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4話
しおりを挟む「イース、ミエル。お前ら資料の整理をよろしくな」
訓練の合間に言われた台詞で、イースの剣がすっぽ抜けた。「んぎゃ!?」 被害が出た同僚から抗議の声が聞こえるが気にしない。
「なんですか? 団長。え、何をって?」
「資料だ。まさか使用人にさせるわけにもいかんだろう。あそこには重要なものがたんまり詰まってるんだ」
お前らいくら自分たちが優秀だからって、新人だってことを忘れちゃいないだろうな? と強面ヅラのヒゲをいじりながらの言葉に、イースは顔をひくつかせた。そして遅れて告げられたミエルが叫んでいる声が聞こえる。「なんであいつと! 絶対に嫌です!!!」
***
抵抗など虚しく、イースとミエルは互いにハタキと雑巾を持っている。
ギリギリと歯ぎしりをしながらも、背中を向け合ってたまり溜まった埃をおさらばさせていく。本棚の中には歴代の騎士達の得意の魔法やら、名簿やらがたんまりだ。部屋は幾重にも魔法結界が施されており、たとえ一級魔法を打ち込まれたところで扉はびくともしない。
そんな貴重な部屋を使用人に掃除させるわけにはいかない、というところは理解しているが、なんでこんなやつと、とミエルはただただ舌を打った。正直なところ、これは危ない。日課のキスすら済ませていないのだ。訓練終わりの悶々とした気持ちが膨らみ、おかしくて暴れ狂ってしまいそうだ。
「さっさと終わらせましょう。私が本棚を持ち上げるわ。中身を全て落として拭いて、もとに戻す。これでいいわね」
「いいわけあるかこの怪力ゴリラ。本が傷つくだろうが! これだから脳みそ筋肉なやつは……」
「だ、誰がゴリラですって!?」
「んだとコラ。お前に決まってるだろうがやるかコラ」
「私がゴリラだなんてゴリラに失礼よ! 魔法に頼らなければ岩も砕くことができないのに! ゴリラに謝りなさい!」
「そっちかよ!?」
会話が噛み合わないのはいつものことである。しかしイースの言う通りだ。ミエルは自身の短絡さに嫌気がさしつつ、黙々と掃除をした。
「おい、ミエル。ちゃんと端まで拭いてるか? 角が丸いぞ」
「細かいわね……」
まるで小姑のようである。一見大雑把に見えるこの男だが、案外繊細なのだ。魔法が得意であるのだから、当たり前とも言えることだが。「ほんと団長にしろ、うちの部隊のやつらは適当っつうか、なんというか」 ぶつくさと呟くのは日頃からの不満だろう。
「……あなたが第二部隊に配属されたがっていたのは知ってるけど、仕方ないじゃない。第三部隊よりも、ずっとマシだと思うわよ」
第二部隊とは、魔法を得意とするものが集まる部隊で、第三部隊は剣のみを得意とするものたちだ。ミエルの呟くような抗議の言葉に、「ア?」とイースは片眉をぴくりと吊り上げた。「誰が第二部隊に配属されたがってたって? そんなわけないだろ。俺は今の部隊でなんの不満もなかったが」 そもそも、あそこの団長はいけ好かなくて嫌いなんだ、と雑巾を片手に首を振ったイースに、「え?」とミエルは瞬いた。そのときだ。
かちゃん
扉の鍵が閉まる音に、二人はぱちぱちと瞬いた。
「ちょっと待って、しまったわ」
「しまったな」
ガチャガチャとドアノブをいじってみる。びくともしない。扉に、そもそも物理的な鍵はない。あるのは固有の魔力で施す、糊付けされたあとだ。
――――部屋は幾重にも魔法結界が施されており、たとえ一級魔法を打ち込まれたところで扉はびくともしない。
つまり、ぴったりと結界が張り巡らされているため、二人の声は外に聞こえることもなく、人が入ることも滅多にない部屋だ。鍵閉め役が、中を確認せずにうっかり閉めてしまったのだろう。ミエルとイースは眼前を覆った。
「……まあ、なんとかなるだろ。とりあえず掃除をするか」
「そうね。叫んだところできこえるものではないし。頼まれたことを終わらせましょう」
そして冷静に掃除を再開した。つもりだった。しかしきっかけは簡単だった。ぴたりと目を合わせたとき、まあ、ちょっとくらいキスの一つでもしてもいいだろう、と考えたのだ。まだ今日の日課を終わらせていないのだから。いつもは木の幹を背にするところ、ミエルは本棚を背に、互いにキスを交わした。
始めこそは文句を言っていたものの、軽く一、二度唇を合わせると言葉も止まった。ちゅ、ちゅ、ちゅっ。イースはわざと音を鳴らした。この部屋は防音だ。周囲の様子を伺いながら、隠れて唇を合わせる必要なんてどこにもない。ミエルもそれに倣った。たどたどしくもイースの舌に応じて、片手は互いにからませて、指先がこすれるほどにぞくぞくした。
「あっ、ん、んう、うん……」
声を我慢する必要がないとなると、二人は無意識に感情が高ぶっていく。唇を離して、荒い息のまま見つめ合った。すっかり窓の外は暗くなってしまっている。扉は、開かない。
おかしくなりそうだ。
そう思ったのはイースだ。可愛らしくて、綺麗で、整った顔をしているくせに、いつも憎たらしい言葉しか話すことのないミエルが、水色の瞳をうるませてこちらを見ている。すでに彼女を好きだと叫ぶ気持ちはあるが、こんなものまやかしだ。わかっているのに、おかしくなってしまいそうだった。これ以上顔を合わせることなんてできないと思うと、無理やり彼女を反転させた。
「な、なにをするの……?」
「うるせえ、黙っとけ」
あんまりにも可愛いから、顔なんて見ることができない、なんて言えるわけがなくて、イースは唇を噛み締めた。じゃあこれからどうするか。勝手に彼女を後ろから抱きしめていた。びくりと震えたミエルが、これまた愛しく感じたが、ただ抱きしめたかっただけだと彼女にバレるわけにはいかなかった。ならばと行為を進めた。
「ちょ、ちょっとイース……!!」
胸元に手を置いたが、彼女は固い革宛てをしている。正直言って、つまらない。ならば下だ。彼女もイースと同じくズボンの隊服を着ている。「な、なにを……!!?」「だまっとけっつってるだろ」 本来なら豪腕の彼女だ。イースの拘束など、あっという間に解けるはずだが、魔法を使うことすら忘れていた。
かちゃかちゃとベルトの金具を落として、隙間にそっと手のひらを入れる。「ひ……っ」 ミエルは息を飲み込んだ。彼女が逃げようとした体を、鍛え上げられたイースの体は放さなかった。「……ハッ」 イースは口の端を上げて、笑った。
「ぐっちょぐちょだな」
「…………う」
ミエルは、羞恥に耳を赤くそめ、瞳をつむった。イースの下腹部にあるそれも、痛いばかりに膨れ上がっていた。それをごまかすための言葉であったが、ミエルはそんなことに気づきもしなかったし、そんな場合でもなかった。ただ、キスをしただけでこんなことになってしまっている。その事実が恥ずかしくてたまらなかった。
そんな彼女を、イースはまた可愛らしいと感じた。優しく、まるで愛しいものを見るかのように瞳を細めたが、後ろから抱きしめられているミエルはもちろん気づかない。「糸、ひいてんな」 彼女のズボンを膝までおろし、彼は中指をゆっくりと彼女の下着越しに叩いた。それだけで、ぐちゅぐちゅと水音が聞こえる。
「エロい女だな」
「ふざけるな……! や、うんんっ!」
「言葉と態度が合ってねえよ」
「や、め……!」
イースは慣れた手付きで中指でいじくる。その度にミエルは甘い声をとびはねさせた。この声をききたい、と思う。それこそ、普段から隠れてこそこそとしていたのだ。おかしくなってしまったのは互いだった。すっかり下着の役割をこなすことができず、ぐしょぐしょに濡れた布の隙間を、さらにイースは求めた。くにゅり、と柔らかいものを感じる。「ひ、や、ひうう……っ!!」 ミエルは両手に口元を押させ、震えた。「やめ、そこは、そこはあ……!」「黙れって……!」 嘘だ。もっと声をききたい。
いやいや首を振るミエルの体を後ろから抱きしめ、イースは彼女の膣の外側を幾度も撫でた。可愛らしいほどにつるつると液がたれてくる。静かに、彼はひとさし指の先をうずめた。「ひい……っ!」 くちゅくちゅとゆっくりと上下を繰り返す。「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ……!!!」 すでに下着はズボンとともに彼女の足先にひっかかっている。
ガタガタと揺れる本棚はひどく不便だったから、壁際に移動した。ミエルに壁に手をつかせ、尻を出させた。それを後ろから抱きしめたまま、イースは彼女の膣をいじった。イースが指を動かすたびに、彼女の愛液がふとももを伝い、ぽたぽたと床にこぼれていく。「声、もっと、出せ……!!」 言ってしまった。もう指先だけでは我慢なんてできなかった。さらに深く指をうずめた。根本までずっぽりと入れられたはずが、丁寧にほぐしたイースの仕業で、ミエルは痛みも感じない。ただ恐ろしいほどの快楽だけだ。
嫌だと、口では言いながらももっとしてほしいと望んでいる自身がいると、ミエルは己が恐ろしかった。聞いたこともない嬌声が口から飛び出す。イースに、聞いてほしくもなかった。あまりにも淫らで、恥ずかしかった。なのに彼の太い指が根本までうまる瞬間、悲鳴を上げるかのごとく喜んでいることが情けなくてぽろぽろと涙が溢れた。ぐりぐりと動くそれがたまらない。
「き、きもち、い、い……!」
「そりゃ、よかったな……!!」
訓練なんかよりもよっぽど辛い。ぐちゅぐちゅ響いた水音がひときわ大きくなって、ぱっちりと何かが頭の中で弾けたとき、ミエルはくたりと崩れ落ちた。慌てて抱きかかえたのはイースだ。やりすぎたと気づきはしたが、あんまりにも可愛らしいからキスをしたくなった。でもすぐさま我に返った。「お、おいミエル、おい! なあ、おい!」
***
ミエルが目を覚ましたらベッドの上だった。
「げろ」
くるくるした瞳でグリュンが彼女を覗き込んでいる。「よかったあ」 へにゃりと笑った彼はいつものことだ。
「……あの、私……」
「ここ、僕とイースの部屋だよ。イースがね、ミエルを運んできたの。でもね、自分がいると、ミエルが嫌がるだろうからって」
その言葉をきいて、今は自身の感情をどう捉えていいかわからなくて、そっとベッドの毛布を引き寄せた。背中から抱きしめられていたものだから、ミエルはイースの顔は見えなかった。それでも、聞こえた低い声だとか、彼の荒い息を思い出すたびに混乱して、頭の後ろがふわふわする。けれどもハッとした。
「それより、私、鍵をかけられて」
まさか自分のあられのない姿を誰かに見られてしまったのだろうか。さっとミエルは顔を青くさせたのだが、グリュンはきょとりと瞬いて、首を傾げた。
「ああ、鍵。イースがいってたの。天才魔術師の俺に開けられない鍵はないって」
「あ、あいつ……!!!」
もともと、部屋に物理的な鍵はない。魔術でコーティングされているだけだ。それを開けるなど至難の技で、おいそれとできるものではないはずなのだが、イースは騎士団きっての天才だ。つまり、初めから開けることができたのに、閉じ込められたふりをした。
「やっぱり、嫌い……!!」
ミエルは叫んだ。怒りのあまりに、真っ赤に顔を赤くして。そんな彼女を見て、「ほ、ほわわわわ」とグリュンは両手をあわあわさせるし、適当に外で暇を潰していたイースは、くしゅんと大きなくしゃみをした。
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