古への守(もり)

弐式

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十六.

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 元気な沙奈というのは飽きっぽくてすぐに外で遊びたがるので、間を置かずに「お姉ちゃん、遊ぼー!」とやってくるのは目に見えている。奈津はそう考えていた。

「さて、午前中いっぱいくらいは大人しくしているかなぁ」

 廊下を雑巾がけをしながら奈津は呟いた。

「沙奈ちゃんが遊びたいって言ってきたら、いつでも一緒に遊びに行ってあげてくださいね」

 いくつもある部屋の1つから顔を出した瑞穂が、手に持ったはたきを振りながら言った。

「沙奈にも手伝わせますよ」

 雑巾を両手で廊下に押し付けた四つん這いの体勢のまま、振り返らずに奈津は言った。こうやって手伝っている以上、自分の仕事は最後までやり残しなく終わらせたい。だから佐奈が来たとしても、自分の手を止めないようにしようと奈津は決めていた。

 しかし、予想に反して昼を過ぎても沙奈はやってこなかった。

 雑巾がけの後は窓拭きと、屋敷をピカピカにしてやろうという勢いで掃除していた奈津は、気が付くと午前が終わろうとしていることに気付いた。

 瑞穂は、ずいぶん前に昼食の準備を始めていた。

「沙奈は来なかったな。まぁ、飽きなかったのなら、それはそれでいいんだけれど」

 スマホで時間を確かめる。12時半になるところだった。午前中に一度は様子を見に行くつもりだったが、すっかり失念していた。その間、藤次も佐奈も戻ってきた気配はなかったから「干からびていなければいいけれど」と、半ば本気で心配になってきた。

「奈津さん。お昼にしましょう」

 ピンクに白い花柄をあしらったエプロンを付けた瑞穂が呼びに来た。

「お父さんと沙奈ちゃんもお昼ですよって呼んできてください。アトリエには内線で連絡を入れておきますから、絶対に近づかないでくださいね。また怒られちゃいますよ」

 その言葉を受けて、蔵の方に向かった奈津は、こっちへと歩いて来る藤次の姿を見つけて駆け寄った。

「お父さん。お昼だって。瑞穂さんが……」

 言ってから、沙奈の姿がないことに気付いた。

「お父さん、沙奈は?」

「え? 一緒じゃなかったのか?」

 藤次が間の抜けた声を上げる。

「一緒って……お父さんと蔵にいたんでしょ?」

「いや……蔵の3階の窓から外を見ていたみたいだったが、お前がいるから一緒に遊んでくるって、出て行ってしまったぞ」

「そんな。私は、今日は屋敷のお掃除を手伝っていたから、蔵の外になんて行ってないよ」

「? 出て行ったのは結構前だったぞ」

 奈津は慌てて身を翻すと、屋敷の方に戻る。玄関で靴を脱ぎ散らかして、大部屋へと駆ける。

「奈津さん。古い家で、廊下を走るといろいろきしむ音がするので……」

 大部屋にテーブルを出して茶碗を出していた瑞穂にやんわりと説教をされかかるのを無視して、「沙奈は、戻っていませんか?」と声を上げた。

 焦りがそのまま口に出た。嫌な予感がする。

「いえ。まだ戻っていませんが……どうかしたんですか?」

「沙奈が……」

「沙奈は戻っているか?」

 さして緊迫感の無い口調で屋敷に戻ってきた藤次が声をかけてきた。奈津は玄関に入り、玄関マットの上に腰かけている藤次の元に駆け寄った。

「いたか?」

「やっぱりいないよ」

「もしかして沙奈ちゃんがいなくなったんですか?」

 タオルで手をふきながら瑞穂も玄関の方にやってくる。

「ええ……きっと、屋敷の中を探検でもしているか、屋敷の周りの地面に絵でも描いていますよ」

 大したことではないと言いたげな藤次だったが、奈津にはそうは思えなかった。

「私、屋敷の周りを探してみますから。奈津ちゃんは、屋敷の中を。お父さんも、外を一緒に探してみましょう」

 瑞穂は素早く指示を出す。

「ええ……」

 藤次は奈津に、「沙奈が見つかったらすぐに呼ぶんだぞ」と言って、また玄関の外に出る。

「あの……春人さんにも手伝ってもらったほうが」

「そうですね……」

 奈津が春人の名前を出すと、瑞穂は2,3秒躊躇ためらう様子を見せたが、迷っている場合ではないとの結論になったようで、玄関を上がってすぐの所に設置してあった電話機の受話器を持ち上げる。

 奈津は言われた通り、沙奈を探して屋敷の中の捜索を始めた。

     *     *     *
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