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第四章
首都解放
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05
ゲルセミ基地。グルトップ半島の北、海峡を挟んでほぼ向かいに位置するノーアトゥーン半島の最南端。もともと往来が活発で、太古の昔氷河に削られて櫛状になった地形が天然の岬と港を形成する場所。港町として古くから栄え便利であり、水深は急深かで巨大な船が行き来することも可能であることから、ドゥベとアメリカの軍事同盟が成立して以降、アメリカ人義勇軍の大規模な基地が建設された場所。義勇軍の海の切り札である、強襲揚陸艦と、護衛のイージス艦2隻の母港でもあり、大規模な滑走路が敷設され、航空隊の拠点ともなっている。もちろん、ミザール侵攻のための中継基地ともなっていた。
「なあ、本当にやるのか?」
「今更っすよ。腹括ってくださいっす!」
ミザール同盟の義勇軍所属、元SAS出身である、チャールズ・ケネディ大尉は、傍らに控える、ミザール軍の工作員、セミロングの茶色の髪を持つ小柄なゾンビの少女、エーラの言葉に、苦虫を百匹くらいかみつぶしたような表情を浮かべる。これから行う作戦は、今後のために絶対必要なもの。だが、そのやり方が問題なのだ。
「しかし、これはもう完全なバイオテロじゃないか...」
「自軍の損失は最小限に、そして敵には最大の損害。戦争ってのはそうやるものっす」
理屈はそうだ。だが、理解はできても納得できないことはあるとはこのことだった。
「迷ってるなら申し上げるっす。やつらは、ミザール南部で穀物の畑と貯蔵庫、森林の大半をを焼き払ったっす。あのえげつない炎、ナパームとか言いましたか?あれをしこたまばらまいて、そこにいる人ごとね。一瞬で死ねた人はまだ幸い。生き残った人は、食料も薪もなくてどうやって冬越すっすか?
自分の都合しか見えてない人間は始末に負えないっす。畑や森林を焼いたら、ミザール軍を消耗させるだけの騒ぎではすまないってことをわかってないっす。
ここで報復しておかないと、さらに犠牲は増えるっす!」
うまいな、とケネディは思う。そう言われては、こちらも手段は選んでいられない。
「了解、始めよう」
ケネディと部下の隊員たち、そしてエーラは、軍服ではなく、現地の服をまとって町の人間に変装している。町を何食わぬ顔で歩きながら、仕込みをしていく。町の人間や、駐留している義勇軍兵士を、道を聞いたり、タバコの火を借りるふりをして、隙を見てスタンガンや麻酔で気絶させ、注射器を首筋に突き立て、剣呑な時限爆弾をしかけていく。
仕上げに、エーラが飼いならしたゴールデンイーグルを使って、義勇軍の基地の各所に、ガラスのカプセルを投下させる。カプセルの中身は、特殊な生物兵器をその身に宿した蚊だ。効果はほどなく現れるはずだった。
その夜、ゲルセミの町と、義勇軍基地はパニックの渦中にあった。
「撃て!撃て!やつらは化け物になっちまった!もう昨日までのやつらじゃない!」
押し寄せて来る暴徒たちに、ためらわず発砲するよう、古参の義勇軍海兵隊員が大声で命じる。しかし、彼の部下たちの反応は鈍かった。当然と言えば当然、昨日までの自分たちの仲間や知り合いたちが、理性を失った怪物、ゾンビになり果てて襲い掛かってくるのだ。
まあ、ゾンビと言っても死んでいるわけでもなければ、人を襲って食うわけでもないのだが。
「ちくしょう、何がどうなってるんだ...!?くそ!くそおっ!」
19歳の海兵隊員、マークが、M16A4を撃ちまくりながら毒づく。焦って照準が定まらないせいで、銃撃はゾンビたちの足止めにすらならない。ゾンビを倒すためには、頭か頸椎に一定以上の損傷を負わせる必要がある。腕や足、極端な話、心臓に銃弾を撃ち込んだとしても、瞬時に傷が癒えて、弾丸が絞り出すように排出されてしまうのだ。マガジンが空になり、ベストのポーチから新しいマガジンを取り出すのにもたついた一瞬が致命傷になった。オリンピック選手も真っ青の足で駆け寄ってきた女のゾンビ、仕掛け人のエーラが言うところの、所謂ゾンビッチたちに地面に引き倒され、腕を押さえつけられ、迷彩服のズボンとパンツを下ろされる。
「やめろお!頼む!やめてくれえ!」
マークは叫びながら抵抗するが、女とは思えないゾンビッチたちの力は、軍人として鍛えている彼の力でもどうにもならない。
「こわがらなくていいよお...!せっくす...せっくすう!きもちいいことしよお!?」
両目が鮮血を思わせる赤に染まったゾンビッチ。マークの知り合いである、行きつけの酒場のウエイトレスのエメであったゾンビッチが、胸を大きくはだけたウエイトレス服の姿でマークにまたがろうとする。これが原因不明の暴動、人をゾンビに変える謎の奇病の特徴だった。感染してゾンビとなったものは、理性が麻痺して性欲と攻撃性が異常に強くなり、まだ感染していない異性を片っ端から強姦していく。そして、ゾンビに強姦されたものもゾンビとなって起き上がり、感染していないものを強姦して感染させる。そうやって鼠算式にゾンビが増えていく。
「助けて...誰か助けてくれえーーー...!うぶっ...!?」
「うるさいこねえ...。ほらあ、くんにしなさいよおおおっ!」
マークは必死で抵抗していたが、同じくゾンビッチと化したエメの姉、リノにノーパンの股間でもろに顔面騎乗されてしまうと、急にどうでもよくなり始める。息が詰まるのに耐えられず、リノの股間からする濃い女の匂いを吸い込み、リノの股間からとろりと溢れてくるものを強引に口に流し込まれてしまう。その瞬間、マークの股間に血が集まり、暴力的で女を抱きたいという衝動が体の奥から湧き上がってくる。
「うおおおおおーーーっ!えめっえめえ!きもちいいぞおおーーー!」
「うほおおおおおっ!まーくのすばらしいわあ!さいこうよおおおおっ!」
マークの視界が真っ赤に染まり、女を犯さずにはいられない衝動に突き動かされ、エメを狂ったように下から突いて行く。リノはマークの顔を押しつぶさんばかりに、激しい顔面騎乗に恍惚とする。群がるゾンビッチたちは順番を待ちきれないとばかりにマークの手や足を自分の股間にあてがい、自慰をしていた。
肉の饗宴は、マークの瞳が完全に深紅の色に染まるまで延々と続いた。
「はあはあ...!くうう...まだだ...!やつらの仲間になんかあ...!」
ドゥベ軍の若き指揮官、ピンクの髪が美しい女傑であるナオミは、すでに元は海兵隊員や自分の部下だった男のゾンビたちに組み敷かれ、蹂躙されながらも最後の抵抗を諦めていなかった。ゾンビ化してしまう病原体は、どうやら粘膜感染で、空気感染や飛沫感染はしないようだった。つまり、粘膜にゾンビの体液を浴びない限り感染はしないことになる。ナオミは、ゾンビが自分に中出しをしようとするたびに、紙一重のタイミングで腰を引いて、どうにか中に出されることは回避していた。ゾンビが自分の口の中で果てると、大急ぎで出されたものを吐き出した。それで今まではどうにかしのいで来た。
「ああ...なんてこと...やつら...本当に底なしか...?」
先ほど射精したはずのゾンビが、猛々しく勃起して並んで順番を待っているのだ。あと何回相手をしなければならない...?
「ひいいいいいっ...!出てるっ!中に...おっおおおおおーーーーっ!」
一瞬の思考停止が命取りになった。腰を引くのが間に合わず、ナオミをバックから犯していたゾンビがナオミの中に白濁を浴びせる。ついに中出しされてしまったのだ。ドロドロしたものが流れ込んでくるのを感じた瞬間、ナオミの全身に甘いしびれが駆け巡り、それまで苦痛しか感じていなかった体が、一瞬で絶頂に達していた。
「あああ...♡せっくす...せっくすうだいすきなのおお...」
抵抗の緩んだナオミに、男のゾンビたちが群がる。ナオミの女の部分、排泄するための場所、唇、両手、美しいピンクの髪までが、男のゾンビたちの慰み者にされていく。
やっとゾンビたちが満足して離れていった後、死人のように横たわっていたナオミが、全身ゾンビたちが出した白濁にまみれた、生まれたままの姿のままゆっくりと起き上がる。その瞳は、鮮血を思わせる色に染まっていた。
「ああ...からだがうずくわぁ...おとこ...おとこはどこぉ...」
感染による体質の変化なのか、ナオミの肌は以前よりきれいになり、もともと美人だったその顔は、死に化粧効果と呼ばれる、代謝の加速による血色の改善の効果で、以前よりずっと美しく見える。感覚が全て鋭敏になったようで、まだ感染していない男のにおいが手に取るようにわかる。かつてナオミだったゾンビッチは、そのにおいのもとに向けて走っていく。
「うわあ...こりゃえげつない...!」
「でも効果的っしょ?」
すこし離れた高台から基地と町の状況を観察していたケネディは、エーラの言葉ももっともだと思う。人をゾンビに変える病原体など、実際にあったらどうなるかのサンプルがこれだった。
外観は鮮血を思わせる色の瞳以外は人間そのものだから、銃弾を撃ち込むのも心苦しい。ついでに、人を殺したり食ったりするのではなく、強姦するだけというのも、正常な人間の抵抗を鈍らせていた。やらなければやられるという状況でない限り、昨日まで知り合いだったものを撃つなんてそうそうできるものではない。
ゲルセミ基地は、所期の予定通り、完全に機能を喪失していた。
これこそが、エーラが自分の体内で生成した細菌の効果だった。ちなみにエーラはゾンビと言っても死者ではないし、生まれつきゾンビだったわけでもない。あるときゾンビ化を誘発する病原体に感染し、驚異的な生命力と、不老不死の体を手にした、元人間だった。外観はほとんど普通の人間の少女と区別がつかないが、どういう原理なのか、瞳の中に浮かび上がる♡マークが、ゾンビであることを示す唯一の特徴と言える。また、肌は絹のようにきれいで、セミロングの明るい茶色の髪も、徹夜明けにも関わらず、今しがた美容院で手入れをしたかのようにさらさらで美しい。土台が美少女といって差し支えない顔は、死に化粧効果で、すっぴんにも関わらず、薄く丁寧な化粧をしたかのように華やかかつ秀麗だ。この辺りは、やはり人間とは決定的に違うと言えた。
その体内にはあまたの細菌やウィルス、バクテリアなどを保有し、それらを宿す彼女の体液からは、毒にも薬にもなりえるものが作り出せる。
今回ゲルセミをパニックに陥れた細菌も、エーラの体液をベースに作られたものだった。
「しかし、この後が心配だ...。大丈夫なのかね?」
「ほんと心配性っすね?ゾンビたちは、あなた方ワクチンを投与された人は襲わないっす。それ以前に、あたしが開発したこのエアロゾル化するワクチンを空中に散布すれば、ゾンビたちは体内の細菌を殺されて死にます。それに、ゾンビになった人間は、2週間もすると脳を完全にやられて死んじまうから、感染の拡大は心配ないっすよ」
そういうことなら、とは思っても、要するにゲルセミで感染してしまった人間はもう助からないといっているエーラの言葉に、ケネディは恐怖する。
一方的に軍事侵攻をしてきて、今もよその土地で非道な行いを重ねている加害者はドゥベだ。その傲慢と侵略主義を打ち砕くために手段は選んでいられない。それはケネディにもわかる。
だが、ゾンビッチと化して往来の真ん中で堂々とセックスをして、黄色い嬌声を上げながら激しく腰を振っている女の姿は、なけなしの良心の呵責と、誇りある軍人としての心苦しさを呼びおこさずにはいなかった。
なにはともあれ、こうしてゲルセミの基地機能が麻痺したことで、ドゥベ軍を南北に分断し、連携を阻止するという所期の目的は達成されることとなる。
それは、ミザール、アリオト、ベネトナーシュなどの兵で構成される多国籍軍の、反抗ののろしであった。
新暦102年射手月24日
”サービスエリアは休業した”
ゾンビ化細菌によるゲルセミのドゥベ軍基地無力化成功の暗号連絡を受け、ミザール同盟各地で反攻作戦が同時多発的に発動されていく。
ミザールの臨時政府が置かれた町、ヴァーラスキャールヴを攻略すべく集結していたドゥベ軍は、情報が錯綜し、味方の十分な航空支援が受けられない中で、戦力を集中させたミザール、ベネトナーシュ、アリオトなどの多国籍軍の包囲を受け、壊滅することになる。
機を逸せず、敗走するドゥベ軍を追撃して、多国籍軍はミザールの首都、メッサーティーガーをドゥベより奪還すべく、南と東から逆電撃作戦をしかけることとなる。軍事占領を焦って、ミザール各地に兵力を分散していたため、メッサーティーガーに残ったドゥベ軍兵力は十分ではなかった。加えて、頼みの綱であるゲルセミからの補給や航空支援が停止しているため、多国籍軍の攻撃に対して全くの受け身となってしまったのである。
「戦車を市街から離脱させて下さい!このままでは機甲部隊が壊滅してしまいます!」
ドゥベ義勇軍の現場指揮官が無線に向けて怒鳴る。その間にも、また一両のM1A2エイブラムス戦車が無反動砲の攻撃で撃破されてしまう。爆炎は燃料と砲弾に引火し、夜の市街に、盛大に花火が上がる。メッサーティーガー市民への威嚇効果を優先して、戦車を市街各所に配備していたドゥベ義勇軍の作戦は完全に裏目に出ていた。戦車は市街地での運用は基本的に不得手だ。建物の上から、弱点である上面装甲を狙い放題だからだ。闇夜に紛れて、多国籍軍の本隊に先んじて市街に潜入していたミザールとベネトナーシュ義勇軍の特殊部隊たちが、無反動砲や対戦車ミサイルを駆使して親の敵のように戦車を狙い撃ちにしていた。上面装甲を抜かれて擱座した戦車はただの障害物に成り下がり、ドゥベ軍の作戦行動の大きな邪魔となっていた。
「ひるむな!モンスター使いに伝令!ライノファイターとリザードマンの部隊を前面に押し出せ!」
ドゥベ正規軍の将校が、命じる。道が狭く入り組んだメッサーティーガー市街で、義勇軍の機械化部隊は実力を発揮し切れていない。小回りの効く自分たち正規兵がしっかりしなければならない。
身長4メートル、体重400キロはあろうかというサイの頭を持つ二足歩行のモンスター、ライノファイターが、人間には持ち上げることさえ不可能な巨大なハルバートを振り回す。ミザール軍の歩兵たちが紙細工のようになぎ払われ、血だらけの肉片に変えられる。その身体にまとう分厚い鉄の鎧は、5.56ミリの小銃弾程度では抜けず、ミザール軍の進撃を鈍らせていく。
一方、身長3メートルで、トカゲの頭をもち、全身を鱗に覆われた、細い身体をもつリザードマンは、その素早さと軽い身のこなしが売りだ。建物の屋根や樹を伝って上方から敵陣の真ん中や後方に回り込み、長いサーベルと頑強な盾を駆使してミザール軍を引っかき回す。指揮官や通信兵などが優先的に狙らわれ、ミザール軍の指揮は混乱していく。
「全員落ち着け!風上に廻るんだ」
一人のミザール義勇兵の指揮官が、命令通り兵たちが風上に廻るのを待って、大型の催涙スプレーをライノファイターの顔に吹きかける。嗅覚が敏感なライノファイターにとってこれは耐えられる物ではなく、ハルバートを取り落とし、咆吼をあげて苦痛にのたうち回る。そのすきをついて、部隊後方から前に出た軽走行車両のM2車載型50口径重機関銃が狙いを定め、ライノファーターを鎧ごと蜂の巣にしていく。
すばやいリザードマンに対しては、ミザール軍の魔道士の出番だった。魔法に耐性の低いリザードマンは、眠りの魔法に簡単に掛かってしまい、糸の切れた人形のように倒れ込む。倒れたリザードマンに、ミザール軍が襲いかかり、一匹ずつ血祭りに上げていく。
ドゥベ軍のモンスター部隊は、多国籍軍の侵攻をわずかに鈍らせたに過ぎなかった。そして、たたみかけるようにドゥベ軍にとって最悪の事態が押し寄せる。
「第36中隊より司令部へ!メッサーティーガー市民が蜂起しました!部隊が市民によって包囲されています!撤退の許可を!」
それまで事態を静観していたメッサーティーガー市民が各々家を出て、大挙してドゥベ軍を包囲し始めたのだ。ドゥベ軍は戦慄した。占領地において、これはもっともまずい事態だ。蜂起した市民の勝手を許しておいては、占領統治は崩壊する。かと言って、武器を持たない市民に向けて発砲すれば、占領軍はぬぐいがたい汚名を着ることになる。占領地の市民は、今後二度と占領軍に従わないだろう。
ドゥベ軍司令部はいったん部隊を撤退させ、町の中心にある官庁街に立てこもり、体勢を立て直す決定を下す。だがそれは、雪崩を打って押し寄せる多国籍軍がメッサーティーガー市内に入り込むことを阻止できないと言うことでもあった。
ドゥベ軍の、メッサーティーガー占領は、いよいよ破綻の兆しを見せ始めていた。
「さらに1機撃墜と。さて、今ので何機目だっけ…?」
メッサーティーガー上空で、航空支援を行っている潮崎のF-15JSは、今夜何機目かの敵機を04式空対空誘導弾によって食ったところだった。少し離れたところでは、バディである及川機が同じようにドゥベ軍機を空対空ミサイルで背後から撃墜していた。
グルトップ半島から飛来するF-35Cや、メッサーティーガーの飛行場や半島沖を航行する強襲揚陸艦から飛び立ったF-35Bは、潮崎率いるオーディン隊の敵ではなかった。ゲルセミ基地からの支援があてにできず、限られた戦力で応戦しなければならない状況だったドゥベ軍の航空隊は、欲張ってあれもこれもと搭載し過ぎていた。
対空戦闘だけでなく、地上への支援攻撃も行わなければならないため、ウエポンベイに搭載できるだけでは足りなかった。ステルス性能の低下に目をつぶって、主翼の兵装ステーションにまで誘導爆弾や空対地ミサイルを装備せざるを得なかったのである。搭載できるだけの兵装を搭載したF-35は、重量、空気抵抗、電波反射率の全てが著しく上昇していた。
元々マルチロールファイターとして設計され、あまりにも多様な在来の軍用機をひとつの機体で代替することをねらい、あれもこれもと要求性能を積み込んでいたことで、F-35は器用貧乏のきらいがあった。空戦性能に限れば、現在でも世界最高水準の性能を誇るF-15とドッグファイトを行うのは最初から荷が重かったのだ。
さらに悪いことに、実機が完成してから判明したことだが、F-35は高速飛行時の維持旋回荷重に問題を抱えていることが判明した。維持旋回荷重とは高度も速度も変化させずに水平旋回を行う場合の対応可能加重のことだ。早い話が、高速で水平旋回を行う場合の加重制限が、F-4戦闘機など、第3世代戦闘機なみしかないことがわかったのだ。これがどういうことかと言えば、ミサイルを撃たれた場合、回避の為に必要な機動性が出せない可能性があることを意味していた。
ファーストルック、ファーストショット、ファーストキルの三つのFが基本となる地球での戦闘であれば、大した問題ではなかったかも知れない。レーダーとミサイル、コンピューターの精度で全てが決まるのだから。しかし、彼らが現在いる場所は、衛星も、大規模な地上レーダー施設も、高度な軍事ネットワークもない異世界だった。
有視界でのドッグファイトを行いながら、目視で敵を補足し、至近距離でミサイルを撃ち合うのが基本となるこちらの世界での空戦において、装備の積み過ぎと維持旋回加重の低さは致命傷になった。
「シット!後ろを取られた!振り切れん!」
「ちくしょう!ミサイルアラート!だめだ!逃げられねえ!」
ドゥベ軍F-35の飛行隊は、暴れ回るオーディン1,オーディン2の機動性に全くついて行けず、一方的に落とされていく。加速をかけて一度距離を取ろうとしたものは、空域の外周で戦闘の監視をしていたオーディン3こと、松本二尉らのF-15JS、4機が送り狼となり、ミーティア対空ミサイルの餌食となった。
結局、F-35B、F-35Cあわせて16機存在した航空隊は、メッサーティーガーに駐留していた8機は応援を待たずに壊滅し、グルトップ半島と強襲揚陸艦から飛来した8機は、内5機を落とされ、残りはほうほうの体で遁走することになる。
「こちらギリング1。オーディン隊、露払いに感謝する!われ、これよりメッサーティーガーの敵戦力を殲滅せんとす!全部隊、われに続け!」
後方に控えていた、ラファール戦闘機で構成される部隊から通信が入る。ミザール義勇軍のジャン・ラファエル・クリーガー大尉指揮下のギリング隊が前進し、F-16D戦闘機やグリペン戦闘機の部隊がそれに続く。誘導爆弾や対地ミサイル、ロケット弾が雨あられとばらまかれ、兵舎や格納庫、通信施設、防空陣地などに直撃し、破壊の限りを尽くした。
『良い腕じゃないか、打ち合わせ通りだ』
「ああ、目的は首都解放であって、ドゥベ軍壊滅ではないからな」
無線から聞こえる及川の声に、潮崎は外の景色を見ながら相づちを打つ。多国籍軍は空と陸から非常に激しい攻撃をかけているが、メッサーティーガーの市街北側、グルトップ半島に向かう方向は、ミザール軍の兵は少なく、道路や橋もまだ破壊されていない。多国籍軍とメッサーティーガー市民に追い立てられたドゥベ軍は、いよいよ北のグルトップ半島に向けて撤退を余儀なくされているのが、この高さからもわかる。
こういうときに重要なのは、敵を完全に包囲して死兵にしてしまわないこと。窮鼠は猫を噛む。鼠は追い詰めず、逃げ道を与えれば、戦わずに敗走してくれる。今殲滅する必要はないのだ。首都に続いて、グルトップ半島を奪い返す段取りは既についている。やつらを半島の北端に追い詰め、冬の冷たい海に蹴落としてやればいいのだ。
しばらくすると、予想通り、多数の車両やヘリが、北に向けて移動していく。川を利用してエアクッション揚陸艇で離脱していく部隊や、河川用の大型船に乗って逃げていくドゥベ軍正規兵の集団も見えた。
市街の中心部の官庁街にある内閣府では、ドゥベの旗が引きずり下ろされ、ミザールの旗が掲揚される。
逃げ遅れて降伏したドゥベの正規兵と義勇兵は両手を縄で拘束され、一列になって歩かされていた。
日付が変わって新暦102年射手月25日早朝。
ミザール同盟首都、メッサーティーガーの解放が正式に内外に向けて宣言される。ミザールの正式な政府がメッサーティーガーに再建される。そして、ミザール同盟とベネトナーシュ王国、そして、同じドゥベとの交戦当事国であるメグレス連合の間に、正式に軍事同盟が締結されたのであった。
ゲルセミ基地。グルトップ半島の北、海峡を挟んでほぼ向かいに位置するノーアトゥーン半島の最南端。もともと往来が活発で、太古の昔氷河に削られて櫛状になった地形が天然の岬と港を形成する場所。港町として古くから栄え便利であり、水深は急深かで巨大な船が行き来することも可能であることから、ドゥベとアメリカの軍事同盟が成立して以降、アメリカ人義勇軍の大規模な基地が建設された場所。義勇軍の海の切り札である、強襲揚陸艦と、護衛のイージス艦2隻の母港でもあり、大規模な滑走路が敷設され、航空隊の拠点ともなっている。もちろん、ミザール侵攻のための中継基地ともなっていた。
「なあ、本当にやるのか?」
「今更っすよ。腹括ってくださいっす!」
ミザール同盟の義勇軍所属、元SAS出身である、チャールズ・ケネディ大尉は、傍らに控える、ミザール軍の工作員、セミロングの茶色の髪を持つ小柄なゾンビの少女、エーラの言葉に、苦虫を百匹くらいかみつぶしたような表情を浮かべる。これから行う作戦は、今後のために絶対必要なもの。だが、そのやり方が問題なのだ。
「しかし、これはもう完全なバイオテロじゃないか...」
「自軍の損失は最小限に、そして敵には最大の損害。戦争ってのはそうやるものっす」
理屈はそうだ。だが、理解はできても納得できないことはあるとはこのことだった。
「迷ってるなら申し上げるっす。やつらは、ミザール南部で穀物の畑と貯蔵庫、森林の大半をを焼き払ったっす。あのえげつない炎、ナパームとか言いましたか?あれをしこたまばらまいて、そこにいる人ごとね。一瞬で死ねた人はまだ幸い。生き残った人は、食料も薪もなくてどうやって冬越すっすか?
自分の都合しか見えてない人間は始末に負えないっす。畑や森林を焼いたら、ミザール軍を消耗させるだけの騒ぎではすまないってことをわかってないっす。
ここで報復しておかないと、さらに犠牲は増えるっす!」
うまいな、とケネディは思う。そう言われては、こちらも手段は選んでいられない。
「了解、始めよう」
ケネディと部下の隊員たち、そしてエーラは、軍服ではなく、現地の服をまとって町の人間に変装している。町を何食わぬ顔で歩きながら、仕込みをしていく。町の人間や、駐留している義勇軍兵士を、道を聞いたり、タバコの火を借りるふりをして、隙を見てスタンガンや麻酔で気絶させ、注射器を首筋に突き立て、剣呑な時限爆弾をしかけていく。
仕上げに、エーラが飼いならしたゴールデンイーグルを使って、義勇軍の基地の各所に、ガラスのカプセルを投下させる。カプセルの中身は、特殊な生物兵器をその身に宿した蚊だ。効果はほどなく現れるはずだった。
その夜、ゲルセミの町と、義勇軍基地はパニックの渦中にあった。
「撃て!撃て!やつらは化け物になっちまった!もう昨日までのやつらじゃない!」
押し寄せて来る暴徒たちに、ためらわず発砲するよう、古参の義勇軍海兵隊員が大声で命じる。しかし、彼の部下たちの反応は鈍かった。当然と言えば当然、昨日までの自分たちの仲間や知り合いたちが、理性を失った怪物、ゾンビになり果てて襲い掛かってくるのだ。
まあ、ゾンビと言っても死んでいるわけでもなければ、人を襲って食うわけでもないのだが。
「ちくしょう、何がどうなってるんだ...!?くそ!くそおっ!」
19歳の海兵隊員、マークが、M16A4を撃ちまくりながら毒づく。焦って照準が定まらないせいで、銃撃はゾンビたちの足止めにすらならない。ゾンビを倒すためには、頭か頸椎に一定以上の損傷を負わせる必要がある。腕や足、極端な話、心臓に銃弾を撃ち込んだとしても、瞬時に傷が癒えて、弾丸が絞り出すように排出されてしまうのだ。マガジンが空になり、ベストのポーチから新しいマガジンを取り出すのにもたついた一瞬が致命傷になった。オリンピック選手も真っ青の足で駆け寄ってきた女のゾンビ、仕掛け人のエーラが言うところの、所謂ゾンビッチたちに地面に引き倒され、腕を押さえつけられ、迷彩服のズボンとパンツを下ろされる。
「やめろお!頼む!やめてくれえ!」
マークは叫びながら抵抗するが、女とは思えないゾンビッチたちの力は、軍人として鍛えている彼の力でもどうにもならない。
「こわがらなくていいよお...!せっくす...せっくすう!きもちいいことしよお!?」
両目が鮮血を思わせる赤に染まったゾンビッチ。マークの知り合いである、行きつけの酒場のウエイトレスのエメであったゾンビッチが、胸を大きくはだけたウエイトレス服の姿でマークにまたがろうとする。これが原因不明の暴動、人をゾンビに変える謎の奇病の特徴だった。感染してゾンビとなったものは、理性が麻痺して性欲と攻撃性が異常に強くなり、まだ感染していない異性を片っ端から強姦していく。そして、ゾンビに強姦されたものもゾンビとなって起き上がり、感染していないものを強姦して感染させる。そうやって鼠算式にゾンビが増えていく。
「助けて...誰か助けてくれえーーー...!うぶっ...!?」
「うるさいこねえ...。ほらあ、くんにしなさいよおおおっ!」
マークは必死で抵抗していたが、同じくゾンビッチと化したエメの姉、リノにノーパンの股間でもろに顔面騎乗されてしまうと、急にどうでもよくなり始める。息が詰まるのに耐えられず、リノの股間からする濃い女の匂いを吸い込み、リノの股間からとろりと溢れてくるものを強引に口に流し込まれてしまう。その瞬間、マークの股間に血が集まり、暴力的で女を抱きたいという衝動が体の奥から湧き上がってくる。
「うおおおおおーーーっ!えめっえめえ!きもちいいぞおおーーー!」
「うほおおおおおっ!まーくのすばらしいわあ!さいこうよおおおおっ!」
マークの視界が真っ赤に染まり、女を犯さずにはいられない衝動に突き動かされ、エメを狂ったように下から突いて行く。リノはマークの顔を押しつぶさんばかりに、激しい顔面騎乗に恍惚とする。群がるゾンビッチたちは順番を待ちきれないとばかりにマークの手や足を自分の股間にあてがい、自慰をしていた。
肉の饗宴は、マークの瞳が完全に深紅の色に染まるまで延々と続いた。
「はあはあ...!くうう...まだだ...!やつらの仲間になんかあ...!」
ドゥベ軍の若き指揮官、ピンクの髪が美しい女傑であるナオミは、すでに元は海兵隊員や自分の部下だった男のゾンビたちに組み敷かれ、蹂躙されながらも最後の抵抗を諦めていなかった。ゾンビ化してしまう病原体は、どうやら粘膜感染で、空気感染や飛沫感染はしないようだった。つまり、粘膜にゾンビの体液を浴びない限り感染はしないことになる。ナオミは、ゾンビが自分に中出しをしようとするたびに、紙一重のタイミングで腰を引いて、どうにか中に出されることは回避していた。ゾンビが自分の口の中で果てると、大急ぎで出されたものを吐き出した。それで今まではどうにかしのいで来た。
「ああ...なんてこと...やつら...本当に底なしか...?」
先ほど射精したはずのゾンビが、猛々しく勃起して並んで順番を待っているのだ。あと何回相手をしなければならない...?
「ひいいいいいっ...!出てるっ!中に...おっおおおおおーーーーっ!」
一瞬の思考停止が命取りになった。腰を引くのが間に合わず、ナオミをバックから犯していたゾンビがナオミの中に白濁を浴びせる。ついに中出しされてしまったのだ。ドロドロしたものが流れ込んでくるのを感じた瞬間、ナオミの全身に甘いしびれが駆け巡り、それまで苦痛しか感じていなかった体が、一瞬で絶頂に達していた。
「あああ...♡せっくす...せっくすうだいすきなのおお...」
抵抗の緩んだナオミに、男のゾンビたちが群がる。ナオミの女の部分、排泄するための場所、唇、両手、美しいピンクの髪までが、男のゾンビたちの慰み者にされていく。
やっとゾンビたちが満足して離れていった後、死人のように横たわっていたナオミが、全身ゾンビたちが出した白濁にまみれた、生まれたままの姿のままゆっくりと起き上がる。その瞳は、鮮血を思わせる色に染まっていた。
「ああ...からだがうずくわぁ...おとこ...おとこはどこぉ...」
感染による体質の変化なのか、ナオミの肌は以前よりきれいになり、もともと美人だったその顔は、死に化粧効果と呼ばれる、代謝の加速による血色の改善の効果で、以前よりずっと美しく見える。感覚が全て鋭敏になったようで、まだ感染していない男のにおいが手に取るようにわかる。かつてナオミだったゾンビッチは、そのにおいのもとに向けて走っていく。
「うわあ...こりゃえげつない...!」
「でも効果的っしょ?」
すこし離れた高台から基地と町の状況を観察していたケネディは、エーラの言葉ももっともだと思う。人をゾンビに変える病原体など、実際にあったらどうなるかのサンプルがこれだった。
外観は鮮血を思わせる色の瞳以外は人間そのものだから、銃弾を撃ち込むのも心苦しい。ついでに、人を殺したり食ったりするのではなく、強姦するだけというのも、正常な人間の抵抗を鈍らせていた。やらなければやられるという状況でない限り、昨日まで知り合いだったものを撃つなんてそうそうできるものではない。
ゲルセミ基地は、所期の予定通り、完全に機能を喪失していた。
これこそが、エーラが自分の体内で生成した細菌の効果だった。ちなみにエーラはゾンビと言っても死者ではないし、生まれつきゾンビだったわけでもない。あるときゾンビ化を誘発する病原体に感染し、驚異的な生命力と、不老不死の体を手にした、元人間だった。外観はほとんど普通の人間の少女と区別がつかないが、どういう原理なのか、瞳の中に浮かび上がる♡マークが、ゾンビであることを示す唯一の特徴と言える。また、肌は絹のようにきれいで、セミロングの明るい茶色の髪も、徹夜明けにも関わらず、今しがた美容院で手入れをしたかのようにさらさらで美しい。土台が美少女といって差し支えない顔は、死に化粧効果で、すっぴんにも関わらず、薄く丁寧な化粧をしたかのように華やかかつ秀麗だ。この辺りは、やはり人間とは決定的に違うと言えた。
その体内にはあまたの細菌やウィルス、バクテリアなどを保有し、それらを宿す彼女の体液からは、毒にも薬にもなりえるものが作り出せる。
今回ゲルセミをパニックに陥れた細菌も、エーラの体液をベースに作られたものだった。
「しかし、この後が心配だ...。大丈夫なのかね?」
「ほんと心配性っすね?ゾンビたちは、あなた方ワクチンを投与された人は襲わないっす。それ以前に、あたしが開発したこのエアロゾル化するワクチンを空中に散布すれば、ゾンビたちは体内の細菌を殺されて死にます。それに、ゾンビになった人間は、2週間もすると脳を完全にやられて死んじまうから、感染の拡大は心配ないっすよ」
そういうことなら、とは思っても、要するにゲルセミで感染してしまった人間はもう助からないといっているエーラの言葉に、ケネディは恐怖する。
一方的に軍事侵攻をしてきて、今もよその土地で非道な行いを重ねている加害者はドゥベだ。その傲慢と侵略主義を打ち砕くために手段は選んでいられない。それはケネディにもわかる。
だが、ゾンビッチと化して往来の真ん中で堂々とセックスをして、黄色い嬌声を上げながら激しく腰を振っている女の姿は、なけなしの良心の呵責と、誇りある軍人としての心苦しさを呼びおこさずにはいなかった。
なにはともあれ、こうしてゲルセミの基地機能が麻痺したことで、ドゥベ軍を南北に分断し、連携を阻止するという所期の目的は達成されることとなる。
それは、ミザール、アリオト、ベネトナーシュなどの兵で構成される多国籍軍の、反抗ののろしであった。
新暦102年射手月24日
”サービスエリアは休業した”
ゾンビ化細菌によるゲルセミのドゥベ軍基地無力化成功の暗号連絡を受け、ミザール同盟各地で反攻作戦が同時多発的に発動されていく。
ミザールの臨時政府が置かれた町、ヴァーラスキャールヴを攻略すべく集結していたドゥベ軍は、情報が錯綜し、味方の十分な航空支援が受けられない中で、戦力を集中させたミザール、ベネトナーシュ、アリオトなどの多国籍軍の包囲を受け、壊滅することになる。
機を逸せず、敗走するドゥベ軍を追撃して、多国籍軍はミザールの首都、メッサーティーガーをドゥベより奪還すべく、南と東から逆電撃作戦をしかけることとなる。軍事占領を焦って、ミザール各地に兵力を分散していたため、メッサーティーガーに残ったドゥベ軍兵力は十分ではなかった。加えて、頼みの綱であるゲルセミからの補給や航空支援が停止しているため、多国籍軍の攻撃に対して全くの受け身となってしまったのである。
「戦車を市街から離脱させて下さい!このままでは機甲部隊が壊滅してしまいます!」
ドゥベ義勇軍の現場指揮官が無線に向けて怒鳴る。その間にも、また一両のM1A2エイブラムス戦車が無反動砲の攻撃で撃破されてしまう。爆炎は燃料と砲弾に引火し、夜の市街に、盛大に花火が上がる。メッサーティーガー市民への威嚇効果を優先して、戦車を市街各所に配備していたドゥベ義勇軍の作戦は完全に裏目に出ていた。戦車は市街地での運用は基本的に不得手だ。建物の上から、弱点である上面装甲を狙い放題だからだ。闇夜に紛れて、多国籍軍の本隊に先んじて市街に潜入していたミザールとベネトナーシュ義勇軍の特殊部隊たちが、無反動砲や対戦車ミサイルを駆使して親の敵のように戦車を狙い撃ちにしていた。上面装甲を抜かれて擱座した戦車はただの障害物に成り下がり、ドゥベ軍の作戦行動の大きな邪魔となっていた。
「ひるむな!モンスター使いに伝令!ライノファイターとリザードマンの部隊を前面に押し出せ!」
ドゥベ正規軍の将校が、命じる。道が狭く入り組んだメッサーティーガー市街で、義勇軍の機械化部隊は実力を発揮し切れていない。小回りの効く自分たち正規兵がしっかりしなければならない。
身長4メートル、体重400キロはあろうかというサイの頭を持つ二足歩行のモンスター、ライノファイターが、人間には持ち上げることさえ不可能な巨大なハルバートを振り回す。ミザール軍の歩兵たちが紙細工のようになぎ払われ、血だらけの肉片に変えられる。その身体にまとう分厚い鉄の鎧は、5.56ミリの小銃弾程度では抜けず、ミザール軍の進撃を鈍らせていく。
一方、身長3メートルで、トカゲの頭をもち、全身を鱗に覆われた、細い身体をもつリザードマンは、その素早さと軽い身のこなしが売りだ。建物の屋根や樹を伝って上方から敵陣の真ん中や後方に回り込み、長いサーベルと頑強な盾を駆使してミザール軍を引っかき回す。指揮官や通信兵などが優先的に狙らわれ、ミザール軍の指揮は混乱していく。
「全員落ち着け!風上に廻るんだ」
一人のミザール義勇兵の指揮官が、命令通り兵たちが風上に廻るのを待って、大型の催涙スプレーをライノファイターの顔に吹きかける。嗅覚が敏感なライノファイターにとってこれは耐えられる物ではなく、ハルバートを取り落とし、咆吼をあげて苦痛にのたうち回る。そのすきをついて、部隊後方から前に出た軽走行車両のM2車載型50口径重機関銃が狙いを定め、ライノファーターを鎧ごと蜂の巣にしていく。
すばやいリザードマンに対しては、ミザール軍の魔道士の出番だった。魔法に耐性の低いリザードマンは、眠りの魔法に簡単に掛かってしまい、糸の切れた人形のように倒れ込む。倒れたリザードマンに、ミザール軍が襲いかかり、一匹ずつ血祭りに上げていく。
ドゥベ軍のモンスター部隊は、多国籍軍の侵攻をわずかに鈍らせたに過ぎなかった。そして、たたみかけるようにドゥベ軍にとって最悪の事態が押し寄せる。
「第36中隊より司令部へ!メッサーティーガー市民が蜂起しました!部隊が市民によって包囲されています!撤退の許可を!」
それまで事態を静観していたメッサーティーガー市民が各々家を出て、大挙してドゥベ軍を包囲し始めたのだ。ドゥベ軍は戦慄した。占領地において、これはもっともまずい事態だ。蜂起した市民の勝手を許しておいては、占領統治は崩壊する。かと言って、武器を持たない市民に向けて発砲すれば、占領軍はぬぐいがたい汚名を着ることになる。占領地の市民は、今後二度と占領軍に従わないだろう。
ドゥベ軍司令部はいったん部隊を撤退させ、町の中心にある官庁街に立てこもり、体勢を立て直す決定を下す。だがそれは、雪崩を打って押し寄せる多国籍軍がメッサーティーガー市内に入り込むことを阻止できないと言うことでもあった。
ドゥベ軍の、メッサーティーガー占領は、いよいよ破綻の兆しを見せ始めていた。
「さらに1機撃墜と。さて、今ので何機目だっけ…?」
メッサーティーガー上空で、航空支援を行っている潮崎のF-15JSは、今夜何機目かの敵機を04式空対空誘導弾によって食ったところだった。少し離れたところでは、バディである及川機が同じようにドゥベ軍機を空対空ミサイルで背後から撃墜していた。
グルトップ半島から飛来するF-35Cや、メッサーティーガーの飛行場や半島沖を航行する強襲揚陸艦から飛び立ったF-35Bは、潮崎率いるオーディン隊の敵ではなかった。ゲルセミ基地からの支援があてにできず、限られた戦力で応戦しなければならない状況だったドゥベ軍の航空隊は、欲張ってあれもこれもと搭載し過ぎていた。
対空戦闘だけでなく、地上への支援攻撃も行わなければならないため、ウエポンベイに搭載できるだけでは足りなかった。ステルス性能の低下に目をつぶって、主翼の兵装ステーションにまで誘導爆弾や空対地ミサイルを装備せざるを得なかったのである。搭載できるだけの兵装を搭載したF-35は、重量、空気抵抗、電波反射率の全てが著しく上昇していた。
元々マルチロールファイターとして設計され、あまりにも多様な在来の軍用機をひとつの機体で代替することをねらい、あれもこれもと要求性能を積み込んでいたことで、F-35は器用貧乏のきらいがあった。空戦性能に限れば、現在でも世界最高水準の性能を誇るF-15とドッグファイトを行うのは最初から荷が重かったのだ。
さらに悪いことに、実機が完成してから判明したことだが、F-35は高速飛行時の維持旋回荷重に問題を抱えていることが判明した。維持旋回荷重とは高度も速度も変化させずに水平旋回を行う場合の対応可能加重のことだ。早い話が、高速で水平旋回を行う場合の加重制限が、F-4戦闘機など、第3世代戦闘機なみしかないことがわかったのだ。これがどういうことかと言えば、ミサイルを撃たれた場合、回避の為に必要な機動性が出せない可能性があることを意味していた。
ファーストルック、ファーストショット、ファーストキルの三つのFが基本となる地球での戦闘であれば、大した問題ではなかったかも知れない。レーダーとミサイル、コンピューターの精度で全てが決まるのだから。しかし、彼らが現在いる場所は、衛星も、大規模な地上レーダー施設も、高度な軍事ネットワークもない異世界だった。
有視界でのドッグファイトを行いながら、目視で敵を補足し、至近距離でミサイルを撃ち合うのが基本となるこちらの世界での空戦において、装備の積み過ぎと維持旋回加重の低さは致命傷になった。
「シット!後ろを取られた!振り切れん!」
「ちくしょう!ミサイルアラート!だめだ!逃げられねえ!」
ドゥベ軍F-35の飛行隊は、暴れ回るオーディン1,オーディン2の機動性に全くついて行けず、一方的に落とされていく。加速をかけて一度距離を取ろうとしたものは、空域の外周で戦闘の監視をしていたオーディン3こと、松本二尉らのF-15JS、4機が送り狼となり、ミーティア対空ミサイルの餌食となった。
結局、F-35B、F-35Cあわせて16機存在した航空隊は、メッサーティーガーに駐留していた8機は応援を待たずに壊滅し、グルトップ半島と強襲揚陸艦から飛来した8機は、内5機を落とされ、残りはほうほうの体で遁走することになる。
「こちらギリング1。オーディン隊、露払いに感謝する!われ、これよりメッサーティーガーの敵戦力を殲滅せんとす!全部隊、われに続け!」
後方に控えていた、ラファール戦闘機で構成される部隊から通信が入る。ミザール義勇軍のジャン・ラファエル・クリーガー大尉指揮下のギリング隊が前進し、F-16D戦闘機やグリペン戦闘機の部隊がそれに続く。誘導爆弾や対地ミサイル、ロケット弾が雨あられとばらまかれ、兵舎や格納庫、通信施設、防空陣地などに直撃し、破壊の限りを尽くした。
『良い腕じゃないか、打ち合わせ通りだ』
「ああ、目的は首都解放であって、ドゥベ軍壊滅ではないからな」
無線から聞こえる及川の声に、潮崎は外の景色を見ながら相づちを打つ。多国籍軍は空と陸から非常に激しい攻撃をかけているが、メッサーティーガーの市街北側、グルトップ半島に向かう方向は、ミザール軍の兵は少なく、道路や橋もまだ破壊されていない。多国籍軍とメッサーティーガー市民に追い立てられたドゥベ軍は、いよいよ北のグルトップ半島に向けて撤退を余儀なくされているのが、この高さからもわかる。
こういうときに重要なのは、敵を完全に包囲して死兵にしてしまわないこと。窮鼠は猫を噛む。鼠は追い詰めず、逃げ道を与えれば、戦わずに敗走してくれる。今殲滅する必要はないのだ。首都に続いて、グルトップ半島を奪い返す段取りは既についている。やつらを半島の北端に追い詰め、冬の冷たい海に蹴落としてやればいいのだ。
しばらくすると、予想通り、多数の車両やヘリが、北に向けて移動していく。川を利用してエアクッション揚陸艇で離脱していく部隊や、河川用の大型船に乗って逃げていくドゥベ軍正規兵の集団も見えた。
市街の中心部の官庁街にある内閣府では、ドゥベの旗が引きずり下ろされ、ミザールの旗が掲揚される。
逃げ遅れて降伏したドゥベの正規兵と義勇兵は両手を縄で拘束され、一列になって歩かされていた。
日付が変わって新暦102年射手月25日早朝。
ミザール同盟首都、メッサーティーガーの解放が正式に内外に向けて宣言される。ミザールの正式な政府がメッサーティーガーに再建される。そして、ミザール同盟とベネトナーシュ王国、そして、同じドゥベとの交戦当事国であるメグレス連合の間に、正式に軍事同盟が締結されたのであった。
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