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十七.
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屋敷の中に飾られている時計の1つで時間を確かめると、沙奈を探し始めてから2時間以上が経っていた。
ずっと、沙奈の名前を呼びながら屋敷の中を歩き、一部屋一部屋声をかけて歩いているから、沙奈が中にいたなら気付かないはずがない。無事だったら返事をしないはずがない。
部屋の中で倒れているのではないかと足元に注意しながら歩いてみるも見つからない。
ベッドの下、机の下、クローゼットの中、風呂桶の中。あらゆる場所を覗き込んで確かめる。不安だったから、スマホのライト機能を使って隅々まで照らして、絶対にここにはいないと確信してから次の部屋に進む。
靴箱の中や、階段の下の物置スペースも調べる。微かな息遣いや助けを求める声も逃さないように、耳を澄まして探し続ける。
しかし、見つからない。
ほとんど探しつくしたと言ってもいい。探していない心当たりの場所は、あと1ヶ所だけ。しかし、そこに入るのは躊躇われた。
外はどうだろう。外からも沙奈を呼ぶ藤次と瑞穂と春人の声が、少し前まで聞こえていた。
春人はどう思っているのだろうと不意に思った。最初から、奈津と沙奈がここに居ることを嫌がっていたのだ。ここに来て毎日迷惑をかけてしまった。沙奈が無事に見つかったら、今度こそ帰れと言われるのではないだろうか。
いや……そんなことよりも今は沙奈だ。
外にいたって、大人3人が探していればすぐに見つかりそうなものだ。
だとすれば、さらに――神社の敷地を超えて外に行ってしまったのではないか。階段から転げ落ちて頭でも打ってはいまいか。750段の階段を下りて、道路を超えて歩いて行ってしまったのではないか。小学1年の女の子なんて好奇心旺盛で、ほっとけばどこまででも歩いて行く。
人家がある方に行ったのなら、まだ救いがある。
問題は、もしも森の方に降りて行ってしまっていた時。6歳の女の子があの深い森に入ってしまったら、自力で戻ることが出来るとは思えない。
「沙奈……」
最悪の状況を考えて唾を飲み込んだ奈津の背に、「奈津ちゃん」という声がぶつかる。
* * *
階段を上がってきた春人がその姿を見せたとき、思わず奈津は駆け出して抱きついていた。
「沙奈は! 沙奈は!」
奈津の鼻が、ツンとした絵の具の匂いを感じる。
「汚れるぞ」
と引き離された。春人のTシャツとジーンズは、絵の具で汚れていた。絵を描く手を止めて来てくれたのだとわかる。
「沙奈ちゃんは……まだ……」
申し訳なさそうに視線をそらされ、奈津は肩を落とす。
「まさか……沙奈は森に?」
「分からない。階段を下りて神木の所まで行ってみたが見当たらなかった。今、保科さんと君のお父さんに、階段と車で上がってくる道をそれぞれ見て回って貰っている。君のほうは?」
奈津は無言で首を振る。口を開くと涙が出てきそうだ。藤次ではないが、奈津だって楽観視していたのだ。いや、楽観的に考えようとしていたのだ。子供の足で行けるところはたかが知れていると。いくら沙奈でも危険なところに近づいたりしないだろうと。都合のいいところで子ども扱いしたり大人扱いしたりして、最悪の状況を考えないようにしていた。
「屋敷の中は全部見て回ったのか?」
奈津はコクリと頷く。
「見てないところはないか。葉月の部屋は見たか?」
奈津ははっと顔を上げ、首を左右に振った。
「念の為に行ってみよう」
「でも……」
あの部屋の存在を忘れていたわけではないが、入ることを心が拒否していた。あそこにはもう入らないと約束したから。もう春人との約束を破りたくはなかったから。
「……私が、ずっと掃除していたんですから、一番奥の部屋に入るのは無理です」
「そうとは言い切れないだろう。君が、沙奈ちゃんを探している間は、この廊下は無人だったんだ」
「それは……そうかもしれませんが」
先に立って歩き出した春人の後ろについていく。
「最後に沙奈ちゃんの姿が確認できてからもう5時間だ。これだけ敷地の中を探し回っても見つからないってことは、外に出てしまったことも考えなきゃならない。警察を呼ぶ前に、はっきりさせておきたいんだが、君に心当たりは本当にないんだよな」
「ええ……本当に」
葉月の部屋の前まで来てから春人は、コンコンコンとノックする。中から返事があるはずがない。それからもう一度同じようにノックする。
「……沙奈ちゃん、蔵の外にお姉ちゃんがいるから一緒に遊んでくるって言って出たそうだ」
呟くように言いながら扉をぐいっと引っ張って開ける。
初日の夜見たままの部屋がそこにある。机があってキーボードがある。可愛らしいぬいぐるみなんかがいくつか置かれた、いかにも女の子らしい部屋。
なぜか足元に緑色の小さな白詰草の葉が落ちている。それを拾おうとしゃがみかけたところで、あの夜のことをふっと思い出して顔を上げた。
……確かにあの夜、あのカーテンの後ろに何かがいた。
月明かりに照らし出されたシルエットは、決して見間違いではない、と今でも確信している。
中に入って沙奈の名前を呼びながら、ベッドの下を覗いたり、窓を開けて外を見たりしている春人を見ていて、翌朝に沙奈が言っていたことが思い出されて来る。
「……春人さん。沙奈は、蔵の外に“お姉ちゃん”がいるって言っていたんですよね」
部屋の入り口から一歩も動けずに奈津は震える声で尋ねる。彩智が語ったキーワードが思い起こされてい来る。
……裏口から入ってくる“お姉ちゃん”がいたんだよ。
……白いワンピース。
……肌の色が白くて美人。
……頭が緑色。
もしも、“お姉ちゃん”というのが自分の事を指していないとしたら。
「春人さん……本当にこの家には、他に誰もいないんですか。その……子供、とか」
一瞬の沈黙の後、春人は奈津の方に顔を向けずに答えた。
「ああ……いない」
* * *
ずっと、沙奈の名前を呼びながら屋敷の中を歩き、一部屋一部屋声をかけて歩いているから、沙奈が中にいたなら気付かないはずがない。無事だったら返事をしないはずがない。
部屋の中で倒れているのではないかと足元に注意しながら歩いてみるも見つからない。
ベッドの下、机の下、クローゼットの中、風呂桶の中。あらゆる場所を覗き込んで確かめる。不安だったから、スマホのライト機能を使って隅々まで照らして、絶対にここにはいないと確信してから次の部屋に進む。
靴箱の中や、階段の下の物置スペースも調べる。微かな息遣いや助けを求める声も逃さないように、耳を澄まして探し続ける。
しかし、見つからない。
ほとんど探しつくしたと言ってもいい。探していない心当たりの場所は、あと1ヶ所だけ。しかし、そこに入るのは躊躇われた。
外はどうだろう。外からも沙奈を呼ぶ藤次と瑞穂と春人の声が、少し前まで聞こえていた。
春人はどう思っているのだろうと不意に思った。最初から、奈津と沙奈がここに居ることを嫌がっていたのだ。ここに来て毎日迷惑をかけてしまった。沙奈が無事に見つかったら、今度こそ帰れと言われるのではないだろうか。
いや……そんなことよりも今は沙奈だ。
外にいたって、大人3人が探していればすぐに見つかりそうなものだ。
だとすれば、さらに――神社の敷地を超えて外に行ってしまったのではないか。階段から転げ落ちて頭でも打ってはいまいか。750段の階段を下りて、道路を超えて歩いて行ってしまったのではないか。小学1年の女の子なんて好奇心旺盛で、ほっとけばどこまででも歩いて行く。
人家がある方に行ったのなら、まだ救いがある。
問題は、もしも森の方に降りて行ってしまっていた時。6歳の女の子があの深い森に入ってしまったら、自力で戻ることが出来るとは思えない。
「沙奈……」
最悪の状況を考えて唾を飲み込んだ奈津の背に、「奈津ちゃん」という声がぶつかる。
* * *
階段を上がってきた春人がその姿を見せたとき、思わず奈津は駆け出して抱きついていた。
「沙奈は! 沙奈は!」
奈津の鼻が、ツンとした絵の具の匂いを感じる。
「汚れるぞ」
と引き離された。春人のTシャツとジーンズは、絵の具で汚れていた。絵を描く手を止めて来てくれたのだとわかる。
「沙奈ちゃんは……まだ……」
申し訳なさそうに視線をそらされ、奈津は肩を落とす。
「まさか……沙奈は森に?」
「分からない。階段を下りて神木の所まで行ってみたが見当たらなかった。今、保科さんと君のお父さんに、階段と車で上がってくる道をそれぞれ見て回って貰っている。君のほうは?」
奈津は無言で首を振る。口を開くと涙が出てきそうだ。藤次ではないが、奈津だって楽観視していたのだ。いや、楽観的に考えようとしていたのだ。子供の足で行けるところはたかが知れていると。いくら沙奈でも危険なところに近づいたりしないだろうと。都合のいいところで子ども扱いしたり大人扱いしたりして、最悪の状況を考えないようにしていた。
「屋敷の中は全部見て回ったのか?」
奈津はコクリと頷く。
「見てないところはないか。葉月の部屋は見たか?」
奈津ははっと顔を上げ、首を左右に振った。
「念の為に行ってみよう」
「でも……」
あの部屋の存在を忘れていたわけではないが、入ることを心が拒否していた。あそこにはもう入らないと約束したから。もう春人との約束を破りたくはなかったから。
「……私が、ずっと掃除していたんですから、一番奥の部屋に入るのは無理です」
「そうとは言い切れないだろう。君が、沙奈ちゃんを探している間は、この廊下は無人だったんだ」
「それは……そうかもしれませんが」
先に立って歩き出した春人の後ろについていく。
「最後に沙奈ちゃんの姿が確認できてからもう5時間だ。これだけ敷地の中を探し回っても見つからないってことは、外に出てしまったことも考えなきゃならない。警察を呼ぶ前に、はっきりさせておきたいんだが、君に心当たりは本当にないんだよな」
「ええ……本当に」
葉月の部屋の前まで来てから春人は、コンコンコンとノックする。中から返事があるはずがない。それからもう一度同じようにノックする。
「……沙奈ちゃん、蔵の外にお姉ちゃんがいるから一緒に遊んでくるって言って出たそうだ」
呟くように言いながら扉をぐいっと引っ張って開ける。
初日の夜見たままの部屋がそこにある。机があってキーボードがある。可愛らしいぬいぐるみなんかがいくつか置かれた、いかにも女の子らしい部屋。
なぜか足元に緑色の小さな白詰草の葉が落ちている。それを拾おうとしゃがみかけたところで、あの夜のことをふっと思い出して顔を上げた。
……確かにあの夜、あのカーテンの後ろに何かがいた。
月明かりに照らし出されたシルエットは、決して見間違いではない、と今でも確信している。
中に入って沙奈の名前を呼びながら、ベッドの下を覗いたり、窓を開けて外を見たりしている春人を見ていて、翌朝に沙奈が言っていたことが思い出されて来る。
「……春人さん。沙奈は、蔵の外に“お姉ちゃん”がいるって言っていたんですよね」
部屋の入り口から一歩も動けずに奈津は震える声で尋ねる。彩智が語ったキーワードが思い起こされてい来る。
……裏口から入ってくる“お姉ちゃん”がいたんだよ。
……白いワンピース。
……肌の色が白くて美人。
……頭が緑色。
もしも、“お姉ちゃん”というのが自分の事を指していないとしたら。
「春人さん……本当にこの家には、他に誰もいないんですか。その……子供、とか」
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「ああ……いない」
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