ダンシング・オメガバース

のは(山端のは)

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オートモード

6 デートしてよ

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 次の日は大事を取って休んだので、学校に行ったのは倒れてから二日後のことだった。

 子供たちはそれでも、屈託なく話しかけてきた。「あれすごかったな」「また踊ってよ」なんて。ハレモノ扱いもイヤだけど配慮ってものもないね!
 そこへ、ビィくんがやってきた。僕を見るなりパッと駆け寄ってくる。

「ルノン、体はもう大丈夫なの!?」
「ビィくん! ありがと。心配してくれて」
 ううう、いい子だ。君だけだよ、まともに心配してくれるのは。感激のあまり涙腺が緩んじゃいそうだけど、自分のためにも現状はキッチリ伝えておかなきゃ。

「えーと、まだちょっと肩が痛いかな」
「肩?」
「うん。外れかけたみたいなんだよね」
「は!? なんで」
「そのことなんだけど、放課後ちょっと話そう。ダンス、できなくなっちゃったから」
 周りの子たちにも聞こえるように、僕はハッキリと言った。
 じゃないと永遠に踊ろうぜって誘われそうな気がするから。

 放課後、校舎の階段のところで僕はビィくんと話をした。
 子供たちも幾人かついてきて、その辺にもたれて一緒に話を聞いている。

「日常生活はなんとかなるけど、ダンスみたいな激しい動きはしばらくしちゃダメって言われているんだ。それで、ダンス大会までもう二週間もないだろ? 練習する時間もとれないし」
「なんでだよ。あれだけ踊れたら練習なんて要らないだろ」
 早速、外野からヤジが飛んだ。

「あれで無茶をしたから怪我をしたんだって。もうやりたくない」
「それって、俺が無理やり踊らせたから、ルノンが、怪我しちゃったってこと?」
 僕が目の前で倒れたこと、よっぽどショックだったみたいだ。あの生意気なビィくんが、すっかり気後れしてる。

「ビィくんのせいではないよ。いうなればシステム上の不具合というか」
「言ってる意味がわかんねえよ」
 だよね。僕にもよくわかってないことだし。

「えーと、憑依って言ってわかるかな。自分の体が思い通りに動かなくなる」
「うん」
「そういう状態だったというか。――あのとき、僕の踊りが途中で変わっただろ? アレは僕が踊ってたんじゃないんだ。なんていうか、プログラムがオートになっちゃったっていうか」
「だから、言ってる意味がわかんないよ。ルノンて、ロボットなの?」

「うーん。ロボットではないんだけど……」
 説明が難しいな。例えばこっちの世界の人は、体からリズムを出すけれどアレだって、いったいどんなシステムなのか説明できる人はいるんだろうか。
 進化の産物だって言うんなら、じゃあ異世界人である僕がリズムを感じ取れる理由はなんだ。

 オメガバースの世界ってそもそもツッコミどころが多すぎるんだよな。
 たとえばうなじを噛む行為だって、どういう仕組みなんだろう。
 アルファの歯形がオメガのシステムに介入するある種のキーになっていて、一度認証されると上書き不能とか? それとも呪術的な作用により、ある種の結解が張られ、番以外のフェロモンの認識を阻害する。はたまた牙によるフェロモン受容体の物理破壊。もしくはアルファの牙から麻痺毒みたいな奴が――

「ルノン!」
「え? あ」

 やば。盛大に現実逃避していた。いまはビィくんだ。
 と言っても、僕は唸るしかない。

「んー! 正直なところ僕にもわからないんだよ。だから、すごく無責任なことしか言えないんだけど、おそらく、異世界人特有の現象なんだと思う」
「異世界人の」
「それだって、いま僕が理解できる限りではって注釈つけて、たぶん、おそらくを積み上げてようやく口にできることなんだけど。ともかくわかってるのはあの現象が、僕の肉体の負荷を考慮してくれないってことなんだ。実際の可動域を超えて動作するから故障が起こるというか」

 ビィくんは、僕の拙い説明に黙り込んだ。口を挟んだのはそばで聞いていた子供たちだ。
「ちっともわかんないよ、ルノン。つまり、ルノンはビィとは踊りたくないってこと? そんな妙な言い訳してまで?」
「やめろよ」
 周囲をたしなめたは当のビィくんだ。

「だって、ビィ、悔しくないのかよ。踊れないって言ってたのに、あんなすごいダンスして、そうかと思ったらやっぱり踊れないなんて言い出して。こいつ、メチャメチャ嘘つきじゃんか」

 うっぐぅ。
 そう見えちゃうか。そうだよねえ。
 だけど、ビィくんだけがキッパリと首を振った。
「ルノンの言うこと、ぜんぶ理解できたわけじゃないけど、あのときのルノンはなんか変だったって俺も思う。なんか、うまく言えないけど怖い感じがした。誰とも目を合わせないし、音には合ってたけど、空っぽみたいだった。みんなは、変だって思わなかった?」

 ビィくんの言葉に、子供たちは顔を見合わせる。真剣に考える気になったようだ。
 人徳の差をしみじみ考えながら、僕はそっとビィくんの様子を窺った。
 視線に気づいたビィくんは振り返り、じっと僕を見つめた。
「……うん。あの状態のルノンと踊っても、俺、嬉しくない。だから無理しなくていい」
「ビィくん!」

 感極まって万歳しようとして、肩の痛みに呻いた。
「ルノン、大丈夫?」
「う、うん。なんとか。ありがとうビィくん、君は本当にいい子だね」
「いい子ってなんだよ。子ども扱いすんなよ!」

 キッと怒って見せたビィくんが、なにかに気付いたように目を見開き、それから下を見て低くつぶやいた。
「……いや、このさい子供でもいいのか」
「ん?」
「だったらさ、ルノン。ダンスの代わりに俺とデートしてよ」
「デート?」

 なんだか意外な言葉が飛び出した。ポカンと問い返す僕を見て、ビィくんふっと表情を陰らせた。
「俺さ、もうすぐ転校するんだ」
「え?」
「だからさ、俺。新しい学校でルノンと――異世界人と踊ったんだって自慢してやるつもりだったんだ。踊るのが無理ならせめて、してよ、デート」
 ビィくんは口の端をあげたけど、イタズラがバレたみたいなちょっと気まずそうな笑顔だった。

 なんだ、そういうことだったのか、僕はすとんと納得した。
 そういえば、いま急に異世界人とか言い出したのに、誰もなにも突っ込まなかったもんな。僕の年齢には総ツッコミだったのに。いや、まあ、そっちはいいや。

 それにしてもデートか。これだってそんな深い意味なんてないんだろうな。友達に向かって気軽に「デートしよ」なんて言うのは漫画の世界線ではよくあることだ。

「ルノン、ダメかな?」
 僕が考え込んだせいで、ビィくんは不安そうに首を傾げ、目を潤ませた。
 マンガだったら犬耳がペタンってなっちゃってる奴だ。ビィくんは普段生意気だからこういうギャップがすごく可愛い。心のゲージがギュンと上がってしまった。

「い、いいよ。わかった」
 仕方ないよね、これは断れないよね!

「――そういうわけだから、予選の日、ビィくんとデートしてくるから」
 夕食のさいミラロゥにそう言うと、彼はぐっと変な音を立て、喉を詰まらせた。慌てて水を飲んでいる。タイミングが悪かったかな。

「いや、デートって言っても単に遊びに行くだけだよ。ビィくんはまだ子供なんだし」
「子供でも、男だ」
 ミラロゥは乱暴に口元をぬぐい、僕を睨みつけた。
 前はまさかって思ったけど、やっぱ嫉妬なのかな。子供にやきもち焼いちゃうミラロゥはなんだか可愛い。
 僕は嬉しくなってへらりと笑った。

「心配いらないって。すごく良い子だよ、ビィくんは。踊らなくてもいいよって言ってくれたし。それに僕もわきまえてる。夜遅くならないようにきちんと親御さんのもとに送り届けるからね!」

 ミラロゥの心配がそこにないことはもちろん承知のうえだけど、僕とってはやっぱり、ビィくんは子供でしかないんだ。
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