東京大学野球部についての一考察~ただ一つ

西海 広

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弱み? 苦手? =頭が上がらない

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 郷田の表情に変化があったことを白鳥は見逃していなかった。
 郷田唯一の弱みであり、頭が上がらないもの。それは東京大学運動会応援部。いやここは正確に伝えなくてはいけない。かつてその応援部のチアリーダーで活躍していた郷田の細君だ。
 郷田は四年生の秋のシーズンで初めて背番号を付けることができたのだが、郷田の細君は一年の春のシーズンから神宮において注目を一人浴びていた。美しいプロポーションとアイドル並みの顔立ち、それをほっておくほど東大生はバカではない。受験勉強で性も根も尽きた新入生だけはなく、東大入学でステータスを手に入れた上級性も、普段なら通わない神宮球場にこぞってつめかけた。
 チア姿の鮎川都(現 郷田都)のしなやかな肢体を覗き見て、一時の安らぎを得るために、彼らは(男子学生)は人生で初めて勉強と研究の時間を割いたのだ。いつもは数えることができるくらいの学生しか神宮には足を運ばなかったが、都人気で東大側の応援席は毎回五千を超える学生で埋まった。もちろん、その学生たちの視線の先は神宮で戦う東大ナインではなく、鮎川都であったことは言うまでもない。
 0-18の九回表の郷田のマウンドでの姿を鮎川都は覚えている。神宮の中心でうなだれる郷田の姿を、みっともなくだらしなく、残念が纏わりついているような男だと都は思った。この男と添い遂げなければならないくらいなら、東京湾からロスアンゼルスを泳いで渡った方がましだと思った。たとえそこに数百匹のサメがいたとしても。
 郷田もまた、スタンドで自分を応援する都を意識していた。初めて付けた背番号36。博打場で飛び交うような数字ではあったが、郷田はその36を意味なく何度も東大応援席の方に向けた。ただ、悲しいことに都の目は、郷田の敵、バッターボックスに立つWの背番号10日下部浩二から離れることがなかった。もちろんそんなこと郷田は知らない。都の目は自分だけに向かっている。たとえ0-18の状況であったとしても、今自分だけが都を独り占めにしている。野球をやっていてよかった。ようやく自分は報われたのだ。そう郷田は思っていた。
 都が『打たれてしまえ、気持ち悪いロン毛のピッチャー』などと思っていることなど夢にも思わなかった。今では信じることができないが、郷田は学生時代、メジャーリーガーを真似して髪を背中まで伸ばしていた。そしてその長かった髪は白くなり、日ごとに寂しさは増していった。風になびいていた髪がなびかなくなる。裏切りは政治の世界だけで起こるものではない。
 日下部が放ったホームランに都は心の中で歓喜した。「よくやったわ日下部さん」「ざまぁみろ……誰だったっけあのピッチャー? まぁいいわ気持ち悪いロン毛の……誰? どうでもいいか」
 まさか思い寄せる都がそうんな風に思っていることなど、郷田は知る由もなかった。
 ただ、その麗しの鮎川都がどうして郷田都になったのかは誰も知らない。それは今でも政界の七不思議の一つとされている。そしてそのことに触れる政治家もまたいない。
「まずいよ白鳥君、六大学野球は応援も含めて六大学野球なんだよ。応援部の機嫌を損ねてはいけないね。何とかならんのかね」
「何とかと申されても」
「白鳥君、何とかしなさい」
「……」
 何とかできるのはただ一人、今でも運動会応援部に強い力を持っている郷田の細君の都一人。頭を下げれば何とかなるかもしれないのに、郷田にはそれができない。
「そうだ! こうしよう」
「どうされますか?」
「これなら❝あいつら❞も納得するだろう」
「あいつら?」
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