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第六章
”荒鷲”
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07
3か月後。新暦103年天秤月2日。
「じゃあ、明日もよろしく。お疲れ様」
アイシアは、取材先のドゥベ公国首都、バイドラグーンのホテルで、スタッフたちとの夕食後の打ち合わせを終え、部屋に引っ込む。今日も一日お疲れ様、うち。
現在、ベネトナーシュ放送局が主体となり、こちらの世界と地球の各国のマスコミの協力を得て、ある番組の企画が進行中だった。”ドゥベ戦争”から、”自由と正義の翼動乱”までの詳細を報道するドキュメンタリー番組。今まで大衆の耳目に触れることがなかった事実にスポットを当て、当時報道管制が敷かれた部分も含めて、二つの戦いの事実を世に問う企画。
当然のように平坦な道ではなかった。露骨な外圧がかかったこともあれば、物騒な脅迫状が届いたこともあった。
それでも、アイシアは世に問うべきという信念を曲げはしなかった。全てを包み隠さず報道し、そして二つの世界に住む全ての人々、一人一人に考えて欲しい。そう願っているから。
あの後、”レーヴァテイン”発射そのものは阻止されたものの、多国籍軍側の被害も甚大だった。”自由と正義の翼”の破壊活動で地球側も少なくないダメージを受けており、ナンナで締結されるはずだった多国間条約は、無期限の保留となった。地球側でも、異世界を植民地にするな、それは憎しみを産む、これ以上しっぺ返しを食らうのはごめんだ、という論調が強くなっていたのだ。
一方で、こちらの世界の反乱や暴動も急速に鎮静化していく。勢いにまかせて、”レーヴァテイン”による全ての破壊という破滅的な作戦に賛同してしまったが、いざ震度5の地震と津波に見舞われて、目が覚めたものが多かったのだ。
あんなやり方では後になにも残らない。それに、なんでもかんでも地球におんぶしていてはいけない。非効率だろうと、自分たちには自分たちのやり方がある。物事の価値は、安さだけで決まるものじゃない。ここは自分たちの土地だ。それを守るためには、争いなどしてる場合じゃない。
そのような、こちら世界の大衆の意識の変化は、図らずも自立を促し、こちらの世界を地球の植民地にする動きへのブレーキとなっていた。
”自由と正義の翼”の目的は、皮肉にも彼らの滅亡後に達成されたと言えた。
その流れは、アイシア達、自由な報道を望むメディアにとっては、必ずしも本意ではないにせよ追い風だった。かつてローマの偉人が言ったように、人は見たいものしか見ない。口当たりの悪い情報は、他ならぬ大衆自身がブロックしてしまうのだ。
その意味で、二つの世界の大衆がそこそこ謙虚になり、どんな情報でも受け止める覚悟を持ちつつある現状は、全てを包み隠さず報道したいアイシアにとって、千載一遇の好機といえた。
「うち、頑張っとるけえ、見てくれとる?」
アイシアはホテルの窓を開け、遠い場所に眠る思い人に向けて問いかける。答えはもちろん返ってこない。でも、問いたかったのだ。そうしないと、寂しくて不安で、涙が溢れそうだったから。
さらに3か月後のこの世界の大晦日。
ドキュメンタリー番組は、関係者のコメントを中心に進んでいく。
逮捕されて終身刑を宣告され、服役中のドミニク・レッドフィールド。
同じく逮捕され、懲役20年を宣告されたが、司法取引と恩赦により監視付きながら、自宅で生活することを許された、ジェイミー・ルク・ドゥベ。お腹はすっかり大きくなっている。逮捕される前にすでに妊娠していたらしい。
二つの戦いを、後方から常に見守っていた、ドゥベ公国先代大公、レイチェル・ドルカ・ドゥベ。
番組はつつがなく進行し、エンドロールが流れ始める。
最後はアイシアの言葉で結ばれる。
『”荒鷲”
畏怖と敬意の狭間で生きた戦士。彼はほんの短い間だけこの空に存在していた。
今回、彼自身からコメントを頂くことはついに叶わなかった。
ただ、彼の話をするとき、皆少し嬉しそうな顔をする。
それが、答えなのかもしれない』
「ちょっと待てえ!俺はくたばっちゃいないし、失踪したわけでもないぞ!」
ベネトナーシュ王国王都、ハープストリングにある総合病院の個室の中に、潮崎のつっこみが響く。これじゃ自分が死んだみたいじゃないか。
「なにを言ってるのか、その有様で」
水を補充した病室のポットを元の場所においたディーネが呆れ気味に言う。
潮崎の姿は実際無残なものだった。複雑骨折した左腕と左脚はまだギプスが取れない。衝撃と負荷で出血を起こした内臓は何度かに分けて大規模な手術がなされ、今も包帯が取れていない。危うく脳内出血を起こしかけた頭も、大事を取って手術がされた後も定期的な治療を必要とし、まだ包帯が巻かれたままだ。一見すると漫画に出てくるけが人のようだが、これは笑い事ではない。
「ほんにのう。3ヶ月も意識不明じゃったくせに。しかも、ベッドから身体を起こせるようになったのは最近。面会謝絶が続いたせいで、インタビューもできんかったんじゃろ?」
アイシアが茶を煎れながら相づちを打つ。潮崎は言葉に詰まる。言い返せない。実際そのとおりだ。番組の制作にあたって、アイシアは、潮崎からもコメントを得たがったが、取材に耐えられるかどうかわからないと、担当の医師がついに取材を許可しなかったのだ。
“レーヴァテイン”の爆発に巻き込まれ、身体も機体も重篤な状態になった潮崎は、途中何度も意識を手放しそうになりながら、どうにか最寄りの飛行場に着陸した。
横を併走するシーザーに何度も無線で怒鳴られ、キャノピーを小突かれなければ、途中で気絶して墜落していただろう。ちなみにシーザーはテルミット爆弾の衝撃で気を失っていただけで、軽いやけどを負った以外はぴんぴんしていた。
しかし着陸した後、ついに体力と気力の限界が来て、エンジンを落とすこともないまま意識を失い、目が覚めたら3ヶ月が過ぎていたのだ。
「もう目を覚まさないかも知れないと思ったら、どんなに胸が張り裂けそうだったか…」
椅子に腰掛けたルナティシアがよよよ、という仕草をする。
「しかも、怪我が完治したら航空隊に復帰したいって上申書を上層部に提出したって?そんなに私たちを置いていきたいの、シオザキは?」
なんで知ってるの?妖精サイズでベッドの枕元に腰を下ろしたメイリンの言葉に潮崎は渋面を浮かべる。
「俺だってまだ若いんだ。まだ地上勤務するには早いって。
それに、及川が残してくれた機体だってあるしな…」
潮崎のF-15JSは結局修復不能とされ廃機となったが、ユグドラシル島の飛行場の格納庫には、及川が乗り逃げをしたF-15JSが整備が行き届いた状態で残されていたのだ。まるで、潮崎が機体を失うことを見越していたように。
「ま、確かに若いな。病室にこんなもの持ち込んでいるくらいじゃからな。
なになに?“にょたいか学園”“お兄ちゃんのお嫁さんにして♡”“入れかわりアプリ あの娘になってパコパコ”。
こっちは…“私立肛姦学園”“肛悦に堕ちる人妻”“母と息子 近親相姦の日常”etc…」
「ちょっ…!それは…!」
シグレがわざわざ大きな声で読み上げたタイトルに、潮崎はこれ以上ないほど慌てる。退屈なのでネットでポチったコレクション。成年コミックや、フ○ンス書院やらマ○ンナメイトやらの官能小説。うまいことライトノベルや雑誌、少年漫画の下に隠しておいたはずが、あっさり見つかってしまったのだ。
「なんでうちらにはいまだに手をつけんで、こんな本が必要になるんかね?」
アイシアが成年コミックの1つをこれ見よがしにぱらぱらとめくる。
「タカヨシ殿…その…。こういう行為も、タカヨシ殿が望まれるならやぶさかではないのだが…」
ディーネが官能小説の表紙とタイトルを見ただけで、青い肌を耳まで真っ赤にしながら言う。
「ディーネにできるのかのう…?旦那の上になったり、後ろから旦那を受け入れられるようになるまで、とんでもなく時間がかかったらしいのじゃが…?
タカヨシの寿命が先に来てしまわんかの?」
シグレの意地悪な合いの手に、ディーネが“なんで知ってるの?”と、さらに真っ赤になる。他の皆も、ディーネならあり得るという顔をする。
「タカヨシ、私もいつでもいいよ?
この姿がいい?それとも人間の大きさになろうか?どっちでも男を悦ばせる練習はしてるよ?」
メイリンがそういってぺろりと唇を舐める。妖精サイズで…どんなのだ…?
「わたくしも、隆善様の望まれることに応じられるよう、今のうちから練習しておこうかしら…」
そう言ったルナティシアが、スマホを取り出し、何かを調べ始める。なんの練習だ?あなたこの国のお姫様でしょ?あんまりふしだらでハレンチになっちゃまずいんじゃ?潮崎は不安に包まれる。
意識を取り戻しても、自分で身の回りのこともできない状態で、介護が必要になっていた潮崎は彼女たち“潮崎ガールズ”に頼らざるを得なかった。そのお陰で、この3ヶ月ですっかり尻に敷かれていた。まあ、彼女たちの献身は本物で、感謝の言葉もないのだが。
いずれ彼女たちに対してはちゃんとしてあげないと。と思う。
ベネトナーシュ王国で新設なった議会で最初に成立した法案は、どういうわけか同性婚と多夫多妻婚を容認する法律だった。
彼女たちが納得している以上、逃げることは許されないだろう。もちろん、自分とて彼女たちを大好きなのだから。
そういえば、と潮崎はベッドサイドに置いた手紙に手を伸ばす。同封されていた写真には、空自の制服を手直しした礼服を着た橋本と、華やかなウエディングドレスを着た、いつぞやのシスターが写っている。
意識を取り戻してから知ったことだが、法律施行後の同性婚の第一号はこのカップルだったのだ。すでにシスターのお腹が大きくなっているように見える理由は、考えないことにしている。
軽くため息をついて、別の封筒を手に取る。これにも写真が同封されていた。
かつて潮崎の相棒であり、敵であった男の近況。
裏には短くメッセージが書かれている。“ありがとう戦友。またいつかな”と。
ハッピーエンドとはとても呼べないし、これで全てが終わったわけでは決してないだろう。
わずか1年ほどの間に、あまりにも多くの血が流れすぎた。沈静化しているとはいえ、ロランセア、ナゴワンド両大陸では紛争や暴動が散発的に続いている。それに、両大陸の外では、まだ多くの問題が現在進行形で発生している。
地球に目を向ければ、相変わらずこちらの世界の利権をどう配分するかで国家同士がもめている。
世界が決定的に変わったわけでも、全てがうまくいっているわけでもない。元の木阿弥は世の常だ。人も世界も、ある日魔法の杖でも使ったみたいに突然変われるものではない。これからも、2つの世界では多くの争いやトラブルが起き続けるのだろう。
それでも。と潮崎は思う。世界は絶望だけでできているわけではない。人は憎悪や怨嗟を乗り越えて未来に生きていくことができる生き物だ。それがわかっただけで、今は充分だ。そう、今はそう思う。それでいいと思う。
ふと、病室の窓、カーテンのすきまから、遠くにわずかに軍の飛行場の証明が見える。雪の降りしきる中でも、飛行訓練は継続されているらしい。大晦日にご苦労様、と潮崎は思う。そこに駐機しているのはF-15系統の機体に見えるが、F-15JSだろうか?遠すぎてわからない。
F-15JSは希少で、ベネトナーシュ王立空軍にまだ6機しか配備されていない。つまりオーディン隊だけなのだ。功績を認められ、最年少で一等空尉に昇進してオーディン隊の指揮を引き継いだ松本は、よくやっているだろうか?
今はまだがたがたのこの身体だが、幸いにして傷をきちんと癒してリハビリをすれば、航空隊に戻ることも可能と医師には言われている。
だが、回復して再び空に上がっても、きっと俺は彼女たちの元に戻ってくる。潮崎はそう心に決めた。
ルナティシア、シグレ、アイシア、メイリン、ディーネ。
彼女たちがいる場所が、自分の帰る場所なのだ。パイロットは帰る場所があるからこそ飛び立てる。自分の帰りを待ってくれている人がいるからこそ操縦桿を握れるのだ。心からそう思った。
テレビにはニュースが流れ始め、天気予報が映し出される。正月もかなりの雪であるらしい。車いすで外出する許可はすでに医者から出ているが、これではしばらく外出は無理かな。潮崎はそんなことを思った。
了
3か月後。新暦103年天秤月2日。
「じゃあ、明日もよろしく。お疲れ様」
アイシアは、取材先のドゥベ公国首都、バイドラグーンのホテルで、スタッフたちとの夕食後の打ち合わせを終え、部屋に引っ込む。今日も一日お疲れ様、うち。
現在、ベネトナーシュ放送局が主体となり、こちらの世界と地球の各国のマスコミの協力を得て、ある番組の企画が進行中だった。”ドゥベ戦争”から、”自由と正義の翼動乱”までの詳細を報道するドキュメンタリー番組。今まで大衆の耳目に触れることがなかった事実にスポットを当て、当時報道管制が敷かれた部分も含めて、二つの戦いの事実を世に問う企画。
当然のように平坦な道ではなかった。露骨な外圧がかかったこともあれば、物騒な脅迫状が届いたこともあった。
それでも、アイシアは世に問うべきという信念を曲げはしなかった。全てを包み隠さず報道し、そして二つの世界に住む全ての人々、一人一人に考えて欲しい。そう願っているから。
あの後、”レーヴァテイン”発射そのものは阻止されたものの、多国籍軍側の被害も甚大だった。”自由と正義の翼”の破壊活動で地球側も少なくないダメージを受けており、ナンナで締結されるはずだった多国間条約は、無期限の保留となった。地球側でも、異世界を植民地にするな、それは憎しみを産む、これ以上しっぺ返しを食らうのはごめんだ、という論調が強くなっていたのだ。
一方で、こちらの世界の反乱や暴動も急速に鎮静化していく。勢いにまかせて、”レーヴァテイン”による全ての破壊という破滅的な作戦に賛同してしまったが、いざ震度5の地震と津波に見舞われて、目が覚めたものが多かったのだ。
あんなやり方では後になにも残らない。それに、なんでもかんでも地球におんぶしていてはいけない。非効率だろうと、自分たちには自分たちのやり方がある。物事の価値は、安さだけで決まるものじゃない。ここは自分たちの土地だ。それを守るためには、争いなどしてる場合じゃない。
そのような、こちら世界の大衆の意識の変化は、図らずも自立を促し、こちらの世界を地球の植民地にする動きへのブレーキとなっていた。
”自由と正義の翼”の目的は、皮肉にも彼らの滅亡後に達成されたと言えた。
その流れは、アイシア達、自由な報道を望むメディアにとっては、必ずしも本意ではないにせよ追い風だった。かつてローマの偉人が言ったように、人は見たいものしか見ない。口当たりの悪い情報は、他ならぬ大衆自身がブロックしてしまうのだ。
その意味で、二つの世界の大衆がそこそこ謙虚になり、どんな情報でも受け止める覚悟を持ちつつある現状は、全てを包み隠さず報道したいアイシアにとって、千載一遇の好機といえた。
「うち、頑張っとるけえ、見てくれとる?」
アイシアはホテルの窓を開け、遠い場所に眠る思い人に向けて問いかける。答えはもちろん返ってこない。でも、問いたかったのだ。そうしないと、寂しくて不安で、涙が溢れそうだったから。
さらに3か月後のこの世界の大晦日。
ドキュメンタリー番組は、関係者のコメントを中心に進んでいく。
逮捕されて終身刑を宣告され、服役中のドミニク・レッドフィールド。
同じく逮捕され、懲役20年を宣告されたが、司法取引と恩赦により監視付きながら、自宅で生活することを許された、ジェイミー・ルク・ドゥベ。お腹はすっかり大きくなっている。逮捕される前にすでに妊娠していたらしい。
二つの戦いを、後方から常に見守っていた、ドゥベ公国先代大公、レイチェル・ドルカ・ドゥベ。
番組はつつがなく進行し、エンドロールが流れ始める。
最後はアイシアの言葉で結ばれる。
『”荒鷲”
畏怖と敬意の狭間で生きた戦士。彼はほんの短い間だけこの空に存在していた。
今回、彼自身からコメントを頂くことはついに叶わなかった。
ただ、彼の話をするとき、皆少し嬉しそうな顔をする。
それが、答えなのかもしれない』
「ちょっと待てえ!俺はくたばっちゃいないし、失踪したわけでもないぞ!」
ベネトナーシュ王国王都、ハープストリングにある総合病院の個室の中に、潮崎のつっこみが響く。これじゃ自分が死んだみたいじゃないか。
「なにを言ってるのか、その有様で」
水を補充した病室のポットを元の場所においたディーネが呆れ気味に言う。
潮崎の姿は実際無残なものだった。複雑骨折した左腕と左脚はまだギプスが取れない。衝撃と負荷で出血を起こした内臓は何度かに分けて大規模な手術がなされ、今も包帯が取れていない。危うく脳内出血を起こしかけた頭も、大事を取って手術がされた後も定期的な治療を必要とし、まだ包帯が巻かれたままだ。一見すると漫画に出てくるけが人のようだが、これは笑い事ではない。
「ほんにのう。3ヶ月も意識不明じゃったくせに。しかも、ベッドから身体を起こせるようになったのは最近。面会謝絶が続いたせいで、インタビューもできんかったんじゃろ?」
アイシアが茶を煎れながら相づちを打つ。潮崎は言葉に詰まる。言い返せない。実際そのとおりだ。番組の制作にあたって、アイシアは、潮崎からもコメントを得たがったが、取材に耐えられるかどうかわからないと、担当の医師がついに取材を許可しなかったのだ。
“レーヴァテイン”の爆発に巻き込まれ、身体も機体も重篤な状態になった潮崎は、途中何度も意識を手放しそうになりながら、どうにか最寄りの飛行場に着陸した。
横を併走するシーザーに何度も無線で怒鳴られ、キャノピーを小突かれなければ、途中で気絶して墜落していただろう。ちなみにシーザーはテルミット爆弾の衝撃で気を失っていただけで、軽いやけどを負った以外はぴんぴんしていた。
しかし着陸した後、ついに体力と気力の限界が来て、エンジンを落とすこともないまま意識を失い、目が覚めたら3ヶ月が過ぎていたのだ。
「もう目を覚まさないかも知れないと思ったら、どんなに胸が張り裂けそうだったか…」
椅子に腰掛けたルナティシアがよよよ、という仕草をする。
「しかも、怪我が完治したら航空隊に復帰したいって上申書を上層部に提出したって?そんなに私たちを置いていきたいの、シオザキは?」
なんで知ってるの?妖精サイズでベッドの枕元に腰を下ろしたメイリンの言葉に潮崎は渋面を浮かべる。
「俺だってまだ若いんだ。まだ地上勤務するには早いって。
それに、及川が残してくれた機体だってあるしな…」
潮崎のF-15JSは結局修復不能とされ廃機となったが、ユグドラシル島の飛行場の格納庫には、及川が乗り逃げをしたF-15JSが整備が行き届いた状態で残されていたのだ。まるで、潮崎が機体を失うことを見越していたように。
「ま、確かに若いな。病室にこんなもの持ち込んでいるくらいじゃからな。
なになに?“にょたいか学園”“お兄ちゃんのお嫁さんにして♡”“入れかわりアプリ あの娘になってパコパコ”。
こっちは…“私立肛姦学園”“肛悦に堕ちる人妻”“母と息子 近親相姦の日常”etc…」
「ちょっ…!それは…!」
シグレがわざわざ大きな声で読み上げたタイトルに、潮崎はこれ以上ないほど慌てる。退屈なのでネットでポチったコレクション。成年コミックや、フ○ンス書院やらマ○ンナメイトやらの官能小説。うまいことライトノベルや雑誌、少年漫画の下に隠しておいたはずが、あっさり見つかってしまったのだ。
「なんでうちらにはいまだに手をつけんで、こんな本が必要になるんかね?」
アイシアが成年コミックの1つをこれ見よがしにぱらぱらとめくる。
「タカヨシ殿…その…。こういう行為も、タカヨシ殿が望まれるならやぶさかではないのだが…」
ディーネが官能小説の表紙とタイトルを見ただけで、青い肌を耳まで真っ赤にしながら言う。
「ディーネにできるのかのう…?旦那の上になったり、後ろから旦那を受け入れられるようになるまで、とんでもなく時間がかかったらしいのじゃが…?
タカヨシの寿命が先に来てしまわんかの?」
シグレの意地悪な合いの手に、ディーネが“なんで知ってるの?”と、さらに真っ赤になる。他の皆も、ディーネならあり得るという顔をする。
「タカヨシ、私もいつでもいいよ?
この姿がいい?それとも人間の大きさになろうか?どっちでも男を悦ばせる練習はしてるよ?」
メイリンがそういってぺろりと唇を舐める。妖精サイズで…どんなのだ…?
「わたくしも、隆善様の望まれることに応じられるよう、今のうちから練習しておこうかしら…」
そう言ったルナティシアが、スマホを取り出し、何かを調べ始める。なんの練習だ?あなたこの国のお姫様でしょ?あんまりふしだらでハレンチになっちゃまずいんじゃ?潮崎は不安に包まれる。
意識を取り戻しても、自分で身の回りのこともできない状態で、介護が必要になっていた潮崎は彼女たち“潮崎ガールズ”に頼らざるを得なかった。そのお陰で、この3ヶ月ですっかり尻に敷かれていた。まあ、彼女たちの献身は本物で、感謝の言葉もないのだが。
いずれ彼女たちに対してはちゃんとしてあげないと。と思う。
ベネトナーシュ王国で新設なった議会で最初に成立した法案は、どういうわけか同性婚と多夫多妻婚を容認する法律だった。
彼女たちが納得している以上、逃げることは許されないだろう。もちろん、自分とて彼女たちを大好きなのだから。
そういえば、と潮崎はベッドサイドに置いた手紙に手を伸ばす。同封されていた写真には、空自の制服を手直しした礼服を着た橋本と、華やかなウエディングドレスを着た、いつぞやのシスターが写っている。
意識を取り戻してから知ったことだが、法律施行後の同性婚の第一号はこのカップルだったのだ。すでにシスターのお腹が大きくなっているように見える理由は、考えないことにしている。
軽くため息をついて、別の封筒を手に取る。これにも写真が同封されていた。
かつて潮崎の相棒であり、敵であった男の近況。
裏には短くメッセージが書かれている。“ありがとう戦友。またいつかな”と。
ハッピーエンドとはとても呼べないし、これで全てが終わったわけでは決してないだろう。
わずか1年ほどの間に、あまりにも多くの血が流れすぎた。沈静化しているとはいえ、ロランセア、ナゴワンド両大陸では紛争や暴動が散発的に続いている。それに、両大陸の外では、まだ多くの問題が現在進行形で発生している。
地球に目を向ければ、相変わらずこちらの世界の利権をどう配分するかで国家同士がもめている。
世界が決定的に変わったわけでも、全てがうまくいっているわけでもない。元の木阿弥は世の常だ。人も世界も、ある日魔法の杖でも使ったみたいに突然変われるものではない。これからも、2つの世界では多くの争いやトラブルが起き続けるのだろう。
それでも。と潮崎は思う。世界は絶望だけでできているわけではない。人は憎悪や怨嗟を乗り越えて未来に生きていくことができる生き物だ。それがわかっただけで、今は充分だ。そう、今はそう思う。それでいいと思う。
ふと、病室の窓、カーテンのすきまから、遠くにわずかに軍の飛行場の証明が見える。雪の降りしきる中でも、飛行訓練は継続されているらしい。大晦日にご苦労様、と潮崎は思う。そこに駐機しているのはF-15系統の機体に見えるが、F-15JSだろうか?遠すぎてわからない。
F-15JSは希少で、ベネトナーシュ王立空軍にまだ6機しか配備されていない。つまりオーディン隊だけなのだ。功績を認められ、最年少で一等空尉に昇進してオーディン隊の指揮を引き継いだ松本は、よくやっているだろうか?
今はまだがたがたのこの身体だが、幸いにして傷をきちんと癒してリハビリをすれば、航空隊に戻ることも可能と医師には言われている。
だが、回復して再び空に上がっても、きっと俺は彼女たちの元に戻ってくる。潮崎はそう心に決めた。
ルナティシア、シグレ、アイシア、メイリン、ディーネ。
彼女たちがいる場所が、自分の帰る場所なのだ。パイロットは帰る場所があるからこそ飛び立てる。自分の帰りを待ってくれている人がいるからこそ操縦桿を握れるのだ。心からそう思った。
テレビにはニュースが流れ始め、天気予報が映し出される。正月もかなりの雪であるらしい。車いすで外出する許可はすでに医者から出ているが、これではしばらく外出は無理かな。潮崎はそんなことを思った。
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