翅(はね)の夢 〜昏(くら)い後宮で、ひとりの貴人と、若き宦官の見る夢は

センリリリ

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飛ぶ夢

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 後宮の人々は、咒や占いが好きだ。
 何をするにも、いちいち占いでお伺いをたてる后妃さえいると聞いている。
 さらには、ライバルを蹴落とそうと、密かに咒を使って呪おうとする者までいるという、暗い噂もよく出回っていた。
 もちろん、綉葩の出身国にもその手のものはあった。
 しかしどちらかというと過酷な自然の変遷を予測・予防しようという側面が強い。
 だからこういったことに、あまり傾倒したことはなかった。
 だが、誰より信頼する煕佑の勧めだ。試してみてもいい気がした。
 脇の卓に置いてある刺繍道具の箱から一番細い針を取り出し、先をよく拭き親指の先につぷりと突き刺す。
 かすかな痛みが走り、すぐに小さな血の玉ができあがった。
 それを蝶の紙片の上へ垂らす。
 紙の白、墨の黒。
 二色だけの世界に、鮮やかな赤が加わり、染み込んでいく。
 それを眺めていたはずだ。
 しかし次の瞬間気がつくと、己の後頭部を見下ろしていた。
 枕に顔を伏せ、身体がちょうど蝶の絵の上に覆いかぶさっている。
 そして今まで気づかなかった香りが、窓から流れ込んでいるのを感じた。
 甘い誘うようなそれに惹かれ、気がつくと、窓の隙間から外に出ていた。


 月明かりの下それを辿ると、早咲きの春告草だった。
 紅い花びらにとまり、そこで初めて、自力でここまで来たことに気づいた。

 飛べる!

 歩くことさえままならなかったのが、一足飛びに自由に動ける身になったと思うと、心と一緒にはねが震えた。
 まわりを窺うと、使用人専用の小さな木戸を開けて帰ろうとしている、煕佑の背中が見えた。
 花から飛びたち、その肩にとまる。
 煕佑は驚いて動きを止め、囁いた。

「綉葩さま?」

 トン、トン。

 蝶は二度、肩を弾くように飛んではとまり、を繰り返した。

「あまり身体から遠くまで行ってはいけませんよ。魂が帰れなくなります」

 トン、トン。

「ですから、ついてきてはいけません」

 スゥ。

 蝶は翅で煕佑の肩を撫でるようにする。

「どうぞお聞き入れを。万が一があってはいけません。なにごとも慎重に」

 蝶は翅をひとしきり震わせたあと、拗ねたのかなんの反応もしないまま、綉葩の寝室へと飛んで行った。
 それを見送りながら、煕佑はかすかな笑顔を浮かべる。
 きっと明日からは、綉葩の顔色はよくなるに違いない。それを期待した。
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