黒豹注意報

京 みやこ

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第3章ダイジェスト(3)

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 津島さんが立ち去った後、私は和馬さんに抱きしめられたまま泣きじゃくっていた。涙を止めようとしているのに、どうしても止まらない。
「ご、ごめ……、ごめんな……さ、い……。な、泣きたく、ないのに……」
 ヒクヒクとしゃくり上げ、ジワジワと溢れる涙が頬を次々と濡らしてしまう。
 そんな私に、和馬さんは穏やかな声で告げる。
「謝らなくてもいいんですよ。あなたは泣き顔も可愛いですから」
 優しい仕草で涙を拭ってくれる和馬さん。そして、私が落ち着くまで辛抱強く待っていてくれた。
 それからしばらく経って、ようやく私の涙が収まりを見せる。
 改めて和馬さんは私の頬を撫で、左右の瞼に軽く唇を押し当てた。
「では、帰りましょうか」
 彼の言葉にコクリと頷けば、和馬さんは右手で私のバッグを拾い上げ、左手で私の手を引いて歩き出す。
 私たちはずっと手を繋いでいた。あの恋人繋ぎで。 
 津島さんも、その前の彼女さんたちも、こういった和馬さんの手の温もりを知らなない。私だけが知っている、この穏やかな熱。自分が和馬さんにとって特別な存在なのだと、言葉もなく語りかけていた。
 和馬さんから大事に想われて嬉しいのに、そんな私の心の奥に津島さんの放った棘がチクチクと痛みを与えている。
 彼女が言う『お似合い』が違うということは分かった。見た目の釣り合いが大事じゃないってことも分かった。
 それでも、なにもかもがデコボコな私と和馬さんがこのままずっと一緒にいるのは、本当に正しいことなのだろうか。

 和馬さんの事が好き。大好き。彼と一緒にいたい。あとちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、背中を押してくれる言葉が見つかったらいいのに。

 そればかりが頭の中をグルグルと巡ってしまって、夕食後の会話がいつものように弾まない。ソファに座る私の口から、何度もため息が零れる。
 そんな私を心配した和馬さんは右腕を伸ばして私の肩を抱くと、髪に顔を寄せてきた。
「ユウカ。あなたはなにを考えて、なにに悩んでいるのですか?」
 優しい声に促されて、私はポツリ、ポツリと話し出した。
「津島さんが、和馬さんに似合うのは大人の女性だって言ったことが気になってしまって……」
「自分に似合う女性は、私が選んで決めます。まったく、世の中には余計なことを口にする人間が多くて困りますねぇ」
 私を抱き締める腕の力を強めながら、和馬さんがヤレヤレと言った口調で言ってくる。
 それを聞いて、私は更に俯いてボソボソと声を出した。
「……それって、余計なことではなくて、本当のことだからだと思います」
「そんなはずありませんよ」
 きっぱりと言い切った和馬さんは、私の髪に頬ずりを繰り返す。私は首を横に振った。
「いいえ、ありますよ。私と和馬さんはあまりに不釣合いで。だから、それを気付かせようと……」
 唇を震わせる私の顎先を右手で捉え、私の顔をグッと上向きにさせて強引に視線を合わさせた和馬さん。
「私たちは不釣合いなんですか?」
 ゆっくりとした口調は少し低い。緩やかに細められた目の奥が笑っていない。
 そんな彼の様子に少し怯えてしまったけれど、ずっと胸の奥で引っ掛かっていた言葉を紡ぐ。
「不釣合いです。私は背も低いし、スタイルもよくないし、大した取り得もないし。なんで和馬さんが私を好きになったのか分かりません。一緒にいると、いつも『なんであんな人が彼女なの?』という視線を感じています」
 顔を上向きにさせられた状態なので、目尻から涙が伝い落ちてゆく。彼の手を私の涙が濡らしてゆく。
 弱々しい私の言葉に、和馬さんは苦しそうに顔を歪ませた。
「……だから、私とはもう一緒にいたくないと?」
 僅かに首を振る。
「い、一緒に、いたいです……。和馬さんのそばに、いたいです……。だけど、いいのかなって。本当に私でいいのかなって……。私、なにもできないから……」
 強くなろうと決めたのに、和馬さんを守れるくらいに強くなろうと決めたのに。
 涙を流す私に、今度は和馬さんがゆっくりと首を振った。
「なにもできないなんてこと、ないですよ。ユウカは私を守ってくれたじゃないですか」
「え?」
 首を傾げた私の視線の先で、嬉しそうに目を細める彼。
「今まで誰も守ってくれなかった『竹若 和馬』という人間を、私の心を守ってくれたではないですか」
 瞬きをして涙を追い出した私の視界に、彼の綺麗な笑顔が飛び込んでくる。
「で、でも、色々とグチャグチャで。情けないところばっかりで……。津島さんにも言われたけど、なにもかも子供で……」
「相変わらず、ユウカは自分に自信が持てないようですねぇ」
 頬にかかった髪を指で払ってくれた彼は、
「この際ですから、言いたいことを言ってしまいなさい」
 おでこにキスした部分を指で突つき、先を促してくる。
 私はモゴモゴと口ごもり、本当に話してしまっていいのかしばらく逡巡し、そしてふたたび話し始めた。
 見た目も中身も、まるで釣り合いが取れていない私と和馬さん。彼の気持ちに甘えて、このままずっと私が和馬さんと一緒にいてもいいのだろうか。
 私は胸に燻っている思いを口にする。
 話を聞き終えて、和馬さんが長く息を吐いた。そして私の髪に改めて頬ずりしてくる。
「いいではありませんか、デコボコでも」
 あっさりと告げられた言葉に、私はチラリと和馬さんに視線を向けてから、また俯く。
 そんな私の肩から肘にかけて、彼の長い指が優しく辿った。
「デコボコを実際に表記すると、どのようになるか分かりますか?」
 私は差し出された彼の左の手の平に、指で凸と凹を描いた。それを見て、和馬さんが大きく頷く。
「そうですね。このままでは、本当にバランスが悪いですよね。ですが、クルリと向きを変えてデコの出っ張ったところがボコのへこんだところに組み合わされば、ぴったり重なると思いませんか?」
「……あ!」
 楽しげな声で告げられた言葉に私はバッと顔を上げて、和馬さんを見つめる。彼は緩やかに微笑んで、私を見つめていた。
「つまり、凸凹と言うのは“ピッタリ”というものと紙一重だと私は考えます。二つ並べるとチグハグな形ですが、重なり合わせると、これほど見事にはまるものはないのです。ですから、あなたと私はチクハグなようでいて、実はピッタリお似合いなんですよ」
 そうは言うが、身長差がかなりある私たちはバランス悪いというか……。
 またモゴモゴと話し出せば、隣に座る和馬さんが左腕で私の膝裏を掬い上げる。そしてグッと腕の力だけで、私を自分の膝の上に載せた。
「こうすれば顔の位置はほぼ一緒ですので、身長差は気になりません」
 和馬さんは私の事を腕に閉じ込め、つむじ、こめかみ、瞼、頬、鼻先へとキスの雨を降らす。
「や、やめて、和馬さん!」
 恥ずかしさとくすぐったさで逃げを打つ私を、一層力を込めて抱きしめてくる。
「やめませんよ。昨日の夜、あなたに送ったメールに書いてあったでしょう」
 言われて、私は『早くユウカに会いたいです。会ったら、抱き締めさせてください。そしてキスをさせてください』という文面を思い出し、即座に顔が赤くなった。
「私にはあなたが必要なんです。『竹若 和馬』を一つに商品のように見るのではなく、一人の人間として見てくれるユウカが、私にはどうしても必要なんです。愛しいユウカ。あなたに会えなかった寂しさを、どうか埋めさせてください……」
 耳にキスを落とされながら色っぽい吐息まじりに囁かれてしまっては、私には抵抗する手立てはない。でも、素直に言葉で答えるのはやっぱり恥ずかしい。
 私は短く息を吸った後、了承の返事として、目の前にある彼の鎖骨にドキドキしながら唇を寄せる。
「ユウカ……」
 頭の上から色っぽい声が降ってきた。
 次の瞬間、ガバッと抱き上げられる。私をお姫様抱っこした和馬さんは、真っ直ぐに寝室へと脚を進めていた。私をベッドの上に降ろしたとたんに、彼が覆いかぶさってきた。
 それと同時に唇が塞がれる。
 絡んだ和馬さんの舌が口内で動き回り、思うままに私の舌を舐っていた。私の快感を引きだすようにしっとりと絡みついている。
 ぼんやりしている私は、彼の唇が移動してゆく感覚を追いながら短い呼吸を繰り返すだけ。
 長い指がブラウスのボタンを一つ外したのが分かった。襟を少しくつろがせ、現れた鎖骨の下あたりにキスが落とされる。
「ユウカ、可愛いですよ」
 そう言って、今の位置よりも更に下がったところを強めに吸い上げてきた。

―――あ、あれ……?

 自分が考えていた以上に和馬さんの唇が触れてくる範囲が広いことに、今更ながら気が付いた。
 ふと我に返れば、ブラウスのボタンはすべて外されていて。
 あれ?と首を傾げれば、シーツと背中の間に潜り込んだ大きな手がブラのホックを外したところだった。
「え?な、なんで……?キス、は……?」
 明らかにキス以上の行為をされ、妖しい熱に浮かされつつある私が、喘ぎの合間に問いかける。
 すると、
「キスは唇だけにするものではありませんよ。ユウカの全身にキスをさせてくださいね」
 潤んだ視界の中で、和馬さんは甘やかに、そして、艶めいた笑みを浮かべた。
 身を起こして素早くYシャツを脱ぎ捨てた彼は、私が逃げ出す前にやんわりと圧し掛かり耳元にキスを降らせる。
「ユウカ……。大切なユウカ」
 和馬さんは私の名前を呼びながら、自分の右手に重ねていた私の左手を引き寄せた。そして、彼の手の甲を握り締めている私の指の一本一本にキスをする。
「私の想いを残らず告げるには、『愛してます』という言葉では到底足りないくらい、あなたを愛してます」
 小さな手についている小さな爪に、和馬さんは丁寧にキス。
 その仕草はとても愛情に溢れていて。それに、彼の告白からは愛情以外感じられなくて、私は幸せのあまりに胸が詰まりそうだ。
「ユウカ……。あなたともっと、深く重なりたいです。誰も、なにも、入れないほどに……」
 いつもよりもやや低い声で甘く懇願され、心臓がトクン、と大きく音を立てる。
 大好きで大好きで仕方がない彼の熱を、もっと、もっと感じたい。津島さんの出現で不安定になっていた心が、和馬さんを求めている。
「私も、和馬さんと……」
 掠れ気味の声で囁くと右腕が背中に回り、ソッと抱き起された。和馬さんは顔や肩、首筋にキスをしながら、静かに私の服を脱がしてゆく。
 恥ずかしさで縮こまってしまう私を宥めるように、絶え間なくキスをする。その間に彼も服を脱ぎ去ったようで、素肌の和馬さんに強く抱きしめられた。
「ユウカ、愛してます。そして、……俺を愛して」
 彼の瞳の奥に、肉食獣特有の光がギラリと一瞬宿る。

 その言葉を合図に、和馬さんと私が一つになった。
 
 体をこわばらせた私を労わるように、やんわりとキスをしてくる和馬さん。チュ、チュ……と、小鳥が囀るような音を立てて贈られるキス。
「ああ、ユウカ……」
 触れられている場所からは、余すところなく彼の体温が伝わってくる。どこもかしこも、和馬さんでいっぱいだ。
「ユウカ、分かりますか?こんなにもピタリと重なるなんて、私たちは本当にお似合いなんですね」
 艶めく声が耳に響いて色っぽく揺すられれば、あっけなく和馬さんに翻弄されてしまう。徐々に私の意識が白く霞み、何も考えられなくなってゆく。
 でも、その前に、これだけは言っておかなくちゃ。
「か、和馬さん、す、好き……」
 熱が全身を駆け巡り、私の息は乱れている。それでも掠れた声の小さな告白は、きちんと彼に届いたみたい。
 返事のように、和馬さんの大きな手が私の髪を撫でた。
「ん、く……」
 小さく声を上げながら、しっとりと汗ばむ彼の肩におでこを押し付ける。
「ユウカ、可愛いですよ」
 そう耳元で囁いた和馬さんが、と大きく私を揺すり上げた。 
「……あ、あぁ!」
 ブルブルと体全部を震わせた私は、一際甲高く啼いた後、ガクン、と彼の胸に凭れかかる。
 ほどなくして彼も動きを止めた。
 忙しない呼吸を繰り返しながら、
「愛しいユウカ、私の宝物……」
 と満足そうに呟く和馬さんに、恥ずかしいと思いながらも、胸が温かいものでいっぱいになるのを感じたのだった。



 肩で息をして、心臓の動きは最高潮。
 それは和馬さんの心臓も同じらしく、そのリズムは私のものと一緒。そのことがすごく幸せに思えた。
「心臓の音が和馬さんと一緒で、なんか、それが幸せだなって。好きな人と同じものがあるって、とっても嬉しいことなんです。好きな人が私を好きでいてくれることって、とっても、とっても幸せなんです」
 クスクスと笑う私に、和馬さんも静かに笑う。
「ふふ、その気持ちはよく分かりますよ。私もすごく幸せですから」
 クタリとしている私の頭をポンポンと優しく叩く和馬さん。
「いいですか、ユウカ。恋人や夫婦にとって『お似合い』というのは、なにも外見やステータスのバランスを見て言うことではないのですよ。私はユウカが好きで、ユウカも私を好きでいてくれます。こんな風に、お互いの気持ちが重なり合うことが『お似合い』ということではないでしょうか」
 穏やかな口調で語られる和馬さんの言葉が、ストンと胸の中に落ちてきた。

―――ああ、これだ。私が探していた答えは。

 ようやく呼吸が整った私は顔を上げ、すぐそばの和馬さんを覗き込む。
「デコボコだっていいんですよね。好きっていう気持ちが大事なんですよね」
 私の言葉に、和馬さんの瞳が一層優しげに細められた。
「ええ、そうです。人から見られてどうこうということよりも、お互いの気持ちがピタリと寄り添っていることが、なによりも大切なことだと私は思いますよ」
 そう言って、和馬さんは私の瞼にキスを落とす。
「まだ目が赤いですね。ユウカは泣き顔も可愛いですけど、笑顔の方が一段と可愛いですよ」
 吐息のかかる至近距離で見惚れるほどにカッコいい和馬さんにそんなことを言われて、照れずにいられる方法などあるはずもない。
 ボフッと音を立てて一気に赤くなった顔に、和馬さんは何度も唇を寄せてくる。
「ですが、快楽で『啼く』ユウカの姿も、それはそれは可愛らしくて。笑顔と同じくらい大好きですよ」
 艶っぽい意味を含ませたセリフにヒヤリとした瞬間、和馬さんに唇を塞がれた。

―――それ、「なく」意味が違うんですけど!?
 
 心の叫びは言葉になることもなく、再び和馬さんに翻弄される私であった。

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