切り取られた世界の中で、広がる世界 ~初心者カメラ女子高生のエンジョイフォト~

弐式

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【1章】晶乃と彩智

11.写真をやってみないかな

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 1年の生徒用玄関で彩智に追いついた晶乃は、鞄を抱えて靴を履き替え一緒に外に出た。空を見上げる。真っ暗な空いっぱいに星が瞬いている。

「兄さんが送ってくれるから、一緒に帰らない?」

 と彩智が声をかけてくれたので、有り難く送ってもらうことにする。

 来客用の駐車場に行くと、一足先についていた徳人が、カメラを空に向けて撮っていた。

「お待たせしました。いい写真が撮れてますか?」

「ああ……今夜は雲が無くて月が大きくて明るい、いい感じかな」

「3日前が満月でしたから……月は結構欠けてますね」

 晶乃も空を見上げて言う。

「あの~。月齢の話は車の中でしようよ。さすがにこの時間は寒いよ」

 頬を膨らませ、腕を組んで両肘を掌でさすりながら彩智が不満を口にした。

「確かに今日は少し冷えるな」

 徳人は、そう言いながら車にキースイッチを向ける。

 扉を開いてひょいと後部座席に飛び乗った彩智は、「晶乃も乗って乗って」と自分の隣の座席をバンバンと叩く。

「お邪魔します」

 と晶乃も足を上げて、リアシートに飛び乗った。「シートベルトは締めましたか?」と声をかけてきた徳人に晶乃が返事を返すと、静かに車は発進した。

 この手の車に乗る人はアウトドア好きで乱暴な運転をするものと偏見を持っていたが、思っていたよりも安全運転だ。

 真横を街灯のオレンジ色の光がひゅんひゅんと通り過ぎていく。

「悪かったね。こんな時間まで引き留めて」

 と、彩智が謝ってくる。

「もう……写真研究部には顔を出せないな。私はいいけれど、晶乃は写真やりたかったんじゃないの?」

 そう言われた晶乃は少し戸惑う。3月の展示会での件があってあまり写真研究部で、あの時の部員に会いたくなかったから、むしろ顔は出したくなかったのだ。もちろん、色々と見せてもらって、興味が沸いていたのも確かだけれど。

「彩智こそ、写真研究部に入りたかったんじゃないの? コンクールに出すくらいなんだし」

「私は写真は……」

 彩智が言い淀む。

「水谷さんだっけ? 君は写真に興味があるのかい?」

 と運転席から声がかかった。前を真っすぐに向いたままハンドルを握っている徳人の声だ。

「私……スマホで撮るくらいで、カメラは持っていないんです。今日少し見て、興味が沸いた部分はあったのですが……。カメラってお金のかかるものなんでしょう?」

「ただ撮るだけならスマホで十分。アートみたいな写真を撮りたかったら最初からそういうアプリもあるし、デジタルだと後からの加工も楽だしね」

「そんなものですか?」

「そうだ!」

 彩智がぽん、と手を打った。

「私のカメラを一台あげるよ。ローライ35なんてどうかなぁ。小さいカメラだから晶乃の手にもきっとあうよ」

「いきなり、そんなクラシックカメラかよ……。古いフィルムのカメラなんて、高校生の趣味にするのはちょっとランニングコストがかかりすぎるから止めとけ」

 機種名だけを聞いても、晶乃にはどんなカメラなのかイメージしづらい。こっそりとスマホを取り出して「ローライ35」で検索する。

 それはドイツの名門カメラメーカーのローライが1967年に発売したコンパクトカメラ。徹底的に小型化に取り組み、当時は世界最小のカメラだった。コンパクトカメラの先駆けであり、その存在価値を証明したカメラである。可愛らしい外観とは裏腹に、ドイツの名門光学機器メーカーであるカール・ツァイスの名玉、テッサー・レンズを搭載した実力は本物。今でも中古市場でも人気の高い高級機である。

 中古カメラ屋のサイトを覗くと意外にいい値がする。

「50年も前のカメラがこんなにするの?」

 思わず声を上げた晶乃のスマホを、彩智が横から覗き込む。

「こんなものじゃないの。私も、古いカメラの相場なんてよく分からないけれど」

「機械というのは、時間が経てばたつほど価値が下がっていくものではないの?」

「クラシックカメラにはコレクションとか観賞品しての価値もあるからな。それでも、とにかく古いカメラだから状態はピンキリ。それなりの状態の物は安いし、綺麗で動作に問題がないものはもっと値も張る。限定モデルとかだったら、通常モデルの何倍もの値になるわけだし」

 徳人に説明される。理屈としては分からなくもないが、晶乃からしてみればただの古いカメラだ。自分どころか、両親だって生まれてはいない頃の。

「四季さんの店にあったのは、ここのサイトのよりもさらにちょっと値が張っていたね」

 彩智が思い出したように言った。

「四季のところはクラシックカメラは全部オーバーホールしてから出しているから、値段も高くなる。その分、物は保証できると思うが……」

「あの……四季さんって?」

「駅前商店街に藤沢写真機店ってあるだろう? あそこの一人娘」

 と徳人が言ったが、生憎、駅前の写真機店どころか家電量販店のデジカメコーナーすら足を踏み入れたことはない。「あるだろう?」と同意を求められても今初めて存在を知ったので答えようがない。

「展示会に出した私の写真に写ってた女の人を覚えてない?」

 と彩智に言われてようやく白いワンピースと日除け帽子の女性のことを思い出す。顔はよく覚えていないけれど何となく綺麗な人だと思ったのは覚えている。同時に、今日は顔を見なかった写真研究部の先輩が展示会の時に「藤沢写真機店の跡取り娘がよく店番してる」と言っていたのも思い出した。

「もしも興味があるなら今度の土曜日に一緒に行ってみない? 私も、久しぶりに顔を出してみようと思っていたところだったから」

 彩智のこの提案に、晶乃は二つ返事でOKを返した。

「それにしても彩智。いくら友人相手でも、父親の遺品を簡単に譲るなんて言うものじゃないぞ」

 徳人が話を変えると、晶乃の視線の端で、彩智が不満そうに頬を膨らませた。

「何でよ。元は父さんの物だけれど今は私の物じゃない。それに、使ってもらった方がカメラだって喜ぶ」

「そりゃ、時々は使ってやらないといけないけれど、そういう話じゃなくてな……」

「10台以上も古いフィルムカメラがあったって、私はクラシックカメラを使おうにも、フィルムの装填の仕方さえ知らないもの」

「言うほど難しくないぞ。いつだって教えてやる」

「だったら兄さんの使ってるNikonのFM10を頂戴よ。私のライカでもコンタックスでも、好きなのを――何なら全部あげるから」

「お前なぁ……」

 前から聞こえてきた苦笑したような声に被せて晶乃が声をかける。

「あの……そこを左です」

「おぉ、失礼」
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