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06 反逆

サプレッション

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05

 2018年11月9日
 デウス公国首都、エヴァンゲルブルグ
 
 「ベルクマン中佐。
 連合軍の航空隊の攻撃開始まで3時間です」
 「まあ待て、もう少しだ」
 エヴァンゲルブルグ大学のサーバールームでは、フェリクス・ベルクマン中佐が暗号解読のためにスーパーコンピューターをフル稼働させていた。
 現在首都中央部を占拠しているクーデター軍のデータリンクに侵入して攪乱、無力化するとともに、クーデター軍を煽動している組織の実体を突き止める。
 その二つが、祖国を壊滅的な破壊から救うためのパズルのピースだった。
 「よし、やったぞ!
 やつらのデータリンクをのっとった。
 これで、クーデター軍の背後関係もわかるはずだ」
 「了解しました。
 鎮圧軍と警察にクーデター制圧の指示を出します」
 ベルクマンの脇に控えてた情報将校が、携帯電話を取り出す。
 「ああ、それとこのデータをアキツィア陸軍のケン・クーリッジ一尉に送ってくれ。
 情報提供のお礼ということでな。
 嫌な話だろうが…」
 ベルクマンは言葉を濁した。
 暗号解読とハッキングを担当していた彼をして、手に入れた情報が真実とは思いたくなかったのだ。
 ましてアキツィア軍の将兵たちにとっては、それはどれだけ残酷な事実であるだろう。
 願わくば、彼らが悲しみを乗り越えられることを。
 ベルクマンにできたのはそう祈ることだけだった。

 「なに?やつらのデータリンクを掌握したんだな?
 了解した。制圧作戦に入る」
 エヴァンゲルブルグを一望する高層ビル、ヴァイリングスカイタワーに置かれたタスクフォースのコマンドルーム。
 軍や警察、情報機関の腕利きたちが集まる中で、ゲオルグ・フラーはクーデター軍のデータリンクの無力化の知らせを受けていた。
 「皆さん、準備完了です。
 後は予定通り、軍と警察による制圧作戦が実行されます」
 フラーの言葉に、列席する者たちは真剣な顔になる。
 みな顔に一様に疲労を浮かべているが、仕事に対するプライドと熱意は全く失われていなかった。
 「では、警告なしに一気呵成に制圧。
 間違いありませんな?」
 内務省の次官が念を押す。
 異議を唱える者はいなかった。
 「クーデターなどという外道なことをした以上、彼らは敵です。
 連合軍に対して身の証を立てるためにも、半端なことはできません」
 フラーの決然とした言葉に、列席する者たちは改めて腹を括る。
 同胞殺しの汚名を着ることになったとしても、クーデターを認めるわけにはいかない。
 そして、祖国を滅ぼし多くの国民を死なせるわけにはいかないのだ。
 一瞬のち、コマンドルームに忙しく指示が飛び交い始めた。

 「各機、ゴーサインが出た。
 俺たちの任務はクーデター派についた馬鹿どもの排除だ。
 かつての仲間だとは思うな!
 徹底的に叩け!」
 エヴァンゲルブルグを目指して飛行するデウス軍の航空隊の先鋒。
 スマラクト隊を率いるロン・シュタインホフ大尉は、部下たちに対して強く命令する。
 新たに編成し直されたスマラクト隊は、緑の迷彩が特徴のユーロファイター・タイフーン4機で構成されていた。
 その後ろを、計60機の戦闘機部隊が続く。
 『レーダーに感。
 クーデター軍の飛行隊と思われる』
 「スマラクト1、コピー。交戦する!」
 スマラクト隊が、一斉にミーティア対空ミサイルを放ったのを合図に、先端が開かれる。
 デウス軍のマークをつけた機体同士の空戦が始まるのだった。

 エヴァンゲルブルグ、中央軍病院。
 「そうか、始まったか。わかった。ありがとう」
 エドゥアルト・レームはそう言って電話を切る。
 足からはギプスが取れず、骨折した肋骨もまだ回復していない。
 動き回るのは辛いのだが、今は祖国の存亡の危機だ。
 携帯電話のメモリーを頼りに、固定電話の番号をプッシュしていく。
 今日び、盗聴の危険という意味ではあまり違いはないが、やらないよりはましだ。
 「陸軍情報部かね?
 エドゥアルト・レームだ。
 連絡を取りたい人物がいる。
 わかっている。忙しい時なのは。
 だが、クーデターの鎮圧には効果があるはずだ」
 レームは渋る情報部員を必死で説得した。
 最悪の事態を回避するためだ。何なりとやってみるに越したことはない。

 アキツィア共和国首都、ヨークトー。
 「やれやれ、もうデウスとは関わるまいと思ってたのに…」
 ナタリア・マンシュタイン元中尉は、ビジネスホテルの一室で備え付けのパソコンを起動させ、指定されたサイトを呼び出していた。
 いつも通りアルバイトに向かおうとしたとき、急に携帯に見覚えのない番号の着信が入った。
 電話の主は祖国のエース、エドゥアルト・レーム中佐だった。
 クーデター軍の将兵たちに対して、ナタリアから降伏勧告をして欲しいと依頼されたのだ。
 軍の中でちょっとしたアイドル的な存在であったナタリアの言葉であれば、クーデター分子たちを翻意させることはできないまでも、動揺させることは可能だろうと。
 最初は渋った。もはやデウスに戻りたくはないし、彼からの依頼を受けることは自分の身元が知れることにもなりかねなかった。
 だが、「協力してくれれば、軍に手を回して戦死か除隊扱いとしておく」といわれて、渋々だが承知したのだ。
 終戦後、脱走兵として追われる立場にならなくてすむのは、それなりにありがたいことだったからだ。
 指定されたサイトにアクセスし、クーデター軍のネットワークをジャックした回線に割り込むと、ヘッドセットを被り、ゆっくりとマイクに向けて話していく。
 「私はナタリア・マンシュタイン中尉です。
 現在エヴァンゲルブルグ中央部を占拠している皆さんに申し上げたい。
 ご自分たちの行動をよく考えて下さい。
 このままあなた方の祖国を、国民たちを全て炎の中に投げ込むおつもりですか?
 そうなれば満足なのですか!?
 それは勝利でありません。
 それどころか自己満足さえ手に入らないのです。
 なぜなら、あなた方の行動は連合国、得にユニティアにとっては織り込み済みのことなのです。
 あなた方は利用されているのです」
 演説などがらではないのだが、引き受けた以上は是非もない。
 ナタリアは、相手の心に響く口調と声を意識しながら話し続けるのだった。

 エヴァンゲルブルグ郊外の住宅街。
 隠れ家として借りたアパルトメントの一室。レンバウムは書類やデータディスクをシュレッダーにかけながら電話をしていた。
 「ああ、やられた。
 データリンクもネットワークも、無線も乗っ取られた。
 想定された事態だが、もう少し持つはずだったんだが…」
 軍と政府のシステムを設計するエンジニアというかりそめの地位を利用し、デウスと連合双方を欺き、戦争を泥沼化させようとした。
 その目論見のプランAはどうやら失敗に終わったらしい。
 システムにつけておいたバックドアからの政府と軍のネットワークへの不正アクセス、軍の不満分子の煽動工作、デウスと連合軍双方への情報漏洩。
 それらが全てばれてしまっているらしい。
 併せて、自分たちの組織全体のことも発覚したと見るべきだろう。
 モグラが日の光の下に引っ張り出されてしまったのだ。
 『となると、クーデターは鎮圧される。
 その結果、連合軍による介入も中止。
 俺たちの正体もいずればれるな?』
 電話の相手であるアウグスト・バロムスキー中佐は平然とした口調で聞いてくる。
 次の手はすでに打ってあるゆえの余裕だった。
 「ああ、ここまでやられているということは、やつらかなり前から俺たちの存在と正体に気づいていた可能性が高いな。
 あんたらも仲間だとばれていると思っていいだろう」
 『わかった。
 少し早いが作戦をプランBに移行する。
 お前さんはすぐに海外へ逃げろ。そして、しばらくは誰とも連絡を取るな。
 良くやってくれた。少し遅れるが、報酬はちゃんと払う』
 レンバウムは、バロムスキーの物言いに少しむっとした。
 気を遣ってくれているのはわかるが、用済みのようにいわれるのは心外だ。
 「水くさいことを言ってくれるな。
 まだ協力できることはある。
 というか、俺なしで最終プランを実行できるのか?」
 『ちっ…。
 それを言われてはぐうの音もでないな。
 わかった。
 とにかくその場を離れろ。
 連絡はこっちから入れる。それまで隠れていてくれ』
 「了解。後で会おう」
 レンバウムはそう言って電話を切る。
 危ない橋だが、自分はすでに不通の人生を捨てている。
 いや、あの“悪魔の花火大会”依頼、自分の人生には憎しみと復讐しかなかった。
 レンバウムは、写真立てに入った写真を見やる。
 弾道ミサイルによって殺された、自分の姉二人。
 いじめられっ子だった自分がまともな人生を送ることができていたのは、姉二人が導いてくれたからだった。
 その大事な姉たちを、当時の大国は政治ゲームの犠牲にしたのだ。
 そのけじめはなんとしても取らせる必要がある。
 デウス南部への核攻撃や、空母機動部隊の壊滅などはまだ序の口だ。
 「見ているがいい。本当の鉄槌はこれから下るのだ」
 そうつぶやいたレンバウムは、リュックサックに必要最低限の物をまとめ始めた。
 
 一方そのころ。
 アパルトメントを囲む黒ずくめの一団があった。
 デウス国家警察警備部の、特殊部隊員たちだった。
 HKMP5サブマシンガンを油断なく構え、レンバウムが偽名で借りた部屋へと進んでいく。
 ピッキングで鍵を開けると、音もなく一斉に部屋に踏み込んでいく。
 明かりはつきっぱなしだったし、風呂場からはシャワーの音がしていた。
 だが、特殊部隊員の一人が風呂場の扉を開けてわなだったと気づく。
 誰もいない風呂場、シャワーだけが流れっぱなしになっていたのだ。
 彼の読みは正しかった。
 一瞬のち、部屋が爆発して炎に包まれたのだ。
 
 大混乱に陥る特殊部隊のすきを突いて、すぐ下の階の部屋から特殊部隊の戦闘服を着たレンバウムが出て来る。
 実は、本来の隠れ家である上の階とは別に、下の階にも全く別の偽名で部屋を借りていたのだ。
 ハッキングや不正アクセスを行う指示を出していたのは上の階のコンピューターだが、レンバウムはずっと下の階にいてコンピューターを有線で遠隔操作していたというわけだ。
 大騒ぎになっている特殊部隊と制服警官たちは、レンバウムの存在を全く疑うことはなかった。
 レンバウムはさりげなく駐車場に止めてあった車の一つに乗り込むと、そのままエヴァンゲルブルグへと姿を消したのだった。

 この日、エヴァンゲルブルグのクーデターは流血の戦闘の果てに鎮圧されることとなる。
 だが、これは悪夢の終わりではなく、新たな悪夢の始まりであることを誰もがすぐに知ることになるのだった。
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