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第2章:若殿奮闘編
7話
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元春の養子縁組を目前に控えたある日、元春の世話役である児玉さん(隆元でいう国司さんみたいな感じ)が、隆元のもとを訪れました。
「若様に、折り入ってご相談があります」
家臣からの相談なんて受けたことありませんでしたから、隆元はノリノリでOKします。
が、これがことのほか厄介な話でした。
「元春様が、熊谷様のご息女を嫁に欲しいと仰有っておりまして」
熊谷氏は安芸の国人で、武勇で知られた家です。
毛利家とは何度も戦場で相まみえており、現在は味方だけど部下とは呼べない……といったところでした。
「ほう。ちょうど良いんじゃないか」
「ええ、私もそう思ったので、元春様にオススメしたのです。そうしたら元春様が、個人的に熊谷様に話をしにいったらしく」
「え、父上に相談なく?」
「そうなんです。で、ここからがまたややこしいのですが、今朝ちょうど殿から『元春に嫁を取らすなら誰が良いと思う?』なんて聞かれてしまいまして。
私はこれは好機とばかりに『熊谷様の娘がお気に入りだそうです』と返したのですが、そうしたら『わしから熊谷に話しておこう』と言われてしまいまして」
「いやいやいや何やってんだよ! それじゃ父上と元春の両方から縁談話が行くことになるじゃん!」
「それはそうなんですが……、どうも申し上げにくい雰囲気だったと言いますか」
最悪だ。隆元は吐き気がしてきました。
ちょっとは家臣から頼られる若様になれたかと思ったら、身内の揉め事の仲裁なんてやりたくもありません。
しかし、事は毛利家の信用に関わります。
話を聞いておいて、
「お主と元春に責があるのだから、お主らで何とかいたせ」
とは言えません。
とりあえず、隆元は元春に話を聞くことにしました。
-*-*-*-*-*-*-*-
「児玉から話は聞いた。なぜ父上に話を通さず、縁談を進めようとしたのだ」
「自分で口説きたかったのです」
はあ?
隆元は閉口します。
「父上に頼めば話は進むでしょう。しかしそれは、親の七光りを使って口説くようなもの。私は、私という男の魅力ひとつで勝負をしてみたかったのです。惚れた女であれば尚更」
ヤンキーっぽい、というか、いかにも武辺者っぽい発想です。
悪びれずに「父上には婚姻が成立してから報告しようと思ってました」なんて言ってしまう辺り、本当に罪悪感がないのだな……と隆元は思いました。
「しかし、ものには順序があろう。婚姻というのはお家の一大事なのだから、」
「あの、ひとつ良いですか」
「なんだ」
「……何故兄上に怒られねばならんのです?」
この時、元春は17歳。
体は(だいぶ前から)大人ですが、心はまだまだ反抗期。しかも普段は帳簿読んでる or 絵書いてる兄上ですから、急に兄貴っぽいことされても素直には応じられません。
「私は、兄上がこたびの件を丸く収めてくれると、児玉から聞いたのです。けしてお説教をされに来たわけでは、」
「………」
「収まるわけないだろうがああ!!!」
感情的になってはいけない……と思いつつ、こうも馬鹿にされれば隆元も黙ってはおれません。
声を上ずらせながら、元春に説教をかまします。
「今から一緒に父上のもとに行って、ことのあらましをご説明するぞ! いいな!」
「な……、それでは聞いていた話と違いまする!」
「文句なら児玉に言え! だいたいお前、私がそんなに気の利いたことが出来ると思うか! 昔から父上に『謀が足りない』とか言われてきたんだぞ! 兄ちゃんなめんなよ!」
謎の説得力に気圧され、元春は言葉を失います。
説得というか自虐ですが。
「そもそもこたびの一件、父上に怒られるか怒られないかの問題ではない! 親と子から別々に婚姻の依頼が届けば、毛利は自分の倅とまともに意思疏通が出来ていないと思われてしまう! それがお家の、つまり父上の信用を下げることに繋がるとどうしてわからん!」
正論です。
珍しく正論です。
「七光りが嫌だと? 父上の武の才を受け継いでいることの何が不服だ! さすが毛利の倅と言われることの何が不服だ! 何にも受け継いでいない者の気持ちを考えたことがあるか!」
えーと、これはやや逸脱しています。
逸脱したところで、戸が開きました。
「もうよい、だいたい聞いたわ」
現れたのは他ならぬ、
毛利元就です。
「……元春。今回は隆元の言うことが正しい。わしに事前に話さぬのは論外である」
隆元とは違う、腹に来る重いトーン。
幾つになっても、親に怒られるのは怖いものです。
「……ただ、自分で口説きたいという気持ちはようわかる。よって、わしは援護はせぬ。『父の了承は取っております』と言う分には構わんが、後は自分でやってみよ」
そう言うと、元就は手に持った手紙をビリビリと破り、元春の肩をひとつポンと叩きました。
元春は「ありがとうございます!」と叫ぶと、喜び勇んで部屋を飛び出していきました。
「……ふぅ。ようやったな、隆元」
「……謀が少なくて申し訳ありません」
「褒めてやってるのだから素直になれ。そういえばお前、最近帳簿に詳しいそうじゃないか。金の出入りを見るのは楽しいか?」
「ええ。少なくとも槍働きよりは、性に合っております」
「そうかそうか。じゃあ、お主に家督を譲ってやろう」
は??
家督???
「え、カトクとは、あの、あの家督ですか」
「そうじゃ」
「いやしかし父上はまだご健在ではないですか!」
「ボケる前に隠居するのはよくある話じゃ。それに当主だと、いちいち色んな書類に判を押さねばならなくてな。正直、面倒で仕方ない。お主がそれを肩代わりしてくれるなら渡りに船じゃ」
ここからしばらく抵抗してみましたが、口論で元就に勝てるはずもなく、
1546年、隆元は家督を継承しました。
ただし、実権は引き続き元就が握っています。元就の言葉通り、形式的な事務作業を隆元に押し付け、よりフットワーク軽く本業(=悪巧み)に勤しむことが出来るようになったということです。
もちろん、事務作業をやらせても問題ない、という評価を得たことは、純然たる事実なのですが、
ネガティブボーイな隆元くんは、けしてそんな風には受け取れませんでした。
「若様に、折り入ってご相談があります」
家臣からの相談なんて受けたことありませんでしたから、隆元はノリノリでOKします。
が、これがことのほか厄介な話でした。
「元春様が、熊谷様のご息女を嫁に欲しいと仰有っておりまして」
熊谷氏は安芸の国人で、武勇で知られた家です。
毛利家とは何度も戦場で相まみえており、現在は味方だけど部下とは呼べない……といったところでした。
「ほう。ちょうど良いんじゃないか」
「ええ、私もそう思ったので、元春様にオススメしたのです。そうしたら元春様が、個人的に熊谷様に話をしにいったらしく」
「え、父上に相談なく?」
「そうなんです。で、ここからがまたややこしいのですが、今朝ちょうど殿から『元春に嫁を取らすなら誰が良いと思う?』なんて聞かれてしまいまして。
私はこれは好機とばかりに『熊谷様の娘がお気に入りだそうです』と返したのですが、そうしたら『わしから熊谷に話しておこう』と言われてしまいまして」
「いやいやいや何やってんだよ! それじゃ父上と元春の両方から縁談話が行くことになるじゃん!」
「それはそうなんですが……、どうも申し上げにくい雰囲気だったと言いますか」
最悪だ。隆元は吐き気がしてきました。
ちょっとは家臣から頼られる若様になれたかと思ったら、身内の揉め事の仲裁なんてやりたくもありません。
しかし、事は毛利家の信用に関わります。
話を聞いておいて、
「お主と元春に責があるのだから、お主らで何とかいたせ」
とは言えません。
とりあえず、隆元は元春に話を聞くことにしました。
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「児玉から話は聞いた。なぜ父上に話を通さず、縁談を進めようとしたのだ」
「自分で口説きたかったのです」
はあ?
隆元は閉口します。
「父上に頼めば話は進むでしょう。しかしそれは、親の七光りを使って口説くようなもの。私は、私という男の魅力ひとつで勝負をしてみたかったのです。惚れた女であれば尚更」
ヤンキーっぽい、というか、いかにも武辺者っぽい発想です。
悪びれずに「父上には婚姻が成立してから報告しようと思ってました」なんて言ってしまう辺り、本当に罪悪感がないのだな……と隆元は思いました。
「しかし、ものには順序があろう。婚姻というのはお家の一大事なのだから、」
「あの、ひとつ良いですか」
「なんだ」
「……何故兄上に怒られねばならんのです?」
この時、元春は17歳。
体は(だいぶ前から)大人ですが、心はまだまだ反抗期。しかも普段は帳簿読んでる or 絵書いてる兄上ですから、急に兄貴っぽいことされても素直には応じられません。
「私は、兄上がこたびの件を丸く収めてくれると、児玉から聞いたのです。けしてお説教をされに来たわけでは、」
「………」
「収まるわけないだろうがああ!!!」
感情的になってはいけない……と思いつつ、こうも馬鹿にされれば隆元も黙ってはおれません。
声を上ずらせながら、元春に説教をかまします。
「今から一緒に父上のもとに行って、ことのあらましをご説明するぞ! いいな!」
「な……、それでは聞いていた話と違いまする!」
「文句なら児玉に言え! だいたいお前、私がそんなに気の利いたことが出来ると思うか! 昔から父上に『謀が足りない』とか言われてきたんだぞ! 兄ちゃんなめんなよ!」
謎の説得力に気圧され、元春は言葉を失います。
説得というか自虐ですが。
「そもそもこたびの一件、父上に怒られるか怒られないかの問題ではない! 親と子から別々に婚姻の依頼が届けば、毛利は自分の倅とまともに意思疏通が出来ていないと思われてしまう! それがお家の、つまり父上の信用を下げることに繋がるとどうしてわからん!」
正論です。
珍しく正論です。
「七光りが嫌だと? 父上の武の才を受け継いでいることの何が不服だ! さすが毛利の倅と言われることの何が不服だ! 何にも受け継いでいない者の気持ちを考えたことがあるか!」
えーと、これはやや逸脱しています。
逸脱したところで、戸が開きました。
「もうよい、だいたい聞いたわ」
現れたのは他ならぬ、
毛利元就です。
「……元春。今回は隆元の言うことが正しい。わしに事前に話さぬのは論外である」
隆元とは違う、腹に来る重いトーン。
幾つになっても、親に怒られるのは怖いものです。
「……ただ、自分で口説きたいという気持ちはようわかる。よって、わしは援護はせぬ。『父の了承は取っております』と言う分には構わんが、後は自分でやってみよ」
そう言うと、元就は手に持った手紙をビリビリと破り、元春の肩をひとつポンと叩きました。
元春は「ありがとうございます!」と叫ぶと、喜び勇んで部屋を飛び出していきました。
「……ふぅ。ようやったな、隆元」
「……謀が少なくて申し訳ありません」
「褒めてやってるのだから素直になれ。そういえばお前、最近帳簿に詳しいそうじゃないか。金の出入りを見るのは楽しいか?」
「ええ。少なくとも槍働きよりは、性に合っております」
「そうかそうか。じゃあ、お主に家督を譲ってやろう」
は??
家督???
「え、カトクとは、あの、あの家督ですか」
「そうじゃ」
「いやしかし父上はまだご健在ではないですか!」
「ボケる前に隠居するのはよくある話じゃ。それに当主だと、いちいち色んな書類に判を押さねばならなくてな。正直、面倒で仕方ない。お主がそれを肩代わりしてくれるなら渡りに船じゃ」
ここからしばらく抵抗してみましたが、口論で元就に勝てるはずもなく、
1546年、隆元は家督を継承しました。
ただし、実権は引き続き元就が握っています。元就の言葉通り、形式的な事務作業を隆元に押し付け、よりフットワーク軽く本業(=悪巧み)に勤しむことが出来るようになったということです。
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