時空を駆ける荒鷲 F-15J未智の空へ

ブラックウォーター

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第六章

悲しみの空戦

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 06
 多国籍軍航空隊は、それぞれいろいろな思いを抱えたまま帰路につこうとしていた。一応勝利した形になったとはいえ、味方の被害も甚大だった。特に戦闘機の損耗率は5割に届こうというところで、危うく作戦の続行が不可能になるところだった。
 当然のように、戦友を失った者一人ならずもいる。だが、今この瞬間だけは、勝利と、生きていることを喜ぼうと皆が思っていた。が…。
 『所属不明機接近!全機散開!』
 E-767の警告は間に合わなかった。突然“世界樹”の北側にまばゆい一条の光がほとばしり、編隊を組んでいた10機以上もの戦闘機が一瞬にして火の玉に変わった。

 「これは”エクスカリバー”…?まさか…!」
 多数の友軍機が一瞬にしてなぎ払われ、爆発四散した状況を見ても、潮崎にはまだ信じられなかった。こちらの世界のテクノロジーの最先端であるレーザー兵器“エクスカリバー”。破壊力は鉄筋コンクリートの高層マンションをバターのように溶断するほどすさまじいが、その装置は大きく重いもののはずだ。システムそのものが大きくかさばるものであることに加え、発射時は加速度がかからないように固定されている必要があるからつぶしがきかない。また、破壊力と射程を稼ぐためには、エネルギーとして多数の魔道士による魔法力の供給を必要とするから、運用する部隊も大所帯にならざるを得ない。今までは地上や城壁に固定するか、飛行船やガンシップに搭載するなどして運用されてきた。間違っても、なにもない空間からレーザーが照射されてくるようなものではなかったはずだ。が…。
 『やはり来たか相棒。だが邪魔はさせねえ!』
 聞き慣れた声が、無線のオープン回線から聞こえる。その声は間違いなく、相棒であり、親友でもある男、及川のものだった。
 『状況分析開始。
 所属不明機は“自由と正義の翼”所属と見て間違いない!
 放熱パターン照合が終了。ベネトナーシュより強奪されたX-2改を改造したものと推定される!
 このままでは味方が危険だ!
 敵機を撃墜せよ!分析結果は追って知らせる!』
 無茶を言う。E-767からの通信に、潮崎はそう思わずにはいられなかった。
 X-2改は完全な実験機だから、実戦のデータは皆無と言える。手元にあるデータと言えば放熱パターンくらいだ。距離はさほど離れていないはずなのに、レーダーでとらえるのに苦労するほどのステルス性能を持っている。
 これではジャングルの中で迷彩したスナイパーを相手にするようなものだ。
 「全部隊聞け!対空ミサイルが切れたものは補給に戻れ!X-2改は残ったもので受け持つ!後ろから撃たれないように注意しろ!」
 潮崎は多国籍軍全体にそう指示する。ほとんどの機体が撤退せざるを得ないが、無駄死には許されない。戦力的に充分ではなくとも、弾が残っているものでなんとかする以外にはないのだ。
 その時、一瞬核爆発かと見まがうほどのまばゆい光が空に閃く。
 「シーザー!」
 飛行隊の撤退を支援しようと前に出たシーザーに、X-2改が放ったミサイルが炸裂したのだ。シーザーが全身を炎に包まれ、風に揺れる木の葉のように落下していく。潮崎の呼びかけに応答はない。
 『こちらスタービュー!今の爆発はテルミット系焼夷弾と推測される。
 爆発と前後して急激な温度と気圧の変化が観測された。高圧の液体窒素を散布して周囲の気圧を下げ、爆発力を増加させているものと思われる!
 いいか、距離を取るのは危険だ!接近戦に持ち込め!
 接近戦に持っていけば使用を封殺できる!』
 是非もない。潮崎はE-767の指示通りに距離を詰めるべく加速する。どのみち、敵のステルス性能がここまで高いと接近戦でなければ命中弾は期しがたい。
 その時、肌が焼かれるような感覚が走る。いやな感覚がした方に目をやると、“世界樹”のてっぺんに設置された台座の上の“レーヴァテイン”が再び光り輝き始めていた。
 『くそ!高エネルギー反応。”レーヴァテイン“の充電再開を確認!
 おそらく常温核融合炉が台座の中に内蔵されているものと思われる!』
 たたみかけるように最悪の事態が降りかかる。常温核融合炉は、こちらの世界の技術と魔法によって完成を見たエネルギープラントだ。確か、1回で使えなくなることを覚悟すれば、250%のパワーを出すことも可能とされている。“レーヴァテイン”へ、発射に必要な残りのエネルギーを供給できる可能性は高かった。
 『ただちに破壊するための部隊を向かわせる。
 オーディン隊、敵機を撃墜せよ!今X-2改を排除して、空域の安全を確保できるのは君たちだけだ!
 ”荒鷲”幸運を祈る』
 E-767からの指示は正論ではあるが、無茶ぶりでもあった。オーディン隊の、というか全部隊の内、補給に戻らずにこの空域にとどまれて、なおかつ撃墜されずに済んだのは、潮崎と松本と竹内の3機のみだったからだ。
 この3機であの化け物を落とせるか?今までの状況を見る限り、潮崎は全く自信を持てなかったが、やってみる他になかった。

 良い調子じゃないか。X-2改のコックピットに収まる及川志郎元二等空尉はそう思う。
 ベネトナーシュ王立軍から強奪して、実戦に対応可能なように改造して、一度も慣熟飛行を行っていない機体だが、予想以上の性能を発揮している。
 なんと言っても、X-2からのスケールアップと平行して、機体下面と上面がバランス良く肥やされたのが素晴らしい。お陰で、YF-23に準じた2層式のウエポンベイ大小2つをすっぽりと収納することができたのだ。まあ、そのためにレッドフィールドが保有していたYF-23の予備パーツをほとんど食いつぶした上に、既存の装備のいくつかをつぶさねばならなかったが。機体内部に余裕があるお陰で、大きな燃料タンクをいくつも内蔵することができた。それは長い航続距離を確保し、ユグドラシル島から離れた小島に急造された滑走路から飛び立ち、予想外の方向から多国籍軍に奇襲をかけることを可能とした。
 そして、大胆な試みとして、“自由と正義の翼”の技術部門が小型化、軽量化を進めていた“エクスカリバー“を前部ウエポンベイに装備したのだ。技術部門の必死の努力で可能な限りコンパクトにまとめられたが、それでもレーザー照射器本体だけで前部ウエポンベイに辛うじて収められるサイズが限界だった。コンデンサーやパワープラントは、機体内部に収納し、ファイバー合金のコードによってエネルギーを供給する形とした。元々魔法力をエネルギーとする点については、機体内部に魔法機を搭載し、電力を魔法力に変換する構造とすることで対処した。この方法はエネルギー効率の観点から見ると無駄が多く、大量の電力を必要とするため、連射が効かないという問題につながった。
 加えて、照射器を小型化した代償として、有効射程距離がかなり短くなったが、そこは及川の技量と機体の性能でカバーできるとされ、目をつぶられた。
 実際、1射で10機もの敵機を撃墜する威力を見せている。
 また、前部ウエポンベイが“エクスカリバー”に占領されているため、ミサイルの弾数を稼ぐために、両主翼の付け根にウエポンベイを設けている。ロシアのPAK-FAを参考に3Dプリンタによって急造されたもので、逆三角形の断面を持ち、それぞれ1発ずつミサイルを収納可能だ。ステルス性能と弾数の確保を両立したうまいやり方と言えた。
 固定武装はもともと主翼の付け根にスペースが設けられているだけで装備されていなかった。そこで、F-35用の外付けガンポッドから取り外したイコライザー25ミリガトリングガンが装備された。これでドッグファイトでも優位を失うことはない。
 機体は元々は実戦を想定しないトリコロールカラーに塗装されていたが、闇で入手したベネトナーシュ製のステルス塗料でライトグレーにリペイントがされた。元々ステルス性能に優れた機体には鬼に金棒で、シミュレーションではなんと最強であるはずのF-22に対して全戦全勝だった。
 加えて、ベネトナーシュ王立軍のサーバーをハッキングして盗み出したデータを元に完成させたサイコセンサーとサイコトランスミッターも内蔵されていて、敵の殺気を感知して攻撃を予測することができるようになっている。
 このX-2改に乗っている限り自分に負けはない。及川には確信があった。例え相手が"荒鷲"潮崎の乗るF-15JSであろうとも。
 悪いが、全てをやり直すための“レーヴァテイン”だ。誰であろうと邪魔をさせるわけにはいかない。

 『第一分析終了!敵のレーザー兵器はやはり“エクスカリバー”の発展型だ。
 形からして正面方向にしか撃てない!やつの正面に捕らえられないように注意せよ!』
 E-767の分析を待つまでもなく、潮崎はX-2改の正面に捕らえられないようにするのに悪戦苦闘していた。レーザーが機体のすぐ横をかすめる。機体を傾けていなければ撃墜されていた。
 「及川!聞こえているならやめろ!
 なぜお前がこんなことを!?」
 『納得できないだけさ!セシリーの犠牲の上に作られた世界が、こんな醜く堕落したものだとはな!』
 無線で怒鳴り合いながら、潮崎は状況を分析する。X-2改は、悔しいがF-15JSよりあらゆる面で高性能だ。今まで戦った機体は、どこかしらこちらの機体より劣後する面があった。だが、今目の前にいる敵は、ステルス性能、機動性、索敵能力、ロックオン性能、そして単純な兵装の破壊力まで、全てがこちらのF-15JSを上回る。こんな理不尽があるのか?潮崎は内心につぶやく。
 「ミサイル残弾ゼロ!」「こちらもです!」
 竹内が、次いで松本がミサイルを使い果たし、戦線離脱していく。狙いは正確なはずなのに、どんな手品を使っているのか全く当たることがない。まるで魔法か超能力だ。
 「及川、話を聞け!みんな必死でやっているんだ。今日より明日を良い日にしようと!
 決して誰も自分だけ得をしようとしているわけじゃない!」
 潮崎は、あえてX-2改の“エクスカリバー“の準備が整うのを待って、レーザー照射器がウエポンベイからせり出したタイミングで、“グングニール”を発射する。マッハ5以上で飛来する伝説の槍に、及川はさすがに反応が遅れ、余裕を持って回避することができない。無理な回避機動が災いしたらしく、レーザー照射器が黒い煙を吹き出し始めた。加速度に弱いという欠点は根本的には克服されていなかったらしい。
 使用不能になった“エクスカリバー”を火薬ボルトで排除した及川は、攻撃をミサイルに切り替える。
 『それがどうした!お前にもわかるはずだ!結局この世界が地球の植民地になっていくのを止められやしない!お前の大切なお姫様でさえもな!』
 サイドワインダー対空ミサイルとともに放たれるその言葉は、潮崎に今までのツケの清算を求めているかのように感じられた。自分たちが戦っている果てにはなにがある?
 結局自分たちが頑張ることで得をするのは金持ちや権力者だけで、弱い者、貧しい者は救われないままではないのか?自分たちは及川の言う“醜く堕落した世界”を作る片棒を担いでいるだけではないのか?
 ルナティシアは、弱者を犠牲に、いや食い物にすることもいとわない戦後復興政策に異議を唱え続けている。だが、大の虫を活かすために小の虫を殺すのは止むなしとする多数の国家に、彼女の訴えは届かない。
 このままではこの世界と地球はどこへ行くのだ…?
 その時ふと潮崎の目に、世界樹の巨大な枝の上の、倒壊した山荘が目に入る。戦闘に巻き込まれたのだろうか。
 潮崎の頭に忘れようのない過去がフラッシュバックする。東北東日本大震災。全てが崩れ、津波に呑み込まれたあの大災害。
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 否。どんな理由や大義があろうと、人にはやってはいけないことがあるのだ。
 ドゥベ戦争以来、ずっと立ちこめていた霧が晴れたような気がした。戦う理由は、ずっと自分の中にあったのだ。それで充分と思えた。
 及川、俺はお前を倒す!潮崎は、高度を取ろうとする及川をアフターバーナーを吹かして猛然と追尾し始めた。

 「第二状況分析終了!
 X-2改より強力な思念波の発信を確認。間違いない!敵はサイコセンサー及びサイコトランスミッターを装備している。
 敵機のステルス性能の高さと合わせて、現状のままではロックオンは困難だ。
 オーディン1、まずミサイルの近接信管でやつにダメージを与えてステルス性能を低下させろ。その後にロックオンするんだ!」
 E-767の管制室では、オペレーターを務める情報士官が分析結果を伝える。
 「及川二尉は確か単独ではサイコシンクロニシティに入れなかったはずじゃ?」
 傍らで聞いていたディーネが、人間サイズで隣の席に座るメイリンに訪ねる。
 「後天的にサイコシンクロニシティに対応できる可能性は示唆されていたんです。ただ、それは危機感に基づく、一種の防衛本能の発露です。よほど過酷な環境にさらされないと覚醒しない可能性が高かった…」
 メイリンはそれ以上言えずに口を閉じる。及川がドゥベ戦争で経験してきたことを思えば、なにが起きても不思議には思えなかったのだ。
 「悲しいことだな…」
 ディーネもそれだけ言うのが精一杯だった。かつて夫を紛争で失った経験を及川に重ねたのだ。彼女自身も、失ったものの代わりに得られたものがあったから、なおのこと悲しく思えた。

 突然、無線から音楽が流れ始めた。DoAsInfinityの「夜鷹の夢」だ。X-2改から発信されている。コソボ紛争で撃墜されたF-117のパイロットの心境をイメージしたという、痛烈な反戦ソング。
 なんの冗談だ?と切って捨てることが潮崎にはできなかった。及川の恋人であるセシリーが好きで、良く歌っていたのを思い出したからだ。この曲はそのまま、及川の怒りと無念が音楽の形を取ったように思えた。
 『“レーヴァテイン”の臨界まで5分!
 時間がない!敵機の撃墜急げ!』
 E-767からの通信は、潮崎を焦らせた。ゲームの最終局面のカウントダウンじゃないんだから…。
 『相棒、ここから下界が見えるか!?この世界と地球は俺たちになにをくれた!?』
 潮崎はE-767の指示通り、まず対空ミサイルの近接信管でX-2改の攻撃を試みるが、タイミングが合わない。X-2改のステルス性能と機動性は、ついていくだけで精一杯の有様だ。
 「及川!この世界は俺に大切な人たちをくれた!地球はお前という相棒を、親友をくれた!お前にとっては違うのか!?」
 逆にX-2改から放たれるサイドワインダーをバレルロールでかわしながら、潮崎は応じる。
 『違わないさ!だが俺はセシリーを奪われた!
 ひどい話じゃないか?与えるのは後になって奪うためか!?
 そうとも、それが現実だ!今の2つの世界の!
 お前にとっては違うのか!?』
 混ぜ返された及川の言葉に、潮崎は頭を叩かれた気分になる。潮崎自身も戦友を失った。空自の時代からの仲間の中には、この世界の空に散った者も1人ならずいる。与えられた者を奪われるのは、最初からなにもないよりはるかに辛いことだ。今の2つの世界は、彼らの犠牲に見合うと言えるものだろうか?自分は納得できているか?
 だが…それでも!
 「それでも…それでも俺は守りたいんだ!」
 潮崎は意を決してF-15JSを加速させ、衝突も覚悟でX-2改に肉薄する。
 「守りたいか?なら守って見せろ!」
 サイコシンクロニシティでこちらの動きを読んでいる及川は、HMDの照準にF-15JSを捕らえ、左90度に向かってサイドワインダーを撃つ。そしてそのまま旋回して距離を取ろうとする。真横に撃たれても狙いは正確で、まっすぐに飛来するサイドワインダーをバレルロールで紙一重で回避した潮崎は、試作品の弾頭を装備した対空ミサイルを放つ。
 「!?」飛来するミサイルを余裕を持って回避しようとした及川は仰天することになる。ミサイルが50メートルも離れた場所で炸裂し、機体に鋭い衝撃が走ったからだ。
 狙い通り、と潮崎は思う。このミサイルは、旧式化するサイドワインダーの再利用を兼ねて、新しい弾頭のテストをするために用意されたものだった。この弾頭内部には軽量なアルミ合金製の銃身が合計24本、放射状に配置されている。敵機に一定以上近づき正面に捕らえると、近接信管が作動して、20ミリの徹甲焼夷弾を前方に向けて放射状にばらまくという変態ミサイルだった。
 切磋に機体を傾けて被弾面積を小さく抑えた及川の読みはさすがと言えたが、全部はかわしきれず、X-2改の右エンジンと主翼に被弾して煙が上がり始めた。
 『撃て相棒!撃ってみろ!』
 それでも及川の戦意は全く衰えることがない。もはや小細工は不要とばかりにF-15JSに向けて肉薄し、サイドワインダーを撃ってくる。
 もちろん潮崎も、相手の首に掛かった手を緩める気はない。「夜鷹の夢」の曲中に用いられているミサイルアラートの音に、実際のミサイルアラートが重なる。回避よりも攻撃を優先すべきと判断した潮崎は、危険を覚悟して飛来するサイドワインダーにサイコトランスミッターを集中し、渾身の思念波を送り込む。増幅された思念波は物理的なエネルギーに転換される。誘導装置の一部を焼き切られたサイドワインダーは、F-15JSの脇を空しく通り過ぎる。
 潮崎は大きく息を吐く。サイコトランスミッターによるソフト・キル。理論上可能と言われていたが、試して見たのはこれが初めてだったのだ。
 この機を逃さず、潮崎はX-2改をロックオンし、2発目のサイドワインダーを発射する。今度はさしものX-2改も回避が間に合わず、近接爆発によってエンジンから火の手が上がる。
 そこで潮崎は自分のミスに気づく。X-2改との距離が近すぎる。しかも互いに近づく事だけを考えていたから、いつの間にか向き合って衝突コースに入っていた。
 アドレナリンが噴き出しているからか、X-2改が迫ってくるのがやけにゆっくりに感じられる。潮崎も及川も、どうすればいいか言葉がなくてもわかった気がした。
 示し合わせたように、F-15JSとX-2改は互いに右に機体をほぼ90度傾け、すれ違う。互いの距離は3メートルも離れていない。すれ違う刹那、潮崎には燃えさかるX-2改が通り過ぎていく光景がスローモーションのように見えた。
 「及川!」
 振り向き叫んでみても、応答はない。潮崎には、X-2改がたちまち豆粒のように小さくなり、爆発四散するのを指をくわえて見ていることしかできなかった。ちょうど「夜鷹の夢」のアウトロが終わったところだった。

 「スタービュー!“レーヴァテイン”の臨界が間近だ!攻撃隊はどうなってる!?」
 『オーディン1。攻撃隊が対空砲火を受けている。今まで隠されていた対空兵器があったようだ。
 よくやってくれた!後は攻撃隊に任せて、君は離脱しろ!』
 潮崎は歯がみした。やってくれる。対空防御は無力化されたとこちらに思い込ませる作戦だったというわけか…。
 離脱すべき、それは理屈ではわかった。もはや残っているのはわずかな機銃弾と、04式空対空誘導弾が1発、そしてグングニール。そもそも、このF-15JSに装備された対空用の兵装では、魔法障壁と装甲で守られた“レーヴァテイン”本体を破壊することは不可能だ。
 だが、ここからレーダーと目視で確認できる味方の攻撃隊は、“世界樹”各所からの対空砲火とミサイルに対処するので精一杯で、とても後2分足らずの間に攻撃を開始できるとは思えない。
 “レーヴァテイン”はその間にも輝きを増していく。まばゆく光り輝く正8面体の結晶の真上には、磨き上げられた金属製と思しい反射鏡が設置されている。おそらくあれでレーザーを反射させ、7つの時空門を同時に撃つのだろう。
 いっそ、一か八かこのF-15JSを特攻させてみるか?
 潮崎が本気でそう考えた刹那、グラスコックピットのディスプレイに、転送データを示すアイコンが点滅していることに気づく。いつの間に?それになんだ?潮崎は藁にもすがる思いでデータを開いてみる。
 それは、“レーヴァテイン”の3D図面だった。
 台座の下側が空いている?潮崎は意図的な設置ミスとしか思えない奇妙な隙間を、台座の下に見つける。装甲で固められた円筒形のレーヴァテインの台座は二股に分かれた巨大な枝の根元に設けられているが、台座の一部が枝からはみ出て、空いた下側から内部がのぞき込める形になっているのだ。
 「馬鹿野郎…!」
 それだけ言うのが精一杯だった。このデータを送ってきたのが及川であることは間違いない。
 俺たちは折り合えるじゃないか。お前だってこんなことやめたいと思ってたんじゃないか。
 なのになんで、殺し合いまでしなきゃならない?
 それでセシリーの恨みが消えるのか?お前の無念が晴れるのか?
 目頭が熱くなるが、バイザーを上げる手間も惜しい。潮崎はいったん高度を下げ、“レーヴァテイン”の斜め下に遷移する。かなり狭いが、確かに下の方に隙間があり、内部構造が遠くからでも見える。
 「よし!ちゃんと当たれよ!」
 グングニールと04式空対空誘導弾を同時に核融合炉に向けてロックオンし、トリガーを引く。結果を確認することなく、潮崎はF-15JSを旋回させ、アフターバーナーを吹かして距離を取る。臨界になった常温核融合炉の破裂は、小型の核兵器に匹敵する。巻き込まれたくなければ一目散に逃げるしかない。
 「長い夢を見てた、か・・・」
 スロットルを全開にしながら、潮崎はつぶやいていた。妙に達観した気分だった。今にして思えば、自分たちも"自由と正義の翼"も、夢を見ていたのかも知れない。大義や理想という名の夢を。
 それ自体には意味はない。大義や理想に実を入れるのは人の思いなんだろう。それが、思いを忘れ、大義や主義に自分を預けてしまうから、全部が夢になってしまう。
 まず自分の思い、心、そして気持ちありき。その上で、人や世界のことを考えていけば、道はおのずと開けるはずだ。結局は人は、自分のことは自分で責任を持つ他はないのだから。誰かに変わりに考えて責任を取ってもらうことなどできはしないのだから。
 だからこそ俺も、ただ地震と津波を阻止したい。ゆかりや自分に起きた悲劇を繰り返させたくない。という戦う理由に行きつくことができた。
 だが、そんな簡単なことを理解するために随分回り道をしてしまった。随分犠牲を払ってしまった。
 せめて、無駄ではなかったと思いたい。回り道も犠牲も。
 すぐに背後で“レーヴァテイン”とは別のまばゆい光が閃き、次いですさまじい衝撃の波と振動がF-15JSを揺さぶる。潮崎の体に限界を超えた負荷がかかる。
 広島に原爆を投下したエノラ・ゲイ号の乗員によれば、自分たちが落とした原爆の衝撃波で墜落することを本気で心配したというが、こんな感じだったのだろうか?
 こんな時に益体もなくそんなことを思いながら、潮崎は愛機が白い光に呑み込まれていくのを見た。
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