翅(はね)の夢 〜昏(くら)い後宮で、ひとりの貴人と、若き宦官の見る夢は

センリリリ

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砂漠の端の国

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 綉葩はもともとは西方の砂漠のはたにある、小さな国の王女だった。
 素朴な作りの服を好んで身につけ、砂地を裸足で駆けまわり、人々が集うオアシスの沐浴場にふざけて服のまま飛び込むような活発な娘で、おとなしい性質の兄の王太子より、よっぽど勇猛な武人になろうとまで言われていた。
 決して豊かでもなく、最先端の文化があるわけでもなかった。
 それでも、おおらかでのんびりとした自分の国の生活を、心から愛していた。
 しかし、慶邁帝の派遣した軍を何度も押し返し、武名を轟かせた父王が亡くなると、運命は一変した。
 王位を継いだ兄に、戦の才能はまったくなかった。
 その頃進軍してくるのは、本気で討伐に来るというよりは、辺境を任された将軍がノルマを果たすためにやってくるような、やる気の薄い軍だった。
 それにも関わらず度々苦戦し、結局、臣従同盟を結んで属国となることが決まった。
 ある程度の自治を認める代わりに、武力の放棄と定期的な貢ぎ物を納めることとなり、そのために揃えられた物品のなかに、綉葩も含まれていた。
 色好みで有名な慶邁帝たっての希望で、後宮へと招かれたのだ。
 臣従を誓った立場上、これを断ることは考えられなかった。
 そもそも、このあたりは小さな国々がひしめくように存在していて、各国の王族どうしの政略結婚は、当たり前といえば当たり前のことだった。
 綉葩の母も隣国から嫁いできた身で、結婚前には父の顔も見たことはなかったという。
 それでも夫婦仲は睦まじく、父より先んじて五年ほど前に母が亡くなって以来、王として再婚をまわりじゅうから勧められても、なかなか首を縦にはふらないほどだった。
 一夫多妻の国もあり、だから綉葩自身でさえ、貢ぎ物を積んだ隊商とともに不毛な砂漠をはるばる越え、二度と出ることのない自分の宮に入るまでは、おのれの境遇に疑問を持つことはなかった。
 翌日さっそく、足を切られる処置を施されるまでは。
 いくら麻酔と外科の技術が発達している国とはいえ。
 自分で歩く力を奪われた屈辱は、今でも忘れることはできない。
 というか、処置を施されて以来ずっと続く鈍い痛みが、忘れさせてはくれない。
 そうやって、彼らにとっての『見栄えのよさ』だけのために、肉体を損傷されたことにも怒りを覚える。
 聞けばこの処置に失敗して、後宮に入った早々、命を落とす者までいるという。
 そんな事例があってもなおこの慣習が連綿と続いていることに、自分たちは人間ではなく玩具として扱われているのだと、すぐに理解した。
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