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温泉の街

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『マルファン観光ガイドマップ』

『マルファンはグランヴァルト王国の温泉街です』


「おお! 国の名前が判明した! グランヴァルト王国かぁ。覚えずらいな……。
 ええと……」


『街には温泉場が数ヶ所あります。それぞれ異なった味、効能があります。
 温泉は専用のコップで飲みましょう』



「あ~~、飲泉なんだね。
 飲むより入浴したい派なんだけど、せっかくだから専用コップ買ってみるか」

 地球で飲泉の経験はある。

 小学三年の時に飲泉の本場、チェコのカルロヴィ・ヴァリに行ったことがあった。

 山に囲まれた小さな町だった。町の中心をテプラ川が流れ、のどかで綺麗な町だった。
 テプラ川の水温が高いと聞いて、私が飛び込もうとしたから、父親と母親にとめられたっけ。

 ボヘミアンガラスの土産物店で、カットが美しい小さめのグラスを、お小遣いで購入した。
 貧乏になった時に家から消えたけれど、売ってしまったのだろうか。もう一度欲しいな。
 似たような環境なら、マルファンでもガラス技術が発達しているかもしれない。
 後で土産物店を覗いてみよう。


 高級ホテルがあった場所から少し離れると、観光地らしい街並みが広がっていた。
 庶民的な土産物店が並び、屋台では食べ歩きできる物がたくさん売っている。

 後で昼食用に何か購入しよう。

 売店で飲泉専用のシンプルな素焼きのカップを一つ購入した。
 このカップを持って、複数ある温泉場で飲み歩きするらしい。

 観光マップによると、すぐ近くに温泉場があるようだ。
 
 広場のようになっている場所に観光客が数人集まっていた。
 探さなくても、人の流れで目的地が分かって有り難い。迷うと時間がもったいないからね。

 広場の一角に温泉場があった。

 筒状の棒から温泉水が常に流れ、色鮮やかなタイルで装飾された箱に並々に貯まっている。

 棒から流れた温泉をカップに汲んで、飲み終わったら貯まった温泉水でカップを濯ぐらしい。

 カップに温泉水を注いでみる。
 匂いは……ほんのり硫黄臭。
 この匂いは飲むにはためらうな。

 カルロヴィ・ヴァリで最初に飲んだ飲泉が、鉄分、硫黄分が特にキツイ温泉だった。あまりの強烈さに、口に含んだだけで、吹き出してしまった。

 15歳以下は飲泉禁止だと後で知った。お腹緩くなったりするからね。

 飲み込みはしなかったけど、当時小学生だった私はしっかりトラウマになったのだ。

 あの頃は子供だったけど、大人になった今ならどうだろう。
 子供の頃は苦かったビールが、大人になると美味しく感じるように、飲泉も美味しいと思うのかな。
 私は大人になってもビールは苦手だったけれど。
 ビールは高いしね。

 ……どうせケチです。

 ミネラルウォーターなんて特に意味がわからなかった。
 日本の安全な水道水があるのに、水道の基本料金を払っているうえで、更にお金を出して買うなんて信じられない。
 ミネラルウォーター購入代金を考えたら、多少のカルキ臭さは全然気にならなかったよ。

 だから無料の温泉水は、是非とも試してみたいな。
 味は……期待していないけれど。
 
「……もしかしたら、異世界マジックで美味しかったりして」

 恐る恐る口をつけてみる。
 ほんの少量口に含んだ。
 瞬時に広がる硫黄味。
 
「うん。不味い」

 もう一杯!……とはならないよ。

 昔飲んだ、激マズ飲泉よりだいぶマイルドだけど、生暖かくて、硫黄臭がして、飲みにくいことこの上ない。
 他の人は普通に飲んでいるから、やはり好き好きなんだろうね。

「無料だし、身体にいい成分もあるから、出来れば飲みたかったんだけど……」

 飲泉は、身体に貯まった毒素を吐き出しやすくなる。便秘、不眠症、貧血予防に効果がある。
 この世界に来てから少しばかりお腹のお通じが悪いので、飲めたら良かったのだけど。それがなくても、せっかくの温泉だし、いろいろ試してみたかったな。

 観光マップを見る限り、まだ何ヵ所も温泉場があるらしい。
 味の説明はないけれど、美味しい飲泉もあるかもしれない。

「……硫黄の少ない飲泉があったら、また試そう」

 バート村の温泉は、熱くて水で割らないと入れない、火山性温泉。
 マルファンの温泉は主に冷泉で、非火山性温泉。
 馬車で1日程度の距離なのに、ずいぶん泉質が違うな。
 この世界の温泉も、地球のようにマグマで温められて……という仕組みなのかな。
 そもそもマグマはあるのか? 謎だね。


「そこのお嬢ちゃん! マルファン名物、温泉蒸しパンどうだい?」

 屋台のおじさんに声をかけられて覗いてみると、ホカホカの蒸しパンがセイロの中に並んでいた。
 名物なら食べてみたい。

「一つください」

「はいよ。お嬢ちゃん、観光かい?」

「いえ、移住希望です。物件を扱っている場所ってどこですか?」

「それなら役所だな。場所は分かるかい?」

「たぶん、観光マップに……あった!」

 蒸しパンを受け取って、代わりにナッツタルトをあげた。朝、洗濯のお姉さんにもあげて、朝食の変わりに食べてもまだ残っていたものだ。

「こんな洒落た菓子、いいのかい。悪いねぇ。蒸しパンおまけしとくよ」

「うわ、ありがとうございます。また来ますね」

 これでようやくタルトもなくなった。タルトを無駄にしないでよかった。
 正直、昼もタルトはキツかったからね。
 おじさんも喜ぶし、いいことづくめだ。

 観光マップを見ながら、役所に向かった。途中、何人かに道を聞きながら……。
 地図の読めない女なのは自覚していたけど、可愛らしい絵の描いた観光マップでも、一人で目的地に行けないなんて。
 少し自分にがっかりだ。
 無事に着いたからいいけどね。

 役所に入ると、受付カウンターに向かった。

 受付は三人いた。男性一人、女性二人。
 ざっと見比べて、一番優しそうなお兄さんのところにした。
 他の二人は若い女性で、キツイ顔立ちの美人だ。女は表情と心中が違いすぎて怖いからね。特に美人は強烈なイメージがある。思いきり偏見だけど。

「こんにちは。どのようなご用でしょうか」

 見た目が成人前の私にも、きちんとした対応をしてくれる。好印象だ。

「移住希望です。家を探してるんですが、どうすればいいですか?」

「身分証をお願いします。

 …………マイカ・イシカワ様ですね。22歳……ですか。
 ……はい分かりました。身分証お返しします」

 この世界で時々見かける、黒い箱で何か操作している。

「どれくらいの予算で、どのようなお家をお探しですか?」

「築浅で、トイレ風呂別。すぐ住める家を希望します。
 予算の上限はありません」

「ちくあさ……? 風呂……上限なし……ですか」

「そこそこ新しいお家のことです。古い家だと修理りが必要で、すぐ住めなかったりするでしょう?」

 受付のお兄さんは、また黒い箱で何かやりだした。
 何度もピコンと電子音が鳴った。
 ……気になる箱だ。

「……上限なしならば、おすすめが一軒あります。

 10年ほど前に富豪の老夫婦が建てられた屋敷です。
 3年前に老夫婦が亡くなってすぐ売りに出されています。

 値段が高額ですが、設備はすべて揃っています」

「お高いんでしょう?」

「そうですね。10億ペリンです」

 高っ! 思わず口から出そうになった言葉を無理矢理飲み込む。
 温泉観光地なら、当たり前なのかな?
 地球の観光地代表、南国ビーチなんて、もっと高額だったりするものね……たぶん。

「……今から内覧できます?」

 お兄さんは一瞬目を見開いて、咳払いをした。
 気持ちは分かる。金額を聞いて、まさか乗ってくると思わないだろう。

「……可能です」

「では、お願いします」

 10億ペリンの家を内覧することになった……。

 お金、あるよね?

 埋蔵金の正確な金額を知らないので、少し心配になる。
 世界的に困るほどの埋蔵金だから、これくらいで足りなくなったりしないよね。

    
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