時空を駆ける荒鷲 F-15J未智の空へ

ブラックウォーター

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第六章

世界樹に上がる花火

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 05
 「第125攻撃隊応答なし!」「第36攻撃隊、半数を損耗!撤退します!」
 ゲルセミ空軍基地のコマンドルームでは、ユグドラシル島を攻撃に向かった航空隊がことごとく撃墜されている様子が報告されていく。
 「くそ!なぜだ、なぜ敵はこうも我々の動きが読める!」
 基地司令は他に言葉がなかった。”自由と正義の翼”の航空隊だけではない。行く先行く先に対空ミサイルの罠が張られ、どの方角からも近づけない有様なのだ。
 「司令、シグレ様より連絡です。しばらく攻撃を中止するようにと」
 「中止?どういうことですか?」
 参謀役を拝命したディーネの言葉に、司令は眉間にしわを寄せる。今この瞬間にも”レーヴァテイン”が発射されるかもしれないのだ。
 「”ちょっとした仕込みをするから”だそうです」
 「むう...わかりました...」
 司令は素直に応じる。立場は自分の方が上だが、年齢はディーネの方がはるかに上で、経験も知識も自分では足元にも及ばない。年長者のいうことは聞くものと考えたのだ。
 こうして、ユグドラシル島攻撃は一時中止が決定された。
 
 さてこちらは地球。アメリカ合衆国はワシントンDC、ホワイトハウス。
 「情勢はおおむね予定通りだな。テッド、地震と津波に対する対策は万全だろうね?」
 「はい、大統領。準備は遺漏なく」
 大統領、ウェスカーの言葉に、統合参謀本部議長が応じる。巨大な地震と津波が起きるとなれば、救難の主力は軍隊となることが予測されたからだ。
 「ビリー、一応確認しておくが、食料、水、医薬品のストックと輸送手段は確保されてるね?」
 ウェスカーの質問にはなぜか返答がなかった。「ビリー?」と書類から顔をあげて、ウェスカーは絶句する。声をかけた運輸長官だけではない。執務室にいる全員が、凍り付いたように動かないのだ。それこそ、まるで時が止まってしまったように。
 おいおい、私はザ・〇―ルドなんて能力を身に着けた覚えはないぞ。
 狼狽してそんな愚かな考えをした瞬間、喉笛に冷たいものが押し当てられる。
 「動かずに、そのまま聞いて欲しい。
 これは"遮断の結界"という。お主は世界から隔絶され、お主に今なにがおきているか、世界の誰も認識しておらぬ」
 涼やかできれいなのに、有無を言わせぬ恫喝を含んだ声がすぐ後ろから聞こえる。今の言葉、執務室を見回す限りはったりではないらしい。
 視線だけ動かして斜め下を見ると、自分ののどに押し当てられているものが、刃渡り1フィートと少しの日本刀であることがわかる。その刃は、まるで水に濡れているようだ。業物らしい。
 「申し遅れたが、われはシグレ・シルバ・ソロコフスカヤ。あちらの世界で司祭をしておる」
 「ほう、私はジョナサン・ウェスカーだ。合衆国大統領をしている。いかなる御用かな?」
 廻りの凍り付いた有様を見る限り、状況の主導権は向こうあるとウェスカーは判断する。ならば、対話する以外にはなさそうだ。
 「非礼を詫びるつもりはない。
 要求は簡単。貴国から”自由と正義の翼”に対する、われわれの作戦の情報漏洩を即時停止してもらいたい」
 そういったシグレは、机の上に何枚かの書類をばらまく。"異世界の友人たちとの協定に関する覚書"”大災害の後の二つの世界の支援に関する計画書”と表題され、アイズオンリー持ち出し禁止のスタンプが押された書類。こんなものどこから?とウェスカーは狼狽する。その隣にある、CIAの情報員が”自由と正義の翼”の幹部と会っている写真と合わせて、アメリカが彼らの支援をしている動かぬ証拠だったからだ。
 どうごまかそうと、人は信じたいように信じるもの。アメリカは、これまでの紛争やテロで傷つき、殺気立っている国際社会を完全に敵に廻すことになりかねない。
 「さて、情報漏洩と言われても、我が国がそんなことをしてなんの意味があるかな?」
 「震度9以上の世界規模の地震が貴国の抱える問題の多くを解決してくれるとしたらどうじゃ?
 中東の不穏分子やテロリスト。中国。ロシア。最近貴国の国益に添わなくなった欧州や日本もじゃ。彼らが震災でガタガタになるのを横目に、地震に対する可能な限りの対策をしていた貴国は、無傷とはいかないまでも実質的な被害をできるだけ抑える。
 真の意味でのアメリカ一強を実現しようという目論見じゃ。
 ついでに、地球の他の国家があちらの世界に介入する余裕もなくなれば、あちらの利権は貴国が独り占めすることも不可能ではないかも知れん。
 一石二鳥の計画というわけじゃな」
 ウェスカーは二の句が継げない。完全に自分たちの思惑が読まれていたからだ。憶測だけで言える話ではない。この司祭、かなりの情報収集能力があると見える。
 「しかし、私は仮にも合衆国大統領だ。万一殺して、あなたは無事でいられるかな?
 死ぬまで追われることになるぞ?」
 ウェスカーは別の角度から話してみることにする。
 「別にこの刀でやるとはゆうておらんよ。心臓発作、脳溢血、人が急死する理由はいくらでもある。その後は、次の大統領と交渉するまでなのじゃ」
 にべもなしか。とウェスカーは思う。
 「なるほど...。私の方は了解だ。情報提供は停止させよう。
 ただし、かわりに了解願いたい。われわれにできるのは、情報支援の停止まで。その先には責任を負いかねる」
 「”自由と正義の翼”を止められなかったら、それはこちらの責任。そういうことかや?」
 先回りしたシグレの言葉に「イエス」とウェスカーは答える。
 「我々は”自由と正義の翼”の計画に乗っただけで、彼らを唆したり扇動したりしたことは、誓って一度もない。
 私が言うのもなんだが、ドゥベ戦争と戦後の混乱は、あまりにも多くの怒りと憎しみを生み過ぎた。
 私も日本の漫画は好きだが、愛と優しさが怒りと復讐心に打ち克つのは、フィクションの中だけの話さ。 
 あなたがたに復讐の鬼と化した人びとを阻止できるとは思えないね」
 ただ屈したと思われるのは屈辱なので、ウェスカーは精一杯の皮肉をシグレにぶつける。
 「お主、なかなか物事をよく見ているな。
 しかし、これだけは覚えておくがいい。世界の全てのものがお主と同じ考え方をするとは限らん。完璧な勝利ではなく、ささやかな平和を望む人びとも少なからず存在するのじゃ。 
 おわかりかの?キッド坊や
 「お言葉痛み入るよ。グランマお婆ちゃん
 ウェスカ-がそう言った瞬間、彼ののどに当てられていた刀が引っ込められ、背後からシグレの気配がこつぜんと消える。そして、執務室の中にいる重鎮たちが、動画の再生ボタンが押されたかのように動き出す。
 合衆国大統領である自分に対する無礼。という感情は全く起きなかった。ただ、人知を越えた力にウェスカ-は畏怖を抱くだけだった。机の上に視線をやると、さきほどシグレがおいた文書はただの白紙であることに気づく。さっきまで確かに文章と写真が印刷されていたのに。
 幻術の類いというわけか。とウェスカ-は理解する。うかつに逆らえば、なにをされるかわからない。ここは従っておくべき、と考える。合衆国大統領には、怒りや虚栄心に任せて勝手に命令を下すことは許されない。誰よりも慎重であらねばならない。別な言い方をすれば、臆病である勇気が求められるのだ。それが世界一の軍事国家の長たる責任だ。
 「撤退命令を出せ。潮時だ」
 携帯を手に取ったウェスカーはそれだけ命令する。もし“自由と正義の翼”の計画が阻止されることがあれば、地震への対策につぎ込んだ金と労力が無駄になることになるが。
 まあいい。と彼は頭を切り換える。損をしないために複数の馬に賭けておくギャンブラーは常に存在する。かく言うアメリカも、地震が起きなかった場合のオプションは早い内から用意しているのだ。
 シグレ司祭よ見ているがいい。最後に笑うのは結局は我が国なのだ。ウェスカ-は、もうここにいないシグレに対して胸の内でつぶやいた。

 新暦103年蟹月4日。
 ゲルセミの空軍基地では、ベネトナーシュ王立軍のパイロットたちが、出撃命令とともに滑走路に向けて走って行く。
 潮崎は途中、“潮崎ガールズ”に呼び止められた。ルナティシア、アイシア、メイリン、ディーネに加え、出かけているはずのシグレまでいる。
 「これを持って行って下さいな」
 そういってルナティシアが差し出したのは、5人の寄せ書きが書かれた白いハンカチだった。。”占いによると、みんなの心がこもったものがあなたを守ってくれるそうです”とある。占いか、ルナティシアの占いなら、間違いはないだろう。ディフォルメがされた、5人のかわいいイラストまでが描いてある。
 言葉は不要だった。自分の背中を支えてくれて、帰りを待ってくれている人がいる。これほど嬉しいことはない。
 潮崎は5人に向けて礼を言うと、ハンカチを飛行服の上腕のポケットに収め、滑走路へと急いだ。

 アメリカが”自由と正義の翼”への情報漏洩を停止した。どうやったのか、ワシントンDCから20分とおかず帰還したシグレからの報告を受けて、多国籍軍によるユグドラシル島への全面攻勢が開始される。
 攻勢は4方向から。北のメグレス、南のアリオト、東のベネトナーシュ領ゲルセミ、そして、西からはDDH-185“かつらぎ”を中心とする機動部隊から飛行隊が飛び立つ。
 先だっての地震に伴う津波で多国籍軍の艦艇はかなりの被害を被っており、なんとか使い物になる洋上航空戦力は“かつらぎ”を含む5艦で構成される臨時編成の機動部隊くらいだったのだ。
 『こちらクリーナー、予定通り洋上の露払いに入る!』
 アリオト所属のSu-27で構成される部隊が、後続の部隊の脅威となる浮遊式の対空機雷の排除にかかる。
 ロシアで開発されていたもので、洋上に配置されると、アンカーの役目をする鋲つきのワイヤーを下ろし、そのままブイとしてその場所に留まる。そして、レーダーと赤外線で航空機をとらえると、対空ミサイルを発射する。機雷自体が半没式でステルス性能に優れる。なにもないはずの場所から突然ミサイルが飛んでくるのだから、航空機にとっては大変な脅威だった。
 複数の燃料気化爆弾が投下され、荒っぽく対空機雷が排除されていく。有毒な化学物質を用いない新型の物であるとは言え、海洋汚染が心配された。
 多国籍軍の航空隊は、迎撃に上がった敵戦闘機や、“世界樹”各所に設置された対空防御陣地からの砲撃で多くの犠牲を出しながらも、“世界樹”に取り付きつつあった。

 『スタービューよりニーズヘグ隊。
 “レーヴァテイン”のエネルギー供給系統が判明した。データを送る。
 "レーヴァテイン"本体は強力な魔法障壁で防御され、台座には装甲が施されている模様!
 破壊は困難だ!
 よってエネルギー供給の遮断が有効と判断。
 ただし、エネルギー源であるパワープラントは火力発電及び常温核融合発電と判明。パワープラントそのものの破壊は危険だ。周囲への被害が大きすぎる。
 4つある変電設備を全て破壊せよ!』
 「ニーズヘグ1了解。データを受け取った。変電設備の破壊に入る」
 6機のF-2Sで構成されるニーズヘグ隊の隊長である橋本由紀保一尉は、上空のE-767からの通信に応じる。そして、兵装にターゲットである変電設備のデータを入力していく。
 「全機、変電施設の場所は覚えたな?続行せよ!」
 橋本はそう言って愛機であるF-2Sを加速させ、“世界樹”へと部隊を向かわせる。といっても、変電設備そのもののは装甲が施されていて破壊は困難だ。だが、変電設備と“レーヴァテイン”を結ぶ電線と、それを接続するプラグはそうそう頑丈に作れるものではない。“世界樹”の各所から突き出た巨大な枝の根元に設置された変電設備に照準が合わせられる。
 『ハシモトとか言ったなあ!ここであったが百年目だ!好きにはさせんぞ!』
 だがその時、無線にオープン回線でぶしつけな通信が入る。
 この声聞き覚えがあるぞ。と橋本は思う。ドゥベ戦争の折、ドゥベ軍の電磁波兵器を巡る戦いでまみえた龍騎兵か。
 『龍騎兵接近!散開!』
 ちょうどニーズヘグ隊副隊長がレーダーに龍騎兵の小さな反応を認め、全部隊に指示を飛ばす。
 「かまうな!」
 しかし、橋本は副隊長の指示を遮る。
 「全機、予定通り変電設備の攻撃に入れ!サイコシンクロニシティの力を持ってすれば、大した脅威じゃない!」
 橋本の言葉に、ニーズヘグ隊の隊員たちは一瞬ためらう。しかし、橋本の声に安請け合いの色合いはない。なにより、隊員たちにとって、橋本は必ずしも理想の上司ではなかったが、この人の下でならと思える人物だった。
 橋本は、サイコセンサーとサイコトランスミッターの出力を上げ、周囲の殺気や敵意を感知しながら戦闘を行う準備を整える。 
 サイコシンクロニティと呼ばれる状態を作り出し、いわば思念波によるエコーロケーションをおこなう。レーダーや赤外線に比べて、ダイレクトかつはるかに精密な索敵を可能とする。
 ニーズヘグ隊は予定通りのコースを維持したまま速度を上げた。

 「畜生!また私を無視する気か!」
 “自由と正義の翼”の龍騎兵隊隊長のジェイミーは、かつて味わった屈辱を再び現在進行形で味わわされていた。かつてドゥベ公国の防衛戦、ルーズヴァンガル山脈で、電磁波兵器、“リディル”の防衛についていた自分を完膚なきまでに無視し、電磁波兵器をあっさりと破壊して、屈辱を与えて飛び去っていった青いセントウキの部隊。たしか“ステルスウエポンベイ”とか言ったか。先のとがった長方形の箱を3つぶら下げたその特徴的な姿は見間違いようがない。
 ジェイミーは、意地になって“01”のマークが大きく書かれた橋本のF-2Sを追いかける。しかし、F-2Sはまるでこちらに興味がないように元のコースを維持したまま飛び続ける。こちらが魔法級ダーインスレイヴを放っても、うっとおしそうに機体を少し動かして回避するだけだ。まるで背中に目がついているかのように。
 「はあはあ…!息が…!」
 高高度でも呼吸に難儀することがない特殊呼吸魔法を用いても、これだけの速度と加速度がかかり続けると、心肺の方に負担がかかってくる。それでもジェイミーは、“世界樹”各所に設置された変電設備相手に好き放題に爆弾を投下していく橋本機を逃す気はなかった。
 もうジェイミーにとって、“レーヴァテイン”の防衛などどうでも良くなっていた。
 「逃げても無駄だ!どこまででも追い続けてやるぞ!」
 『あ、そう?頑張ってね』
 無線から女の声が聞こえたと思うと、F-2Sが機体下面に装備した箱の扉が開く。そして、そのふたに後ろ向きに取り付けられたミサイルが、もろにジェイミーの乗るブラックドラゴンに向けて発射される。
 ブラックドラゴンが反射的に身体を起こし、胸板をもってジェイミーを守らなければ、ジェイミーは成形炸薬弾と自己鍛造弾のタンデム弾頭と、破片効果をもつワイヤーで粉々に吹き飛んでいただろう。しかし、忠勇なブラックドラゴンは、ミサイルをその胸板で受け止め、彼自身の命と引換に主を守ったのだった。
 「これが…現実か…」
 錐もみ状態のブラックドラゴンを諦め、パラシュートを開いたジェイミーは、さめざめと泣いた。それは、無視された屈辱からでも、敗北感からでもなかった。
 ここまで圧倒的な戦力差を見せつけられ、どうしようもない無力感に包まれたのだ。龍騎兵はセントウキに対しても有効なのは、ドゥベ戦争や、“自由と正義の翼”の作戦を見ても明らかだ。
 しかし、ニーズヘグ隊に対してだけは、自分はどうしようもなく無力だった。それは純粋にニーズヘグ隊が、橋本が強いから。その事実を改めて突きつけられたのだった。
 プライドや個人的な復讐心だけのために“自由と正義の翼”に参加したつもりはない。でも、もう自分には何一つ残っていない。これ以上できることはなにもない。心底そう思えた瞬間だった。

 一方、潮崎率いるオーディン隊は、先頭に位置するニーズヘグ隊とは逆に、戦闘の外周監視に終始していた。司令部の判断で、敵の主力がどこに現れても対応できるようにするためだ。今回は臨時編成で、グレイトドラゴンのシーザーも指揮下に入っていた。戦闘機に随行できるだけの身体能力を持ち、また戦車なみの頑丈さと、土木機器なみの腕力を持つシーザーは有用と判断されたのだ。
 そして、その判断は正しかったことがすぐに証明される。
 『スタービューよりオーディン隊。
 Nフィールドに敵のYF-23を中心とした部隊を確認した。こちらの被害甚大!
 至急Nフィールドに向かい、敵を排除せよ!』
 「了解。全機続け!」
 潮崎はE-767に短く応じると、サイコセンサーとサイコトランスミッターが正常に作動していることを確認し、周囲の殺気や敵意に意識を集中してみる。問題はない。部下たちとのサイコシンクロニシティもうまくいっている。周囲の状況が手に取るようにわかる。
 オーディン隊は機体を旋回させてアフターバーナーを吹かし、世界樹の北側、Nフィールドと名付けられた空域に移動する。シーザーがそれに負けない速度でついていく。
 目標はすぐレーダーで確認できた。今この瞬間も、暴れ回る3機のYF-23によって味方が次々と叩き落とされている。タイフーンが、F-16Cが、次々と火の玉に変わって行く。
 「おいおい、ちょっと脆すぎないか?」
 そんな言葉が潮崎の口を突いて出る。ドゥベ戦争と戦後の政情不安、動乱によって、こちらの世界のどの陣営も、人材の払底は深刻だった。
 いまだに人工衛星が打ち上げられておらず、GPSが使えないこの世界では、基本的に戦闘機はスタンドアローンの状態で戦うことになる。畢竟、レーダーもミサイルも、地球に比べれば精度は格段に落ちるので、パイロットには至近距離まで接近し、ドッグファイトを行うだけの技量が求められることになった。
 多くのパイロットがこちらの空に散り、こちらの世界で実戦経験を積み、自分の技量と度胸のみを頼りに空戦を行えるパイロットは希少となりつつある。
 それにしてもこうまで一方的に落とされるとは。YF-23、侮れん。潮崎は改めて油断なく戦うことを決めた。
 『地対空ミサイル、こっちで受け持つ。行け!』
 シーザーが無線で呼びかけてくる。シーザー自身の希望もあって作戦に参加させるに当たって、手話をダイレクトに電子音声に変換する装置を着用させたのだ。シーザーの両手の動きをセンサーが拾い、音声に変換して無線連絡する。シーザーの知能の高さ、手話のうまさもあって、非常に便利だった。
 予想通り、世界樹のあちこちから放たれてくる対空ミサイルに向けてシーザーが舵を切る。シーザーはあらかじめ口の中に仕込んでおいた鉄の塊をあごでかみ砕く。加速装置の役目を兼ねる肺はあらかじめ加速機能を起動させ、エネルギーは既に充分加速させられている。
 限界まで加速したエネルギーは、やすりくず状の鉄片とともにはき出され、金属粒子のビームとなって周囲の空間をなぎ払った。飽和攻撃をかけてきた対空ミサイルが根こそぎ爆発四散して、“世界樹”空域に無数の花火が上がる。
 「すげえ!」
 オーディン隊の酒井がそのすごさに素直に感心する。と同時に、敵でなくて良かったと心底思う。ゲルセミで共闘を申し入れてくれたのは素直にありがたいと思った。しかし、“自由と正義の翼”が壊滅して共通の敵がいなくなったら?酒井はその先は考えないことにした。今考える事ではないし、考えるのが恐かったのだ。
 「散開して挟み込むぞ。ブルーチームは左、レッドチームは右からだ!行くぞ!」
 6機のF-15JSが左右に分かれ、YF-23を照準にとらえる。
 『そこのF-15JS!キャプテン、シオザキだな!会いたかったぞ!』
 「やはりお前か、脱走兵、ドミニク・レッドフィールド!」
 わざわざオープン回線で呼びかけながら、こちらの存在に気づいたらしいYF-23が無駄のない連携を取りつつ向かってくる。先んじてオーディン隊が放ったミサイルは、全てかわされる。そのままドッグファイトに持ち込んでくるかと思いきや、YF-23はミサイルを放つと同時に上昇して距離を取る。オーディン隊も負けじとミサイルを回避するが、次第に焦りを感じ始めていた。このままいつまでもYF-23のお守りをしているわけにはいかない。さっさと片付けて空域の安全を確保しなければならないのだ。
 しかし、YF-23はオーディン隊とつかず離れずの距離を保ち続けている。
 「ちっ!サイコドライブをうまく活用しているわけか!」
 潮崎は、やっとYF-23の奇妙な動きの意味に気づく。もはやおなじみとなった、敵の殺気を感知して機体を自動制御する、高精度の自動回避、自動火器管制装置であるサイコドライブ。これは、ミドルレンジでなければ性能を発揮できない。近すぎれば対処が間に合わず、遠すぎれば敵の殺気を感知できない。
 逆に言えば、うまいことミドルレンジを維持し続ける限り、サイコドライブは高いレベルで性能を発揮し続けることになる。
 そこまで考えて、潮崎は恐ろしいことに気づく。自分がサイコセンサーとサイコトランスミッターをフル稼働させているから落とされないにすぎない。サイコシンクロニシティによって敵の殺気を感知し、オーディン隊の反応を早め、適切な回避、攻撃の機動を指定しているから、サイコドライブの早く複雑な動きに対応できているだけだ。他の部隊なら撃墜されている。
 『これこそが空戦だな、シオザキ!』
 無線越しにレッドフィールドが呼びかけてくる。YF-23はステルス性能を優先した設計のため、機動性自体はF-15JSに及ばない。だが、空力に優れたデザインと空気抵抗の少なさのため、加速性能と上昇力に優れる。後ろを取られそうになると上昇して逃げ、旋回してミサイルを撃ってくる戦い方に、オーディン隊は苦戦を強いられていた。
 『この日をどれだけ待ったか、お前にわかるか!?
 ヴァーラスキャールヴでお前に部隊を全滅させられてから、俺は何をしても空しかった。酒を飲んでも、女を抱いても!』
 YF-23のすれ違いざまの20ミリガトリングガンの銃撃を紙一重で避けたために、潮崎機はレッドフィールド機が脇をすり抜けるのを許してしまう。苦労して接近戦に持ち込んだのに、また距離を取られてしまったのだ。
 『お前を落とす!
 そのために俺は全てを投げうった!祖国も、キャリアも、普通の生活も!
 わかるか!?全てこの瞬間のためだったんだ!』
 潮崎は信じられない思いだった。これだけ大それたことをする理由がそれか?2つの世界に震度9の地震を起こす動機はそんなものか?男として気持ちはわからなくもないが、やっていいことと悪いことがあるだろう?
 「たったそれだけの理由で、こんな戦争を起こしたのか!?」
 潮崎はミサイルを回避しつつ新たな攻撃のポジションを取るべく、フレアを発射し、アフターバーナーを吹かしながら緩やかに旋回していく。それでも加速度は強烈で、対Gスーツに身体が締め付けられる。
 『そうだとも!俺が真に願ってやまないものはただひとつ!
 紅蓮の炎に包まれて落ちる、お前のイーグルそのものだ!』
 レッドフィールドの言葉にいよいよ我慢も限界の潮崎は、思い切った手段に出る。YF-23が後ろを取ったことにあえてかまわず、そのまま“世界樹”の方向に向けて加速したのだ。潮崎機を追って世界樹の枝の下をくぐったレッドフィールドはすぐに潮崎の意図に気づく。
 “世界樹”の幹に豊かに繁る無数の巨大な枝葉の間を、F-15JSが針の穴を通すような正確さで疾駆する。機動性で劣るYF-23は次第にF-15JSを追い切れなくなる。
 このあたりが、YF-23が競作であるYF-22にトライアルで敗れた理由の1つでもあった。斜めに配置された2枚だけの尾翼では、必要な機動性を確保しきれなかったのである。もちろん地球では海抜8000メートルに達する巨大な樹木は存在しないし、その枝葉をかいくぐりながらの戦闘も想定はされない。だが、実際にYF-23は正式採用された場合には、ステルス性能の低下を甘受してカナード翼を装備することが検討されており、機動性の問題は無視できなかったのも事実だったのだ。
 「安心したよ、レッドフィールド!お前はただの大馬鹿だ!エゴに凝り固まっただけのただの大馬鹿だ!」
 『部下を殺したお前が言うことかあ!』
 レッドフィールドはやけ気味にアムラーム対空ミサイルを放つが、アムラームはF-15JSを追い切れず、枝の1つに当たって爆散してしまう。ついにレッドフィールドは潮崎の機動についていけず、世界樹の枝葉の間から出て距離を取らざるを得なくなる。
 どこだ?どこにいった?
 レーダーからさえ反応が消失したF-15JSをレッドフィールドは必死で捜す。ようやくレーダーがF-15JSの機影をとらえた時には全てが手遅れだった。YF-23のほぼ真上に姿を現したF-15JSは左のウエポンベイを開くと、奇妙な形の兵装を露出させる。
 回避行動を取ろうとしたレッドフィールドの反応は全く間に合わなかった。潮崎機の左舷で何かが光ったと思いきや、次の瞬間に機体にすさまじい衝撃が走り、エンジンが火を噴いていたのだ。なにが起きたのか全くわからなかった。
 レッドフィールドは、機体が炎に包まれる間一髪のタイミングで射出座席のレバーを引いていた。
 くそ、あんな武器を装備してるなんて反則じゃないか!風に吹かれてパラシュートに揺られるレッドフィールドは、そんな子供じみた罵倒を上空を悠々と飛び去るF-15JSにぶつけ続けた。

 「まさかこんなところで役に立つとはね…」
 潮崎は、ウエポンベイに装備したグングニールの威力に素直に感心した。グルトップ半島の戦いで当時のドゥベ公国大公リチャードが持っていたものを鹵獲したのだ。リチャードは20ミリガトリングガンの直撃を受けたためにかなり無残な亡骸となって発見されたが、不思議なことにグングニールは全く血に汚れてさえいない、輝きを放った状態で彼の側に落ちていたのだ。
 もともと魔法力で起動するレールガンであるグングニールは、多少効率は落ちるが、電力をエネルギーとすることも可能であることがわかった。グングニール自体が発する磁場に加え、強力な電磁石とコンデンサーをもつリニアモーターを併用することで、なんとマッハ5以上の初速を実現することに成功したのだ。しかも、機体に投槍機を装備した潮崎の思念波で、ある程度の誘導も可能というすさまじい兵器に仕上がった。おまけにどういう原理なのか、どこへ発射しても、必ず投槍機のところに戻って来る。
 ステルス性能に優れる敵機に対して有効かも知れないと、基地の技研が潮崎機に持たせてくれた物だが、潮崎は彼らの慧眼に感謝した。グングニールがこちらに戻って来て、投槍機をベースにこしらえたリニアモーターに収まるのを確認して、ウエポンベイを閉じる。
 『全変電設備の破壊を確認!“レーヴァテイン”のエネルギー反応臨界に届かず。
 敵機の6割の撃墜を確認。残りも逃げていく。
 ミッションコンプリート!みな、良くやってくれた!』
 上空のE-767からの通信に、オーディン隊はもちろん、多国籍軍全体に安堵の空気が満ちる。2つの世界が滅ぶ危機は回避されたのだという安心感で、みんなが笑顔になっていくのがわかるようだった。

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