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十八.
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結局、葉月の部屋にも沙奈はおらず、奈津と春人が階段を下りたところで瑞穂が玄関に入ってきた。
「どうだった?」
春人の問いに、瑞穂の沈痛な表情が返ってくる。
「いえ……階段や車の通り道を探しても見当たりません。今、階段を下りて周辺をお父さんが探していますが……」
「もう、最悪のことを考えるしかない。保科さんは警察と消防に連絡してくれ。それから――俺は、森の方を探してみる」
「分かりました……でも」
瑞穂の顔が青ざめている。
「本当に森の中に入るんですか?」
「万一森の中に入り込んでいたら、時間が経てば経つほど遠くへ行ってしまう。森の夜は早い。捜索できる時間は限られている。森の中に入りこんだ確証がなければ、すぐに捜索をしてくれるとは限らない。できる限りのことはした方がいい」
「私も行きます」
「ダメだ!」
奈津の嘆願は一瞬の間も開かずに拒否された。奈津だって断られるのは分かっていたが、絶対に一緒についていくんだとさらに食い下がる。
「一緒に行かせてください。あの子はきっと……」
「君が責任を感じる気持ちは分かる。君と遊びに行くと言っていなくなったんだから」
奈津は俯いて首を千切れるほど大きく左右に振った。「そうじゃない!」奈津の口から絶叫が迸った。
「私が来た初日の夜に、勝手口から入ってくるお姉ちゃんを見たと言っていました。沙奈が一緒に行ったのはきっとその“お姉ちゃん”だったんじゃないでしょうか。春人さんは、その“お姉ちゃん”に心当たりがあるんじゃないですか」
睨みつけた奈津の視線に耐えかねたように、春人は目を逸らす。
「とにかく、危険だ、一緒には……」
「私の声のほうが沙奈も気づくかもしれません。勝手なことはしません。だから、連れて行ってください」
奈津の執念に気圧されしたか、しばらく――といってもほんの2、3秒だったはずだ――考えた春人は、「仕方ない。分かった」と答えた。
「でも、絶対に俺からは離れるな。指示はちゃんと聞くように。……後、森の中は意外に冷える。上着を羽織ってこい」
「は……い。でも……」
「心配するな。服を取りに行っている間に、いなくなったりはしないよ。こっちも森の中に入る前に少し準備がいるし」
* * *
素早く部屋に戻り、カバンの一番下に使うことはないだろうと押し込んでいた水色のサマーカーディガンを引っ張り出した奈津は、それをトレーナーの上からさっと羽織ると急いで飛び出す。屋敷の前で少し遅れて戻ってきた春人と合流した。春人もオレンジ色のレインウェアを着こんで、ヘルメットをしている。迷彩柄のリュックサックを背負い、肩から輪にしたロープを下げている。
早速森へと肩を並べて向かう。その途中で、春人から奈津にも黄色いヘルメットが渡された。
「何が起きるか分からないからな」
さらに、軍手と銀色の懐中電灯が渡された。
「ありがとうございます」
と受け取りながら、「ところで……それは?」と先程から気になっていた春人が肩に引っ掛けたものについて尋ねる。それは、黄色と黒の少し細いトラロープだった。それを輪にして、腕を通して肩から下げているのだった。
「森の中はほとんど手が入っていないからな。ロープを通して、帰るときの目印にするんだ」
森へ続く石段を歩いておりながら春人が説明する。
「なるほど」
被ったヘルメットの重みを感じながら奈津は相槌をうつ。そして、石畳の通路に出た。真っすぐ先には、先日も見た太い神木が見える。
「沙奈ー! いないのー!」
両手をメガホンのようにして大きく声を張り上げる。それを、顔の方向を変えながら何度か繰り返した。沙奈が両横の木々の間からひょっこりと顔を覗かせるのではないかと期待するが、そうはならなかった。
「……やっぱり、森の中に入ったのかなぁ」
「もし外で見つかったら、すぐに連絡をしてくれることになってる。子供の足だからそう遠くまではいけないと思うが、森の中でさ迷っているのかもしれない。森の中には障害物が沢山あって、ほんの少し先でも見通せない。目を凝らして、少しの異変も見逃さないように。でも、自分の身の回りのことに気を配るのも忘れるな」
春人は丈夫そうな一本の木にロープをしっかりと結ぶと、2、3度引っ張って外れないことを確認して森の中に入っていく。それを見た奈津も、ロープを掴んでその後に続いた。
* * *
「どうだった?」
春人の問いに、瑞穂の沈痛な表情が返ってくる。
「いえ……階段や車の通り道を探しても見当たりません。今、階段を下りて周辺をお父さんが探していますが……」
「もう、最悪のことを考えるしかない。保科さんは警察と消防に連絡してくれ。それから――俺は、森の方を探してみる」
「分かりました……でも」
瑞穂の顔が青ざめている。
「本当に森の中に入るんですか?」
「万一森の中に入り込んでいたら、時間が経てば経つほど遠くへ行ってしまう。森の夜は早い。捜索できる時間は限られている。森の中に入りこんだ確証がなければ、すぐに捜索をしてくれるとは限らない。できる限りのことはした方がいい」
「私も行きます」
「ダメだ!」
奈津の嘆願は一瞬の間も開かずに拒否された。奈津だって断られるのは分かっていたが、絶対に一緒についていくんだとさらに食い下がる。
「一緒に行かせてください。あの子はきっと……」
「君が責任を感じる気持ちは分かる。君と遊びに行くと言っていなくなったんだから」
奈津は俯いて首を千切れるほど大きく左右に振った。「そうじゃない!」奈津の口から絶叫が迸った。
「私が来た初日の夜に、勝手口から入ってくるお姉ちゃんを見たと言っていました。沙奈が一緒に行ったのはきっとその“お姉ちゃん”だったんじゃないでしょうか。春人さんは、その“お姉ちゃん”に心当たりがあるんじゃないですか」
睨みつけた奈津の視線に耐えかねたように、春人は目を逸らす。
「とにかく、危険だ、一緒には……」
「私の声のほうが沙奈も気づくかもしれません。勝手なことはしません。だから、連れて行ってください」
奈津の執念に気圧されしたか、しばらく――といってもほんの2、3秒だったはずだ――考えた春人は、「仕方ない。分かった」と答えた。
「でも、絶対に俺からは離れるな。指示はちゃんと聞くように。……後、森の中は意外に冷える。上着を羽織ってこい」
「は……い。でも……」
「心配するな。服を取りに行っている間に、いなくなったりはしないよ。こっちも森の中に入る前に少し準備がいるし」
* * *
素早く部屋に戻り、カバンの一番下に使うことはないだろうと押し込んでいた水色のサマーカーディガンを引っ張り出した奈津は、それをトレーナーの上からさっと羽織ると急いで飛び出す。屋敷の前で少し遅れて戻ってきた春人と合流した。春人もオレンジ色のレインウェアを着こんで、ヘルメットをしている。迷彩柄のリュックサックを背負い、肩から輪にしたロープを下げている。
早速森へと肩を並べて向かう。その途中で、春人から奈津にも黄色いヘルメットが渡された。
「何が起きるか分からないからな」
さらに、軍手と銀色の懐中電灯が渡された。
「ありがとうございます」
と受け取りながら、「ところで……それは?」と先程から気になっていた春人が肩に引っ掛けたものについて尋ねる。それは、黄色と黒の少し細いトラロープだった。それを輪にして、腕を通して肩から下げているのだった。
「森の中はほとんど手が入っていないからな。ロープを通して、帰るときの目印にするんだ」
森へ続く石段を歩いておりながら春人が説明する。
「なるほど」
被ったヘルメットの重みを感じながら奈津は相槌をうつ。そして、石畳の通路に出た。真っすぐ先には、先日も見た太い神木が見える。
「沙奈ー! いないのー!」
両手をメガホンのようにして大きく声を張り上げる。それを、顔の方向を変えながら何度か繰り返した。沙奈が両横の木々の間からひょっこりと顔を覗かせるのではないかと期待するが、そうはならなかった。
「……やっぱり、森の中に入ったのかなぁ」
「もし外で見つかったら、すぐに連絡をしてくれることになってる。子供の足だからそう遠くまではいけないと思うが、森の中でさ迷っているのかもしれない。森の中には障害物が沢山あって、ほんの少し先でも見通せない。目を凝らして、少しの異変も見逃さないように。でも、自分の身の回りのことに気を配るのも忘れるな」
春人は丈夫そうな一本の木にロープをしっかりと結ぶと、2、3度引っ張って外れないことを確認して森の中に入っていく。それを見た奈津も、ロープを掴んでその後に続いた。
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