古への守(もり)

弐式

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十三.

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 ここへの滞在も3日目。奈津も体が環境に慣れてきたのか、朝までぐっすりと眠れ、目覚まし時計が鳴る前に目を覚ました。夜早く寝床に潜り込み、朝早く起きるという、理想的な一晩である。そのため昨夜は仮に怪異が起きていたとしても全く気付くことはなかった。

 目覚まし時計を見る。

 6時になったばかり。

 奈津は布団から抜け出すと、まだ寝入っている藤次が腹にかけているタオルケットを、彼の顔がすっぽり覆うように掛けた。2人を起こさないように気を付けながら、桃色のパジャマのボタンをはずす。灰色のトレーナーに手早く着替える。

 小さな草の葉が、畳の上に落ちているのに気づいたのは、布団を部屋の隅に片づけた後だった。

「何だろう? 昨夜はなかったはず……」

 エアコンがついているから、部屋の広さに対してそんなに大きくない窓は締め切ったままだ。

 よく見ると、草の葉は奈津が寝ていた枕元だった辺りだけではなく、佐奈のほうにも落ちている。佐奈の顔にかかっている草の葉を摘まんでまじまじと見つめる。

 気のせいか、同じような葉っぱを見たような気がする。草の葉なんて、どれだって同じに見えるだろうと思った瞬間、唐突に思い出した。

 昨日の夜、葉月の部屋に落ちていたのと同じ葉だ。

 もしや、あの時、あの部屋にいた誰かがこの部屋に入ってきたのでは――などという考えが浮かび、小さく首を振った。夜中に眠っている奈津や佐奈の顔を覗き込んでいる謎のシルエットのイメージがやけにリアルに脳裏に浮かんだが、馬鹿馬鹿しい、と一蹴する。

「昨日、掃除し忘れたんだね。そうに決まってる」

 奈津は音をたてないように気を付けながら部屋を出た。

 部屋を出て大きく伸びをする。それから、視線を廊下に落とすと、さっき部屋の中で見た草の葉が落ちていた。膝をついて、それを拾う。少し目をやると、少し離れたところにも同じものが落ちていた。そのさらに先にも。

 ぐっと身をかがめて、廊下に誰かが歩いた痕跡が残っていないかと目を凝らしてみた。 足跡のようなものはついていない。

 ぽつりぽつりと落ちている草の葉を拾いながら、辿ってみると、例の開いたままになっている勝手口の前に着いた。

 それ以上は追えそうになかった。外は雑草の宝庫だったし、森から風に乗っていろいろな物が飛んでくる。足元に散乱している様々なものの中から目的の小さな葉を探すのはまず無理。それでも、膝をついてじーっと顔を地面に近づけて、大きく目を見開いて同じ葉がないか探してみる。

「何をしているんだ? 君は?」

 勝手口を一歩出たところで、小さな葉を探していた奈津の頭の上から、呆れたような春人の声が降りてくる。奈津は、葉を探すのをやめて、すくっと立ち上がり、パンパンと膝を叩いて砂を払ってから「……おはようございます」と頭を下げた。

「ああ。おはよう」

 と返してきた春人の目が、可哀想な子を見るようなものになっているように思えるのは気のせいだろうか。

「……これなんですが」

 拾って手に持ったままだった草の葉を見せる。

「落ちてたのに気づいて……何の葉っぱか分かりますか?」

「……」

 奈津の問いに春人は、まず葉のほうをまじまじと眺め、それから奈津の顔をまじまじと覗き込む。

「これは、白詰草しろつめくさだな。一般的にはクローバーのほうがピンとくるかもしれんが」

 一瞬で、奈津の顔が熱くなった。「いやいやいや。葉っぱが一枚しかなかったから、ピンとこなかったんですよ」と慌てて両手を振って取り繕う。

 いくらなんでも、クローバーを知らないほどの物知らずと思われるのは悔しい。小さいころに冠を作って遊んだことだってあるし、四つ葉のクローバーを探して回って経験だって、1回や2回じゃない。

「気にするな。誰だって知っていることより知らないことのほうが多いものだ」

「ですから……」

 と言いかけた奈津は、春人が持っている持ち手のついた四角い機械に目を止めた。

「それは、知ってます。ラジカセですよね。それもかなり年代物の」

「よく知っているな」

「父がよく深夜ラジオを聴いているので。父も相当古いラジカセを使っていますよ。でも、ここでもちゃんと電波が入るんですね」

「まあな。俺はラジオ番組はあんまり聴かないいけれど、朝の体操だけは日課にしているんでね。君も一緒にどうだ?」

「えぇ。いいですね」
 
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