攻略対象者【Ｄ】は、重めの愛にへこたれない

攻略対象者【Ｄ】の戸惑い

7 執事ウィレムの回想

旦那様は奥様を愛しておられました。
それは素晴らしいことです。
そのおかげでお子様をもうけられ、家は安泰でございます。

ただ、二人目のお子様をお産みになる時に、奥様は儚くなられました。


回復師も治療師も準備しておりました。
旦那様も出産を待ち侘びて待機しておられました。

そんな時でございます。
領地から緊急の伝達がまいったのは。
街道から外れた村に、魔獣化した獣が襲いかかったというのです。
しかもかなりの数なので、領地の守りだけでは対処出来ないと。

奥様はすぐさま討伐隊を派遣するようにおっしゃいました。
この屋敷から領地は5日。
魔獣化したものが人を襲い、魔素を吸収するとどんどん変容していきます。

奥様はかつて騎士をしていたお方。
おろおろする旦那様を叱咤なさって、待機していた回復師達を馬車に投げ込みました。
炊き出し用の食料も荷車に用意されます。

『領民を守れ！敵を殲滅するまで帰ってくるな！』

そうお命じになる奥様は、惚れ惚れするかっこよさでごさいました。

ぐずぐずする旦那様を叩き出し。
隣領の貴族達に繋ぎをとる様は、本当に本当に大天使のようでございました。


そうやって送り出してから。
こちらでも支援のための薬を。
と、動いております時に。


奥様は転ばれたのです。


出血が始まって、我ら使用人は必死でした。
王都中の治療師を探して、早まった出産を乗り切ろうといたしました。

奥様は脂汗を流し。
止まらない出血で青褪めながら。
断続的に起こる出産の傷みで震えておられます。

それでも魔石に
『自分で転んだ。皆は必死でやってくれてる。皆に責は無い』
と、声を入れられました。

そうやってお産みになったのが、ユアン様です。



領地から戻られた旦那様は、ユアン様を『見たくも無い‼︎』と遠ざけられました。

儚くなられた奥様の亡骸から離れようとなさいません。


ユアン様という名は、家令のジョコモと共に、奥様がお腹に呼びかけていられたお名前を付けさせて頂きました。
ジョコモが届け出なども致してくれました。



正直、旦那様はポンコツでございます。
奥様がいらして、
『しゃっきりしなさい！』
と、背中を叩いてくださらないと、旦那様はただただポンコツでございます。

家令のジョコモが先代から支えていてくれたおかげでなんとかなっておりますが。
これからどうしたら良いのでしょう…

葬儀の段取りもせず、貴族の党首としての役目も果たさず。
ひたすら昼夜問わず泣いている旦那様に。
少々、いえ、かなり。
困っておりました。

その時でございます。
長男のデューク様がいらしたのは。

『赤ちゃんはどうしていましゅか？』


そう、デューク様はまだ三歳前のお可愛らしいお子様です。
奥様に似た美しいご容姿で、今まで愛玩動物の様に、おとなしく可愛いらしく過ごしておられました。

そのぼっちゃまが、真っ直ぐ私の目を見返して尋ねられたのです。

『僕がする事はありますか？』

と。


そして、離れで持て余されていたユアン様を覗き込み。
ふわりと、蕩けるようにお笑いになられたのです。

その慈愛に満ちた甘い眼差しに、その場にいた従者達はあんぐりと口を開けました。

ぼっちゃまは、その時我らの心をぎゅっと握ったのです。


使用人一同。
ぼっちゃまについて行きます！