ダンシング・オメガバース

のは(山端のは)

文字の大きさ
3 / 42

2 踊れないアルファ

しおりを挟む
 こういうの、なんていったっけ。
 ブレイクダンス? 地面すれすれでくるくる回るヤツ。
 リズムが複雑すぎてノリかたがわかんないし、間近で見るとスゴイよりも怖いが先にくる。
 あと三メートルくらい離れて見たいけど、踊りながら近づいてくるんだよ。
 怖い怖い怖い!
 あれほど激しい動きをしながら、ほとんど息を乱した様子もなく踊っていた彼は「どうだった?」と僕に尋ねた。

 ようやく終わったらしい。僕は愛想笑いで手を叩いた。すると相手は、しょんぼりと肩を落として去っていく。
 なんなんだいったい。もっとダンスの良し悪しがわかる人に見てもらえばいいのに。

「先生、近々お祭りでもあるのかな。それともこっちの風習? 観光客をもてなすダンスとか?」

「誰かきみの前でダンスを?」
「うん。イケメンばっかり」
「そうか。すまない。てっきり知っているものだと思い込んでいた。アルファがきみの前で踊るとしたら、それは求愛だよ」
「求愛?」
「うっかりしていたな。確かにほかの国から独自の進化だと言われることがあるよ。この島では気に入った相手にダンスで求愛するんだ」

 僕の脳内で、極楽鳥がコミカルに踊る姿が再生された。ぴよぴよぴよ。
 そんなまさか。だってここ、オメガバースの世界なんだよね。
 ……あれが求愛?

「いや、ムリムリ。自分のことですら、受け入れがたいもんがあるのに」
「難しく考える必要はない。――と言ってやりたいところだが、きみはなにかと危ういからな」
 言いながら、ミラロゥは僕に紙を手渡した。
「今回の検査結果だよ」
 手渡された紙をのぞき込み、僕は小さくうめいた。
「また数値が上がってる……」
「そういう意味では、いまがいちばん危ないのかもしれないな。もうすこし濃く出れば、正式にオメガと認定してあげられるんだが」

「いや、認められたくない! どうしよう、僕、発情期とか来るの? フェロモンをどぱーっと出して、アルファを発情させて三日三晩ドロッドロのセックス三昧とかしちゃうの!?」
 確認しとかなきゃという気持ちが強くなって、僕はミラロゥにつめよった。

「ルノン、ルノン!」
 ミラロゥはのけぞるようにして、僕をなだめた。
「ご、ごめんなさい。別にエロい体験を求めてるわけじゃなくて、僕がそういう目に遭うかもしれないってのが、どうしても信じがたくて」

 彼は、長い指で額を押さえながら、もう片方の手で待てのポーズを決めたまま言葉を続けた。
「まず、街なかでフェロモンを全開にすること自体が禁じられている。周囲にまで影響を及ぼすからね。どうしてもというときはそれ専用の場所に行くんだ」
 そんなのがあるんだ。落ち着いたらそこへ入っていく恋人たちを観察したい。
 じゃなくて!

「たとえば、僕の意思に関係なく誰かの性欲を暴発させちゃうってことはない?」
「そのための抑制剤だし、そのために踊るんだ。求愛を断りたいときは拍手をして」
「ああ、それで……」
 イケメンがガッガリしていた理由がわかった。
「応じたいときは、きみも踊る」
「僕も踊るの? じゃあ永遠に応じられないな」
 僕はあまりダンスに興味を持てないたちなのだ。リズム感もないし。

「心配しなくても、そのときになれば体の中からリズムが湧き出すさ」
 そのとき、ミラロゥが扱う大きな検査機器がピピピッと音をたてた。そろそろおいとましなきゃと思うのだが、ついつい機械を操作するミラロゥの横顔に引きつけられた。

 彼は、僕のためにありとあらゆる手を尽くしてくれた。つまり、役所とのやり取りとか、僕の身元の保証とか、仮住まいの提供とか。
 異世界からきたなんて話は受け入れがたいだろうと思っていたのに、彼はあっさり信じてしまった。
 信じやすい人かな、大丈夫かなって失礼なことを考えてしまったが、前例があるそうだ。

「それにこの目で見たからね。きみはが光の中から現れるところを」
 拾ってしまったからには面倒を見なくては。この国に悪印象を持ってほしくない。そんなふうに言ってミラロゥはテキパキと面倒なことを片付けてくれた。

「なにからなにまで、ありがとうございます」
 僕はもうふかぶかと頭を下げることしかできなかった。
 そのとき、ミラロゥはあごに手をあて苦笑した。
「ルノン。きみは、もうすこし疑うことを覚えたほうがいいな」
 からかいを含んだ声に聞きほれて、僕は間抜けにつぶやくばかりだ。
「へ?」
「きみはこれから、私の実験体になるんだよ」
「じ、実験?」
「そう。異世界人のバース判定なんておもしろいじゃないか。それに、研究所が仮住まいに決まったことだって、監視の意味もあるんだ。そう真正面から感謝されると、面映ゆいものがあるよ」
 などと先生は目を細めた。

 そんなわけで、僕はすっかりミラロゥに頼り切ってる。敬語もすっかり崩してしまっていたし、彼が怒らないのをいいことに、用事もないのに彼の研究室に入り浸っている。

「先生のダンスなら見てみたい気がするな」
「それは口説いているのか」
 先生の顔が、困っているように見えた。
「そうじゃないよ。ただの興味本位」
 慌てて首を振ると、ミラロゥは苦笑した。

「残念だが、私はもう踊れない。ずいぶん前につがいを亡くしてね。それ以来、体からリズムが湧いてこないんだ」
 軽い口調ではあったが、瞳は陰ったままだった。

 なぜだろう、すこし、羨ましいと思った。
 僕は情がうすいほうなんだと思う。
 たぶん僕はもう、もとの世界に帰れない。だけどそのことに安堵している自分がいる。
 親、兄弟、友達、社会。
 いつもどこか、ズレを感じていた。息苦しかった。物語の中に逃げ込んで現実に蓋をした。
 だけど僕と違ってこの人は、誰かを愛したことがあるんだ。
 そう思ったとき、ギャグみたいだって思った求愛ダンスが、きれいなものに思えた。
 ふたりのダンスはきっと、胸が詰まるほど美しかったはずだ。

「……先生は、その人のことをとても大事にしていたんだね」
 つがいを亡くしたアルファ、か。お話の中なら萌えられるけど、ミラロゥの悲しみは現実だ。
 慰めかたなんて、わからないや。僕の心は複雑で、そそくさと逃げるしかなかった。
「僕、もう行くね。お邪魔しました!」
「ルノン」
「え?」
 まさか呼び止められるとは思わなくて、きょとんと振り向くと、ミラロゥのほうもとまどっているように見えた。

「――今度出かけるときは、声をかけて。私も付き合おう」
「大丈夫だよ。拍手すればいいってわかったしね」
 これ以上、先生の仕事の邪魔をするのは、さすがに気がとがめた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

優秀な婚約者が去った後の世界

月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。 パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。 このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。

恋が始まる日

一ノ瀬麻紀
BL
幼い頃から決められていた結婚だから仕方がないけど、夫は僕のことを好きなのだろうか……。 だから僕は夫に「僕のどんな所が好き?」って聞いてみたくなったんだ。 オメガバースです。 アルファ×オメガの歳の差夫夫のお話。 ツイノベで書いたお話を少し直して載せました。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

処理中です...