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悠久の王・キュリオ編2
《番外編》ホワイトデーストーリー19
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「アオイ姫様! よかった、体調を崩されてお倒れになっているのかと……」
「うん……」
続々と学園の生徒たちが下校していくなか、仕える姫の姿が見えないことに焦りを募らせたカイは、木の陰に身を隠しながらも校門のすぐ傍までやってきていた。
「失礼します。落ちないように俺の首に腕をまわしていてくださいね」
「……え? きゃっ」
生返事を体調不良のせいだと勘違いしたカイはアオイの体を軽々と抱き上げ、馬を繋いである裏通りへと足を向けた。
「カイ、違うの! 私大丈夫だからっ……」
鼻先にある自分より少し大人な剣士に首を振って答えるも、唇を引き結んだ彼が聞き入れてくれる気配はない。
「ねぇ、お願い」
まだ学園からそう離れていないため、下校途中の生徒に見られる可能性もある。カイが王宮の従者であることさえバレなければ見つかったからといってどうこうはないが、口下手なアオイは誤魔化すのも一苦労で、突っ込まれでもしたらボロが出てしまいそうで怖いのだ。
「ではそのように暗い顔をしておられるのは何故です? 俺が納得するような説明はご用意しておられますか?」
「それは……」
真っ直ぐなカイの真剣な眼差しに問われ、言い訳など準備していなかったアオイは咄嗟に口籠ってしまった。キュリオの行動に不満があり言い合いになったと、この若い剣士に伝えたところで彼が困り果ててしまうことは明らかなため、なるべく核心には触れず……だからと言って嘘にはならない程度の言い訳を考えた。
「……テストの点数が良くなかったの。
昨日ちゃんと復習して理解していたつもりだったのに……ほんと全然駄目で……」
そう呟きながら吐息をこぼすと、彼は「うーん……」と呻きながら歩調を緩め、やがて立ち止まった。
「昨夜拝見させていただいた限りでは間違いなど見られませんでしたが、やはり体調がお悪いと頭の回転も鈍りますからね」
労わるような柔らかい笑みを向けられたアオイはいつも傍に居て励ましてくれるこのあたたかい存在に救われながらも、心の底から笑えない自分が知らず知らずに彼から目を背けていることに気づく。
「ごめんね……カイ」
「え?」
疑うことを知らず、ただただ目を丸くする彼を見ていると自然に目頭が熱くなっていく。
(物心ついたときからずっと一緒だったカイに言えないことなんてなかったのに……)
やがて精神的な疲労から寝息を立てて意識を手放した少女を抱えたカイは、己の外套でその身を優しく包みながら馬へ飛び乗りゆったりと走らせる。
「……」
いつも偉大な王に守られ隠され、ただただ愛でられていた幼い姫。
キュリオの言うことに疑問を抱くことなくこの年齢まで愛されるままに育った彼女はまさに鳥籠のなかの小鳥も同然だった。しかし、そんな彼女が反対する王に嘆願し、ようやく許してもらえた外の世界に目を輝かせていたこの数か月。
友達ができたと喜び、集団生活の中で平凡な毎日を過ごすことに幸せを感じていたはずの彼女が直面したのもまた、平凡で有りがちな悩みなのかもしれない。ましてや一度や二度の失敗でその人間の価値が損なわれることなどなく、恐れることはないと言ってやりたかった。が――
比べられることに慣れていないこの少女の精神的なダメージは如何ばかりかと考えてしまう。
「こんなにお窶れになって……」
学園へと送り届けたときよりも明らかに疲れた顔をしているアオイ。心配をかけまいとする気遣いはいつものことだが、それは心労が原因であると考えたカイは馴染の人物にこの件を相談することに決めた。
「……それでアオイ様は?」
「部屋で眠ってる。食事の前にお声掛けしてみるけどさ、なんか元気づけられる方法ねぇかな……」
眠ったままのアオイを彼女の私室に送り届けたカイはアレスのもとへやってきていた。
魔導師の彼は師であるガーラントの命により書庫で魔導書の整理に追われていたが、カイの話を聞くなり手を休めて腰を落ち着ける場を設けてくれた。
「おそらく自信の喪失が原因だと思うけど……その”ごめんね”が気になるね」
冷静な判断ができるアレスにアオイとの会話のすべてを話したカイ。謝罪の意味を聞く前にアオイが眠りに落ちてしまったため、その真意がわからずに戸惑いをみせていた。
「……そうなんだよな。なんか言えないことでもあんのかなって、勘ぐってみたけど思いつかねぇし……」
カイはアレスが積み上げた貴重な魔導書に顎を預けて突っ伏すと、素早く横から伸びてきた腕に支えを抜き取られてしまい、バーン! と激しく顎を打ち付けたカイは恨めしそうにアレスを睨む。
「痛ってぇな! お前には優しさってもんはないのかよ!」
「君より貴重な魔導書だ。見ていたのがガーラント先生だったらカイは燃やされていたかもしれないよ?」
「げげっ!」
本気で蒼褪めるカイを余所にアレスは話題を戻す。
「まずは無理に聞き出そうとせず、打ち明けてくれるまで待つしかないよ。
それと……学問でお困りなら私たちが力になれるけど、悩みが他にあってそれがキュリオ様の御心に反することだったらお助け出来ないのはわかってるよね」
仕える姫君のこととなると危うく道を踏み外してしまいそうになる彼へ釘を刺すようにアレスがピシャリと言い放つ。
「……わ、わかってるって!」
座っていた椅子が引っ繰り返るくらいの音をたてて立ち上がった剣士は、姫君の様子を見てくると言い残しバタバタと書庫を飛び出した。そして一度遠ざかったと思った足音が再び扉の前を通過したところをみると、アレスの図星の指摘に動揺した彼が方角を間違ったことが伺える。
(……君の一番は今も変わらずアオイ様なんだろうね、カイ……)
王に仕える従者としてキュリオより上があってはならない。しかし、理性というものをとっくの昔に飛び越えて、王の娘に密かな恋心を抱いているカイが最も優先するのはやはりアオイだった。
任務に私情が絡めば判断を誤る可能性がある。結果、それが致命傷となり己の身を滅ぼすことに繋がるため、カイのような人間は適任じゃないかもしれない。
だが、慈しむべき王の娘は本音で語り合える人物を好むため、滲み出る感情を偽ることなく表現できる人間味にあふれた彼のような人物が最適なのだろうとアレスは思い始めていた。
「いつだってアオイ様が欲するのは感情が込められたあたたかい言葉なんだ――」
「うん……」
続々と学園の生徒たちが下校していくなか、仕える姫の姿が見えないことに焦りを募らせたカイは、木の陰に身を隠しながらも校門のすぐ傍までやってきていた。
「失礼します。落ちないように俺の首に腕をまわしていてくださいね」
「……え? きゃっ」
生返事を体調不良のせいだと勘違いしたカイはアオイの体を軽々と抱き上げ、馬を繋いである裏通りへと足を向けた。
「カイ、違うの! 私大丈夫だからっ……」
鼻先にある自分より少し大人な剣士に首を振って答えるも、唇を引き結んだ彼が聞き入れてくれる気配はない。
「ねぇ、お願い」
まだ学園からそう離れていないため、下校途中の生徒に見られる可能性もある。カイが王宮の従者であることさえバレなければ見つかったからといってどうこうはないが、口下手なアオイは誤魔化すのも一苦労で、突っ込まれでもしたらボロが出てしまいそうで怖いのだ。
「ではそのように暗い顔をしておられるのは何故です? 俺が納得するような説明はご用意しておられますか?」
「それは……」
真っ直ぐなカイの真剣な眼差しに問われ、言い訳など準備していなかったアオイは咄嗟に口籠ってしまった。キュリオの行動に不満があり言い合いになったと、この若い剣士に伝えたところで彼が困り果ててしまうことは明らかなため、なるべく核心には触れず……だからと言って嘘にはならない程度の言い訳を考えた。
「……テストの点数が良くなかったの。
昨日ちゃんと復習して理解していたつもりだったのに……ほんと全然駄目で……」
そう呟きながら吐息をこぼすと、彼は「うーん……」と呻きながら歩調を緩め、やがて立ち止まった。
「昨夜拝見させていただいた限りでは間違いなど見られませんでしたが、やはり体調がお悪いと頭の回転も鈍りますからね」
労わるような柔らかい笑みを向けられたアオイはいつも傍に居て励ましてくれるこのあたたかい存在に救われながらも、心の底から笑えない自分が知らず知らずに彼から目を背けていることに気づく。
「ごめんね……カイ」
「え?」
疑うことを知らず、ただただ目を丸くする彼を見ていると自然に目頭が熱くなっていく。
(物心ついたときからずっと一緒だったカイに言えないことなんてなかったのに……)
やがて精神的な疲労から寝息を立てて意識を手放した少女を抱えたカイは、己の外套でその身を優しく包みながら馬へ飛び乗りゆったりと走らせる。
「……」
いつも偉大な王に守られ隠され、ただただ愛でられていた幼い姫。
キュリオの言うことに疑問を抱くことなくこの年齢まで愛されるままに育った彼女はまさに鳥籠のなかの小鳥も同然だった。しかし、そんな彼女が反対する王に嘆願し、ようやく許してもらえた外の世界に目を輝かせていたこの数か月。
友達ができたと喜び、集団生活の中で平凡な毎日を過ごすことに幸せを感じていたはずの彼女が直面したのもまた、平凡で有りがちな悩みなのかもしれない。ましてや一度や二度の失敗でその人間の価値が損なわれることなどなく、恐れることはないと言ってやりたかった。が――
比べられることに慣れていないこの少女の精神的なダメージは如何ばかりかと考えてしまう。
「こんなにお窶れになって……」
学園へと送り届けたときよりも明らかに疲れた顔をしているアオイ。心配をかけまいとする気遣いはいつものことだが、それは心労が原因であると考えたカイは馴染の人物にこの件を相談することに決めた。
「……それでアオイ様は?」
「部屋で眠ってる。食事の前にお声掛けしてみるけどさ、なんか元気づけられる方法ねぇかな……」
眠ったままのアオイを彼女の私室に送り届けたカイはアレスのもとへやってきていた。
魔導師の彼は師であるガーラントの命により書庫で魔導書の整理に追われていたが、カイの話を聞くなり手を休めて腰を落ち着ける場を設けてくれた。
「おそらく自信の喪失が原因だと思うけど……その”ごめんね”が気になるね」
冷静な判断ができるアレスにアオイとの会話のすべてを話したカイ。謝罪の意味を聞く前にアオイが眠りに落ちてしまったため、その真意がわからずに戸惑いをみせていた。
「……そうなんだよな。なんか言えないことでもあんのかなって、勘ぐってみたけど思いつかねぇし……」
カイはアレスが積み上げた貴重な魔導書に顎を預けて突っ伏すと、素早く横から伸びてきた腕に支えを抜き取られてしまい、バーン! と激しく顎を打ち付けたカイは恨めしそうにアレスを睨む。
「痛ってぇな! お前には優しさってもんはないのかよ!」
「君より貴重な魔導書だ。見ていたのがガーラント先生だったらカイは燃やされていたかもしれないよ?」
「げげっ!」
本気で蒼褪めるカイを余所にアレスは話題を戻す。
「まずは無理に聞き出そうとせず、打ち明けてくれるまで待つしかないよ。
それと……学問でお困りなら私たちが力になれるけど、悩みが他にあってそれがキュリオ様の御心に反することだったらお助け出来ないのはわかってるよね」
仕える姫君のこととなると危うく道を踏み外してしまいそうになる彼へ釘を刺すようにアレスがピシャリと言い放つ。
「……わ、わかってるって!」
座っていた椅子が引っ繰り返るくらいの音をたてて立ち上がった剣士は、姫君の様子を見てくると言い残しバタバタと書庫を飛び出した。そして一度遠ざかったと思った足音が再び扉の前を通過したところをみると、アレスの図星の指摘に動揺した彼が方角を間違ったことが伺える。
(……君の一番は今も変わらずアオイ様なんだろうね、カイ……)
王に仕える従者としてキュリオより上があってはならない。しかし、理性というものをとっくの昔に飛び越えて、王の娘に密かな恋心を抱いているカイが最も優先するのはやはりアオイだった。
任務に私情が絡めば判断を誤る可能性がある。結果、それが致命傷となり己の身を滅ぼすことに繋がるため、カイのような人間は適任じゃないかもしれない。
だが、慈しむべき王の娘は本音で語り合える人物を好むため、滲み出る感情を偽ることなく表現できる人間味にあふれた彼のような人物が最適なのだろうとアレスは思い始めていた。
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