翅(はね)の夢 〜昏(くら)い後宮で、ひとりの貴人と、若き宦官の見る夢は

センリリリ

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- 陸 -

翅の心

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 蝶になれるのは、本当に短い時間だった。
 しかも人目をはばからないといけないので、機会もなかなか巡ってこない。
 それでも、綉葩の日々の張り合いは違ってきた。
 なにもかもがままならない肉体からも生活からも解き放たれて、飛び回ることができる。
 そう思うだけでも、心の慰めになった。
 だが皮肉にも、体調がよくなってきたことで、また夜伽に呼ばれるようになった。
 送り迎えの煕佑に会えるのは嬉しかったが、その後の長い夜は日に日に耐えがたくなってくる。
 しかたなく綉葩は、瑯鑽宮に戻ると、疲れたので昼寝をすると言って、日中は寝所にこもるようになった。
 もちろんそれは言い訳で、人払いをした後に蝶になり、庭を飛び回って鬱憤を晴らすためだった。
 その頻度が上がるにつれ、蝶の絵の紙は、血の紅さを増していった。
 綉葩はそれを小さく畳み、棚の引き出しの裏に貼りつけ隠しておいた。
 誰にも知られてはならない。
 綉葩は煕佑との秘密に、なぜか心が踊った。



 そんなある日、瑯鑽宮の庭に汚物や小動物の死体が撒き散らされるという事件が起きた。
 犯人はわからなかった。
 しかし、このところ夜伽を独占している綉葩に嫉妬した后妃の誰かの仕業に違いないと、誰もが噂しあった。
 事態を重く見た慶邁帝は、瑯鑽宮を巡回する頻度を増やすよう、宦官たちに申しつけた。
 となると担当する人員を増やす必要があり、そのなかには煕佑もいた。
 いつしか綉葩は、彼が巡回してくる時間を狙って、咒を使うようになっていた。
 柱や開け放した扉、植え込みの陰などに不審な人や物がないか、二人ひと組で彼らが敷地をまわるあいだ、綉葩は蝶になって周りを飛んだ。
 煕佑もさすがに話しかけはしなかったが、綉葩だとわかってはいるのだろう。好きにさせていた。
 そんな日が、永遠に続くと思えた。
 だがある夜、夜伽の迎えに来た宦官を見て、なにかが起きたことを綉葩は悟った。
 初めて見る者だったからだ。
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