古への守(もり)

弐式

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二.

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 奈津が階段を数えるのをやめて、上までできるだけ急いで上がった。山門をくぐると、神社の境内。思っていたより立派な社があるのが見えた。

 神社の前を横切り、駐車場にたどり着いた時、藤次の愛車であるクリーム色の小型のバンが見えた。背面のドアを開け、荷室に腰かけて藤次はいつも持ち歩いている大ぶりの一眼レフを取り出してファインダーを覗き込んでいるところだった。

 その姿を見つけた奈津は、息を切らせながら駆け寄って、「お父さん……沙奈が……」と事態を説明する。荒い息で、つっかえつっかえだったが、妹のピンチをちゃんと伝えることはできた。

 どちらかといえばマイペースが過ぎる藤次だが、さすがに今回は顔色を変えた。手に持っていた一眼レフを荷室に置くと、駆けだした。息が整っていない奈津も、その後を追ってまた駆け出す。

 しかし、境内に一人の男が入ってきたのを見つけて足が止まった。若い男性が階段を上がってきたのだった。その男の両腕の中には沙奈の姿があった。

「この子は、そちらの?」

 と、その男は尋ねた。均整の取れた体形の、あまり目立つところのない青年だった。何となく黒縁眼鏡をかけた30歳になったばかりの担任の先生を思い出した。眼鏡をかけていないが、印象はよく似ている。この人も学校の先生なのかな、と思う。

 肝心の沙奈はと言えば、男性の腕の中で、何の不安も不幸もなさそうな幸せな寝顔で、すうすうと心地よさそうに寝息を立てている。

「この子は……」

 その寝顔を見ていると、無性に腹が立ってきた。後で拳骨を落としてやろうと心に決める。

「階段の途中で寝ていたので拾ってきたのですが……」

 道端の猫を拾ってきた、みたいな軽い言い方だったが、いくら子供とはいえ人を抱えて何百段と上がってきたのだから楽なことではなかっただろう。奈津と藤次は平謝りするほかはない。
 
 頭を下げながら、この人はこの神社の関係者の人だろうかと思う。少なくとも藤次は彼のことを知っているように見えたし、男のほうも藤次を知っているように見えたからだ。

 男は、藤次に沙奈を渡しながら、「……ところで」と、奈津の方に一瞬視線を走らせた。

「子供は困りますと、お話しさせていただいたはずですが……」

「いや……申し訳ない。この子らの妻の両親に、取材の間は預けるはずだったのですが、義父が急に入院して、義母もそちらにつきっきりにならなければならなくなってしまったもので、預けられる場所がなくなってしまったのです」

「そうは言われましても……」

 男は困ったように頭を掻いた。

「あの……」

 奈津は慌てて、口を挟んだ。

「私たち、ここに泊めてもらえないんですか?」

 帰れと言われても困る。「迷惑はかけないように気を付けますから」という奈津の訴えに、しばらく困ったような顔をしていた男は、奈津と藤次にこちらに来るように言った。

 男に連れられて神社の本殿の脇を通って裏に回る。

 その裏は、断崖絶壁だった。丸太で作られた転落防止用の柵が設置されている。奈津も触ってみたが、少し身を乗り出せば子供でも乗り越えられそうだし、小柄だったら横棒の隙間をすり抜けるくらい難はないだろう、という程度の代物だった。

 その向こう側には広大な森が広がっていた。見渡す限りの森。新緑が初夏の太陽に照り返されて、何だか目が痛く感じた。

「……見渡す限りの森が、この神社の所領なんだ。何百年もの間、鎮守の森としてほとんど人の手は入ってこなかった」

 青年は、すっと指さした先には、階段が作られていた。スロープのようなものはない、かなり昔につけられたものだろうと思う。

「下に降りられるように階段が設置されているけれど、この森は一度迷い込むと、抜け出すことは容易ではない。これまでにも何人も行方不明者が出ているし、ここの崖から落ちて死んだ人間もいると聞く」

 奈津はごくりと唾を飲み込んだ。これまでも、田舎の山林を見たことは何度もあった。しかし、この森は何かが違うと思った。人を拒絶するような何か……。そんな異質な雰囲気を肌が感じた。

「……だから、ここには絶対に近づいてはいけない。約束してくれるね」

 奈津は首を縦に振った。

「約束……します」

 広がる森を眼下に見下ろしながら、自分はとんでもないところに来てしまったのかもしれないと思った。

「じゃ、部屋に案内するよ。心配しなくても、部屋はたくさん開いているから」

 ぽんっと奈津の頭に男の手が乗せられた。その拍子に青いゴムで束ねてポニーテールにした髪がふわりと揺れて、頬を撫でてこそばゆく感じた。束ねた髪をそっと頭の後ろに手でやってから、男の後を追った。

     *     *     *

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