古への守(もり)

弐式

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十四.

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 春人と並んだ奈津は、森のほうを眺めながらラジオから流れる声に合わせて体を前後に曲げたり腕を振ったりする。

 夏の朝なのですでに結構な蒸し暑さを感じた。青白比率が7対3の空模様を眺めると、今日も暑くなりそうに思った。少し汗ばんできたのを感じて、着替えは残り何枚あったかと考えた。

「そう言えば、朝食は君が作ってくれるんだって?」

 春人が声をかけてくる。

「瑞穂さんに、私たち家族の分の夕食と朝食と用意してもらっていたら大変ですから。これでも、普段から家の家事全般は私の担当ですから、それなりのものは作れると思いますよ。レシピは料理サイトから落としたものなので、我が家の味とか母親の味とかは無縁の味付けですけれど」

「楽しみだな」

「本当に簡単なもので……ご飯とお味噌汁と切り身の鮭を焼いて……くらいしか考えていないので、あんまり期待されても困りますけれど」

「何の何の。君はいいお嫁さんになれるな」

「今時、そういうのは男女差別ですよ。家事を奥さんだけがするという考えは時代遅れです」

 奈津は頬を膨らませた。

「うちの場合、父さんはとにかく、佐奈を飢えさせるわけにはいかないので私がやっているだけで。将来、結婚する相手は、ちゃんと家事を折半できる人を選びますよ!」

 奈津はきっぱりと言い切った。反面教師は一人で十分。

「堅実だな」

 春人は声を立てずに笑う。

「春人さんは、ご結婚は考えていないのですか?」

「まぁ……俺も一人暮らしは長くて、身の回りのこと程度なら自分でできるから、そんなに結婚願望もないからな。家政婦を頼んでいるのは住まいがこういう場所で、こういう家で、仕事もフリーランスだから、俺の手の回らないところを見てくれる人が必要というだけでね」

「別に、ここに居続けないといけないというわけじゃないんじゃないんですか。神事とか宮司のお仕事があるときとかにだけここに来ればいいのでは?」

「対外的には鬱陶しい人づきあいが苦手で田舎に引っ込んでいることになっているからな。理由はそれだけではないけれど、俺はここから離れる気はないよ。ただ、他の人をこの家に縛り付けることはできないし、したくないとも思っているからな」

 ラジオから番組の終わりを告げる賑やかな音楽が流れてきた。「また明日」という男性アナウンサーの声が聞こえたので、春人はスイッチを切った。

「それに……人には、必ず明日が来ない日があることを知っているからな」

 春人のぽつりとした呟きに、奈津は心臓を鷲摑みされたような気がした。それは誰でも知っていることだが、身近な人を失った経験がないと実感は伴わない。そして不幸にも、奈津も春人も現実に大切な人を失う痛みを経験している。

 いや……奈津は母の死を遺体という形で突き付けられたが、春人は葉月の遺体を見ていない。物証がないまま死を受け入れなければならない辛さは、奈津には理解できないことだった。

「春人さんは、自分に子供できたら、森に連れていかれると思っているのですか」などという言葉が、唐突に口を突いて出てしまったのは、そのためだったと思う。

 何の気なく出た言葉が、春人にとっては爆弾のはずだとすぐに気付き、奈津は慌てて口を塞ぐ。

「自分の身内が何世代にもわたって森に喰われているんだから、自分の子供だってそうなるかもしれないと、不安にもなろうというものさ」

 寂しそうに笑った春人は、「じゃ、朝ご飯を期待しているから」と言って中に入っていった。

     *     *     *
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