35 / 45
第六章
さらわれたルナティシア
しおりを挟む04
ジョージの予測は最悪の方向に当たった。
ディーネからゲルセミあてに発信された通信が届いたのは、ルナティシアを乗せたベネトナーシュ王立空軍のC-2輸送機が飛び立った後だったのだ。こちらの世界では衛星の代わりに無人の成層圏飛行船に電波中継を担当させている。飛行船は一カ所にとどまるのが難しいため、長距離通信の精度と速度にはいぜんとして問題があったのだ。
それは突然のことだった。ベネトナーシュ本国政府との打ち合わせのために、足の速いC-2でゲルセミから本国に向けて飛んでいる途上、突然ミサイルが飛来したのだ。護衛についていた4機のF-2は、なにもないところから突然現れたに等しいミサイルになすすべもなく撃墜されていった。
C-2のコックピットはパニックに陥るが、敵は自分から姿を現してくれた。C-2の左にぴたりとついて併走するのは、YF-23だった。たしか、ドゥベ軍を脱走して“自由と正義の翼”に参加した機体のはずだ。YF-23はウエポンベイを開けて腹を見せ、満載された実弾を見せると、“誘導に従え”とハンドシグナルで合図する。
「従うんだ」
機長はそう指示し、指定されたコースを取る。C-2は戦闘機なみの機動性を備えることで有名だが、本当に戦闘機、しかもYF-23と鬼ごっこをするなど問題外だ。
一方、キャビンのルナティシアは、後方に別の機体を認めて目を疑った。
「あれは…そんな…どうして!?」
C-2の万一の動きに備え、斜め後方に控える、“自由と正義の翼”のエンブレムをつけた機体。それはルナティシアにとっては見慣れた機体だった。この距離では食玩程度の大きさにしか見えないが、それはまぎれもなくF-15JSだったのだ。
「武装を解除し、両手を上げて下りてきてください!従えば傷つけはしません!」
きれいで良く通る声が拡声器で呼びかけてくる。ノーアトゥーン半島沖の離れ小島にいつの間にか建設されていた滑走路に着陸させられたC-2は、小銃で武装した歩兵と、対戦車ミサイルや重機関銃を搭載した車両に取り囲まれる。逆らえばたちまち蜂の巣だ。
「手荒なまねをしたことは謝罪申し上げます。ご安心下さい、すぐに家に帰れますよ」
C-2を下りて、他の乗員と一緒に滑走路のわきの草地に座らされたルナティシアにそう声をかけたのは、ジェイミーだった。ドゥベを訪れた時会ったことがある。庶子とはいえ、先々代大公の実子である身でまさか、“自由と正義の翼”に参加していたとは。
それにしても、自ら男の娘であることを公言していたが、本当だろうか?短いスカートと可愛いニーソックスが似合う、どうみても女にしか見えないその容姿に、ルナティシアはそんなことを思う。
「姫様、失礼いたします」
そう言うと、ジェイミーが女性の技官に合図する。なにをされるかと思えば、技官はルナティシアの網膜や指紋、手の甲の静脈、顔の目鼻口の配置(所謂顔パス)などの生体データを収集していくだけだった。それはそれで返って不気味に思えた。彼らはなにを企んでいるのだ?
「ご協力有り難うございました。もうしばらくの辛抱です。われわれがここを離脱した後は、輸送機でお帰りになってけっこうですよ」
無理やり誘拐しておいてぬけぬけと。という言葉を呑み込んだルナティシアは、この島に誘導されてからずっと言いたかった言葉をぶつけてみる。
「あの、できればあのF-15JSのパイロットに会わせてもらえませんか?」
「申し訳ありませんが、彼にはエアカバーを任せています。着陸させるわけにはいきません」
ジェイミーはとりつく島もない。
「では、ひとつ教えて下さい。彼は元ベネトナーシュ義勇軍のパイロットなのですか?」
ジェイミーの一瞬の沈黙は完全に肯定の証だった。それなりに思うところがあるらしい。
「それに関しては、イエスともノーとも申し上げかねます」
なぜ?どうして?“自由と正義の翼”の兵たちがC-17大型輸送機で撤収を始め、上空で警戒していたF-15JSとYF-23が飛び去るまで、ルナティシアは、胸の中で疑問をつぶやき続けていた。
『こちらファットバード、オーディン隊、出迎え感謝する』
「こちらオーディン1、ファットバード、全員無事か?」
ゲルセミ空軍基地からスクランブル発進したオーディン隊が、C-2を発見したのは、すでに機長以下全員が解放され、C-2がゲルセミに向けて引き返すべく飛んでいる時だった。
『オーディン1素直に言えよ。姫様は無事かってな。大丈夫、無事だぜ』
C-2の機長の言葉に「ばか!」と応じた潮崎だが、心底ほっとしていた。
とりあえずは良かった。と、潮崎の斜め後ろについた副隊長の松本は思う。C-2が行方不明になったと聞いた時の潮崎は、普段からは想像もつかないほど取り乱し、勝手にF-15JSを格納庫から引っ張り出して出撃しようとしたのだ。酒井と坪内に両脇から抑えられ、松本に顔を殴られてようやく冷静さを取り戻し、早期警戒管制機の準備が整うのを待つ気になってくれた。
ベネトナーシュ義勇軍に参加してから潮崎と一緒になった他の隊員たちには意外なことだったが、空自の新田原基地以来のつき合いである松本は知っていた。日向灘上空で、結果的に潮崎の判断が正しかったとはいえ、アリオト伯国の飛行船を独断で攻撃したことからもわかるように、潮崎は状況が切迫すると衝動的な行動を取ってしまうことがある。ドゥベ戦争で及川が行方不明になり、今も続く反乱や暴動に毎日対処しなければならず、神経をすり減らしているからなおさらなのだろう。
『こちらニーズヘグ1。オーディン隊、そちらはそのままゲルセミまでの護衛任務に就け。
脱出したパイロットの捜索はこっちで受け持つ』
「オーディン1了解。すまんが頼むわ」
ニーズヘグ隊隊長橋本の通信に、潮崎はそう応じる。危険が完全になくなったとは言えない。敵は“自由と正義の翼”だけではない。ロランセア大陸南部は、現在進行形で紛争の真っ最中なのだ。潮崎にも遭難者を捜索したい気持ちはあったが、C-2を単機で行かせることはできない。それでも、眼下に広がる海に視線を落とさずにはいられない。今この瞬間にも、仲間たちが下で救助を待っているかも知れないのだ。
『こちらスタービュー。レーダーに感!西より所属不明機急速に接近!ドラゴンと思われる。データ転送する』
海面に注意を向けていた潮崎にとって、上空のE-767からの通信とデータ転送は頭を叩かれた気分だった。極小さな反応が、レーダーの中、ものすごい速度でこちらに接近してくる。
「まず敵の姿を確認するぞ!ダイバーは俺に続け!他の者は輸送機を守れ!」
『ダイバー了解』
ダイバーこと酒井が編隊を離れ、潮崎に追従する。目標はすぐに見つかった。
「あいつは…!やばい、やばいぞ!」
潮崎は目視で確認できた目標を見て戦慄する。それは、金色に輝く鱗と、巨大で逞しい身体を持つ、ドラゴンの中でも最強と言われる種であるグレイトドラゴンだったのだ。しかも、かつてグルトップ半島で交戦したことがある。当時のドゥベ公国大公、リチャードが乗っていた個体だ。今は癒えた戦闘の傷の跡が翼と顔に残っているのが生々しい。確か名前はシーザーとか言ったか…。
『隊長、自分が先行して後ろを取ります!』
「ああ…ん?いや待て!バンクを振ってるぞ!」
潮崎は酒井を制止する。なんと、シーザーは、翼を横に振り味方だという合図をするバンクを振っているのだ。グレイトドラゴンはかなり知能が高いと聞いているが、大丈夫だろうか?そう思ったが、バンクを振っている相手を撃つわけにもいかず、潮崎は酒井に後方から離れて狙うように命じ、シーザーの横につける。
こちらの誘導に従い、ゲルセミに向かえというハンドシグナルの意味を理解できるらしく、シーザーは素直に従っていた。
こうして、オーディン隊はC-2に加えて、意外な客を連れてゲルセミに帰還することになったのだった。
「ルナティシア!もう会えないかと思ったよ!」
ゲルセミに帰還したルナティシアを、転げるようにF-15JSのコックピットから降りた潮崎はきつく抱きしめる。まだ作戦中ではあったが、廻りは滑走路わきで抱き合う二人をとくにとがめることはしない。気持ちはわかるからだ。
「隆善様。わたくしは心配していませんでしたわ。隆善様が迎えに来ていただけましたから…」
潮崎よりルナティシアの方がしっかりして冷静であることが、むしろ意外に映る。松本は、潮崎がこの世界の長引く紛争に疲れ切っているのだと推測した。
「隆善様、お知らせがあります。いい方と悪い方、どちらから聞かれますか?」
「ええと、いい方から…」
ルナティシアが改まって潮崎の目をのぞき込む。潮崎は少し気圧される気がする。
「あなたの相棒、及川二尉は生きていらっしゃいます」
その言葉に、潮崎は目を丸くして、ルナティシアの肩をつかむ。
「本当ですか!?それで、やつはどこに!?」
ルナティシアは、悲しそうに目を伏せると、ためらいがちに言葉をつむぐ。
「それが悪い方のお知らせです。彼は、“自由と正義の翼”の一員になっています!わたくしたちの敵になったのです!」
潮崎は、一瞬ルナティシアの言葉の意味がわからなかった。そんな…まさか…?及川…あいつに限って…。
それは、潮崎が及川をもう一度失った瞬間だった。かつて信頼していた相棒が敵になったという事実は、及川の死が確認できるより残酷なことだった。
「すまない、タカヨシ殿。少し良いだろうか?彼が少し話がしたいと」
その時ディーネが、後ろに巨大な黄金の鱗を持つ巨大な龍。グレイトドラゴンのシーザーを伴って近づいてくる。青い肌と黒白目、琥珀色の目を持つ魔属のディーネとシーザーの組み合わせは、妙に絵になっている。まさにファンタジーという構図だ。
「ええと、言葉がわかるのか?」
シーザーが手話で応じる
「“そのまま話してくれればいい。言葉はわかる”と」
情報士官として語学に堪能で、手話の心得もあるディーネがシーザーの仕草を通訳する。
シーザーは語り始める。ドゥベ戦争で敗走して傷を癒していた自分に、“自由と正義の翼”からオファーがあったこと。話を聞いている内に彼らの狂信ぶりに辟易として断ったこと。それが何の因果か、最近自分が巣を作って雨露しのいでいた場所が偶然にも彼らに占拠されてしまい、自分も脱出せざるを得なかったこと。そして、離脱するための戦闘の中で偶然とんでもない文書を手に入れてしまったこと。などなど。
そう手話で伝えたシーザーは、口からアルミ製のブリーフケースを取り出し、手のひらで唾液をぬぐうと滑走路に置く。潮崎はためらいがちにブリーフケースを開けて、中身に目を通し始める。肉食動物特有のものすごい口臭を覚悟していたのだが、思ったほどのにおいはしなかった。
「お…おい…!難しくて部分的にしかわからないが、こんなことが本当に可能なのか?」
遙か上にあるシーザーの顔を見上げて、潮崎は狼狽しながら聞くことしかできない。
次の瞬間、その質問の答えは足下からやってきた。滑走路が、すさまじい縦揺れの地震に見舞われたのだ。
その日、新暦103年蟹月2日。ベネトナーシュ王国が、いや、この世界と地球全体がまんべんなく深度5の地震に見舞われた。マグニチュードは測定不能。当然だ。震源地が存在しないのだから。それは空間、次元そのものが激しく揺さぶられた震動だった。
これこそが、“自由と正義の翼”によるこの世界と地球全てに対する宣戦布告だった。
メグレス連合領、ユグドラシル島。ベネトナーシュ王国の東、北のメグレス連合と南のアリオト伯国を隔てる内海の間に浮かぶ大きな島。そこには、海抜8000メートルにも及ぶ“世界樹”と呼ばれる超巨大な樹木が生えている。
傍目には、巨大な鉢植えか、作りかけの軌道エレベーターといった印象か。
遠くからでも確認できるため、周辺の海のランドマークともなっているそこは、ロランセア、ナゴワンド両大陸の多くのものにとって聖地だった。その立地条件から、航空機や船舶の中継地点や緊急避難場所として便利であったため、港湾や飛行場が整備されている。
その島が、急襲をかけてきた“自由と正義の翼”の攻撃を受け、占拠されたのだ。ロランセア大陸での紛争に人手を取られていたため、島の防備は手薄で、あらかじめ島に潜入していた特殊部隊の後方攪乱もあり、たちまち占拠されてしまう。
“世界樹”の5合目あたりの巨大な枝の上に建てられた山荘は“自由と正義の翼”の司令部として接収され、各種の情報機器が持ち込まれていた。
食堂を流用した司令室では、この世界および地球の全てに対する攻撃の準備が整いつつあった。
「コンデンサー充電予定通り!」
「3番発電設備、出力予定を下回ります。4番発電機の出力を上げて対処します」
「照準、距離よし!目標、メグレス連合石英海上空、時空門!」
司令室の中心に座るジェイミーは、“レーヴァテイン”の暗号コードとなる、自分の生体データをパソコンにつないだリーダーに読み込ませていく。もうひとつの鍵であるルナティシアの生体データは、先だって彼女を誘拐した時に入力し、そのまま保存してある。
「予定通り、安全を取ってエネルギー充電率は90%に留めよう」
コンデンサーの充電率を示すメーターをのぞき込んでいた及川がそういう。
「照準偏差調整。撃発可能時間まで3分」
照準が固定されるまでの時間を見ていた、元ドゥベ空軍所属のレッドフィールドが、ジェイミーを振り返りながら伝える。
ジェイミーは「わかった」と応じ、コーヒーを飲みながらふと自問する。自分は、時間が来るのが待ち遠しいのか、それとも本当は時間が来て欲しくないのか?と。理屈はどうあれ、自分たちがこれからしようとしていることは、未曾有の大破壊であることに違いはない。
「コンデンサー充電率90%です」
「照準調整完了!いつでも照射できます」
ジェイミーはオペレーターの言葉に応じて、パソコンのUSBポートに金庫から出したトリガーをつなぎ、パソコンの起動メニューにパスワードを入力する。さらに、トリガーについた鍵穴に鍵を差し込んで回し、安全装置を外す。“レーヴァテイン”は電源をつないで電気的な信号を送れば照射できるのだから、別に実際に人差し指で引くトリガーの形をしている必要はない。だが、ジェイミーはあえてトリガーの形にこだわった。
暴発の危険を防ぐ意味ももちろんある。だが、自分たちはただスイッチを押すのではない。多くの命を奪う兵器の引き金を引くのだという自覚を持つためには、銃のトリガーを模した形状をしていることが重要と思ったのだ。
“なにをためらう必要がある?さっさと撃て”と目で言っているレッドフィールドと、“やめてもいいのですよ?”と冷静な視線を向ける及川に視線を送ったジェイミーは、ひとつ深呼吸をする。そして、グリップのセフティをしっかりと握り、トリガーに指をかけ、一気に引いた。
山荘の外に、目に見えないが圧倒的な力がほとばしる。“世界樹”の頂上に設置された“レーヴァテイン”が照射されたのが、4000メートル下にあるこの場所でもその震動と、激しい空気の震えではっきりとわかった。
“レーヴァテイン“のレーザーはほとんど減衰することなく、光速でメグレス領海の上空にある時空門に達した。
レーザー自体は目に見えなかったが、そのすさまじい熱量にさらされた時空門が激しく輝き始める。それは、航空機や飛行船が時空門を通り抜ける時の明るさの比ではなかった。太陽が二つになったかと見まがうような、目もくらむばかりのまばゆい光が空を包む。
それは、二つの時空をつなぐ部分に強烈なストレスが掛かっていることを意味していた。傲慢でわがままな人間に対して、自然は母のように優しく寛容だ。航空機や船舶が時空門を通過する程度の負荷では、とくになにか起こるということもない。
しかし、時空門に“レーヴァテイン”のすさまじい熱量によって意図的にストレスをかけているとなれば、全く話は変わってくる。
強力なレーザーは時空門を中心に空間そのものを曲げ、歪めるエネルギーに転化させ始めた。それは切れる寸前まで引っ張られたゴム紐のようなものだった。まあ、エネルギーの規模は桁違いであったわけだが。そして、歪みを元に戻そうとする反動エネルギーは、すさまじい揺り戻しとなって二つの世界を襲ったのだった。
地震の被害は、地球側の方が深刻だった。地球には地震が起こることを全く想定していない地域が少なからずあったからだ。たとえ深度5でも、煉瓦や石を積んだだけの建物や、鉄骨とコンクリートで固めただけでワイヤーで補強されていない高層ビルなど、ひとたまりもなかった。
一方、異世界側はドゥベ戦争と戦後の混乱ですでに荒廃していたことが、皮肉にも被害を少なく抑えた。難民キャンプなどでは大きな被害が起きようがなかったのだ。
だが、どちらにせよ人為的に引き起こされた地震で二つの世界が揺さぶられた事実に違いはなかった。
「なんだって!?じゃあ、次の攻撃がくる可能性があるってのか!?」
日本国首相の麻倉は、スピーカーモードにした無線に向けて大声で怒鳴ってしまう。二つの世界が地震に見舞われたとき、麻倉はアルコル連邦領、ナンナで行われる国際会議に出席するために、専用機で向かっている途上だったのだ。もう少し遅れていたら、”レーヴァテイン”の直撃を受けていたかも知れない。麻倉は自身が外相を兼任しており、また強引な戦後復興政策の見直しを主張するつもりで、自ら今回の会議におもむいたお陰で地震に遭わずに済んだのは皮肉と言えた。
“はい、総理。
われわれが今まで入手した情報を総合すると、“レーヴァテイン”は連射こそ効きませんが、冷却と整備さえ適切なら繰り返し使用が可能です。
さらに、申し上げにくいのですが…“
モニターの中でディーネが目線を落とし、咳払いする。麻倉はゲルセミの基地司令の説明では要領を得ないので、情報収集担当であるディーネに直接話を聞くことにしたのだ。
ディーネによれば、ドゥベ戦争の折、時空門周辺で戦闘が起こったとき、震源地不明の地震波が観測されたことが何度かあったという。時空門に連続して熱や光、衝撃を与え続けた場合、それらのエネルギーが振動に転化されされ、空間そのものを揺らしてしまう可能性が示唆されていた。
“シーザーからもたらされた文書の内容を信じるなら、”レーヴァテインは反射鏡を用いれば、複数の方向に向けて照射が可能です。
オーバーロードを覚悟して限界まで出力を上げれば、7つの時空門全てを同時に撃つことも可能かと!“
麻倉はディーネの言葉に頭を叩かれた気分になる。単純計算してさっきの7倍の力で揺さぶられることになるのか?
「ちょっと待てよ…?エネルギーを2倍にしても出力が単純に2倍になるわけじゃない。
しかし、2倍のエネルギーで1.5倍の出力、4倍でもさらに1.25倍増しの出力しか得られないと仮定しても…。」
麻倉は紙に鉛筆で計算をし始める。深度5に2.5,そして1.25と足していくと…。
「計算通りなら震度9を越える…。ああ、神様…!」
麻倉は目頭を押さえる。震度5でさえ2つの世界は少なくない混乱に陥った。これが2つの世界の全域で震度9以上となったら?すさまじすぎて、麻倉には想像もつかなかった。
“わかった、ディーネさん、大変参考になる意見だった。ありがとう。また連絡する”
麻倉はそう言って通信を切ると、ナンナに先行して防衛に当たっているベネトナーシュ王立軍に警戒を要請する。
そして、ナンナにすでに到着している各国の首脳に連絡を試みる。
震度5の地震は2つの世界の各国政府首脳たちにも大きな衝撃を与えた。ナンナでの国際会議は、大事を取って中止すべしと主張したのは麻倉だけではなかった。
しかし、ナンナでの会議は、当事国の多数の意向で予定通り開催が決まる。
”自由と正義の翼”から犯行声明が出され、合わせて国際会議の中止が要求されたことが、各国の首脳たちを頑なにさせてしまったのだ。
“自由と正義の翼”にいいようにやられ続けている各国は、これ以上面子をつぶされることを恐れたのだ。また、今回の条約締結が不調に終わった場合、いよいよ異世界に落とした資本を回収できなくなるという危惧を各国の政財界が抱いていたという事情もある。
合わせて、両大陸の各国の軍によるユグドラシル攻撃が決定される。しかし、それはさらに多くの血を流す道に他ならなかった。
「電波ジャックです!ものすごい出力だ!」
「基地全てに通達!テレビをつけろとな!」
朝、始業したばかりのゲルセミ基地の情報部門の事務所。無線通信の傍受を担当していた情報士官からの報告を受けたディーネは、そう命令する。よもや、電波ジャックで向こうから情報を発信してくれるとは思いもよらなかったのだ。
テレビに映っているのは暗い部屋の中で、椅子に人が座っているのがかろうじて確認できる程度だ。声はボイスチェンジャーでデジタル化された金属的なものだった。
『ナンナに集結中の各国代表及び軍の皆さん、そしてこちらの世界と地球に住む全ての方々に申し上げたい。
我々は、自由と正義の翼であります。
今日まで我々は、各国の政財界の要人たちを粛正して参りました。それについてはかなりの世論の支持を得ていることは、多くの方がご存じの通りです。
にも関わらず、こちらの世界と地球の各国政府は、反省の色も見せず、かのドゥベ戦争の傷跡に塩をすり込むような多国間条約を締結しようとしています。
今回ナンナで行われる条約締結に向けた会議が、各国の都合と責任放棄を合法化するためのものであることは、どれだけの方がご存じでしょうか?
会議2日目の議案とされている“雇用の創出の為の国際機関創設に関する事項”。これはとんでもない悪法なのです。
条約草案の内容は官僚の作文なので意訳しますが、これによれば、雇用促進政策として各国政府の出資によって創設する国際機関から、企業に補助金が支出され、戦災で被害を受けたと認定された人たちの就職を促進するとされています。しかし、その一方で、同じ草案の別の条項には、現状戦災で被害を受けた人々に対する公的な生活補助金や福祉金の減額、支給要件の厳格化が盛り込まれています。
要するに、戦災者の自立を口実に各国企業に安値な労働力を供給するとともに、福祉を切り下げることを目的としているのです。
このことが、各国政府が戦争で被害を受けた人々を救済し、彼らの損害を補償するという、責任を放棄しようとしているものであることは、誰の目にも明らかです。
考えても見て下さい。戦災で多大な被害を受けた人々が一斉に福祉金の削減もしくは打ち切りを受ければ、彼らは先に述べた雇用促進政策に頼らざるを得なくなる。大量の戦災者たちを、企業が不当な低賃金で労働させるようになるのは、簡単なことなのです。
思い出して頂きたい。かつて“帝国”と呼ばれた統一国家が崩壊して以来、1世紀にもわたって、ロランセア、ナゴワンド両大陸では争いが繰り返されてきました。そして、ドゥベ戦争によって、両大陸の荒廃は決定的なものとなりました。畑や町だけではない、人の心も荒れ果てて先鋭化しています。
自ら築いた屍の上を土足で越えていこうとする各国のやり方に、戦争で家族や家を奪われた人々が反発を抱かずにいられるでしょうか?多くの人の犠牲の上に新しい町や工場を建てるようなやり方に、人々が素直に従うでしょうか?
これがなにを意味するか。そう、この世界は今はまだ前に進もうとしてはならないのです。戦争で傷ついた人々の声に真摯に耳を傾けなければならないのです。同じような戦争が繰り返されないようにするにはどうするべきか、一度立ち止まって一人一人が考えなければならないのです。
にも関わらず、各国政府は戦災者を労働力として両大陸の開発を進める準備を始めてしまい、その前に自分たちの既得権を手に入れようとしているのです。
それが、ナンナで行われようとしている会議の真相なのです。
ことここにいたり、われわれはこの世界及び地球の全ての国家に対する粛正をここに宣言いたします。
先だって引き起こされた地震を見て頂ければ、われわれの言葉が脅しではないことはおわかりいただけることと思います。同じ方法により、次は7つ全ての時空門に“レーヴァテイン”よってストレスをかけ、さらに大きな地震をこちらと地球に引き起こします。
あわせて、ナンナに対する攻撃を開始いたします。
この放送を聞けば、各国関係者は逃げるかも知れませんが、これ以降ナンナ市街より脱出しようとするものは、無差別に粛正の対象といたします。
しかし、われわれは一般人を巻き込むつもりはありません。関係者以外は、これより一時の猶予を与えますので、陸地の内陸部、できるだけ海抜の高い開けたところに非難してください。
それ以降、ナンナ及び各地の沿岸部にとどまるものは、全てわれわれのターゲットになるものと思っていただきます。
真の自由と正義がなされんことを。
以上』
「間違いない...!ジェイミー...あなたなのね?ああ...なんてことでしょう!」
ドゥベ公国カール刑務所の応接室。主に服役態度のいい囚人を、家族や友達と敷居なしで面会させるために作られた部屋。
前代ドゥベ公国大公レイチェルは、電波ジャックされた放送を見て激しく狼狽する。ドゥベ戦争で行方不明となり、その身を案じていたジェイミーが、よもや反乱部隊の指導者になっているとは。
「どうしてなのです...?妾のそなたへの愛情は、実の母同然であったのに...」
ジェイミーの実母が病死して以来、レイチェルはジェイミーの母親になろうと努めてきた。そのレイチェルにとっては、我が子同然に思って来た存在がクーデターに参加し、多くの罪を犯している事実は、身を切られるより辛いことだった。
「母上、お心安らかに。キャサリンが不安がります」
ジョージは母であり妻でもある女性に優しく声をかけながら、”ぶち壊しだ”思う。真面目な服役態度と、多国籍軍への情報提供の功績が認められ、監視つきながら家族との面会がかなったのだ。自分の妹であり、娘である赤ん坊を抱くこともできた。その時のこの騒ぎだ。レイチェルをすっかり悲しませてしまった。
「あなたを思ってくれている人を悲しませているぞ」
ジョージはここにはいない異母兄弟に向けてそれだけ言う。自分と違い、戦犯扱いされる危険もなく、戦後のドゥベで再スタートすることも容易だったはずのジェイミーが、なぜ”自由と正義の翼”に参加したのかはわからなかった。ただ、それが多くの人を悲しませ、不幸にする行為だということだけはわかったのだ。
「「一体何者なんだ?」」
皆が顔を見合わせるゲルセミ基地で、ただ一人、オーディン隊所属の竹内二尉だけは、電波ジャックされた放送の主の正体に気づいていた。
ジェイミー...。これが君の選んだ道か...!
竹内は、激しい悔恨に身を焼かれる。互いに遭難した状況で出会った、かわいくきれいな男の娘。性別など関係ない。一緒にいたいと純粋に思った人物。こんなことなら、あの時無理やりにでも連れて帰るべきだった!
それに、このままではおそらく自分たちはジェイミーと戦うことになる。この手でジェイミーを殺さなければならないかも知れない...。そんなことになったら...。
竹内はただ、戦慄し、困惑するしかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』
KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。
日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。
アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。
「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。
貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。
集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。
そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。
これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。
今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう?
※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは
似て非なる物として見て下さい
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる