔を見ないで!お願いだから!」
そう言ってこちらを正視したセシリーの瞳に、♡が浮かんでいることに気づく。これはゾンビ化菌、しかも、菌と適合した所謂覚醒ゾンビッチの証...。
「セシリー、ゾンビ化菌に感染して...」
セシリーは涙をいっぱいに浮かべる。
「そうよ!感染した何人もの男に犯された!何度も何度も!
その後は私も感染して...自分が抑えられなくて色んな男の人と...!
その時は理性を失っていたけど...全部覚えてる!」
セシリーの表情には根深い無念と悔恨の色が浮かんでいた。ゾンビ化菌のことは及川も知っている。感染した人間は理性を失い、性欲が異常に強くなり、異性と見れば誰構わず強姦し始める。セシリーもまた...。
「もう...あなたのそばにいる資格はないの...。こんな汚れた体じゃ...」
「そんなことない!」
そういった及川は、セシリーを抱きしめる。柔らかい。そして少し冷たい。間違いなくセシリーの感触だった。
「俺にとってセシリーはセシリーだよ!セシリーじゃなきゃ嫌なんだ!」
「離して!お願い離して!」
暴れるセシリーはものすごい力だったが、及川は必死でセシリーを抱きしめ続ける。
「聞いてくれ、セシリー!俺は取り返しのつかないことをしてきた!俺がセシリーを受け入れるんじゃない!受け入れて欲しいとお願いするのは俺の方なんだ!」
その言葉にきょとんとしたセシリーを抱きしめたまま、及川は語り始める。セシリーを失ったと思い込んだことで絶望し、軍を脱走して”自由と正義の翼”に加わったこと。味方であるはずの多国籍軍の機体を何機も撃墜したこと。もう少しで、この世界と地球に壊滅的な破壊を引き起こすところで、かつての相棒によって止めてもらったこと。
「俺が馬鹿だったんだ。君をちゃんと探そうともせず、勝手に失ったと思い込んで絶望して...!
でもこうしてセシリーはここにいる!
俺は罪人でお尋ね者だ。もし逮捕されれば死刑かも知れない。
でも、こんな俺でもよければ一緒にいて欲しいんだ!一緒にいたいんだ!
頼むよ、セシリー!
俺を受け入れて欲しい」
その言葉に、セシリーの体から力が抜けていく気がした。
「シロウ...!本当はすごく会いたかった...!すごく会いたかった...!」
「俺も会いたかったよ!セシリー!」
及川とセシリーが、なくしたものを取り戻した瞬間だった。感極まった二人は、長い間抱き合っていた。雨降って地固まる、ではないだろう。失ったものは戻らないし、人生に消しゴムはないから過去はなかったことにはできない。
それでも、愛しい人がここにいて、その体温と感触を感じている。それはどうしようもなく幸せなことだった。
責任感が強く、仕事熱心なセシリーは、世界で一番愛している男と再会できたからといって仕事を休むようなことはしない。
酒場兼食堂の営業が終わったのは深夜だった。
待ちきれなかったとでもいうように、店にある風呂場で及川とセシリーは愛し合っている。
「じゅるる...シロウ...気持ちよくなってね...」
セシリーは浴槽に腰かけた及川に口で奉仕している。セシリーがこんなに積極的にフェラを...。及川は感動と同時に驚愕を覚えていた。恥ずかしがりで、フェラもおっかなびっくりしていたイメージがセシリーにはあった。それが、今のセシリーは積極的かつ情熱的に自分の陰茎に唇と舌で奉仕しているのだ。
「ねえ、私もう我慢できないよ...。シロウ、来て...!」
そう言ったセシリーは、風呂場の壁に手をついて尻を突き出す。信じられないことだった。及川の知るセシリーは、一緒に風呂を使うことさえ恥ずかしがって許してはくれなかった。まして、風呂場で立ちバックでセックスをするなど、思いもよらないことだった。
「ああああああーーーーっ!入ってくる...!素敵...とっても素敵...!」
しかし、及川も興奮を抑えられなかった。セシリーの腰をつかみ、バックからのしかかっていく。及川が果てるまで、セシリーは何度も何度も絶頂に達した。
汗を流して、店の二階にある、セシリーが住み込んでいる部屋に移っても、二人の愛と興奮は止まらなかった。
「うう...セシリー...!そこは...!」
及川は四つん這いにされ、セシリーに尻にキスされていた。セシリーは及川を後ろから抱きかかえ、陰茎を手で愛撫しながら及川の尻にキスの雨を浴びせ、ねっとりと舌を這わせる。あまつさえ、尖らせた舌先で及川の排泄する場所をくりくりと刺激する。
「ううううーーー...!」
セシリーの舌がぬるりと入って来た瞬間、絞り取られるように、及川は自分の意思に関係なく射精させられていた。ハレンチで屈辱的だと思ったが、すごい快感であることに変わりはなかった。
「ねえシロウ、こっちにも入れて欲しいの...」
そう言ったセシリーはベッドの上に四つん這いになると、指で尻の穴を拡げて見せる。いわゆるア〇ルくぱぁの形になる。ますます信じられないことだった。これが本当にあの恥ずかしがりのセシリーか?菌に感染して性格が変わったのか、はたまたこれも今まで自分が知らなかったセシリーの一面なのか...。
「わ...わかった。入れるよ、セシリー」
戸惑いながらも、及川はセシリーの求めに応じて、紫色のすぼまりに陰茎を挿入していく。そこは前とは全く違う感触だった。根本は食いちぎられそうなのに、先端は優しく包まれる。どこまでも入って、吸い込まれ、融和されそうだった。
「ちくしょう...」
不意に、及川の胸に、悔しさと嫉妬がこみあげて来る。
確かに、セシリーにとって初めての男は自分だった。しかし、かつて自分と触れ合っていたセシリーは、正常位でしかさせてはくれなかった。それに、地球から輸入され、こちらに普及したコンドームなしで受け入れてくれたこともなかった。
それなのに、と思う。おそらく、ゾンビ化した男たちは、生でセシリーと交わり中出しも思うさましたことだろう。ア〇ルにも挿入したに違いない。そして、感染してゾンビッチとなったセシリーは、きっと菌と共存して理性を取り戻すまで、いろいろな男といろいろな体位で...。
許せなかった。どうしようもなく許せなかった。自分より先にセシリーと生でセックスをして、中出しした男がいる事実が。ついでに、セシリーのア〇ルの処女を自分がもらえなかった事実が。
それなのに、どうして自分はこんなにも興奮しているのだろう?猛り狂っているのだろう?
自分の大切なものが汚された倒錯した官能を感じているのか?大切なものを独占できなかった悔しさに興奮しているのか?
及川は、自分にNTR属性があったらしいことに戸惑った。それでも、興奮は止まることがない。
「シロウ...!私イくかも...!イく...お尻でイっちゃうっ!」
セシリーが絶頂に達するのと同時に、及川も爆ぜて、腸の奥に白い飛沫を浴びせかけた。
激しい交尾の余韻に浸りながら、二人はベッドの上でじゃれ合っている。
「セシリー愛してるよ。この世で一番...」
「私も、シロウのことが大好きよ。誰よりも...」
及川は、ふと、世界樹空域で、愛機であるX-2改を棺桶にしなくてよかったと心底思っていた。あそこで死んでいたら、こうしてセシリーと再会して愛し合うこともかなわなかった。
同時に、裏切り、殺し合いまで演じた元相棒の顔を思い出す。もし今目の前にあいつがいたら殴り殺されても文句は言えない立場だ。が、やつならこうしてささやかな幸せを自分が感じることくらいは許してくれるだろうと、勝手に思うことにする。
「シロウ、他の人のこと考えてない?」
「あ...ごめん...。ちょっと考え事してた...」
セシリーがすねた顔で言う。そういえば、この娘、けっこうやきもち焼きだ。
「だめ、許してあげない!今は私だけ見てて欲しかったのに...」
「悪かったって」
及川はどうしていいかわからなくなる。女の子はへそを曲げると本当に厄介だと、今更気づく。
「悪かったと思うなら、一つお願いを聞いてくれるわよね...?」
ぞっとするような妖艶な表情でセシリーは言う。
「あなたの赤ちゃんを産ませて?」
ベッドの上に仰向けになり、脚を抱えて大きく開いた姿でセシリーは言う。及川は、考えるより先に体が動いていた。セシリーに覆いかぶさり、すでに3回果てているのに勢いを失わない陰茎を、セシリーの愛の泉に挿入していく。
後で知ったところでは、ゾンビッチは排卵を自在にコントロールできるとのこと。本気で望まない限り妊娠しないが、望めばすぐにでも意識的に排卵して妊娠できる状態になることができるのだ。
二人は結局、窓の外が明るくなるまで愛し合い続けた。
激しい交尾で疲れて眠ってしまった二人が目を覚ましたのは、昼になってからだった。
「シロウ、ちょっと見てもらいたいものがあるんだけど...」
そう言ったセシリーは、裸にガウンだけをまとうと、同じくガウンをまとった及川の手を引いて隣の部屋の前に導く。ノックするも、返答がない。鍵はかかっていなかった。
部屋の中を見て、及川は絶句する。セシリーの妹、双子のエリカとシンディーが、裸でベッドの上で眠っていたからだ。しかも、ベッドの上にはいくつもの大人のおもちゃが散乱している。それに、部屋の中には濃い女の匂いが満ちている。二人が交わっていた証左だった。
「あの...セシリー、もしかしてエリカとシンディーもゾンビ化菌に...?」
「ええ、そうなの。
でも、運命って不思議ね。私たちは3人とも、ゾンビッチになったおかげで死なずに済んだの。津波で住んでいた村が流されて、海にされわれて何日も漂流してたわ。感染してなかったら、低体温症で死んでたでしょうね」
及川は、セシリーの言葉に何も言うことができなかった。塞翁が馬とは思っても、簡単な話ではない。
セシリーは語り始める。ゾンビッチは定期的にものすごく性欲が強くなる。男が、精液が欲しくてたまらなくなる。医者が人工の疑似精液を処方してくれているが、それは高価で、効き目も本物の精液に比べてだいぶ落ちる。
「シロウ、あの子たちも、私と同じように愛してあげて?」
「え...でも...。セシリーはいいのかい?」
セシリーの言葉に、及川は仰天する。実を言えば、やんちゃで小悪魔的なエリカと、お淑やかでひっそりとしたシンディーを魅力的だとは思っていた。だが、二人を女として見ることは、セシリーが怒るだろうからと自重していたのだ。
「本音を言えば、私だけのシロウでいて欲しいよ?
でも、二人とも私の大切な妹だもの。
それに、性欲が強まって禁断症状が出たときどんな感じか、私にはわかるから...」
そういったセシリーの目は真剣だった。
及川は、腹を括ることに決めた。よもやハーレムなど思いもよらないことだった。が、こうなったらセシリーも、エリカもシンディーも愛して行こうときめた。
決して欲望に流されたわけではない。決して。
まあこの後、なんだかんだでやきもち焼きなセシリーのあしらいに及川は苦労することになるのだが。
04
セシリーと二人の妹を連れてヘジンへと戻って半月後。
及川は予想外の事態に慌てることになる。
「知らなかったの...。ゾンビッチは1か月で出産するなんて...」
にわかに、そしてあまりにも早く大きくなり始めたセシリーのお腹を心配して医者に診せたところ、衝撃の事実を及川は知ることになる。
その医者もゾンビッチを診た経験はないらしいが、こちらの世界の医師会に当たる組織によれば、妊娠したゾンビッチは体が妊娠、出産の準備をするのが非常に早い。そして、ゾンビッチの胎児は人間よりはるかに成長が早い。わずか1か月で子供を出産することが確認されていたらしい。
「こうしちゃいられない!」
及川は町にある寺院に向けて走る。戸籍やら嫡出やらの問題はともかく、子供が生まれる前にちゃんと結婚式を挙げたいと思ったのだ。
ちなみにこちらの世界の宗教は基本的に多神教である。宗教団体も、一神教を崇める地球の教会のように排他的でも戒律だらけでもない。その時々に応じて、ふさわしい神を信仰する、人とあまたの神との仲介役のような立ち位置と言えた。
「失礼します!」
荒っぽく寺院の玄関を開いた及川は、そこで予想もしない人物に再会することになる。
「シグレ様...?」
そこで、地元の司祭と何か話し合っていた人物は、シグレ・シルバ・ソロコフスカヤだった。長く美しい銀髪と、狐耳、そして9本の尻尾が特徴の獣人。こちらの世界の宗教団体の司祭であり、ベネトナーシュ王国の情報機関の長でもある人物。そういえば、この寺院は彼女の宗派のものだったと気づく。
「ん?おお、おぬし...オイカワではないか!?生きていたのじゃな?」
シグレが駆け寄ってくるが、及川はそのまま固まってしまう。年貢の納め時が来たと思ったからだ。自分は犯罪者であり、反乱兵なのだと今更思い出したのだ。
「なんだどうした?ああ...われは警務隊でも司法官でもないのじゃ。そんな顔をするな」
及川の気持ちを察したらしいシグレが、優しい表情でそんな言葉をかける。許されたわけではない。でも、まだ年貢は納めなくてすむことに、とりあえず及川はほっとする。
「なんと!それはめでたい!直ちに結婚式の準備じゃ!」
及川から事情を聞いたシグレはそう言って、寺院の者たちに式の準備を申し付けたのだった。
さても、結婚式というのはなかなかに準備が大変なものである。縁起のいい日を選び、知り合いに招待状を出して、酒やら料理やらの準備を整える。そんなことをしている間に、セシリーのお腹はすっかり大きくなってしまったのである。
新婦の控室にセシリーを迎えに行った及川は、またしても慌てることになる。
「う...生まれそう...!」
結局セシリーは控室で、妊婦用に仕立てられたウェディングドレスを着たまま破水してしまい、大事を取ってあらかじめ呼ばれていた助産師の手伝いを受けて、見事元気な女の子を出産することになるのである。
ゾンビッチは人間をはるかに上回る身体能力を持つが、出産した直後では足腰も立たない。それでも、セシリーは結婚式を諦めたがらなかった。結局、セシリーは腕に生まれたばかりの我が子を抱いて、妹二人に車いすを押してもらって、バージンロードを進むことになる。
そして、生まれたばかりでまだおさるさんの赤ん坊を抱いた姿で、新たに夫婦となった二人は仲睦まじく写真に写ることになる。
ふと、娘の瞳をのぞき込んだ及川は、娘の瞳にも母親と同じように♡が浮かんでいることに気づく。つまり、生まれつきゾンビッチということだ。
きっと平坦な道ではないだろう。と及川は思う。
自分は今も多国籍軍にとっては犯罪者だ。逮捕されれば死刑もあり得る。
そうでなくとも、元々エルフは寿命が長いが、ゾンビッチとなったセシリーは寿命という概念さえなくなる。おそらく、今の若い姿のまま悠久の時を生きることとなる。もちろん、妹たちや娘も。
そして、限られた寿命しかない自分は、いつか別れなければならない。
きっと辛いだろう。それは、親友を裏切り、国家を裏切り、全てを破壊しつくそうともくろんだ自分への罰なのかもしれない。
それでも、愛しい人がそばにいて、自分の子を産んでくれた。今は、それを素直に喜ぼうと思う。
先のことは先のこと。今という時をしっかり生きていれば、未来はきっといいものになる。そう思うことに決めたのだった。
結婚式がつつがなく、多くの人に祝福されて終わり、帰宅した及川は手紙をしたためていた。
かつて相棒であり、敵であった男への手紙を。
手紙とは別に、写真の裏に何かメッセージを書こうと思った。
”あの時は本当にすまなかった”。
違うな。
”女の子たちは元気でやってるか?”
これも違う。
もっとシンプルで、素直に自分の気持ちを表現するべき。そう及川は思った。
”ありがとう戦友。またいつかな”。
裏にそうメッセージが書かれた、生まれたての赤ん坊を抱いた、仲睦まじい新郎新婦の写真。
手紙が届いた先でこれを見た、いわゆる”潮崎ガールズ”が「かわいい!」「先を越された!」「こっちはまだ何もないのに!」と黄色い声を上げるのだが、それはまた別の講釈だ。
つづく
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